歴史の町長浜
こんばんは 滋賀県長浜市に行ってきました。私の琵琶湖一周ウォーキングの時の出発地でありゴール地です。長浜市内を歩いてきましたので、長浜市の歴史的魅力を綴ってみました。長浜市ってどんな町世帯 19,000世帯 人口 58,000人の規模琵琶湖の北東部に位置し、秀吉の長浜築城以来400余年間、湖北地方の中心。明治初期に県下初の小学校や国立銀行を設立、鉄道を開通させるなど、新しいことをやろうという気持ちの強い、進取の気性の強い町でもあります。近畿・中京・北陸3圏の接点として、独自の文化圏を形成してきました。【特産・地酒】浜ちりめん、ビロード、鮒ずし (酒)太湖、濱正宗、長濱浪漫ビール【イベント】長浜盆梅展(1~3月)、長浜曳山まつり(4月)、長浜出世まつり(きもの大園遊会、アート・イン・ナガハマ等、10月)【出身者】石田三成(戦国期武将)、小堀遠州(造園家・茶人)【西は琵琶湖】【東は伊吹山】長浜はもと今浜いまはまといい、「バサラ大名」として有名な京極道誉きょうごくどうよ(佐々木高氏たかうじ)が室町時代の初め頃に出城を築きました。それが長浜城の元と伝えられています。以後、家臣の今浜氏在城したといわれています。姉川合戦の後、その功によって湖北三郡を与えられた羽柴秀吉は、1574年頃小谷おだに(湖北町)から当地に城下町を移し地名を長浜と改めました。そして、小谷城下から寺院や商人を移転させ、長浜城下町を形成しました。【長浜城】手前は"豊公園"、宿泊したホテルからの撮影です。賤ヶ岳しずがたけの戦では、長浜を根拠地として大勝し、織田信長の後継者としての立場を確立しました。特に賤ヶ岳の合戦の時に、長浜の町が功績を挙げたとして、「町屋敷年貢免除」朱印状を授けられ、この特権は明治維新まで続き、長浜の発展に大きな力となりました。10月12日は長浜の三大祭りの一つ"長浜出世まつり(きもの大園遊会)"が行われていました。【長浜八幡宮にて】昭和58年(1983)の春に豊臣秀吉公の出世城といわれる長浜城が約400年ぶりに再興されたのを記念して始まったそうです。もう30年も続いているのですねぇ長浜の町中は着物を着た女性で賑わっていました《続く》