JEWEL
日記・グルメ・小説のこと716
読書・TV・映画記録2729
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
完結済小説:暁の鳳凰84
完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り1
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 BLOOD+パラレル二次創作小説:闇の子守唄1
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
黒執事 現代転生腐向けパラレル二次創作小説:君って・・5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー9
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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「それにしても、こんなクソ寒い中でバーベキューをするなんざ、近藤さんは変わっているな。」「バーベキューは夏だけのものじゃないぞ、トシ。」バーベキューコンロで肉を焼きながら、勇はそう言うと笑った。「まぁ、そうだな。」ダウンジャケットを着こんだ歳三は、そう言うとコンロの近くに置いてある座椅子の上に腰を下ろした。「トシ、そんなところに居たら火傷するぞ。」「大丈夫だよ。」「寒がりな所は相変わらず変わっていないな、トシ。」「皆さん、料理の下ごしらえが出来ましたよ!」下ごしらえを終えた女性陣と千尋が野菜と魚介類を持って中庭に出ると、そこから食欲をそそる肉の匂いがした。「美味しそうな匂いだねぇ。」「ええ。つね達も、遠慮せずに食べろ!」「あなたがそうおっしゃるのなら、有難くいただきます。」「勇、あんたはいつもつねさんに甘いんだから。あたしの嫁時代には、そんなことはなかったよ。」「今と昔とは時代が違うんだよ、義母さん。」「つねさんは良い時代に勇の女房になったもんだね、羨ましいったらありゃしない。」近藤の養母はそう言うと、母屋の中へと戻っていった。「お義母様、一体どうなさったのかしら?」「いつものことだから、気にするな。」勇はつねを励ますかのように彼女の肩を叩くと、缶ビールを彼女に手渡した。「土方先生、ちょっと今宜しいですか?」「ああ。」千尋と歳三は、人気のないところへ移動した。「話って何だ?」「昨夜、母から僕につきまとっている男の事を話したんです。そしたら、母はその男の事を知っていると言いました。」「それで、お袋さんは何だって?」「その男は、もしかすると自分が別れた夫かもしれないと・・」「お前のお袋さんは、離婚歴があるのか?」「ええ。前の旦那さんと別れた理由は、子供が出来なかったからだって・・詳しくは、話してくれませんでした。」「そのこと、荻野の親父さんは知っているのか?」「ええ。土方先生、このことは誰にも・・」「わかった。」歳三と千尋が中庭に戻ると、そこにはダウンジャケットとジーンズ姿の女性が立っていた。「トシ兄、久しぶり!」「誰かと思ったら、希(のぞみ)じゃねぇか!」女性は歳三の姿を見るなりそう叫ぶと、彼を抱き締めた。「土方先生、この方は?」「ああ、お前が会うのは初めてだったな。こいつは近藤希、勇さんの義理の妹だ。」「初めまして、希です。あなたが、トシ兄さんの生徒さん?」「はい。荻野千尋と申します。」「千尋ちゃんっていうのね、宜しくね。」女性―希はそう言って千尋に笑顔を浮かべると、右手を差し出した。「こちらこそ、宜しくお願いします。あの、希さんお仕事は何をされていらっしゃるのですか?」「記者よ。世界中を回っているの。日本に帰国するのは久しぶりだわ。」「希、久しぶりだな!」「勇兄、久しぶりね!義姉さんも元気そうで何よりだわ。」「希さん、1年ぶりね。ゆっくりしていってね。」「ええ。」 千尋が希たちと談笑していると、彼は門の外から自分の事を見つめている男の姿に気付いた。にほんブログ村
2014.07.28
コメント(2)
「ねぇ、何かあったの?」「実はね、あなたに変な荷物を送りつけてきた人がわかったのよ。」「え、それは本当なの?」 夕食の後、千尋は育子から自分に汚物を送り付けてきた犯人が警察に自首してきたことを知った。 犯人は、荻野家の近所に住む主婦だった。犯行の動機について、犯人は自分が苦しい生活をしているのに幸せそうな荻野家が妬ましくてついやってしまったということだった。「そう。ねえ母さん、僕に変な荷物を送りつけてきた人は、あの人じゃないかって思っていたんだけれど・・」「それはないわよ。あの人は今、精神病院に居るんでしょう?」「そうだけど・・土方先生は、あの人から汚物を送り付けられているんだよ。」「それ、本当なの?」「うん。この前、土方先生とファミレスで夕食をしていた時、先生が話してくれたんだ。それにね、今日土方先生に家まで送って貰ったとき、変な男が僕の事を見ていたんだ。」「その人、どんな顔をしていたの?」「余りよく憶えていないけど、右の頬に傷があったな。母さん、その人を知っているの?」「ええ、ちょっとね・・」育子はそう言って千尋を見たが、彼女は男について何かを知っているようだった。「明日、近藤先生の家でバーベキューパーティーがあるんだ。」「そう、わかったわ。おやすみなさい。」「お休み。」 部屋に戻った千尋は、ベッドに寝転がると目を閉じ、そのまま眠った。「近藤先生、おはようございます。」 日曜日、千尋は歳三とともに近藤宅を訪れると、近藤達は既にバーベキューの準備を中庭で始めていた。「荻野君、よく来たな。」「何か僕に手伝う事はありますか?」「済まないが、台所で食材の下ごしらえをしてきてくれないか?」「はい、わかりました。」 千尋が近藤家の台所に入ると、そこでは女性陣が食材の下ごしらえをしていた。「あの、近藤先生に言われて来たのですけれど・・」「荻野君だっけ?あんたは海老の背ワタを取っておくれ。」「わかりました。」近藤の養母からそう言われた千尋が海老の背ワタを取っていると、台所に近藤の妻・つねが入ってきた。「お義母さん、遅れてしまって申し訳ありません。」「つねさん、あんたは野菜を切っておくれ。」「はい。あなたが、荻野君ね?」「はい。初めまして、奥様。」「奥様なんて呼ばなくてもいいわ。荻野君、忙しいのに来てくれて有難う。」「いいえ、こちらこそ。わざわざ招待してくださって有難うございます。あの、これ母が作ったパウンドケーキです。」「まぁ、有難う。後でいただくわね。」つねは千尋からパウンドケーキを受け取ると、それを冷蔵庫の中に入れた。「何だかこういった賑やかなことをするのは、久しぶりだねぇ。」「そうですね、お義母様。」「まだ勇とトシが学生だった頃、二人はよくつるんではあたしが二人の飯の世話をしたもんさ。」「近藤先生と土方先生は、昔から仲が良かったんですか?」「二人は同じ学校に通っていたからね。家も近かったから、自然と仲良くなってつるむようになったのさ。」「そうなんですか・・」「人と仲良くするのに、理由なんて要らないのさ。」「そうですね。」にほんブログ村
