貧すれば鈍するにも程がある
姿が見えないほど遠くから「年金はどこだーっ」と叫んでいる声が聞こえた。あぁ、厄介な輩が来るんだなと覚悟を決めた。その声の主であろう男性は、顔が赤く、千鳥足で歩いてきた。かかわりたくないと言わんばかりに、誰も窓口に出ようとしない。みなさん、なんで知らんぷりするんですか、と舌打ちしそうになりながら、窓口に一番近い席に座っている私が対応することに。私の顔を一瞥すると、無言のまま くしゃくしゃにした数枚の紙を放り投げた。酒くさい!これは、今までで一番 ストレスがたまる相手に違いない、と感じた。「俺は生活保護なんだよ!年金なんか関係ねぇだろ、こんなもん送ってくるな!」投げつけられた紙を広げてみると、ねんきん定期便と、10月から3年間限定で始まった後納制度の案内だった。生活保護受給者は国民年金が法定免除になるので、保護が始まった月の前月からは納付する義務がない。しかし、ねんきん定期便は全員に送付されるし、後納制度の案内についても、該当者全員に送付されるのだ。何しろ膨大な数なので、誰が生活保護受給者かということまでは年金機構としても いちいち把握できないのだ。本当は、送る必要がない人には送らないようにできれば、紙の節約になるしお互い嫌な気分を抱くこともなくなるのだろうけど・・・。「これは、あなたの年金記録は現在こうなっていますよ、というお知らせなので、間違っていなければ、何か提出したり書いたりする必要はないですよ。こちらは、過去に払いそびれた分を今から払うことができる制度のご案内ですけど、払う余裕があればの話なので、強制ではありませんよ」「そんなもん知るか!だいたい役所は・・・(ブツブツ)」あまりにも大きな声を出すので、周りにいる他の市民も怪訝な顔をしている。見かねた上司が出てきて、「大きな声を出すと他の人がびっくりされるので、もう少し静かにお話していただけませんかね」と声をかけると、逆ギレして「うるせーなバカ野郎!」と、机をたたいた。「これ以上続くようだと、警察を呼びますよ」「あぁ?警察?呼びたきゃ呼びゃいいじゃねえか、そんなもん怖くないわ!」クレーマーには、とりあえず言いたいことを言いたいだけ言わせるしかない。しかし、酔っ払いときている。まともに対応できるケースではない。もしかして、刃物でも持っていたら・・・と、最悪なことを考えてしまった。何を言っても埒があかない、この堂々巡りを どうやって切り抜けようかと思っているとどうやらこの男性の担当者らしい、福祉課の生活保護係の職員が現れた。すると、さっきまで怒鳴り散らしていたのが嘘のように、急に借りてきた猫みたいにおとなしくなってしまったのだ。何この豹変!「○○さん、具合がよくないように見えるけど、大丈夫ですか?」「いえいえ、なんともありません」「本当ですか?何か、歩き方がちょっとフラフラしているようだけど」「大丈夫です」え?え?えええ?警察呼びたきゃ呼びゃいいじゃねぇかじゃなかったの?私や上司には、さんざんバカ野郎って言ったくせに。生活保護係の職員には頭が上がらないのか。そうか、彼らの前で変な態度をとると、生活保護を止められると恐れているのか。そうだ、そうに違いない。だからあんなにコロッと態度が変わったのだ。要は、命綱みたいなもの。そりゃ逆らえませんわなあ。しかしまぁ、なんで生活保護受給者が朝から酔っ払っているのか、ろくなもんじゃないね!!!