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バス停地名学のすすめ

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2010.01.20
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カテゴリ:新宿区
(前回からのつづき)

かつての都電13系統は、若松町交差点から大久保通りを東へと進みました。現在この交差点には4本の路線バスが通過しますが、残念ながら13系統と同じルートを取る路線はありません。路線バスの大幅な改編が行われた都営大江戸線開業当初、大動脈だった[秋76]系統廃止後の若松町から東の大久保通りでは、市ヶ谷駅経由で新橋駅へ向かう[橋63]系統のみが細々と存続していましたが、やはり路面交通の需要をすべて地下鉄に移すことは利用者の意に反したようで、[秋76]系統のルートを一部補うような形で、大久保駅方面から飯田橋駅へ向かう[飯62]系統が平成14年に新設され、現在に至っています。

若松町交差点から北へ向かう通りは、早稲田方面への下り坂ですが、これを夏目坂といいます。この坂の先に喜久井町の町名があり、いずれも夏目漱石ゆかりの地名で、その著書『硝子戸の中』(大正四年)に、こんな記述をみつけることができます。

私の家の定紋が井桁に菊なので、それにちなんだ菊に井戸を使って、喜久井町としたという話は、父自身の口から聞いたものか、またはほかのものから教わったのか、なにしろ今でもまだ私の耳に残っている。(中略)父はまだその上に自宅の前から南へゆく時にぜひとも登らなければならない長い坂に、自分の姓の夏目という名をつけた。不幸にしてこれは喜久井町ほど有名にならずに、ただの坂として残っている

坂下の早稲田通りと交わるあたりの一角が、夏目家の旧家跡、すなわち漱石生誕の地となります。

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最終更新日  2010.01.20 12:38:26
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