『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
何年かぶりで アマゾンで買い物しようとしたら、プライム会員1ヶ月無料のオファーが来た。送料を節約するために申し込んだら ”アマゾンビデオ” の特典ビデオが無料で観られるという。たいして興味もなかったが、タダなら見てやろうという さもしい心で覗いてみると、『エヴァンゲリヲン新劇場版』三部作と その完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版 :)) (←楽譜のリピート記号)』が目についた。これは ”ロボットアニメ” である。最近の ぼくは 時代劇にしか興味がないのだが、世評が高いらしいので観てみた。”ロボットアニメ” と言うのは、『マジンガーZ』以来、日本では大量生産されてきたが、恐らく おとなたちが、こどもにロボットのおもちゃを売って 儲けるため作られていたのだろう。こどもの心に「戦いたい」「戦いを見たい」という潜在的欲求があって それを かきたてるような戦いを見せる。そして それを正当化するために 後付けで 戦う理由を考える。最初のころは ”正義の戦い” という建前だったのが、だんだん そんな白々しい言い訳もしなくなって、人間と言うのは 戦わずにいられない愚かな生き物なのだ と開き直るようになってきた。そして その暴力性も 高まる一方である。この作品も、かなりレトリックが凝っているが、やっぱり ”ロボットアニメ” である。だが しかし・・・・以下は ネタバレ注意であり、あくまでも ぼくと言う鏡に映った物語である。舞台は、人類の半数を絶滅させた大災害 ”セカンド インパクト” 後の、海が赤くなった地球である。”使徒” と呼ばれる なぞの巨大怪獣が 次々と 宇宙から飛来する。この連中を倒さなければ ”サード インパクト” が起こり人類が滅んでしまうらしい。しかし ”使徒” は超強力なので、通常兵器では倒せない。 ”使徒” と戦うために 国連直属の特務機関 ”ネルフ” と言うのが出来ており、総司令の碇ゲンドウらが開発した ”兵器” である 巨大人造人間 ”エヴァンゲリオン(エヴァ)” だけが人類に残された最後の頼みの綱である。”エヴァンゲリオン” とは、新約聖書の ”福音(よき知らせ)” であり、”キリストの救済” を意味している。また エヴァは『創世記』の中に出てくる 神が創造した最初の人間(man)アダムの助け手として 神が造った最初の女人間(woman)の名前である。アダムとエヴァは、神が禁じた ”知恵の実” を食し、エデンの園から追放される。しかし この人造人間は、人間が自分の知恵で創造した ロボットと巨人の あいの子みたいなグロテスクな怪物で、人間の子供が乗り込んで操縦しなければ動かない。エヴァと子供は、マン-マシン インターフェイスにより完全に一体化される。しかし動かせるのは、”シンクロ率” の高い ごく限られた子供だけで、ゲンドウの息子 中学生の碇シンジも その一人としてネルフに召喚される。彼は、なぜ自分が父に呼ばれたのか 事前に まったく 何も知らされていなかったが、ネルフに ついたその日に ”使徒” が来襲し、父ゲンドウに「エヴァに乗れ」と言われる。シンジは、恐ろしかったが ネグレクトされていた父に認めてもらいたくて いやいや 完成したばかりのエヴァ初号機に乗る。しかし ”使徒” は むちゃくちゃ強く、退治できたとしても ほとんど奇跡に近かった。戦闘の指揮を執る葛城ミサトは、我々は みんな ”人類を救うために” 命がけで戦っているのだ と言う。その言葉に偽りは なさそうだが、そんな大義名分は シンジには響かない。おとなたちは「もっと おとなになれ」とか「あまえるな」とか「また 嫌なことから逃げるのか」とか もっともらしいことを言うが、シンジには、自分が おとなたちの都合で利用されているようにしか思えない。