「憩いの家」のプリマ、80代のリナ・ヴァスタさん、「オペラ・ガラ」で歌います!
若ーい指揮者をご紹介した後は、晩年に最盛期を迎えている、プリマドンナのお話です。 リナ・ヴァスタ。84歳(たぶん)。「たぶん」と書いたのは、10数年前に彼女にインタビューしたとき、きいても教えてもらえなかったから。「芸術家には、年齢はない」と言われてしまったのです(かっこいいですね)。けれど、2000年当時71歳だったはずなので、おそらく84歳、でしょうか。 けれど彼女が言う通り、正確な年齢は二の次、だと思います。人生の最終段階で、元気で、第一線で活動している。それが本当に素晴らしい。芸術の力、音楽の力ですね。 リナ・ヴァスタさんが日本で知られるようになったのは、2001年に、ヴェルディの没後100年を記念して、NHKが制作したドキュメンタリー「人生を奏でる家」で紹介されたことがきっかけでした。「人生を奏でる家」とは、ヴェルディが最晩年に私財を投じて建てた音楽家のための老人ホーム「憩いの家」のこと。番組は、そこで暮らすもと音楽家たちの日常や人生を紡ぐ内容でした。リウマチで指が曲がり、一度は諦めたピアノを、「憩いの家」に入居して再び練習を始めたら、なんとか弾けるようになったピアニスト。そのピアニストに伴奏を務めてもらい、ふたたび歌い出した元テノール歌手。指の痛みと戦いながら毎日チェロと向かい合い、妻を喪って入った「憩いの家」でもとバレリーナと恋に落ちた、スカラ座オーケストラの元チェロ奏者。そして、100歳を目前にして、まだ毎日ピアノを弾き続け、不自由になるからだを抱えながらユーモアを忘れないもと指揮者・作曲家・・・苦難があっても、音楽を支えに前向きに晩年を過ごす老音楽家たちの姿は好評だったようで、何度か再放送もされました。 そのなかで、バリバリの現役として、コンサートに出たり、弟子を教えたりしていたソプラノ歌手が、ヴァスタさんでした。繰り返しですが、収録時71歳、ドキュメンタリーで紹介されていた音楽家たちのなかでは、一番の若手(!)でした。 彼女が高齢になった今、歌い続けていられる理由のひとつは、中断期があったことかもしれません。 番組でも紹介されましたし、私もその後、2002年に上梓した、「憩いの家」の音楽家たちにインタビューした拙著「人生の午後に生きがいを奏でる家」のなかで彼女に話をきいたときにも出てきたエピソードなのですが、キャリアを断念したのは「結婚」のためでした。カターニャ出身、14歳の若さでミラノの音楽院に入り、16歳の若さでデビューと順調にキャリアをスタートしたヴァスタさんは、27歳で指揮者のご主人と結婚しますが、このご主人が相当なやきもちやき。結婚前、ご主人の指揮で「リゴレット」に出ていたとき、ヴァスタさんと相手役とのラブシーンになると、「スゴイ目でにらんでいた」ほどだったという。 家庭に入った彼女は、キャリアを諦め、コンサートなどで細々と歌うだけになってしまったのです。 本の取材の時、思わずきいてしまいました。「別れようとは思わなかったのですか?」 「思わなかった」。彼女の返事は、きっぱりしたものでした。「とても愛していたから」と。かっこいい。。。。。 「憩いの家」に入ったのも、ご主人と一緒。そのご主人は入居後まもなく亡くなり、彼女は「30年の失われた時代を取り戻そうと」(ヴァスタさんの言)羽ばたき始めたのです。 ご主人が亡くなったのはもちろん寂しいけれど、毎朝目が覚めると「自由だ」と思う、と正直に語ってくれたのも印象的でした。 もともと才能もあり、基礎もちゃんとしていたからなのでしょう。ヴァスタさんは未だに、歌手としても教師としてもバリバリの現役です。NHKのドキュメンタリーが放映されて以後、弟子にしてほしいとやってくる日本人が増えたとか。私は2001年にはじめて「憩いの家」で彼女の歌に接して以来、何度も聴かせてもらっていますが(企画、同行しているオペラツアーで、ミラノが日程に入っている場合は必ず「憩いの家」に行き、だいたいいつも、ヴァスタさんが歌ってくれます)、ぜんぜん衰える気配がありません。さすがに高音は以前ほどには出ないようですが、むらなく、しっかりした歌です。響かせるのもうまいし、声が澄んでいる一方で、深い「色」もある。だから歌に表情があります。そして、なんというか、歌に命を感じるのです。だから、心を揺さぶられる。 もとはリリコ・レッジェーロだそうですから軽めの声なのでしょうが(だからあの年齢でも「リゴレット」のジルダのアリアが歌えるようです。私はジルダのアリアは生で聴いたことはないのですが)、私がよく聴かせていただくのは、「椿姫」第3幕のアリア「さようなら、過ぎた日よ」、「運命の力」第2幕の「天使のような聖処女」など。前者では表現力を、後者では澄んだ声の色を見せつけられます。同時に、繰り返しですが、ただうまいだけの若い歌手ではなかなか出せない、「命」のようなものを感じるのです。 そのヴァスタさん、昨年のヴェルディ生誕200年では大忙しだったようで、「題名のない音楽会」でも紹介されたようですが、このたび、その招きで来日!し、日本のプロの歌手たちに混じって歌声を披露してくれることになりました。2001年には、横浜の老人ホーム「太陽の國」の招きで日本に来ていましたし、その数年後にも来日して小さなコンサートで歌っていますが、大きな公開の会場で歌うのは初めてだと思います。青島広志さんの解説つきで、1時間の枠内ですが、チケットは2100円と格安!ぜひ、「憩いの家」が誇る84歳のプリマの生の歌声に、接していただければと思います。 コンサートの詳細は以下です。http://nandemoclassic.jp/programs/7-1.html ヴァスタさんのインタビューを収録した拙著「人生の午後に生きがいを奏でる家」(中経出版)はこちらです。残念ながら絶版ですが、中古はまだ入手可能です。 http://www.amazon.co.jp/人生の午後に生きがいを奏でる家―終の棲み家は、どこで誰と暮らすのか-音楽家ヴェルディが遺した「憩いの家」に学ぶ-加藤-浩子/dp/4806118753/ref=la_B004LRR36W_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1390748094&sr=1-6