『女の平和』
古代ギリシアの演劇作品で僕自身が読んだのは、以前に書いた『オイディプス王』に続いてこれが2作目だが、この作品は『オイディプス王』で見た、なんだか辛気臭い古代ギリシア人のイメージを一掃してくれた。原題は『リューシストラテー』。主人公であるアテナイに住む若夫人の名前である。ウィキペディアによると ”「リューシス」(解体)+「ストラトス」(軍隊)の合成語で、「軍隊解散者」の意)”。アテナイの喜劇詩人アリストファネスの代表作とされている。上演されたのは、前411年。ペロポネソス戦争が始まってから20年後、シチリア遠征の失敗により海軍が壊滅状態に陥り、デロス同盟が崩壊の危機にあった、アテナイにとって非常に暗い時期だった。これ以前の作品から、アリストファネスは一貫して平和主義を唱え、この作品のメッセージも戦争反対である。あまりに長引く戦争により、さすがの戦争好きの古代ギリシア人も、戦争に倦んでいたのだろうが、国が危急存亡のときにある戦時中に、反戦を唱える喜劇が公共の劇場で上演され、自分たちの置かれている苦境を笑いとばして楽しもうという、アテナイ人の懐の深さには驚いた。内容は、アテネとスパルタの戦いを終わらせるために、ギリシア中の女たちが手を結び、セックス・ストライキをおこなうという、下ネタに満ちた喜劇である。この作品の魅力は、当時のアテナイ民衆の日常を彷彿とさせる生き生きとした会話だ。舞台の上にいるのは、まさしく我々と同じ等身大の人間たち。まるで2400年前にタイムスリップして、当時のギリシア人と同じ観客席に座り、いっしょに笑い、喝采を送るような感覚を味わえる。これこそが読書でしか味わえない醍醐味だろう。これまで僕が読んだ、数少ない古代ギリシアのテキストの中では、女性たちが表舞台に立つことは決してなかった。ストーリー自体は、現実にはありえない話だけど、当時のアテナイの女性たちが、戦争という現実に対してどんなふうに考え、感じていたのかを、うかがい知るよすがになるはずだ。またこの作品には、後のキリスト教時代のような謹厳なお行儀の良さはない。おおっぴらに性を笑いの対象にする、古代人の無邪気で、底抜けに明るいユーモアのセンスを知ることができるだろう。アリストファネスの胸像【送料無料】 ギリシア喜劇全集 3 アリストパネース / 久保田忠利 【全集・双書】価格:5940円(税込、送料無料) (2021/4/23時点)楽天で購入