カテゴリ:連載小説-no title-
「バカヤロウッ!」
上品とは到底言いがたい言葉を、稜は吐き捨てた。 先ほど携帯電話を壊してしまったので、仕方なく近くの電話ボックスを使用していた。 ガンガンと四方を取り囲むガラスの壁をストレス発散、と言わんばかりに盛大に蹴った。 「分かりません、じゃねえだろうッ!どこから、いつ、出火されたこともわからねえのかッ!!」 稜のいる電話ボックスの周りの景色は全て赤く染まっていた。 炎に照らされた町は、熱さよりも、薄ら寒い感がする。 火は瞬く間に町中にその紅い手を伸ばし、包み込んでいた。 「おまけに、不審者の正体もまだ分かってない?人数さえも?ふざけてるのかッ!!」 稜の怒りのゲージはとっくに振り切れていた。 なのに、この対応。 神経を、逆撫でされ、苛々と怒りに拍車がかかる。 電話の向こう側にいる人物は完全におびえきっていた。 『す、すみません』 「すみませんで、すむかッ!役立たずが!何のためにお前達がコントロールセンターにいると思ってんだ!きちっと仕事しろッ!給料泥棒がッ!」 稜の怒りはどんどんとエスカレートしていく。 このままだと電話ボックスを破壊するだろう。 「いいな、また十分後に連絡入れる。それまでにどうにかしろ」 向こう側で悲鳴が上がるがそれを無視し、稜は乱暴に電話を切った。 足で、ガラスを貫通させる勢いで蹴飛ばし、扉を開ける。 「何て?」 ベンチに腰を下ろしまっていた優奈に、軽く首を横に振った。 「何も。役立たずどもが」 けっ、と吐き捨てながら優奈の横に腰を下ろした。 そう、と呟いたきり優奈は項垂れる。 「優奈?」 「…………朔は、大丈夫かしら?」 稜は絶句した。 何を思っているのだろうと思ったが、まさか朔のことを心配していたとは。 溜息混じりに、友に忠告する。 「優奈。優しいのは美点だと思うけど、過ぎるぜ」 「稜?」 戸惑ったように名前を呼ばれ、また溜息が出た。 呆れるしかない。 しばらく困惑していたようだが、優奈がそっと口を開いた。 「稜は、朔が嫌い?」 「好きになるわけねぇだろう」 即答すれば、優奈がまるで自身を傷つけられたかのように視線を伏せる。 気に入らない。 「何で?」 問われ、稜は目を見張った。 何故? こちらこそ何故だった。 何故、そんなことを聞く? 当たり前ではないか。 何故、当然のことを優奈は聞くのだろう。 「何でって……本気で言ってんのか?」 「ええ」 胸の前で両手を組み、胸元に押さえつけながら優奈はうなずいた。 稜は溜息をついた。 バカ、か、と怒鳴り散らしたくなる衝動を必死に抑えた。 「理由は、ありすぎんだろうが」 「それは、あの子の責任じゃないことばかりよ」 「はぁ?」 本気で、稜は優奈の考えていることが分からなかった。 (ここは、きっちりさせとくか) そう思い、稜は一つ一つ例をあげていく。 「一つ。あいつがいるせいで、俺の人生の半分を費やされた」 「嫌なら、断ればよかったじゃない」 「一族の決定だ。断れるか」 そう、決定なのだ。 父親に行け、と言われた。 決してへまをするなと、言われ、家を追い出された。 一族の決定に不服はなかった。 なぜなら、朔がいなければ、こんなことにはならなかったのだ。 「二つ。あいつは、何も知らない。知ってなければならないことを、だ」 「それは…」 言いよどんだが、優奈は視線を上げた。 「私達が、教えなかったからよ」 「知らかったは、許されない」 「目を塞ぎ、耳を閉じさせたのは私達よ。私達にも責任はあるわ」 「優奈…」 稜は心底あきれ返っていた。 何をバカなことを言っているのだ。 確かに自分達は命令で朔が知らないように、行動した。 家でも他の連中が目を光らせていただろう。 だが、だからなんだというのだ。 だから、仕方ないと。 バカなことを言う。 朔が悪い。 知っておかなければならないことだ。 邪魔立てされてもだ。 知らない、朔が悪い。 「稜…………貴女は何でも朔のせいにし過ぎではないかしら」 「はぁ?」 驚き、優奈を見つめる。 悲しそうに、それでいて責めるように稜を見つめていた。 まさか、優奈に責められるとは。 しかも謂れのないことで。 驚き、悲しかった。 だが、不思議と優奈に怒りは湧いてこない。 優奈は朔にほだされてしまったのだ。 (優奈は悪くない。優しいから、ほだされたのだ) 悪いのは………。 「十分たったな」 そういって優奈の責める視線を振り切るように電話ボックスに向かう。 受話器を取り、受話器をかける取っ手を力を入れ横に引っ張る。 しばらく沈黙していたが、やがて声が聞こえた。 「はい」 「リオン・ガーシュウィンだ」 返答を稜に返したのは先ほどとは違う声だった。 事情は把握しているようで、さっそく用件を告げてくる。 「不審者達は、野盗の寄せ集めのようです。例の旅団へのアピール、と白状しております」 「そうか…出火のほうは?」 「町全体に、各自が勝手に火をつけたようです」 「わかった」 電話を切ろうとすると、追うように違う声が聞こえたので受話器を耳に再びつける。 「朔様はシェルターに避難させたといいましたが、どこのですか?」 「あぁ?……………B-05のだ」 「分かりました。ウィスパード嬢もご無事で?」 「当たり前だ」 「お手数、かけました。ガーシュウィン嬢、どうか怪我などなされぬよう。ユーナ・ウィスパード嬢にも、そうお伝えください」 受話器の向こう側の人間が生真面目にそう告げると稜はおかしそうに笑った。 「ガーシュウィン嬢?」 「い…いや……わりぃ………本名で呼ばれるのって、いいなって思っただけだ」 ひさしぶりにその名で呼ばれたのが、妙におかしくて。 ひとしきり笑った後で、ようやく稜は電話を切った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年05月16日 12時28分35秒
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