カテゴリ:誘水日記
僕の田舎は20数件の小さな集落。
その北の端に、僕の実家はある。村はずれの急な坂道を降りていくと、そこには田園が広がっている。そして、村を見上げると、こんもりとした森に覆われてしまう。落ち武者が隠れ住むにはかっこうの場所だったかもしれない。 僕の家の北側の窓をあけて身を乗り出すようにして西を見ると、大きな木がそびえ立っている。僕が小さいころから大きかった。親父に聞くと、親父が子どものころから、あの木は村を見下ろしていたらしい。 どんぐりの木だと親父は教えてくれた。 去年から、あの木が気になっていて、お正月もその根元まで足を運んだ。 大人2人が両手を広げたよりも、その幹の周囲は大きそうだ。 根元から、つたがぎっしりと絡まりついていた。 日の当たる東側から見ると、20メートルほどある高さの3分の2はびっしりとつたに覆われている。つたは、どんぐりの木の幹に食い込んでいて、ほとんど同化しているに近かった。 このままいくと、つたに栄養を吸い尽くされてしまって、この老木は枯れてしまうに違いない。 どうしたら老木を救えるだろうか? まず、つたを取り除くのは不可能だろう。 僕は、ある話を思い出した。 有名な話だ。 ある植物学者が、サボテンに声をかけ始めた。 「君は、だれにも攻撃されないよ。守られているよ。だから、自分の身を守る必要はないよ」 何日も何日も、そんなことを言って聞かせた。 そしたら、そのサボテンは、棘を捨ててしまったと言う。棘のないサボテンが、サボテン自らの意思によって作られたのだ。 老木に声をかけた。 「よくがんばっているね。僕は、ずっと君のことを見ていたよ。ありがとうね。勇気をもらったよ。君のおかげで、がんばれるよ」 次に、つたの太い幹に手をかけて声をかけた。 「つた君、本当に大きくなったね。でも、君が必要以上に大きくなると、君が栄養をもらっているどんぐりの木が枯れてしまうよ。そうなると、君も死んでしまうよ。だから、両方が幸せになれるような大きさでいようじゃない。どんぐりの木が死んだら、元も子もないんだから」 つた君は、聞いてくれたような気がする。 僕は今、植物の本を書こうとしている。 どう書き進めていくか、わずかな光の中で、右へ行ったり、左へ行ったり、頭の中は迷い道だった。でも、昨日、方向性が決まった。どんぐりの老木を主人公にしよう。彼に語ってもらおう。 僕は、田舎へ帰ると、いつもあの老木を見上げる。 そして、心の中で「ありがとう」と何度も唱える。 老木は、いつもやさしく僕を励ましてくれる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年01月08日 07時55分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[誘水日記] カテゴリの最新記事
|
|