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「如月先生、お話って何ですか?」「あなた、まだ土方先生とはお付き合いしているの?」如月は家庭科室に入るなり、そう言うと千尋を見た。「いいえ。」「じゃぁどうして、いつも数学準備室に居るのかしら?あなた、まだ土方先生に未練があるの?」「どうして僕にそんなことを聞くんですか?」「どうしてって、あなたはわたしの最大の恋敵だからに決まっているじゃないの。」如月は大袈裟な溜息を吐きながら、椅子の上に腰を下ろすと、髪先を指で弄んだ。「如月先生は、土方先生の事を狙っているんですか?」「ええ、そうよ。彼ほど素敵な男は、何処を探したって居ないわ。たとえ彼が既婚者でも、わたしは彼の奥さんから土方先生を奪える自信はあるわ。」「そうですか・・」「土方先生の奥さんのことはともかく・・あなたが土方先生の事を諦めてくれればいいの。これ以上彼につきまとわないと、この場で約束なさい。」「それは出来ません。」千尋がそう言って如月を見ると、彼女は般若のような顔をして自分を睨んでいた。「そう・・あなたがそんな態度をわたしに取るのだったら、わたしにも考えがあるわ。」「では、僕はこれで失礼いたします。」千尋はそう言って如月に頭を下げると、家庭科室から出て行った。「千尋、今日から部活休むって聞いたけど・・」「うん、ちょっとね。じゃぁね、平助。」「またな、千尋!」 放課後、千尋は教室を出ると、歳三が待っている数学準備室へと向かった。「土方先生、失礼いたします。」「時間通りだな。それじゃぁ千尋、家まで送っていってやるよ。」「はい。」 歳三と千尋が校舎から出て、駐車場へと向かっていると、校門の近くで一人の男が自分達を睨んでいることに千尋は気づいた。「どうした?」「校門の近くに、男の人が・・」千尋がそう言って男が立っている場所を指すと、そこにもう男は居なかった。「嫌がらせをされていることを、警察には言ったのか?」「ええ。担当の刑事さんは、力になってくれると言ってくれましたが・・こういった嫌がらせとかストーカー被害って、警察はなかなか調べてくれないんですよね。」「ああ。警察は事件が起きねぇと動かねぇもんだ。」歳三がそう言いながら車を発進させて職員専用口から出ようとしたとき、車の前に一人の男が立ちはだかった。「危ねぇだろう、気をつけろ!」咄嗟にブレーキを踏み、車を急停止させた歳三はそう言いながら突然車の前に飛び出してきた男に向かって怒鳴ったが、男は無言で歳三を睨みつけた。「おい、俺達に何か用か?」「・・別に。」男は助手席に座る千尋の方を見ると、そのまま歳三に背を向けて校舎から外へと出て行った。「何だ、あいつ・・君が悪いやつだな。」「あの人、この前プールで僕に話しかけてきました。」「そいつに何かされなかったか?」「ええ。」「千尋、これからは一人きりになるんじゃねぇぞ、わかったな?」「わかりました。」 千尋が帰宅してリビングに入ると、育子が溜息を吐きながらキッチンで夕食を作っていた。「ただいま。母さん、何かあったの?」「ええ・・後で、話すわね。」「わかった・・」にほんブログ村
2014.07.27
『まー君、今日帰国するのよね?気を付けて帰って来てね。』「わかっているよ、母さん。」 ホテルの部屋でスーツケースに着替えや家族への土産を詰めながら、真紀はスマートフォンで養母と話していた。『まー君、オリンピックまで無理しちゃだめよ。わかっているわね?』「うん、わかっているよ。それじゃあ、もう切るね。」普段自分の事を気に掛けない癖に、真紀がフィギュアスケートの選手として有名になってから、養母は急に“慈愛に満ちた母親”を演じるようになった。 真紀はそんな彼女が鬱陶しくて堪らないが、宮下家の養子とならなければ好きなスケートに打ち込むことが出来なかった。 スーツケースの蓋を閉めながら真紀が溜息を吐いていると、スマートフォンがメールの着信を告げた。彼がメールを開くと、それは双子の弟・千尋からのものだった。“大会優勝おめでとう。オリンピックも頑張ってね、千尋より”弟からのメールを読み終えた真紀は、笑いながらスマートフォンの電源を切ってベッドに入った。『今、宮下真紀選手がデンマークから帰国しました。』 千尋が自宅のリビングでテレビを観ながら宿題をしていると、画面に真紀の記者会見の様子が映っていた。『大会優勝おめでとうございます。オリンピックへの意気込みを聞かせてください。』『オリンピックでは、必ずメダルを獲りたいと思います。』『それは金メダルということでよろしいでしょうか?』『さぁ、それは皆さんの想像にお任せいたします。』記者たちに向かって微笑む真紀の姿を見た千尋は、そのままテレビを消した。「ただいま。」「母さん、お帰り。」「さっき、真紀ちゃんの記者会見がテレビでやっていたわね。」「お兄ちゃんなら、きっとオリンピックで金メダルを獲ると思うよ。」「そうね。ねぇちーちゃん、あなたに今朝荷物が届いていたわよ。」「有難う。」育子から荷物を受け取った千尋が段ボール箱を開封すると、中から激しい腐敗臭が漂って来て思わず顔を顰めた。「どうしたの?」「わかんないけど・・」千尋がそう言いながら段ボールの蓋を開けると、中には腐った生ごみと死後三週間経った猫の死体が入っていた。「一体誰がこんな嫌がらせを・・」「母さん、警察呼んで。」「わかったわ。」 その日から、千尋宛てに汚物が送られてくるようになった。「お前のところにも、汚物が届いたんだな?」「ええ。土方先生のところに届いた物と同じような物が、僕宛に届いたんです。差出人が誰なのかはわかりませんが・・もしかすると、あの人が腹いせにやっているんじゃないかって思うんです。」「あの女は今、精神的におかしくなっているからな。千尋、今日は何時に帰るんだ?」「暫く部活を休むことにしたので、4時には帰ります。」「そうか。」「それじゃぁ先生、また放課後に。」千尋が数学準備室から出て廊下を歩いていると、彼は突然如月に呼び止められた。「荻野君、ちょっと話があるんだけれど、いいかしら?」「はい・・」「じゃぁ、家庭科室に来て頂戴。」にほんブログ村
