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まいかのあーだこーだ

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2021.07.26
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カテゴリ:政治
熱海の盛り土をつくった天野二三男は、
自由同和会の神奈川県本部会長だったのですが、

すでに前科者でもあった天野二三男が、
なぜ自由同和会でそのような重職に就いていたのか。

そして、なぜ熱海の事件と同時にその職を辞したのか。

自由同和会は、その経緯について、
いまだ何も明らかにはしていません。



いわゆる「エセ同和」とは、
その出自にかかわらず、
「同和を名乗って反社会的な行為をなす人物」のことです。

その意味で、天野二三男は、
たとえ彼が部落出身者であろうとなかろうと、
まごうことなき「エセ同和」であるのに違いありません。

そして、今回の熱海での事件は、
そんな「エセ同和」の天野二三男個人を断罪すれば終わる話です。

しかしながら、
自由同和会の沈黙や、
政界やマスコミの異様なまでの沈黙は、

その沈黙があまりにも不自然であるために、

たんに個人の犯罪では済まないことさえ感じさせます。



自由同和会という組織が、
あくまでも「真正同和」であり、
けっして「エセ同和」ではないのだと証明するためには、

まずは、
天野二三男が重職についた経緯と、
それを辞した経緯について、
しっかりと公に説明しなければなりません。

自由同和会が自民党の関連団体であるならば、
なおさら社会的な意味での説明責任が求められます。



そして、マスコミは、
それが真実かどうかを検証しなければなりません。

つまり、
「エセ同和」と呼ぶべきなのは天野二三男ただひとりであり、
自由同和会の組織内部には、
ほかに「エセ同和」と呼ぶべき人物が存在しないことを、
第三者の立場から検証して明らかにすべきです。


そうでなければ、
「じつは自由同和会そのものがエセ同和ではないのか?」
という疑念ばかりが浮上してしまいますし、
「ほかならぬ真正同和こそがエセ同和の正体ではないのか?」
という印象ばかりが国民社会に広がってしまいます。

つまり、
現在のような異様なまでの沈黙は、
かえって国民社会における部落差別を増長させるだけなのです。



もしも、

かりに、

天野二三男以外にも「エセ同和」行為に手を染めている会員がいて、
それが組織内に蔓延している状況だとすれば、

自由同和会そのものを、
「エセ同和組織」として社会追放しなければなりません。

そして自民党は、
「われわれはエセ同和とお付き合いをしておりました」
と認めた上で、国民に向かって説明と謝罪をし、

具体的にエセ同和との関係をもっていた政治家や官僚を、
ただちに処分しなければなりません。

なぜなら「エセ同和」とは「反社」にほかならないからです。



くりかえしますが、

不思議なことに、政界もマスコミも、
この問題に対して異常なほどの沈黙を続けています。

そして、この不可解な沈黙は、
今回の大規模な犯罪が、たんに個人のものではなく、
じつは政界もマスコミも無縁ではないということをさえ、
うっすらと国民全体に感じさせはじめています。

週刊文春も、
今のところこの問題を保留にしていますし、
週刊新潮は、
記事にはしているものの、その扱いは大きくありません。


しかし、
わたしがもっとも重視しているのは NHK の態度です。


もしも NHK が、
「エセ同和=反社」についての報道をこのまま自粛し続け、
その問題の本質を隠蔽し続け、
実質的にその悪行を放任してしまうのだとしたら、

もはやNHKに「公共放送」としての役割を認めることはできませんし、
その際、国民は、いっさいの受信料の支払いをやめなければなりません。





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最終更新日  2021.07.26 10:20:05


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