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2006.08.11
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カテゴリ:戦争を語る
皆様、こんばんは。今日も暑かったですね。

今日は新宿住友ビル内にある「平和祈念展示資料館」へ行ってきました。館内は写真撮影禁止でしたので、その様子をお伝えできないのが残念です。出征列車の様子、引き揚げ船の船室内、シベリアの収容所の様子などが動く人形を使って再現されていました。また、図書室には数多くの資料がありましたが、学芸員らしき女性が無知なのには呆れました。

「すみません、OOについて調べたいのですが、資料はありますか?」
「わかりません。」こう冷淡に答えただけでした。日本の博物館文化が衰退していくのには、こういう背景もあるのではと思います。大学時代、学芸員資格の取得に失敗したひがみから言っているのではありませんが、最近の博物館の学芸員は物を知らない人が多い様です。ましてや戦争の祈念館を掲げているところで、その戦争について知らないというのは、戦後時代が長くなったと言う事を象徴しているのかもしれませんね。

さて、時節柄戦争の話をしているこのブログですが、今日は「学童集団疎開」について取り上げたいと思います。まずは時計の針を、1944年(昭和19年)に戻してみる事にしましょう。

この年になると、大都市の大半は空襲を受けるようになりました。そうなると、子供達は戦争の足手まといになるばかりか、ろくな教育も受けられない状況になってきました。そこで当時の政府は、「老人・子供等は縁故を頼って、田舎へ疎開させよ」というようになってきました。これが俗に言うところの「縁故疎開」です。しかし田舎や疎開できる親戚のない子供達もいました。そして遂に「国民学校(当時は小学校をこう呼んでいた)3年から6年の学童は、集団で田舎へ疎開せよ」という命令が下りました。これがいわゆる、 「学童集団疎開」です。

家族にとって、これはとても不安なものでした。経済的なもの、家族がバラバラになる不安、そして万が一の事…。都市への残留が認められたのは、身体が弱かったり、特別に経済的な理由で集団生活が出来ないと判断された者だけでした。
そしてその年の7月から、東京都の学童は埼玉県、栃木県、群馬県、山梨県、静岡県、茨城県、長野県などへと特別列車で疎開していったのです。疎開先は公民館、寺院、旅館、料亭などでした。
最初は「泊まりがけの修学旅行気分」で出かけ、はしゃいでいた子供達も5.6日と日が経っていくにつれて東京が恋しくなり、低学年の子供の中には、家へ帰りたいと泣き出す子も多数いました。そして、それをなだめる上級生や、寮母さんまで泣き出す始末でした。

またホームシックを防ぐため、疎開開始後およそ2ヶ月間は父母の面会は一切禁止、という厳格なルールがあるところもありました。もちろん、東京の家に書く手紙も全て先生に検閲され、「家に帰りたい」とか「おなかが空いているので、食べ物を送って下さい」というような文章は、「軍国の子供にふさわしくない」ということで目の前で消され、「おなか一杯食べて元気です」「元気に暮らしています」というような、子供にとっては偽りの文章を書かされました。これは郵便局に直接出しても同じでした。この様な「泣き言」を書いた手紙は全て送られずに返され、先生に叱られる、というものでした。

しかし、田舎に行ったからといって食べ物がそうそうあるはずもありませんでした。田舎でも食糧事情に困っていた所に、東京の疎開学童がわっと押しかけてきたのですから、たちまち田舎も食糧に困るところが出ました。それでも、精一杯のもてなしをして学童をなだめようとする所もあれば、「疎開っ子」として邪険に扱う所もありました。
やはり子供達にとって一番の楽しみは「食べる事」でした。食事は、朝がうすい、米粒なんかほとんど入っていないおかゆとたくあん、昼が麦飯の弁当、夜が野菜の煮つけといった感じでした。時に夕食にライスカレー等が出たりすると、子供達は喜んだものです。しかし牛肉なんて当然ありませんから、鯨肉やカエルの肉が使われていたそうです。