翌日、千尋は学校の帰りに小学生の頃から通っているスポーツジムへと向かった。「千尋君、お久しぶりね。」「お久しぶりです。」「今日は泳ぎに来たの?」「ええ。」 更衣室で水着に着替えた千尋は、プールサイドで準備運動をした後、25メートルプールの中に入り、クロールで三往復した。タオルで濡れた身体を千尋が拭いていると、そこへ一人の男がやって来た。「あの、もしかして宮下真紀さんですよね?」「いいえ、違います。」「そうですか・・」男はそう言うと、千尋に背を向けてプールから去っていった。「千尋、お前もここのジムの会員なのか?」「ええ。母がここの会員なので、家族会員として登録しているんです。」「そうか。」「土方先生は、どうしてこのジムに?」「最近デスクワークが多くてな、運動不足を解消するために毎日来ているんだよ。」歳三はそう言うと、千尋の隣で準備運動を始めた。「あら、土方先生。先生もこのジムの会員さんですか?」「如月先生・・」背後で声がしたので歳三が振り向くと、そこには紺色に白い水玉模様のビキニを着た如月が立っていた。「こんにちは、如月先生。」「荻野君、あなたも居たのね。」「先生も、ここのジムの会員さんなんですか?」「ええ、そうよ。でも、土方先生とこんなところで会えるなんて思っていなかたわぁ。毎日ここに通おうかしら?」歳三に気があるような如月の言葉を聞いた千尋は、嫉妬で胸が痛んだ。「それじゃぁ、また。」「ええ、また・・」如月がプールの奥へと消えてゆくのを見送った歳三は、安堵の溜息を吐きながらプールに入った。「如月先生、土方先生に気があるんじゃないんですか?」「あの人、一昨日俺の家に来たんだよ。琴子の悪口を言って勝手に帰っていったがな。」「そうですか。土方先生、後でお話ししたいことがあるんですが・・」「もうここから出ようか?」「はい・・」 ジムから出た二人は、近くにあるファミリーレストランに入った。「話ってのは何だ?」「実は昨日、僕が家に帰ると、母方の祖父母がうちにやって来て、あの人に会ってくれないかって僕に頼んだんです。」「朱莉さんの両親がお前の家に来たのか?」「ええ。母さんはあの人たちを家に上げてしまったことを僕に詫びて泣いていました。母さんは何も悪いことをしていないのに・・」「それで、お前はあの人たちにどう返事をしたんだ?」「あの人と会うのは断りました。あの人はもう、僕の母親ではありませんし、僕にとっての家族は、荻野の両親だけです。」「そうか・・」「それに先生、母と昨夜ここに食事に来た時、妙な視線を感じました。何だか気味が悪いです。」「千尋、これから帰るときは俺に連絡しろ。家まで送っていってやるから。」「土方先生にご迷惑はかけられません。」「俺は教師として、当然のことを言っているだけだ。」「有難うございます、その言葉に甘えさせていただきます。」 二人の会話を奥のテーブル席で聞いていた男は、舌打ちをして伝票を持ってレジへと向かった。にほんブログ村
2014.07.26
「千尋、さっきはどうしたんだ?」「あいつら、真紀のサインが欲しいって言ってきたんです。僕は無理だって言っても、向こうは簡単に諦めてくれなくて・・」「そうか。有名人の兄貴を持つと大変だな。」「ええ。こんなの、一度や二度じゃありません。双子だから、余計に厄介なんですよね。」千尋はそう言って溜息を吐くと、歳三から手渡されたクッキーを食べた。「そういやぁ、真紀の担任と昼休みに少し話をしたんだが、あいつこのままだと留年するかもしれねぇな。」「海外遠征を繰り返していると、出席日数が足りなくなるのは当然です。学業との両立は、レベルが上がれば上がるほど難しいです。」「眞岡先生は真紀の事を特別扱いしないって言っていたからなぁ。これからどうなるんだか・・」「それは、僕たちが心配することじゃないですよ。」「そうだよな。なぁ千尋、真紀とは最近会っているのか?」「いいえ。昔はよくお互いの家を行き来していましたけれど、今はメールで連絡し合っているだけです。」「そうか。」「土方先生、奥様が娘さんを置いて実家に帰ってしまわれたんですって?」千尋の言葉を聞いた歳三は、思わずコーヒーを噴きだしてしまった。「それ、誰から聞いた?」「眞岡先生からです。」「へぇ、そうか・・」「あの人、変なんですよね。授業中に関係のないことを突然話し出したりして、みんな気味悪がっています。」「そういやぁ、昼休みに眞岡先生と話している時、ほとんど先生一人が喋っていたような気がしたな・・」「あんまりあの人と関わらないほうがいいですよ。」千尋はそう言うと、鞄を持って椅子から立ち上がった。「それじゃぁ、僕はこれで失礼しますね。」「気を付けて帰れよ。」 千尋が学校から帰宅すると、リビングには一組の老夫婦が養父母とソファに向かい合わせになるようなかたちで座っていた。「ただいま・・」「ちーちゃん、お帰りなさい。こちらの方は、あなたのお祖父さまとお祖母さまよ。」「初めまして、荻野千尋です。」「あなたが、千尋君ね。」和服姿の老婦人はそう言ってソファから立ち上がると、千尋に優しく微笑んだ。「あの、うちに何のご用でしょうか?」「千尋君、あなたのお母様に会いたくない?」「え?」「あなた達を産んだお母様・・朱莉(あかり)がね、あなた達に会いたくて堪らないってこの前うちに電話してきたのよ。ねぇ千尋君、わたし達と朱莉に会ってくれないかしら?」千尋が返答に困り、育子の方を見ると、彼女は俯いて唇を噛んでいた。「あなた方の娘さんとは会いたくはありません。」「そう・・」「来るだけ無駄だったな。」憤然とした様子でソファから立ち上がった老人は、そう言って妻の手を掴むとリビングから出て行った。「母さん、どうしてあの人達を家に上げたの?」「あの人達と会いたくなかったんだけど、勝手に家に上がり込んできたから、追い出せなくて・・ごめんね、ちーちゃんに嫌な思いをさせてしまったわね。」「母さんの所為じゃないよ。ねぇ、今日は父さんの帰りは遅いの?」「ええ。夕飯は要らないって言っていたから、二人で外食でもしましょうか?」「うん。」 千尋が育子とともに近くにあるファミリーレストランに入ると、奥のテーブル席から視線を感じた。「ちーちゃん、どうしたの?」「何でもない・・」にほんブログ村
「眞岡先生、お話とは何でしょうか?」「宮下真紀についてなんですが・・彼がフィギュアスケートの選手として活躍していることは、土方先生もご存知ですよね?」「ええ。それが、どうかしましたか?」「宮下真紀の出席日数が全然足りないんです。このままいけば、留年するかもしれません。」「まぁ、それは仕方がないでしょう。」「わたしは宮下が有名なスポーツ選手だからといって、特別扱いはしません。彼の本業は勉強です。」「眞岡先生、それはわたしではなく、宮下本人に言ってください。」眞岡の話はもっともだが、そんな当たり前のことを自分に言われても困る。「土方先生は、宮下とは付き合いが長いんですか?」「さぁ・・」「話は変わりますが、如月先生は土方先生の事を前から狙っているようですよ?」「へえ、そうですか・・」昨夜の如月の様子を思い出しながら、歳三はそう言って眞岡を見た。「土方先生の奥様は、子供が入院しているというのに子供を土方先生に押し付けて実家に帰っていると、如月先生から聞きました。」「琴子は、結婚前から自分の都合を常に優先してきた奴ですから・・それは母親になっても、変わらないでしょう。」