|
カテゴリ:パワー・トリップ
「罪と罰」のエピローグで、ラスコーリニコフは魂の恢復をする直前に、病気になり悪夢を見る。
「彼は病気の間にこんな夢を見たのである。 全世界が、アジアの奥地からヨーロッパに広がっていくある恐ろしい、見たことも聞いたこともないような疫病の犠牲になる運命になった。ごく少数のある選ばれた人々を除いては、全部死ななければならなかった。それは人体に取り付く微生物で、新しい繊毛虫のようなものだった。しかもこれらの微生物は知恵と意思を与えられた魔性だった。これに取り付かれた人々は、たちまち凶暴な狂人になった。しかも感染すると、かつて人々が一度もけっして抱いたことがないほどの強烈な自信を持って、自分は聡明で、自分の信念は正しいと思い込むようになるのである。自分の判決、自分の理論、自分の道徳上の信念、自分の信仰を、これほど絶対だと信じた人々は、かつてなかった。全村、全都市、全民族が感染して、狂人になった。全ての人々が不安におののき、互いに相手が理解できず、一人一人が自分だけの真理を知っていると考えて、他の人々を見ては苦しみ、自分の胸を殴りつけ、手をもみしだきながら泣いた。誰をどうさばいていいのか、わからなかったし、何を悪とし、何を善どうするか、意見が一致しなかった。誰を有罪とし、誰を無罪とするか、わからなかった。人々はつまらないうらみで互いに殺しあった。互いに軍隊を集めたが、軍隊は行軍の途中で、突然内輪もめが起こった。列は乱れ、兵士たちはお互いに躍りかかって、斬り合い殴り合いを始め、噛み付き、互いに相手の肉を食いあった。町々で警鐘を鳴らし、みんなを拾集したが、誰が何のために呼び集めたのか、それが誰にもわからず、みんな不安におののいていた。めいめいが勝手な考えや、改良策を持ち出して、意見がまとまらないので、ごくありふれた日常の手工業まで放棄されてしまって、農業だけが残った。そちこちに人々がかたまりあって、何かで意見を合わせて、分裂しないことを誓いあったが、たちまち何か今申し合わせたことと全く違うことが持ち上がり、罪のなすり合いを始めて、つかみあったり、斬りあったりするのだ。火事が起こり、飢饉が始まった。人も物も残らず亡びてしまった。疫病は成長し、ますます広がっていった。全世界でこの厄災を逃れることができたのは、わずか数人の人々だった。それは新しい人種と新しい生活を創り、地上を更新し浄化する使命を帯びた純粋な選ばれた人々だったが、誰もどこにもそれらの人々を見たことがなかったし、誰もそれらの人々の声や言葉を聞いたものはなかった。 このばかばかしい夢がこれほど悲しく苦しく彼の思い出の中に後をひいていて、この熱病と悪夢の印象からいつまでも抜けきれないことが、ラスコーリニコフを苦しめた。」 ドストエフスキー「罪と罰」より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.02.20 15:53:35
コメント(0) | コメントを書く
[パワー・トリップ] カテゴリの最新記事
|
|