実は ネルフの上には ”ゼーレ” と言うオカルト組織があり、”人類補完計画” という秘密の計画を進めている。その全容を知らされているのは ネルフの職員でも ゲンドウら ごく一部の幹部だけである。ミサトも その中身については何も知らない。”人類を救うため” と言うスローガンは 共有していても、実際には みんな同床異夢を見ている。”人類補完計画” については、観客にも はっきり 説明されない。ゲンドウによれば ”使徒” は「知恵の実を食べた人類を滅ぼすため 神が遣わした天使」なのだそうだ。断片的な説明によって なんとなく わかってくることは、神の裁きで滅びゆこうとする人類を、人智によって 人工的にバージョンアップし、超人に進化させて存続させる と言うのが どうやら計画の目的で、その代償として 旧人類は滅びなければならないらしい。そして計画全体は ”死海文書” に書かれた儀式に則って進められなくてはならない とゼーレは考えている。そうしてみると ”使徒” の来襲も ”サード インパクト” も 儀式の一部なのではないか という疑問がわいてくる。しかも どうやら ゲンドウは ゼーレの最終目的とは別のヴィジョンを持っているようである。それが なんなのか、ゼーレのヴィジョンと どこが違うのかも 模糊としてわからない。しかし そんなことは大した問題ではないのだろう。人の考えは みな違っており、理解し合うことも 説得することも できない。自分の目的を実現するためには、他人を道具として利用し、邪魔する者とは戦い、必要なら 抹殺しなければならないのだ。エヴァは グロテスクで 地獄の悪鬼のような姿をしている。その戦いは 残虐 凄惨を極め、絶叫し 相手の 手足をもぎ 肉を喰いちぎる。シンジには知らされていないが、同僚のエヴァパイロット 綾波レイは どうやらゲンドウらが造ったクローン人間だったらしい。(そして 式波アスカも 真希波マリも シンジ自身も?) ゲンドウは 必要なくなれば 容赦なく彼らを切り捨てる。ある日 ”使徒” との戦いで 綾波が ”使徒” の体内に取り込まれる。彼女を助けるため シンジは、初めて自分自身の強い意思でエヴァに乗る。そのことが 封印されていたエヴァの潜在能力を覚醒させ、エヴァは 奇跡的な力を発揮する。ところが これが ”サード インパクト” を引き起こすトリガーだったのだ。14年後、シンジは ミサトが立ち上げた反ネルフ組織 ”ヴィレ” の戦艦 ”ヴンダー” の内で意識を取り戻す。死んだと思っていたアスカも そこにいた。アスカもシンジも なぜか外見が子供のままだった。ミサト率いるヴィレは ”人類補完計画” を阻止しようとしていた。事情が分からないまま冷遇されるシンジ。助けたはずの綾波も もういない と言われる。そこへネルフがシンジを奪還に来た。綾波の声を聞いたシンジは ネルフにもどる。しかし 声の主は 綾波レイの複製であり、シンジのことも レイのことも 何も知らなかった。ネルフ本部でシンジは、 ゼーレから送られたパイロット 渚カヲルと会い、友達になる。カヲルから、自分が ”ニア サード インパクト” を引き起こし、人類のほとんどが絶滅したことを知らされ、シンジは絶望する。カヲルは、二人の行動次第で 世界の修復も可能である と告げる。しかし、修復どころかシンジの行動で ”フォース インパクト” が始まり、唯一 信頼し 心を開ける友だったカヲルも、シンジの身代わりになって 目の前で爆死してしまう。完全に放心状態になったシンジと 複製のレイは、アスカに連れられて放浪する。さて ここからが『シン・エヴァンゲリオン劇場版 :)) 』である。謎だらけで さんざん気を持たせた物語の結末は どうなるのだろう。なぜ この篇だけタイトルの ”新” が ”シン” になっているのだろう。ヴィレは、”ニア サード インパクト” によって破壊された世界を ネルフの妨害を受けながら 独自に修復しようとしている。