「まぁ、そういう一部の親が子供を虐待したりしますよね。大阪で幼い子供二人を自宅に閉じ込めて餓死させた女も居ますし・・子供よりも、自分の都合を優先する人は、子供を産むべきじゃないと思います。」眞岡はそう言って軽く咳払いすると、コーヒーを一口飲んだ。「あ、さっきのは土方先生の奥様のことを非難しているつもりではないですよ。あくまでも、僕個人の意見です。」「わかっています。琴子が娘を産んだ時、あいつはまだ遊びたい盛りの年頃でしたからね。同級生がお洒落して遊びに行ったりしている時に、赤ん坊の世話をしなければならないのがあいつには我慢ならなかったんでしょう。」「土方先生は、優しい人なんですね。」「え?」「僕が土方先生の立場だったら、すぐに奥さんを家に連れ戻して、離婚を言い渡します。」「眞岡先生は、厳しいんですね。」「ええ。僕は理想が高いので、35になっても独身なんですよ。時々母親からは早く孫の顔が見たいと催促の電話がかかってきます。」「それはこたえますね。」「一度結婚相談所に登録して、お見合いパーティーに何度か出てみたのですが、収穫なしでした。相手の女性たちが結婚する男に求めるのは、安定した収入と、自分をどれほど愛してくれるかという愛情の深さだと気付いた時点で、婚活をする気をなくしてしまいました。一生独身でも、今の時代お金さえあれば、生きていけると思うんです。」「そうですか・・」「すいません、僕が土方先生を呼び出したのに、自分の話ばかりしちゃって・・」眞岡はそう言って苦笑すると、再びコーヒーを一口飲んだ。「とにかく、土方先生は奥様を甘やかし過ぎているんじゃないですか?このままだと、奥様に完全に舐められてしまいますよ?」「眞岡先生、ご忠告、有難うございます。」「宮下の事は、僕が一度親御さんを学校に呼んで、じっくりと三人で話したいと思います。」眞岡がそう言ったとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。「僕の話に付き合ってくださって、有難うございました。」 歳三が教室に入ると、何やら千尋の周りに数人の生徒達が集まって騒いでいた。「おいてめぇら、もう授業始まってるぞ!」歳三の姿に気付いた生徒達は、バツの悪そうな顔をして千尋の席から離れた。千尋の様子が少しおかしいことに気づいた歳三は、放課後彼を数学準備室に呼び出した。にほんブログ村
2014.07.25
「すいません、連絡もせずに突然押しかけちゃって・・」「いえいえ、どうぞ。」「それじゃあ、失礼いたします。」歳三が自宅に如月を招き入れると、彼女はリビングに入ってすぐキッチンの流し台に溜まっている食器の山を見た。「すいません、散らかっていて・・」「もしよければ、わたしが洗いましょうか?」「いいえ、お気遣いなく。」歳三はそう言うと、流し台に溜まっている食器を洗い始めた。「先生の奥さん、どちらにいらっしゃるんですか?」「家内は実家に帰っています。何でも、高校の同窓会があるとかで・・」「美砂ちゃんを家に置いて行ったんですか?信じられないですね。」「あいつは俺が仕事で家を空けている時、俺が帰って来るまで美砂と二人きりだから、たまには息抜きをしたいんでしょう・・」「でも、普通病気の赤ん坊を連れて行くでしょう?何だか、奥さんってお子さんに薄情なんですね。」如月の言葉を聞いた歳三は、思わず食器を洗う手を止めた。「すいません、わたし少し言い過ぎましたね。」「いいえ、気にしていませんから。」「美砂ちゃんの様子はどうですか?」「熱が下がって、快方に向かっています。明日、見舞いに行こうと思っています。」「そうですか。土方先生、何か困ったことがあったら言ってくださいね、力になりますから。」「有難うございます。」「それじゃぁ、わたしこれで失礼しますね。」如月は歳三に頭を下げると、リビングから出て行った。(一体如月先生は何をしに来たんだ?) 翌朝、歳三が出勤すると、職員室でパソコンに向かっていた如月が椅子から立ち上がり、彼に会釈した。歳三が自分の席に座ってノートパソコンの電源を起動させていると、鞄の中にしまっていたスマートフォンがメールの着信を告げた。『暫く実家でゆっくりとしています。帰って来るまで美砂の世話を宜しくお願いします 琴子』妻からのメールを読んだ歳三は、それを返信せずに削除した。娘が肺炎になって入院したというのに、同窓会に出席する方が大事なのだろうか。普通なら、同窓会が終わった後すぐに帰って、娘の様子を見に病院に行くだろうに。琴子は美砂の事が心配ではないのだろうか。「土方先生、ちょっといいですか?」「はい・・」歳三がノートパソコンから顔を上げると、そこには宮下真紀の担任である眞岡信二が立っていた。「宮下真紀の事で、先生にお話をしたいことがあるのですが・・今、宜しいでしょうか?」「今は忙しいので、後で宜しいでしょうか?」「そうですか。では昼休みに、化学室でお待ちしております。」眞岡はそう言って歳三に頭を下げると、職員室から出て行った。「土方先生、朝のHRに遅れますよ。」「はい。」にほんブログ村
「琴子、久しぶり~!」「久しぶり美紀子、元気にしてた?」「うん。ねぇ、ここには琴子一人で来たの?格好いい旦那様はどうしているの?」「ああ、あの人なら家で留守番しているわよ。」「娘さんの世話を押し付けてここに来たの?」「だって、いつもあたしばかり美砂の世話や家事ばかりして、不公平じゃない?たまには息抜きしたいわよ。」「ねぇ、同窓会終わったらどうするの?」「暫く実家に泊まるわ。だってあの人と結婚してから全然こっちに帰って来てなかったんだもん。」「そう・・」「ねぇ美紀子、折角今日みんなで集まったんだからさぁ、同窓会終わったら二次会やらない?」「そうねぇ・・」「ねえ、琴子に一体何があった訳?」「さぁ・・でも普通赤ちゃん置いて同窓会に出るかしら?」「ちょっと神経疑っちゃうわよねぇ。」「あの子昔から変なところがあったけれど、子供産んでからますます変になってきたわよねぇ・・」元クラスメイト達はカラオケボックスで浜崎あゆみを熱唱する琴子を冷ややかに見つめながら、そんなことを囁き合っていた。「じゃぁ、またね。」「じゃぁね~」上機嫌でカラオケボックスを後にした琴子は、そのまま実家に向かった。「ただいま~」「琴子、あんた帰るならこっちに電話一本くらいしなさいよ!」「いいじゃない、家族なんだから連絡なんて要らないでしょう?」「急に来られても困るのよ。」「ねぇお母さん、あたしの部屋まだあるわよね?」「あるけど・・あんた、いつまでここに居るつもりなの?」「一週間くらい。美砂は旦那が見てくれるから大丈夫よ。」「大丈夫って・・あんた、赤ちゃんを置いてよく同窓会になんか行けるわね!」「いいじゃない、たまには息抜きくらいさせてよ!お母さん、あたしもう寝るから、明日の朝起こしてね!」琴子はそう母・千紗に怒鳴ると、自分の部屋へと引っ込んでしまった。「姉ちゃん、また歳三さんと喧嘩したの?」