テーマ:ワイン大好き!(30432)
カテゴリ:ワインコラム2(話飲徒然草拾遺集)
#およそ3年近く前の記事です。
「神の雫」といえば、人気マンガのタイトルですが、本当に神の雫と形容するにふさわしいワイン、あるいは「魂が揺さぶられるような」経験をするワインに出くわす機会はそう滅多にありません。 まあ、ひとつには貧乏ブルゴーニュ飲みの私ゆえ、真に偉大な、そうした味覚体験に行き着く可能性の高そうな銘柄、たとえば熟成したDRCだったりとか、ドメーヌ・ルロワのグランクリュだったりとか、アンリ・ジャイエだとか、ル・モンラッシェとか、そうした銘柄を飲む機会が滅多にない、ということが大きな要因だろうとは思います。 しかし、ワインの面白いところ、奥深いところ、不思議なところは、かような超高額なワインでなくとも、あるいは、最良年の最良の作り手の最良の畑からのものでなくても、まさにバッカスの導きのごとく、めくるめくような味覚体験に遭遇する場面があることです。 戦後最悪の年の一つといわれ、ボルドーですらおそらくまっとうなボトルはほとんど残っていないであろう1965年。 しかも、クリュとはいいながらも産地はボジョレー。そんなボトルから、めくるめくような香味体験を得られようとは一体誰が想像したでしょうか。先日のワイン会で飲んだ65年のシルーブルは、まさに奇跡のような一本でした。 実は我が家は、私が戦後最悪ビンテージのひとつと言われる1963年生まれ、カミサンが1965年生まれというバッドヴィンテージ夫婦です。これら両年については、生まれ年という興味もあって、比較的よく飲んできたと自負しています。が、一部の例外を除いて、純粋な香味の面ではほとんどの場合期待はずれ、自分たちと同じ年数命脈を保ってきたという事実以外に感動の拠り所となるファクターを見い出すのは困難でした。(ちなみにこれはスティルワインの話で、戦後最良年のひとつといわれる63年のポートは例外です。)最近はそもそも市場で見かけなくなってきて、気付けばかれこれ10年ぐらい、この両ビンテージを口にしていませんでした。 アカデミー・デュ・ヴァンの講師としてご活躍中の林麻由美先生が持ち込まれたこのボトル。薄汚れたラベルの下部には、「セレクション・ジョルジュ・デュブッフ」と書かれています。 花の模様のラベルで有名なジョルジュ・デュブッフによるネゴシアンもののようです。 今までの経験からして、仮にまっとうに熟成していたとしても、ミイラのような、ほんの一瞬だけ香水のような香りを漂わせながらグラスの中でどんどん酸化してゆくワイン、あるいはワインとはもはや別物の、枯れた紹興酒のような味わい、それでもなければ、ほとんどレンガ色をした水のような飲み物。そんな香味を想像していました。 あけてビックリでした。 グラスに注がれた液体の色調は、エッジにはっきりとレンガを感じるオレンジガーネットというところでしょうか。とはいえ、液体自体は透明感があって綺麗な色あいです。 鼻を近づけてみると‥。 おぉ、という言葉にならないようなうめき声があちこちの席から聞こえてきます。私自身も、しばし言葉が出ませんでした。 幾星霜を経て、余分な要素はすべて削ぎ落とされ、エッセンスだけが凝縮されたかのような素晴らしい香りです。赤い果実のリキュール、なめした皮、シャンピニオン、ダージリン、枯葉、スーボワ。うまく表現できるだけのボキャブラリーがないのがなんとも無念でなりません。それらが渾然一体となって、衰えることなく、芯のある力強い芳香を形成しているのがまた意外。 飲んでみると、思いのほか液体に力があります。透明感のあるリキュール状の果実味、タンニンは液体の中に溶け込み、酸はエッジが鑢で研いだかのように丸い。 バランス的に言うと、ブルなどに比べてわずかに酸が引っ込んでいて、果実味に芯の強さを感じます。参加していた多くの方が、シラーの古酒とか、シャトー・ラヤスのようだと言っていましたが、私もまさに良質のローヌの古酒のような印象を受けました。 特筆すべきはボトルのコンディションのよさ。裏のインポーターのラベルはすでに判読不能でしたが、いずれにしても、流通段階、その後の保存においてもきちんと丁寧に扱われたボトルであることは間違いないでしょう。 それにしても、繰り返しになりますが、65年のシルーブルというラベルから、一体誰がこのような香味を想像することができたでしょうか。 このところ、慢性的に疲労困憊気味で余裕がなく、ワインへの興味も後退気味でしたが、自分自身とほぼ同じ年月を過ごしてきたグラスの中の液体からは、まだまだ老け込んだりたそがれたりするような年齢ではないとの叱咤激励のメッセージが伝わってくるかのようでした。 【後日談】 某ショップ店主によれば、とんでもなく寝かせたボジョレの中には、今回のように突き抜けたような香味のものに出会えるケースがあるとのこと。 私もこれを機しばらくの間ボジョレを飲みあさってみましたが、このときのシルーブルに迫るような香味のものにはその後出会えていません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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