お部屋の中をきれいに掃除し、あれこれ取りしたたためていますと、
お迎えの御車が参りました。
乗っている人々は四位や五位の身分の高い人がたいそう多いのです。
宮ご自身もお迎えに参じたいと強くお思いでしたが、
それではあまりに事々しくて都合が悪かろうと
お邸で今か今かと待っていらっしゃいます。
中納言からも数多くの人々をお迎えにお寄こしになりました。
大方の事は宮が御指図なさったようですけれども、
内々の細かなお世話は中納言が行き届いたお世話をして差し上げるのでした。
供人が、
「日が暮れてしまいます」
と申しますし、女房たちからも出発をご催促申しますので、
中君は気もそぞろで『京はいったいどんなところかしら』と思うにつけて
も心細く悲しくなるのでした。
お供として一緒に車に乗る大輔の君という人が、
「あり経れば 嬉しき瀬にも逢ひけるを 身を宇治川に 投げてましかば
(生きていればこそ、こんな嬉しい機会にも出会うのですね。
辛いからと言って宇治川に身を投げていたらどんなに悔しかったことでしょう)」
と、嬉しそうににっこりしながら言いますので、中君は、
『亡き大君を思ってくれる弁の気持ちとは、ずいぶん違うことを言うのね』
と、不愉快な気持ちで見ていらっしゃいます。他の女房も、
「過ぎにしが 恋しきことも忘れねど 今日はた先ずも ゆく心かな
(亡き大君さまを恋しく思う気持ちも忘れてはいませんけれど、
また一方では京へ行く喜びもひとしおですわ)」
と言います。この二人の女房は長年仕えた者たちで、
かつては大君に心を寄せていたように思えたのですが、
今ではこんなふうに心変わりして、
大君のことを忌んで口に出さないのも恨めしく思えますので、
何も言わず車にお乗りになるのでした。