リビングでテレビを観ていた琴子の弟・雅史は、そう言うと千沙を見た。「そうみたいね。雅史、余り琴子を怒らせるような事を言わないでよ。」「わかった。でもさぁ、姉ちゃんがこのまま実家に居座る気だったら、俺も考えるからね。」 翌朝、千沙が琴子を起こしに彼女の部屋に行くと、琴子はベッドの上でいびきをかいて寝ていた。「琴子、起きなさい。」「まだ寝かせてよ~」「今日東京に帰るんでしょ?」「まだ帰らないわよ。」琴子はそう言うと、頭からシーツを被って寝た。「姉ちゃんは?」「まだ部屋で寝ているわよ。」「しょうがねぇな、姉ちゃん。あれでよく結婚できるよなぁ。あ、でき婚だったから仕方ないか。」「あんた、朝っぱらからそんな話をしないで。朝ごはんが美味しく食べられないでしょう。」「はいはい、わかったよ。」 東京では、歳三がキッチンでコーヒーを淹れていると、突然マンションのインターフォンのチャイムが鳴った。「は~い、どなたですか?」『土方先生、如月です。』「すいません如月先生、今部屋が散らかっているので少しお待ちいただけますか?」にほんブログ村
2014.05.14
「肺炎ですね。暫く入院して様子を見ましょう。」「先生、娘はよくなりますか?」「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、お父さん。落ち着いてください。」歳三は病院で自宅へ電話を掛け、琴子に美砂が肺炎に罹り、暫く入院することを伝えた。『そう。それじゃぁ、あなた暫く美砂の世話頼むわね。』「おい、お前母親だろう?まさか美砂が入院しているっていうのに、同窓会に行くつもりじゃねぇだろうな!?」『行くに決まっているじゃない!あたしだってたまには息抜きしたいのよ!大体何よ、あなたは今まで好き勝手な事ばかりして・・』受話器越しに響く琴子の怒声を聞いた歳三は、そのまま無言で受話器を元の場所に戻した。 翌朝、歳三が病院から帰宅すると、リビングのテーブルには一枚のメモが置かれていた。“同窓会に行ってきます、美砂のこと頼むわね 琴子”歳三はそのメモを細かくちぎると、それをごみ箱に捨てた。「土方先生、おはようございます。」「おはよう・・」「顔色、少し悪いですね?何かあったのですか?」「ああ・・娘が入院しちまってな。」「そうですか、それは大変ですね。何かわたしに手伝えることはありますか?」「そのお気持ちだけで嬉しいです。」「そうですか、それじゃぁわたしはこれで失礼いたします。」家庭科教師の如月絵梨は、そう言うと歳三に背を向け職員室から出て行った。「トシ、美砂ちゃん入院しているのか?」「ああ。琴子のやつ、美砂が入院しているっていうのに、高校の同窓会に行きやがった。」「困ったことがあれば、いつでも俺に言えよ。」「ありがとう、近藤さん。」昼休み、歳三は学校を出て車で病院に向かった。「美砂ちゃん、今はお薬飲んで寝ていますよ。」「そうですか。すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」「いいえ。奥様は今どちらに?」「高校の同窓会に行っています。暫く実家の方に泊まるから、美砂の世話を宜しく頼むと・・」「困ったお母さんですねぇ。」「ええ、そうですね・・」歳三は看護師の言葉に苦笑いしながら、ベッドの上で寝ている美砂を見た。「土方先生、さようなら。」「おう、気を付けて帰れよ。」「トシ、今日は早めに帰ったらどうだ?」「わかった。」「気を付けて帰れよ!」学校を出た歳三は、自宅の近くにあるスーパーで買い物をしていると、そこへカートを押した絵梨が現れた。「土方先生も買い物ですか?」「ええ、まぁ・・如月先生は?」「息子が明日遠足なので、そのお弁当作りの材料を買いに来たんです。」「そうですか・・それじゃぁ、俺はこれで。」歳三はそう言ってカートを押すと、絵梨の前から去っていた。何故か、歳三は彼女が苦手だった。「ただいま・・」誰も居ないリビングでそう呟いた歳三は、スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫の中に入れた。テレビの近くには、今朝取り込んだ洗濯物が散乱していた。(アイロンがけくらいしろよ・・)にほんブログ村
六時間目は、家庭科だった。「あ~あ、俺だけ一人で数学の補習かよ・・」「平助、そんなに落ち込まなくても・・」課題のフィナンシェを作りながら、千尋はそう言うと落ち込んでいる平助の肩を叩いた。「千尋、昼休みに土方先生の所に行ったんだろう?二人きりで何の話をしたんだ?」「それは、秘密。」「何だよ、教えてくれよ~」「平助、口を動かすよりも手を動かしたらどうだ?」平助の隣に立っていた斎藤一は、そう言って平助を睨んだ。「これ、土方先生喜んでくれるかなぁ?」 放課後のHR前、千尋はそう言いながら家庭科の授業で作ったフィナンシェを見た。「美味そうだなぁ・・」「平助にも後で一個あげるから・・」「サンキュー。」放課後、千尋は教室に残り、数学の補習を受ける平助に付き合った。「すまねぇな、千尋。お前にまで残って貰って・・」「いえ、いいんです。土方先生、これ家庭科の授業で作ったんで、食べてください。」「ありがとう、丁度小腹が減っていたところだったんだ。」笑顔を浮かべながら歳三が千尋からフィナンシェを受け取るのを見た平助は、二人の関係はまだ続いているのではと思った。「おい平助、何ボサッとしていやがる。さっさと課題のプリント解け!」「はいはい、わかりましたよ・・」「ったく、お前ぇは暇さえあればすぐにサボろうとしやがるから、気が抜けねぇな。」歳三はそう言うと、木刀を床に打ちつけた。「先生、プリント全部解けたぜ~」「おう、平助よく頑張ったな。もう帰っていいぞ。」「じゃぁ、さようなら~」平助は補習から解放され、ショルダーバッグを肩に掛けて教室から出て行った。「先生、僕に何か話があるって・・」「ああ。なぁ千尋、お前は俺の事をどう想っているんだ?」「どうって・・先生の事を一人の男として尊敬しています。」「それだけか?」「ええ・・」「嘘吐くんじゃねぇ。お前ぇは昔から、嘘を吐く時に鼻に皺を寄せるだろう?」「そんな・・」「千尋、正直に言え。俺の事をどう想っているんだ?」「僕は、今でも土方先生の事を・・歳三さんの事を好きです。」千尋は歳三にそう言うと、歳三に抱きついた。「歳三さんは、琴子さんのものになったけど・・それでも、僕はあなたの事を諦められません!」「千尋、よく言ったな・・」歳三はそう言うと、千尋の唇を塞いだ。「お帰りなさい、随分遅かったのね。」「ああ。生徒の補習に付き合っていて、少し遅くなっちまったんだ。」「へぇ・・あなたって、そんなに生徒思いだったのねぇ。」夕飯前に帰宅した歳三を、琴子はそう言って彼に冷ややかな視線を送った。「どうした?」「別に。明日高校の同窓会があるから、美砂の世話を宜しく頼むわね。」「わかった。」この頃、琴子は美砂の世話を歳三に任せては、外出ばかりしている。「ありがとう、それじゃぁお休み。」琴子はそう言って歳三に背を向けると、寝室から出て行った。 翌朝、歳三は美砂の泣き声で目を覚ました。「どうした?」何処か美砂の様子がおかしいことに気づいた歳三は、彼女を近くの総合病院に連れて行った。にほんブログ村
