『MOMO』その8
ミヒャエル・エンデはファンタジー作家として、想像力の持つ可能性と意義を高く評価していた。しかし想像力はしばしば、人の心を苦しめる否定的な妄想を生み出す事も知っていた。過去の悲しい思い出や理不尽な経験や失敗の記憶にとらわれて、人はいつまでも悲しみや怒りや挫折感を引きずることがある。あるいは邪推をたくましくして人を疑ったり、妬んだり、憎んだりする。あるいはまだ来ぬ明日を想像して、心配や不安や焦燥感にとらわれる。想像力はこうした否定的想念を増幅し肥大化させる。怪物化した妄想は、人の精神の自由をうばい、心を病ませていくのである。物語を読み進めていくと、ベッポは、ものごとを悲観的に考えやすい人だと言うことがわかる。ではどうすれば、妄執にとらわれた心を解き放ち、ふたたび精神の自由を取り戻せるのだろうか。それを可能にするのが ”マインドフルネス” であると、テク・ナット・ハンは言うのである。テク・ナット・ハンは、ベトナム臨済宗の禅僧で、ベトナム戦争に反対して国を追われ、フランスに亡命して ”プラム・ビレッジ(スモモ村)” というサンガ(僧侶の共同体)を作って積極的に活動していた。僕は、1週間の ”Summer Retreat(夏のお籠り会)” が開かれることを知り、バックパックを背負ってヨーロッパを放浪中に、プラム・ビレッジに立ち寄った。そこは、ブドウとワインで有名なボルドーの近くの風光明媚な土地で、大西洋から吹いて来る西風のおかげで真夏でも爽やかで過ごしやすかった。広大な庭園のような敷地には、何百人もの人々が、ヨーロッパ全土と北米から集まって、ごった返していた。参加者たちは、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語などの言語ごとにわかれて、ベトナム人の僧侶を交えて小さなグループを作り、生活をともにした。朝は鐘の音で始まり、禅堂で座禅をする。そして朝食の後、テク・ナット・ハン師の法話を聞く。食事はベトナム風の味付けの精進料理で、とても美味しかった。午後からは、食事の後片付けのあと、作業奉仕をしたり、会話をしたり、木立の間を散歩をしたりして、おだやかな時間を過ごす。夕食の後は、グループで集まって、ひとりづつ自分の気づきや思い、抱えている悩みなどを話して分かち合う。時折、美しい緑の庭園に鐘の音が鳴り響く。それを聴くと、それまで忙しく仕事をしたり、話したり、歩いたりしていた人々も、手を止め、沈黙し、立ち止まる。あたりはしんとした空気に包まれる。この鐘の音を合図に、”呼吸の瞑想” が始まるのである。「息を吸っているとき、私は息を吸っていると認識し、息を吐いているとき、私は息を吐いていると認識すること。これは最初のとても重要な練習です。ただ自分の呼吸だけに意識を向け、考えることをやめるのです。」「考えすぎることによって、我々は自分を見失うのです。”心ここにあらず” という状態になる。呼吸に意識を向けることによって、離れていた心と体が一つになるのです。」「もし心がそこになければ、我々ははっきりと深く物事を認識できません。あなたが愛する人々のためを思うなら、あなたは本当にそこにいなければなりません。それがマインドフルネスです。」「マインドフルネスとは、気づいていること、いま何が起こっているのかに気づいていること。そして現実に立ち向かう準備ができていること。なぜなら人生は現在のこの瞬間にのみ見いだされるものだから。」「あなたが探し求めるもの、幸福、平安、喜び、これらはすべて、いまこの瞬間にあるのです。仏教徒の ”浄土” も、カトリックやプロテスタントの ”神の王国” も、そこにこそ見いだされなければなりません。」こう聞くと「その ”浄土” や ”神の王国” も妄想なのではないか」という人もいるだろう。しかし、太古の素朴な日本人が山川草木に八百万の神々を見出したように、一切の迷妄から解き放たれた人間が見る世界が、神聖な光に満たされた神々しい世界であったとしても不思議ではないように僕には思える。ベッポは、ほうきを手にして道路を掃きながら何を見ていたのだろうか。仕事を急がなければならない理由などなかった。呼吸が絶えず我々の体を清新に保ってくれているように、彼のほうきのひと掃きひと掃きが道を清め、彼の歩みの一足ごとに足下の道が命を蘇らせてゆく。それこそが彼のなすべき神聖な営みであり、彼が認識すべき真実だったのだ。プラム・ビレッジに集った人々は、禅堂で瞑想したあと、テク・ナット・ハン師を先頭に、庭園をゆっくりと歩きながら次のような歌を歌った。Breathing in, breathing out, (2x) (息を吸って、息を吐いて。) I am blooming as a flower, I am fresh as the dew. (私は咲いている、花のように。私は清新、露のように。)I am solid as a mountain, I am firm as the earth, (私は揺るぎない、山のように。私は堅固、大地のように。)I am free. (私は自由。)Breathing in, breathing out, (2x) (息を吸って、息を吐いて。) I am water reflecting what is real, what is true.(私は水、ありのままを、真実を映し出す。)And I feel there is space deep inside of me. (そして私は感じる、宇宙があることを、私の中の奥深くに。)I am free, I am free, I am free.(私は自由、私は自由、私は自由。)Breathing In Breathing Out || Thai Plum Villagehttps://youtu.be/8iRJEMzQ4To