「400回」と「30年」の理由
インタビューは好きです。活躍しているひとの話は、やっぱり面白い。とくに、ファンを自認するアーティストだったら、願ったりかなったりです。だからといって、必ずしもうまくいくわけではないのですが・・・ 今回、思いがけず、インタビューができることになりました。しかも、出発前にブログにも書いた「魅惑のバス」、ロベルト・スカンディウッツィ。開演前、楽屋にお花を届けて名刺をいれておいたらメールが来て、何度かやりとりをするうちに、ちょっとだけインタビューさせてもらえることになったのです。舞い上がってしまったのは、言うまでもありません。 待ち合わせ場所に指定されたのは、劇場の楽屋口。どきどきしながら待つうちに、「仕事(=実は次のオペラ公演であるトリノの「ドン・パスクワーレ」の準備でした)」を終えたロベルト氏が現れました。瞬間、え?と思ったのをお許しあれ。 HPの表紙に出ている写真から??年が経過した?という、もこもこしたおじさんがいたのでした。 さらに彼からのメールでは、「シモン」の出演者の半分が風邪を引いていたということだったのですが、間違いなくロベルト氏もそのひとりのようで、くしゃくしゃした顔をしていました。 まあ、逆に親しみがわいたのでもありましたけれど(ちょっと苦しいかも?)。 肝心のインタビューは、反省だらけでした。何よりイタリア語が不十分で、ロベルト氏に失礼をしてしまったと思います。準備も足りませんでしたし、話も飛んだり、肝心なことへの切り替えがうまくできなかったりで、先方もあきれたことと思います。それでも我慢強く、ゆっくりわかるように話してくれ、心遣いに感謝しつづけでした。ジェントルマンですね。 さて、インタビューを申し込むきっかけになったのは、ロベルト氏が「シモン」のフィエスコ役を歌うのが、私の聴いた日にちょうど400回目になるのだ、という記事を目にしたからでした。この役をこんなにやっているバスはまずいないでしょうから、そこまで歌う理由が知りたかったのです。 答えは、ちょっと拍子抜けするようなものでした。 「バリトンがみな、「シモン」を歌いたがるから」。 「シモン・ボッカネグラ」の主役はバリトンです。そして、とてもかっこいい役です。バリトンがやりたがるのも分かります。「ひところ、「シモン」がブームになって、ヌッチとかブルゾンとかアガーケとか、みんな歌いたがり、相手役に自分を指名してきた」というわけだったのです。 もちろん指名されるのには訳があり、ロベルト氏は1989年に、ロンドンのコヴェントガーデンで、ショルティの指揮のもとにこの役を歌い、国際的な成功を収めました。この公演はDVDになっていますが、歌手のなかでは彼がダントツです(ヴィジュアルもりりしい!)。「その後6シーズンの間、オファーの80%!がフィエスコ役だった」。そして11年から12年の間、世界中でフィエスコを歌い、自分の「看板」になったそうです。彼にとって歌手としての道を開いた役だそうで、この役があって幸運だった、と言っていました。「400回」になるわけですね。 もちろん、ロベルト氏はこの役が好きです。「好きでなければ歌わない」。「完璧な役」「(「シモン」でのヴェルディの音楽には)エレガンスと情熱があり、知的で、テッシトゥーラ(音域、声域)が完璧で、母音の響きが美しい。ヴェルディが成熟して、声のことをよく理解していたときの作品」。 同じような理由で、ロベルト氏は、ヴェルディのオペラでは後期に属する「ドン・カルロ」や「運命の力」がお気に入りだそうでした。対して、中期の作品である「トロヴァトーレ」のフェッランドや、「リゴレット」のスパラフチーレは「2度と歌いたくない」そうです。「声によくないし、難しいわりにその難しさが客席にわからない」。要するにやりがいがない、ということなのでしょう。それらに比べたら、たとえば「オネーギン」のグレーミンのほうが、美しくてエレガントなアリアがあり、効果的だと言っていました。 ロベルト氏がお手本にしているのは、同じイタリア出身のチェーザレ・シエピ。日本では「シモン」のフィエスコ役といえば、NHKのイタリア・オペラで「シモン」が日本初演された時や、スカラ座の来日公演でこの役を歌ったギャウロフの印象が強いと思いますが、「ギャウロフは素晴らしいし、聴くのは好きだけれど、学びたいのはシエピ」だと語っていました。シエピもフィエスコは得意だったようで、帰ったら聴いてみなくてはと思いました。(シエピというと、私の場合ドン・ジョヴァンニの印象が強いのです) ところで、インタビューの後半にもっぱらになってしまった話題が、「今のイタリアの歌手の現状」(?)だったのですが、今のイタリアに優秀な歌手が少ない理由をいくつかあげるなかで、ロベルト氏は「教育」の問題を口にしました。 「若い学生がしょっちゅう先生を変えるけれど、それはよくない。ずっとひとりの先生についていることが必要」 そういうロベルト氏は、「30年間、同じ先生についている」のだそうです。 「30年前も、昨日も、彼女が私の唯一の先生」。 同じ先生につく重要性は、彼に言わせると 「歌手には、3つの「耳」が必要だから。自分の耳と、自分の心(胸をさして、言いました)、そして、もうひとつの耳と」 これはなかなか深いなあ、と、感心してしまったのですが。 後でイタリア語のウィキペディアで調べてみたら、同郷(ロベルト氏は北イタリアのトレヴィーゾの出身です)である彼の先生は、「後の奥さん」だったのでした。 30年、続くわけですね。 (ひょっとしてロベルト氏も、イタリア人によくいる「奥さんに頭があがらない」タイプかも???) ロベルト氏の次の来日は、東京フィルのヴェルディ「レクイエム」演奏会(2月19,22日)。彼のレクイエムは生で聴いていないので、かけつけなくては。もこもこのカジュアルなおじさんもいいけど、やっぱり舞台で燕尾服で見てみたいな。本当は写真を撮りたかったのですが、(風邪のせいで)あまりの状態に遠慮してしまったのですから・・・東京フィルのHPはこちら。2月定期をクリックしてください。http://www.tpo.or.jp/japanese/index.html写真は、オペラハウスからもらった舞台写真です。中央、立っているのがロベルト・スカンディウッツィ扮するフィエスコ。そういえばちょっと風邪顔かな。クレジットは Suzanne Schwiertz です。