2014.04.20
「僕に聞きたいことって、何ですか?」「お前・・実の母親に連絡を取った事はあるか?」「いいえ。僕、あの人とはもう親子でも何でもありません。それが、どうかしたんですか、先生?」「実はな、昨日俺の家にお前の実の母親から電話があったんだよ。」「えっ・・」千尋が驚愕の表情を浮かべるのを見た歳三は、内心臍を噛んだ。「嫌がらせが今後も続くようなら、警察に言おうと思っているんだが・・」「好きにして下さって結構です。僕は、あの人とは何も関係がありませんから。」「そうか。」「先生、お昼まだですか?お弁当、作ってきたんですけど・・」「ありがとう。」千尋は歳三の言葉を聞いて嬉しそうに笑うと、鞄から弁当箱を取り出した。「美味そうな弁当だな・・いつもこれ、お前が作っているのか?」「ええ。中学の時から、自分の弁当は自分で作っています。母から“今時の男の子は家事が出来ないと駄目だ”って言われているので・・」「ふぅん、そうか。千尋、進路の事なんだが・・」「まだ、決めていません。大学に進学するか、それとも就職するのか・・両親と話し合って、時間を掛けて自分で進路を決めたいと思います。」「わかった。俺達が色々進路の事を言っても、最終的に決めるのはお前だからな。」歳三はそう言うと、千尋が作ったミートボールを食べた。「美味いな、これもお前の手作りか?」「いいえ、冷凍食品です。いつもお弁当のおかずは全部手作りの物にしようと決めているんですけれど、時間がなくて・・」「冷凍食品の方がいいさ。何も全部手作りのおかずに拘らなくてもいいんじゃないか?」「そうですね。」「料理教室には通っているのか?」「いいえ、全て独学です。本屋でお弁当のレシピ本とかを買って、それを見ながら色々と作っています。最近では、お菓子作りにハマっています。」「へぇ、そうか。」「こんな事をしたら、先生の奥さんに悪いですよね・・」千尋はそう言うと、俯いた。「お前、まだ琴子の事気にしているのか?」「ええ・・」「あいつの言う事をいちいち真に受けるんじゃねぇよ。あいつは、お前に嫉妬しているだけなんだから。」歳三はそう言って千尋を慰めると、彼の頭を撫でた。「先生、それじゃぁまた。」「ああ。」 昼休みが終わり、数学準備室から出た千尋が教室に戻ると、平助が一冊の週刊誌を持って千尋の元へ駆け寄ってきた。「なぁ千尋、これお前の兄さんだろう?」「うん・・」平助に見せられた週刊誌のゴシップ記事には、真紀と若手俳優Sの熱愛疑惑が書かれていた。「この記事に書かれてあること、本当なのかな?」「嘘っぱちだよ、こんな記事。」「だよなぁ。」平助はそう言うと週刊誌を閉じて、それをゴミ箱に捨てた。「なぁ千尋、今日の放課後カラオケにでも行かねぇ?」「いいね。」「おっしゃぁ!」「平助、今日の練習サボるんじゃねぇぞ!」「え~!」「てめぇ、数学の宿題忘れた癖に練習サボる気か?」歳三はそう言うと、平助を睨んだ。「平助、頑張れ・・」「あ~あ、俺一人だけ数学の補習受けるのかよ・・」「荻野、お前も付き合え。」「え、僕もですか?」「ああ。まだお前には話があるからな。」「わかりました。」にほんブログ村
「先生、おはようございます。」「おう、おはよう。」 翌朝、歳三が出勤すると、校門の近くを歩いていた生徒達が歳三に気づいて彼に挨拶しながら次々と校舎の中に入っていった。「土方先生、おはようございます・・」「おはよう、荻野。」「昨夜、またあの人から電話があったそうですね・・それに、例の“プレゼント”も。」周囲の生徒達に聞こえないような声で、千尋はそう言うと歳三を見た。「何でお前がそんな事を知っているんだ?」「昨夜寝る前に、先生の奥さんから電話が来て・・これ以上自分の家庭を引っ掻き回さないでくれって言われました。」「そうか・・」琴子の奴、余計な事をしやがって―歳三は内心妻に向かってそう毒づくと、千尋の肩をそっと抱いた。「お前は何も心配するな、千尋。あの人がこれ以上うちに嫌がらせをするつもりなら、こっちだって考えがある。」「そうですか・・余り無茶しないでくださいね。」「わかったよ。千尋、昼休み時間あるか?」「ええ。」「じゃぁ、いつもの場所に来い。」「はい、わかりました。それじゃぁ、失礼します。」千尋は嬉しそうに笑うと、歳三に頭を下げて校舎の中へと入っていった。「千尋、おはよう。」「おはよう。」「なぁ、数学の宿題やった?やってたら、少し見せてくれねぇか?」教室に入った千尋が自分の席に座ると、隣の席の藤堂平助が千尋にそう話しかけて来た。「おい平助、いつもお前千尋の数学の宿題写してんじゃん!千尋、嫌な事は断ってもいいんだぜ?」平助の言葉を聞いた彼の友人・吉田がそう言って平助にヘッドロックをかました。「だってさぁ・・」「だってもクソもねぇよ。まだ二時間目まで時間があるだろうが、さっさと宿題しやがれ!」「朝っぱらから煩せぇぞ、お前ら!」教室に入った歳三がそう怒鳴って平助達の方を見ると、平助は数学の宿題を必死にやっているところだった。「平助、また数学の宿題忘れやがったのか!」「だってよ~、なかなかゲームがクリアできなくてさぁ・・」「ったく、お前ぇはゲームと勉強、どっちが大事なんだ!?」歳三はそう平助に怒鳴った後、出席簿を教壇に叩きつけた。「もうすぐ受験シーズンなんだから、みんなたるんでんじゃねぇぞ、わかったな!」朝のHRを終えた歳三が教室から職員室へと戻ると、自分のデスクの上に郵便物が山積みになっていた。「おはよう、トシ。」「おはよう、勇さん。」郵便物をチェックしながら、歳三が親友であり誠学園校長兼理事長の近藤勇に挨拶した時、彼は指先に鋭い痛みを感じて顔を顰(しか)めた。「どうした、トシ?」「畜生、またあの女か・・」剃刀で切った指先をティッシュで押さえた歳三は、耳元で朱莉が自分を嘲笑う声が聞こえたような気がした。 昼休み、千尋が歳三のいる数学準備室へと向かうと、右手の人差し指に絆創膏を巻いた歳三が回転椅子に座って煙草を吸っていた。「先生、その怪我どうしたんですか?」「ああ、郵便物チェックしていたら、紙で切っちまってな・・大した怪我じゃねぇから、心配するな。」にほんブログ村
2014.04.17