それにしても 不思議なことに、人類の ほとんどが絶滅したはずなのに、ハイテク技術と軍需生産力だけは 健在らしい。シンジらは 昔の同級生に救われる。シンジは、彼の住む避難村で 自給自足に近い生活をしながら 立ち直っていく。複製のレイも 人間らしい喜びに目覚めかけるが、ネルフの外では生きられず、シンジの目の前で爆発して死ぬ。中断された ”フォースインパクト” を完遂させようとするネルフに、ヴンダーは 決戦を挑もうとする。シンジは、アスカとともに ヴンダーにもどることを決意する。ヴンダーは、ネルフの圧倒的な軍勢と戦い、ほとんど無力化される。ヴンダーの甲板に現れたゲンドウによると、”フォース インパクト” は、ゼーレの ”人類補完計画” の最終目的である 新人類を作り出すための最後の儀式である。新人類は 過去の人類の 物質化された魂と 人造人間エヴァを合体させたものらしい。新人類は、使徒の地位を奪い、知恵を失って 神の子として永遠に生きていく。ミサトたちは、神の定めた運命をも克服する 人間の知恵と意志の力を信じる とゲンドウに告げる。ゲンドウは ヒトの思いでは 何も変えられない と言う。彼は、文明の果てに 人智の愚かさゆえに滅びゆこうとする人類の 宿命を見ていたのかもしれない。ゲンドウは エヴァ13号機に乗り、儀式に必要なエヴァ初号機を奪って ”マイナス宇宙” に入っていく。シンジは、ふたたびエヴァに乗って ゲンドウと戦いたい と艦長のミサトに申し出、マリとともにゲンドウを追う。シンジはテレポートして、エヴァ初号機に乗り ゲンドウに挑む。マイナス宇宙で自分の記憶の世界に入り込み、父ゲンドウと戦うシンジに、ゲンドウは 力や戦いでは決着できないと告げる。 シンジは「父さんと話がしたい」と申し出る。シンジに ゲンドウの目的を問われ ”アディショナル インパクト” を起すことだ とゲンドウは答える。これにより 虚構と現実の境界がなくなり、自分の認識する世界が書き換えられる。そこで人類は 自我を失い 永遠の安らぎの中で生きていく。それが ゲンドウの考える 人類のメンタルな補完であり、その世界で彼は、シンジの母でもある 死んだ妻ユイに再会したいと考えている。シンジは ゲンドウのことを知りたいと申し出る。ゲンドウの孤独な過去が明かされる。ゲンドウは かつてのシンジだった。ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる子供たちのように、親に見捨てられたと感じ、それに由来する喪失感を埋めるために 彼は 戦っていた。綾波もアスカもミサトも、多かれ少なかれシンジだった。ミサトの特攻によって生成された 世界新生の槍が シンジのもとに届き、自分の計画の破綻を悟ったゲンドウは、最後に 過去の行いを シンジに わびた。ユイをシンジの中に見出したゲンドウは ひとり去っていく。エヴァのない世界を創るため、シンジは 槍で 自分ごとエヴァを つらぬこうとするが、その槍を 母ユイが受け取り、ゲンドウは ユイとエヴァと ともに みずから槍に貫かれて消える。すべてのエヴァが槍に貫かれ消滅する。海は青さを取り戻し、大地に緑がよみがえり、地球は もとの姿に帰る。目覚めるとシンジは おとなになっており、何事もなかったような 現実世界の駅のホームにいる。エンディングは、物語の全体が シンジの心宇宙での戦いだったことを暗示しているようにも見える。人間の争いは、秘められた心の闇に由来する。和解と平和を望むなら、自分と相手の 心の中にある真の問題に気付き、たがいに理解し 許し合うしかない。タイトルのリピート記号は、『モモ』の後書きのメッセージと同じように、この物語は、過去の出来事でも 未来の出来事でもあり、これで終わったのでもなく、これを見た すべてのシンジたちの中で、自分自身の物語として繰り返されるのだ と言っているのかもしれない。