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テーマ:本日の1冊(3697)
カテゴリ:ちょっとなつかしのファンタジー
「少女」の話ばかり書いたので、今日は男の子の話を。
年代的には以前とりあげた『キップをなくして』(池澤夏樹)と同じ、10歳前後の男の子が主人公の、世紀末あるいは近未来小説。 主人公の名前は「まこと」。『キップをなくして』の主人公イタルは「至る」でしたが、今度は「真実・本当」を意味する名前です。 まことたち小学生の間に、呪われたゲームソフト「ノーライフキング」の噂が蔓延し、その呪いを解こうとする彼らなりの“戦い”の物語です。 少女戦士たちと同じく、まことたちもまた「戦士」と呼ばれています。 そして、本の末尾の解説(岡田幸四郎)によると、その戦いは、子供時代の終わり(死)に対する戦いであり、裏返せば、まことたちがいかに子供時代に終止符を打って思春期へと踏み出していくか、つまりはイニシエーションの物語であるのだそうです。 いたる所に象徴的な「生」と「死」が見え隠れするこの戦いは、(一種のハイ・ファンタジーのように)まったく架空のゲーム空間で展開するわけではないし、かといって現実世界に架空のものがやって来る(ロー・ファンタジーとかエブリデイ・マジックとかの)話でもないのです。 何というか、現実世界そのものが、主人公たちの目で(=大人とは違う角度から)見ると、そのままゲーム(虚構)の世界に見え始めるのです。そして、次第に彼らは、ゲームの主人公「ライフキング」(生命の象徴)の一端末ハーフライフとして行動し始め・・・、 …繁華街の一直線の道に小石の配列が伸びていた。 世界は反転した。 小石は暗黒迷宮のあの赤い点とまったく同じ比率で並んでいたのだ。 ぼくは今、ノーライフキングの中にいる。 …リアルだ。 リアルです。 ぼくは本当の世界の中にいる。 ――『ノーライフキング』 本当(=真実。まこと)の世界、つまりリアルとは何でしょう。架空のゲーム空間は、実は現実世界の別の姿であり、現実世界はゲーム空間の別の姿なのです。 そういう新しい世界に、まことたちは存在し、虚実入り乱れる敵や妨害をはねのけてゲームをやり続けることで、せまりくる「死」や「呪い」と戦い続けます。 『影のオンブリア』や『霧の都』では、ファンタジー的空間と現実的空間は、表裏一体のように寄り添ってはいても、完全に一致はしていませんでした。ところが、『ノーライフキング』では、この二つの世界が「新しいリアル」として完全一致してしまうのです。 この点で、オーソドックスなファンタジーに慣れ親しんだ私などには、この物語は、かなり衝撃的でした。何度読み返しても、そのインパクトは薄れません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 21, 2005 10:42:04 PM
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