「てめぇ、いい加減にしないと警察に突き出すぞ!」『あら、そうすればいいじゃない。でも、あなたはわたしが何処の誰なのか知らないでしょう?』女は受話器越しに歳三を挑発しながら、クスクスと笑った。その笑い声が、歳三の癇に障った。「てめぇ、一体何が目的でうちに嫌がらせをしていやがる?」『あんたがうちの息子を・・千尋を誑(たぶら)かした癖に、女を孕ませて結婚した事が気に喰わないから、あたしはその腹いせにあんたの家に素敵なプレゼントを贈っただけでしょう。母親として、当然のことをしたまでよ!』女のヒステリックな叫び声の後、無機質なダイヤルトーンの音が歳三の耳朶(じだ)に響いた。電話の相手は、真紀と千尋を産んで精神を病んだ彼らの実母である朱莉(あかり)だと、歳三は気づいていた。 朱莉の実家は裕福な資産家で、両親の束縛から逃れたいが為に上京した彼女は、バイト先のスナックでロシア人の男と出会い、彼の子を妊娠した。だが男は、朱莉が妊娠を告げると失踪してしまい、未婚の母となった彼女は実家に戻り、真紀と千尋を産んだ。 誰もがその名を知っている会社の社長令嬢である朱莉が未婚の母となったことを、町の住民達はあれこれと噂した。東京に行き、何処の誰ともわからぬ子を妊娠して未婚の母となった娘に対して、朱莉の両親は彼女を家から勘当した。頼れる親戚も友人も居ない朱莉は、慣れぬ双子の育児に対して徐々に神経を消耗してゆき、クリスマス・イヴの夜に二人を児童養護施設の門前に捨てて姿を眩ました。 その後、朱莉は駅のホームのベンチに座り込んでいるところを駅員に発見された。朱莉の両親は警察から連絡を受けて朱莉を警察署まで引き取りに行ったが、彼女が精神を病んでいる事に気づき、人里離れた山奥にある精神病院に彼女を入院させた。赤ん坊だった真紀と千尋は、すぐに養子に出され、現在まで彼らが実母と接触する機会は皆無に等しかった。 それなのになぜ、今になって朱莉が実の息子である千尋の事を知ったのか。誰かが、朱莉に千尋の事を話したのではないか―そんな事を歳三が思っていると、再び玄関のチャイムが鳴った。「はい。」『週刊トゥデイです。土方さんはかつて、宮下真紀選手の弟さんと、交際していたそうですね?』「誰から、そんな出鱈目(でたらめ)な情報をお聞きになったのですか?」『そんな事、言える訳ないでしょう?情報源の秘匿は、マスコミの義務ですからねぇ。』どこか湿り気のある、嫌らしい声がインターホン越しに聞こえて、歳三は少し吐き気を催した。「今は忙しいので、どうぞお引き取り下さい。」『わかりました、また伺いますね。』週刊トゥデイの記者と名乗った男がマンションから出て行った後、買い物を終えた琴子が帰宅した。「ただいま。」「お帰り。」「ねぇ、もしかしてまた例の物が届いたの?」「ああ。」「警察に届けた方がいいんじゃないの?事件が起こってからじゃ、遅いんだからね。」琴子はそう言うと、歳三を睨んだ。「何だ?何か俺に言いたい事があるのか?」「あたし、思うんだけど・・最近、うちに変な荷物を送ってきているのは、あなたと昔付き合っていた子じゃないの?」「馬鹿なことを言うな、千尋がこんな陰湿な嫌がらせなんかするかよ。」「あなたって、いつもあの子の肩をもつのね。まぁ、あなたがあの子を疑いたくないっていうのは、わかるけど。」にほんブログ村
誠学園教頭・土方歳三は、自宅のパソコンの電源をつけ、メールボックスを開いて千尋の名が書かれたメールに目を通した。(千尋・・)彼のメールからは、世界で活躍している双子の兄と常に比較されて苦しむ彼の姿が想像できた。歳三はメールボックスを閉じると、パソコンの傍に置いてある写真立てを手に取った。そこには、満開の桜の下で笑顔を浮かべる歳三と千尋のツーショット写真が映っていた。 千尋と歳三は、教師と生徒という関係でありながら恋仲にあった。しかし今は―「あなた、お風呂わいたわよ。」「ああ、わかった。」写真立てを伏せた歳三は、パソコンをシャットダウンすると仕事部屋から出た。リビングに入った彼は、ソファで妻の琴子が娘の為にソックスを編んでいた。「なかなか上手いじゃねぇか。」「ふふ、そうかしら?」琴子はそう言うと、照れ臭そうに笑った。「ねぇ、これからわたし買い物に行くから、美砂の事を見ていてくれない?」「わかった。」「それじゃぁ、宜しくね。」琴子がリビングから出て行くと、奥のベビーベッドで寝ていた娘の美砂が目を覚ました。彼女は少し口をモゴモゴと動かした後、甲高い声で泣き始めた。「腹が減ったんだな、今ミルク作ってやるからな。」歳三は慣れた手つきで美砂の為にミルクを作ると、哺乳瓶のゴム乳首を彼女の口に咥えさせた。ミルクを飲んだ美砂は、少し満足したような顔をして笑った。娘を抱っこしながら、彼女の背を歳三が叩いていると、エントランスのチャイムが鳴った。「は~い。」『すいません、お届け物です。』「わかりました、少々お待ち下さい。」美砂にげっぷをさせた後、彼女をベビーベッドに寝かせた歳三は、エントランスのロックを解除した。宅配業者から荷物を受け取った歳三は、段ボールの上に貼られているガムテープをカッターで切ると、箱の中から凄まじい腐臭が漂ってきた。(何だ?)嫌な予感がしながら、歳三は恐る恐る箱の中を見た。そこには、生後間もない子猫の死体が入っていた。(またか・・)ここ数週間、自宅に腐敗した生ごみや動物の死体が届けられたりする嫌がらせを歳三は受けていた。こんな陰湿な嫌がらせをしているのは誰なのか、歳三には全く見当がつかなかった。一体誰が、こんな事を―そう思いながら歳三が子猫の死体を段ボール箱の中へと戻した時、リビングの電話が鳴った。「もしもし、土方ですが・・」『贈り物、気に入って頂けたかしら?』受話器越しに、自分を嘲笑う女の声が聞こえた。にほんブログ村
2014.04.13
演技を終えた真紀は、喝采を浴びながらスケートリンクを後にした。『さぁ、宮下真紀選手の得点は・・何と、200.80!宮下選手、自己記録を更新しました!』 家族と一緒にカレーを食べながら、千尋はコーチと笑顔で抱擁を交わす真紀を画面越しに見ながら、溜息を吐いていた。「どうしたの?」「ううん、何でもない・・」「それにしても、これで真紀君のオリンピック出場は確実だな。」養父の仁は、そう言うと美味そうにビールを飲んだ。「千尋、お前も真紀君に負けないように頑張るんだぞ?」「うん、わかってる・・」彼らに悪いはないと思っていても、どうしても千尋は彼らの言葉を素直に受け取ることが出来ずにいた。双子というだけで、有名人の兄と常に比較されて、千尋は生きて来た。“お兄ちゃんはスケートしているのに、どうしてあなたはスケートを習っていないの?” 小学四年の時、担任の女教師からそんな事を言われ、千尋の心は深く傷ついた。サラリーマン家庭の荻野家に、年間4000万円ほどかかるフィギュアスケートの費用が捻出できると思っているのだろうか。その女教師の質問に、千尋は答える事が出来なかった。「ご馳走様。」「ちーちゃん、余り食べてないじゃない、どうしたの?」「ちょっと、疲れてて・・」「そう。残りは明日のお昼に食べなさいね。今日は早めに寝た方がいいわ。」「うん、そうする・・おやすみ。」「おやすみなさい。」 千尋がリビングから出ようとしたとき、表彰台で金メダルを首に掛けられている真紀の笑顔がテレビ画面に映った。 二階の部屋に入った千尋は、ノートパソコンを起動させ、メールをチェックした。受信トレイに未読のメールが一通届いていた。