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テーマ:東京 / 江戸(1183)
カテゴリ:世田谷区
バス停データ
◆所在地:世田谷区 ◆路線:京王バス[歳23]系統他 みなさん、こんにちは。 千歳烏山駅の西口を出て、南烏山5丁目の住宅街を抜けると、人通りの少ない通りにポツンとバスが一台、発車時刻待ちで停止しているのが見えてきますが、ここが千歳船橋へ向かう京王バス[歳23]系統の起終点、南水無です。このバス停は千歳烏山駅のひとつ先に位置しますが、おそらく駅前は道路が狭くてバスが転回できないことから、ここで折り返すようになったものと思われます。少し離れた場所に降車用のバス停が別にあり、住宅街の道路をうまく利用してバスが転回している様子が見て取れます。 バス停から千歳烏山駅方向に少し戻ると、南北方向に伸びる小さな遊歩道がバス通りを横切りますが、これが三鷹用水こと水無川の流路跡です。すなわち、水無の地名はこの川に因むものですが、遊歩道には「水際の散歩道」という名があるのみで、かつての水無川の存在を示すような説明も無く、バス停だけがかろうじて水無の名を消滅させまいと頑張っているかのように見えてきます。 水無川は、目黒川上流に通じる烏山川の支流であり、自然河川の上流部を玉川上水からの分水で灌漑用に水量を確保していたといわれます。烏山から近い蘆花恒春園で、明治末年から昭和初年までのおよそ20年間を過ごした徳富蘆花は、その著書『みみずのたはこと』(大正2年)で水無川について触れていますが、それによれば、冬になると水が涸れることから水無川の名があるそうです。しかし、当時の地図で水無川上流部を辿っていくと、玉川上水から分水された品川用水が水無川上流部と交錯しており、このことで上流部の水流が切断されたことが水涸れの原因に関係しているようにも思えます。どちらにしても、水が涸れなかったら水無の地名も起こりえなかったかと思うと、地名の面白さを改めて知ったような気分になります。 (次回へつづく) 人気blogランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.05.01 23:37:41
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