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カテゴリ:人生
試験というものは一般に、観点を変えると途端に効果を発揮するように思う。試験を受ける側はいろいろ準備しなければならず、大概の人にとっては苦痛であろうが、自分が試験官のつもりになると、意外と気が楽になり、何を準備すれば良いかも自然と頭に浮かんでくる。 勿論、試験官のつもりになるには、全体像が見えないといけない。学校ならば、その学期に何をやったのか、全体的な項目(単元)を確認する。それがその学年で学ぶことのどこに位置しているのか、なぜそれを学ぶのかということも大きなところから考える。参考書に出てくるような細かい項目のポイントは、大切ではあっても技術的なことにすぎないので(これが日本の教育には書けている観点ではないか)、そこに入る前に世界を総覧する気分で教科書の目次を眺める方がいい。 中学校の補習授業で、社会科の先生が言ったことを今でも記憶している。歴史のことだが、「歴史は細かい年号や出来事を覚えていくだけでは意味がない。まず歴史全体の流れをつかんで、それから細かいところに入っていくように。日本史なら、縄文、弥生、大和、奈良、平安、鎌倉、南北朝、室町、(戦国)、安土桃山、江戸、明治、大正、昭和といった各時代の特徴を3つ挙げて、なぜ次の時代に移ったかを押さえていく。いつも因果関係を考えながら次第に細かいところに目を移す、云々。」という具合だ。木を見て森を見るのではなく、森を見てから木を見ることをずばっと教えてくれた最初の先生だった。 試験官=先生は、一年間の計画を立てて授業を組んでいるのだから、試験官のつもりになるには、先生と同じ視点に立たなければなならない。これは小学校から大学まで当てはまる。通信教育まで含めれば、一生ものだ。「学ぶ」という謙虚な姿勢は維持する必要があるが、大きな視点に立つと、自分に教えながら学ぶことができるように思う。 本当は、先生方がそういうことを最初に教えてくれれば良いのに、と今では思う。「この学年では、全体としてこういうことを勉強します。この単元はおおまかに言って、こういうことです。次の単元はこれがポイントです。その次はこうで、最後はこうです。細かいことはこれから先生と一緒に順次見ていきましょう。」とオリエンテーションをしてもらえれば、生徒にとっては大いに役立つ筈だ。大学はその点、少しは考えてくれる先生方がいた(と思う)。大抵の人は社会人になって初めて、森を最初に見ることを覚える。 就職試験は、、、明日にしよう。 <あとがき> 日本は23日に入っていますが、オタワではまだ22日です。2日間にわたる面接試験も終了しました。これまで私が経験した面接で考えたこと、思ったことをまとめて、23日のブログで紹介します。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Feb 23, 2005 10:20:51 AM
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