千尋がそのメールをマウスでクリックして開いた。“千尋、最近学校を休みがちになっているようだが、何かあったのか?このメールを読んだら、すぐに返事をくれ 土方”(土方先生・・)想い人からのメールを何度も読み返した後、千尋は「新規作成」ボタンをクリックした。“土方先生、僕は元気です。最近僕が学校を休みがちなのは、兄の事で色々と学校で言われるのが嫌だからです。苛められてはいないけれど、クラスメイト達とは何処か距離を感じることがあります。双子って、良い事ばかりよりも、悪い事の方が多いんですね。土方先生、おやすみなさい、いい夢を。 千尋”千尋は「返信」ボタンをクリックした後、メールボックスを閉じてノートパソコンをシャットダウンした。『よくやったな、マキ。だがこれがゴールじゃない、これからがお前のスタート地点だ。』『わかっています、コーチ。』 コペンハーゲン市内のホテルで、真紀はコーチのアンドレと別れて部屋に入ってベッドの上に寝転んだ。これからオリンピックが終わるまでは暫くゆっくりと休めないから、今の内に休んでおこう―そう思った真紀は、着替えもせずにそのままベッドの上で眠ってしまった。にほんブログ村
真紀が華やかな衣装を纏ってスケートリンクに出ると、観客達が一斉にどよめいた。中には、真紀の名を横断幕にして彼に向かって振っている観客の姿もあった。自分はこんなにも愛されている―真紀はそう思うと、大きく深呼吸して目を閉じた。『さぁ、宮下真紀選手の演技が始まりました。』レポーターの実況とともに、真紀の演技が始まった。音楽に合わせて氷上で優雅な舞を見せる真紀を画面越しに見つめた千尋は、彼に対して複雑な想いを抱いていた。 真紀と千尋は、生後間もなく養子に出された。二人の実母は、彼らを産んだ後酷い鬱状態になり、二人を育てる事が出来なかった。父親は誰なのかわからず、二人は不妊症で悩む宮下夫妻と荻野夫妻の養子となった。宮下夫妻は、全国規模でチェーン展開している飲食店を営んでいる資産家で、それに対して荻野家の主、仁は商社に勤めているサラリーマンだった。千尋は、荻野夫妻から沢山の愛情を注がれて育った。 双子の兄である真紀の存在を彼が知ったのは、中学受験を控えた小学四年の秋の頃だった。「お父さん、僕にはお兄ちゃんが居るの?」「そうだよ。」今まで一人っ子だと思っていた千尋は、自分に血が繋がった兄が居る事を知り、彼に急に会いたくなった。だがまだ子供だった彼は、実の兄を捜す術など知らなかった。 それから長い年月が過ぎ、千尋と真紀がようやく再会を果たしたのは、中高一貫の男子校・誠学園の中等部の入学式のときだった。「君が、荻野千尋?」「そうですけど、あなたは?」「俺は宮下真紀、お前の兄さんだよ。」「お兄ちゃん・・本当に、僕のお兄ちゃんなの?」「ああ、そうだよ。」千尋は自分の前に現れた少年―宮下真紀に抱きついた。「真紀、今日一緒にカラオケ行かない?」「悪ぃ、今日スケートの練習があるんだ。」「そう・・」はじめは千尋と仲良くしていた真紀だったが、7歳の頃から始めているスケートの練習が忙しくなるにつれ、彼とは次第に疎遠になっていった。「ただいま。」「お帰りなさい。スケートの練習はどうだった?」「別に。」「あんまり無理しちゃ駄目よ、大会を控えているんだから。」「わかってるよ。」「今日はパーティーで帰りが遅くなるから、留守番お願いね。」「行ってらっしゃい。」リビングのドアが閉まり、養母が養父とともに外出した後、真紀は冷蔵庫の中から通いの家政婦が昼間作ったサンドイッチが載った皿を取り出すと、彼はサンドイッチを一口齧りながらテレビのスイッチを入れた。 画面にお笑い芸人達が仮装をしながら変なゲームに興じている低俗なバラエティー番組が映った。真紀は舌打ちすると、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。漸く真紀がまともだと感じたのは、昔千尋とよく観ていたアニメの再放送だった。「懐かしいなぁ・・」真紀はそう言って笑うと、シンクに置いてあったミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開け、それを一口飲んだ。にほんブログ村
2014.04.10
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「あ、見て、あれ・・」「え、あれあの宮下真紀じゃない?」「うっそぉ!」 また、だ。伊達眼鏡を掛け、伏し目がちに歩いていても、金髪翠眼という日本人離れした容姿故に人目をひいてしまう。「あの~すいません、写真一緒に撮って貰ってもいいですか?」椅子から腰を浮かそうとした時、荻野千尋は二人組の女子高生に声を掛けられた。「すいません、人違いです。」「そうですか、残念だなぁ~」彼女達は千尋の言葉を聞くと、そのまま彼に背を向けて家族連れの客やカップル、テスト帰りの学生で賑わうショッピングモールのフードコートから去っていった。彼女達が去って行った後、千尋はステーキ屋で頼んだステーキセットを平らげ、空になった食器を載せたトレイを食器返却口へと運んだ。「有難うございました~!」フードコートを出た千尋は、暫くモール内でウィンドーショッピングを楽しむと、書店で一冊の小説を買い、そのままショッピングモールの駐輪場に停めてある自転車に跨って帰宅した。「ただいま。」誰も居ないリビングに向かって千尋はそう言うと、そのまま二階の自分の部屋に入った。 そこは、千尋にとって唯一安らげる場所だった。壁には好きなアニメやゲームの登場人物のポスターが貼られ、ノートパソコンのデスクトップの画面には千尋の憧れの男(ひと)の写真が映っていた。「土方先生・・」ノートパソコンを起動させた千尋は、そっと男の顔を液晶画面越しに撫でると溜息を吐いた。こうして、パソコンで毎日彼の顔を見ているだけで千尋は幸せだった。「ちーちゃん、帰っているの?」階下から母親の声がして、千尋はノートパソコンをシャットダウンさせ、部屋から出た。「お帰り、母さん。」「今日はカレー作るから、手伝って頂戴。」「はぁい。」キッチンで母・育子と夕飯の支度をしながら、千尋は彼女がポータブルテレビのスイッチを入れた。画面には、フィギュアスケートの世界選手権大会の様子が映っていた。「あ、真紀ちゃんだ。」育子の声に顔を上げた千尋は、トップスケーターで自分の双子の兄である宮下真紀が華やかな衣装に身を包んでリンクに入ってくる所をテレビの画面越しに見た。「真紀ちゃん、オリンピック出場候補に名前が上がっているんでしょう?大したもんよねぇ。」「そうだね・・」「ちーちゃんも、真紀ちゃんに負けないくらい頑張りなさいよ!」「わかってるよ、母さん。」 千尋はそう言って母の言葉に笑顔を浮かべながら、包丁で器用にジャガイモの皮を剥いた。 その頃、日本から遠く離れたデンマークで、真紀はオリンピック出場を賭けた大舞台に臨んでいた。にほんブログ村