水利と土壌改良 八田與一
水利と土壌改良 八田與一(「台湾の水利」4(2)昭和九年三月) 私は技術者でありますから、技術に関係したことにつきまして研究したその結果だけを申し上げて、各組合の技術者に考慮をうながしたいと思います。 先ほど台南州の水利組合の方から申されましたように、水利組合の事業の目的は水の便よろしきのみにて満足すべきものにあらず、土質の改良を共に行い、もって作物の増収をはかる事にあるのは当然であります。植物は水がなければ生きていくことができないのでありますから、もちろん従来のごとく水を配給することが最初に考えなければならぬことであります。それからもっと奥に進んで行きまして、普通一般の土壌の改良ということまで行かなければ嘘なのであります。でこれまで農業上では普通私ども土木家が考えておりました、陶器に使用するような純粘土、泥砂のかつた亜粘土の研究は余りなされておらないのであります。農業技術者でない私どもが読みました普通の農書では皆細かい砂か、荒砂の場合の分析に重きを置いて説明してあるのであります。しかしながら砂や粘土の大きさなどを比較しますと、普通皆様がご承知のコンクリートの砂は荒砂と申しまして、直径〇・一ミリ以上のものです。また粘土が強くて作物が良くできないくらいの土壌には、純粘土が四〇パーセントくらいありまして、その直径は〇・〇〇五ミリ以下です。荒砂に比し粘土の分子は約百倍多いのであります。したがってその表面積は百倍も多いのであります。そして砂は普通硅酸からなっておりまして、余り無機物を持っていないのであります。それから砂は割合に水を保持していることはできないのでありますが、粘土はほとんど水を出すことができないくらい保持していることができるのであります。植物としても粘土があるということが最も必要であるのであります。ところがなぜ粘土が強いところは悪いかといいますと、粘土が多すぎると、それが固まってしまって水の出入りが非常に悪いのであります。余り水が停滞すると植物が枯れるのであります。も一つは粘土の分子、分子が密着して作物の根がはびこることができないのであります。も一つはこの作物が十分に成長するために必要なる細菌が自分でいろいろなものを作って植物に与えているのでありますが、粘土の中に溜まった水が停滞しておりますと、今度は悪いものがそのところに残りまして、細菌が発生しましても絶滅するのであります。絶滅する状態になっているのが粘土が強くてものができないという状態であります。これまではそういうことを考えないで、湿気を与えて植物の根がはびこれば良い、それに肥料を与えればよいと、こういうふうに考えておったのでありますが、私はその粘土の悪い性質を除けば土壌に余計にあったほうが良いと思うのであります。そういう研究を各組合の技術者においてはやられんことを希望する次第であります。また南部の地方では洪積層が多いために砂がかった土地が多いのであります。それに河水を持って来ますと、どんなきれいな河水を持ってきましても、粘土の細いのが入っておりますので、すぐ細い粘土が入って来るのであります。一部の粘土をとり上げて見ると、非常に細かいのであります。普通の顕微鏡ではなかなか見えないのであります。すなわち細菌と同じ、あるいは細菌よりも小さい粘土が非常に多いのであります。それがために相当きれいな川の水も、川の粘土が流れているのであります。その川の粘土を畑あるいは水田に灌漑すると、相当砂のあるところでも、細かい粘土が入ってその分子の表面積が大きくなるのであります。表面積が大きくなりますと、肥料が保持されるのであります。細菌にいたしましても表面積が大きくなければ止まっておれないのであります。水道にいたしましても、その浄化装置は濾過池でありますが、濾過池は荒砂をもって水を濾過してしているのでありますが、砂が直接浄化するのではありません。細菌は砂を通過するのであります。それですから最初濾過した水は悪いのであります。砂の間に粘土が溜まりまして、河水を浄化するのであります。皆様の飲んでおられる水道水には河水の細菌はほとんどおらぬのであります。 しかるにこの濾過用砂を研究しますと、粘土が表面から二、三寸浸入しておりまして、表面には河水の細菌が集積し二、三寸の間は濾過中生じました無害の細菌がたくさん付着しておるのであります。三寸以下になりますと、粘土がありませんので、細菌はほとんどおらぬのであります。砂の表面積がないものですから付着しきれないのであります。 それから土壌の水を循環させるために排水の必要があり、粘土を特別の扱いにしなければならないのであります。 団粒と申しまして粘土分子を三つとか、五つとかに固めるのであります。団粒は土粒が大きいのでありますから、空隙が大きく排水が良くないのであります。幸いなことには台湾の大きな河川には石灰分が濃いのであります。その石灰分の多い水で湿潤させ乾燥いたしますと、良く団粒ができるのであります。十回ばかりすると何分の一かに固まってしまうということになっております。そういうことは将来の研究に任せなければならぬのであります。今台北帝国大学の足立教授が頻りに細菌を研究しておられますが、各組合でも相当有力なる技術者をおかれてこの方面の研究をされ、現在一町当り十二石しかできない米を、内地と同じに二十石とれるようになさるることを希望する次第であります。時間がありませぬから内容の詳しいことは申し上げませぬ。(完) 土壌粒子の数並びに内的表面積区別 直径ミリ 一グラム中粒子 同上表面積粗 砂 1.000-5.0000 1,700 30平方ミリ細 砂 0.500-0.0500 610,000 160亜粘土 0.050-0.0050 34,000,000 820粘 土 0.005-0.0001 46,000,000,000 9,100