田舎でも、勉強は出来ない状況でした。防空壕掘りや、飛行機の燃料にするための松根油取り、農作業などが主な1日でした。そんな中、子供達は農家へ手伝いに行く事を楽しみにしていました。何故なら、作業のあとにはおやつをごちそうして貰えたからです。それは食糧の少ない都会で暮らしてきた、子供達の最大の楽しみでした。たとえそれが、ふかしたさつまいもであったとしても。

食糧事情が逼迫してくると、子供達はいろいろと工夫をするようになりました。歯磨き粉をなめたり、女の子はお手玉の中に入っている大豆や小豆を煮て食べたそうです。親から食べ物を送ってもらう事は厳禁でしたが、薬は良かったので「エビオス」「わかもと」「ビオフェルミン」等をポリポリとかじっていました。中には「わかもと」を食べ過ぎて、全身に発疹が出来て病院に担ぎ込まれた児童もいました。
野に出れば、イタドリを食べ、ツバナを食べ、スイバをかじりました。ヘビやカエルもたちまち食糧となりました。イナゴなんていったら、それはもうご馳走の部類に入ったほどです。

集団で暮らしていると、子供達の間にも力社会が出てきました。そうです、ボスの登場と「いじめ」の発生です。仲間はずれ、食事の上前をはねる、等など。男児より女児の方が、そのいじめは陰湿であったと聞いています。

私が仲間達と今年4月に訪れた、伊豆長岡温泉の南山荘も、戦時中は疎開学童を受け入れていました。本館に疎開学童を、離れに一般客・軍人客を宿泊させていたそうです。疎開学童の中には、後に歌手となった故・小坂一也さんもいました。小坂氏も、母親との面会が一番の思い出だったと、後にテレビ番組の中で語っています。

父母の面会は、学童にとって何よりの楽しみでした。東京から持ってくる、父母の苦労して集めた食糧(特にお菓子類)、衣類など。外に連れ出して外食し、食べ慣れないご馳走を食べてお腹をこわす子供もいたとか。しかし、家庭の事情のため父母が面会に来られない学童は寂しさをつのらせていました。そんな学童に配慮してか、学童宛ての小包は教師立会いのもと開封し(食料品が入っていたらその場で没収となった)、面会に来る父母には「食料品を持ってくる場合には、その学寮全員分、無理ならその班全員分を持参する」様、通達を出していました。

そんな中で1945年(昭和20年)1月29日、徳島県貞光町の真光寺本堂で火災が発生しました。大阪・南恩加島小の児童29人が疎開していましたが、逃げ遅れた16人が犠牲になったのです。皆、国民学校3年生のいたいけな児童達でした。この事件については小学校高学年向けの読み物「十六地蔵物語-戦争で犠牲になった子どもたち-」文研じゅべにーる(著/原田一美 画/福田庄助 文研出版)という本になっていますので、ご関心のある方は図書館等でお読み下さい。[後にアニメ映画にもなりました]

学童疎開の事を書いた本として有名なのが、奥田継夫著「ボクちゃんの戦場」です。この作品も映画になった事がありますので、ご存知の方も多いと思います。
ただこの映画の列車のシーンで、とんでもない時代考証ミスがみられているのを、鉄道マニアの方はお気づきでしょうか。

それは疎開列車を牽引している蒸気機関車です。この列車シーンのロケは勿論、静岡県の大井川鉄道で行われたのですが、何と牽引している蒸気機関車が「C56-44」号機だったのです。熱心な鉄道マニアの方なら、もうお分かりですよね。C56型蒸気機関車の1号機~90号機の合計90両は、戦争が始まるとすぐにタイの泰緬鉄道へ輸出され、タイを走っていたのです。従って、日本を走っている訳がありません。
(ちなみに大井川の44号機は、昭和54年にタイから里帰りして整備されたものです)

この他にも、沖縄の学童疎開船「対馬丸」撃沈の話や、皇后陛下下賜のビスケットの話など、学童疎開の話はまだまだ色々ありますが、今晩はこの辺で失礼致します。(学童疎開船「対馬丸」の話は、8月22日にお届けします)皆様のご意見・ご感想もお気軽におよせ下さい。




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最終更新日  2008.02.02 21:15:58
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