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カテゴリ:雑感
時々、妻を相手に、
「世の中の人が、すべて車いすユーザーになれば良いのに」 とか愚痴ることがある。 社会は当たり前ながら、多数派のためにできている。 難病患者の数は少ないし、障害者の数も少ないし、車いすユーザーの数も少ない。 ゆえに、これらの人のための条件整備は十分にならない。 十分にならないがゆえに、余計、これらの人々は社会に出にくい。 まさに、悪循環。 ユニバーサルデザイン、という言葉も広まりつつあり、社会参加への道は(まだハンディがあるが)以前よりは進みつつあるのだろうと思う。 多数派のためでなく、弱者(「弱い」というのは、環境整備ができてないゆえに、弱くなる気もするので、むしろ少数者か)のための社会は、多分、多くの人にとっても快適だと思う。 もちろん、実際に自分や家族が、難病、障害者にならないと社会の不便さは分からないが、それでも時々でも良いので、自分がそのような身になったとき、この社会がどう見えるのか、考えることがあっても良いのでは、と思う。 難病でない人、障害者でない人は、多くの場合、たまたまそういう状況にあるだけで、それが多数であるだけだと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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全く同感です。人口10万人あたり8~9人のMS患者になり
その中でも約25%の車いす利用者になりすっかり少数派になりました。 多数派の中で安心していたいのにこんなポジションになるとは夢にも思わなかったなとたまに振り返ってみることもあります。 (2010.11.29 21:12:49)
cookie-123さま
こんんちは もし、みんなが難病だったら新薬の開発も今より飛躍的に進むだろうし、みんなが障害者だったらエレベーターのない高架駅とかは最初から作られないだろう、とか考えてしまいます。 今とは、まったく違った文明になったかも。 誰もが一人の人として社会に参加できる、というのが理想的なのですがねぇ。 >全く同感です。人口10万人あたり8~9人のMS患者になり >その中でも約25%の車いす利用者になりすっかり少数派になりました。 >多数派の中で安心していたいのにこんなポジションになるとは夢にも思わなかったなとたまに振り返ってみることもあります。 (2010.11.30 10:31:32)
ホントそう思います。
自分が難病患者になってみて、わかること考えさせられること、とても多いです。 土木、建築関係者に車椅子の方・障害を持った方などが社員として(形式だけでなく) アドバイザーとして雇用されていたら、排水だけを考えた傾斜している歩道など何か他の方法がとられるのではないかと思います。 わざわざ直して、それですか??って道やスロープ多すぎますよね。 大学病院ですら、車椅子で入れるトイレの数が少なく(外来)順番を待っている方の姿を目にします。 私の市はやっと、駅にエレベーターが設置されるようで 大がかりな工事が始まっています。(遅すぎです、ごめんなさい) (2010.12.01 09:52:24)
今、難病関連の勉強会や福祉制度の講演などに
参加していますが、健康な方にとってまったく 初耳、制度も知らないって事が多いと思います。 やはり、私達が声を出さないと誰にも 知ってもらうことって出来ないのではと思います。 病気や障害を負ってからはじめて自分や家族が どんな立場になっているかを理解なんて 遅すぎますものね。 機会があるごとに、福祉課などの窓口でも 知事の削減発言に不安だとか、あれこれ 相談する形で伝えています。 リハビリ上限のビラまきの時もまったく 誰も知らないことに愕然としました。 障害や病名などの違いなどなく 参加できるいろんな場があれば良いですよね。 (2010.12.01 13:39:23)
同感です。特にアジアは「自分のことしかがんがえていない国々」という感があります。車椅子でなくても、子供ができてベビーカーを押すことで、少し車椅子のかたがたの気持ちがわかりました。アメリカはその点、まず車椅子の人のニーズをそろえないと政府から営業許可が下りないので、絶対にエレベーターと車椅子用のたたみ3畳ほどのトイレがどこにでもあります。これだけは日本もみならうべしですよね。
(2010.12.06 14:45:53)
ハナミズキさま
返事が遅くなってすみません。 実際に障害者にならないと分からない不便、というのは、たくさんありますよね。 いろんな施設、特に公的施設を作るときには、障害者の声を取り入れる方法について考えて欲しいですよね。 ちなみに、私の家の最寄り駅は、反対側ホームに行くには、高架橋を渡らないといけない上に無人駅。 もし使うとしたら、数日前に伝える必要があります。 どうしようもありません。 >ホントそう思います。 >自分が難病患者になってみて、わかること考えさせられること、とても多いです。 >土木、建築関係者に車椅子の方・障害を持った方などが社員として(形式だけでなく) >アドバイザーとして雇用されていたら、排水だけを考えた傾斜している歩道など何か他の方法がとられるのではないかと思います。 > >わざわざ直して、それですか??って道やスロープ多すぎますよね。 > >大学病院ですら、車椅子で入れるトイレの数が少なく(外来)順番を待っている方の姿を目にします。 > >私の市はやっと、駅にエレベーターが設置されるようで >大がかりな工事が始まっています。(遅すぎです、ごめんなさい) (2010.12.08 09:30:03)
とまさま
返事が遅れてすみません。 難病患者とか障害者は少数派で、しかも、経済的にはあまり多くの富を生まないがゆえに、影響力も小さい気もしています。 数が一つの頼りかもしれません。 JPAとかの署名が回ってくるので、それには協力しています。 それ以外にも、声をあげることが大事ですよね。 >今、難病関連の勉強会や福祉制度の講演などに >参加していますが、健康な方にとってまったく >初耳、制度も知らないって事が多いと思います。 > >やはり、私達が声を出さないと誰にも >知ってもらうことって出来ないのではと思います。 > >病気や障害を負ってからはじめて自分や家族が >どんな立場になっているかを理解なんて >遅すぎますものね。 > >機会があるごとに、福祉課などの窓口でも >知事の削減発言に不安だとか、あれこれ >相談する形で伝えています。 > >リハビリ上限のビラまきの時もまったく >誰も知らないことに愕然としました。 >障害や病名などの違いなどなく >参加できるいろんな場があれば良いですよね。 (2010.12.08 09:33:48)
かんだちめさま
また来てくださいね。 >素敵な記事ですね。 > >楽しく読ませていただきました。 > >また遊びに来ます、よろしくお願いします。(^O^) ----- (2010.12.08 09:34:27)
SUZUKIさま
返事が遅れてすみません。 街で不便なのは、障害者とか難病患者に限らず、ベビーカーもそうですよね。 アメリカの話のように、トイレとかエレベーターなどは必須として欲しいものです。 日本では、公的施設(新しいもの)と、大型ショッピングセンター(デパート、家電量販店など)ぐらいしか、確実に施設がありそうだと思えません。 >同感です。特にアジアは「自分のことしかがんがえていない国々」という感があります。車椅子でなくても、子供ができてベビーカーを押すことで、少し車椅子のかたがたの気持ちがわかりました。アメリカはその点、まず車椅子の人のニーズをそろえないと政府から営業許可が下りないので、絶対にエレベーターと車椅子用のたたみ3畳ほどのトイレがどこにでもあります。これだけは日本もみならうべしですよね。 ----- (2010.12.08 09:37:30) |