37948686 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

h+and   ~ I want to throw away ~

PR

X

全24件 (24件中 1-10件目)

1 2 3 >

ミニマリストになる前は・・・

2021.06.20
XML
50歳になって「自由になった」と感じているのは。


「所属」から自由になった、ということが


わたしの場合 大きいのかもしれません。










わたしが かつて長年溺愛していた「ふりふり」の服。


それを着るのをやめたのは、

わたしの「所属」に変化が訪れたときでした。

学生の頃も、
お勤めしている間も、
25歳で結婚してからも、
子育て中に「ひとり」で家の中で奮闘しているときや
お子を「ひとり」で公園へ連れて行っている間までは、


つまり、なんと申しましょうか


わたしが「単品」として行動できている間は、


とても大好きで、ふりふりを、ずっと着ていたのです。






すずひ家アルバム「4」「5」「6」「7」より


 ***************************************



やがてわたしは「幼稚園児のママ」となり、

園という組織に「保護者」として、

同時に「同じ年の子を持つママ」としてのグループに所属しました。








ふりふりの末期は、花柄ではなく、わたしは「ギンガムチェック」ばかり着ていたのです。




 ***************************************




「所属」をしてからも、

好きだから、好きなものを、

しばらくは堂々と着ておりましたのですが・・・


なんとなく だんだん「着にくく」なって やめました。




まあ、服が服でしたので、あまりにも特殊でしたので、

仕方ないといえば仕方ないのですが、

悪目立ちをしていいことなど一つもない、というか(笑)


やっぱりその所属や周りに馴染む格好していかないとな、

それは身のためでもあるし、

これから始まる長い長い「ママとしての所属」を生き抜く術だよな、と思ったのです。




好きなものを 一旦 諦めたのです。





最後のギンガムチェックの写真は、年中さんの運動会。最後の記憶は、いつも、運動会(笑)



 ***************************************




自分の意思だけでは選べない所属や人間関係の中に、

どうしても身を置かなければならない時期、というのが 

子育てには、人生には、必ずありますね。


楽しいことももちろんあり、


そしてまた ありがたい試練でもあり。



わたしね、いっときね、 

学校行事に行こうと思うと足がすくんでしまう時期があって、


そういうとき、おとーさんが付き添ってくれたことを

いま思い出しました。


行事ごとに夫婦でいると、

意外と誰からも話しかけられないで済むところって、ありませんか?

おとーさんが防御壁になってくれるというか。

SPというか(笑)


おとーさんも保護者なのだから「付き添い」と言うのもおかしいのですが、


助けてもらったなあ、


守ってもらったなあ・・・ということを


今、思い出しました。



忘れてました(笑)



そのときには辛かったことも、


10年経ったなら、ちゃんと忘れられるんだな。


そして辛かった記憶、としてではなく 

助けてもらった記憶、として

温かく思い出すことができるんだな。(忘れていたくせに!)


つらい時って、

それがずっと続くような気持ちになって絶望しそうになるけれど、


時は、過ぎる。


ちゃんと過ぎてゆくし、そこを抜けてゆける。
 

いちばん大切な、そのときに必要なことが起こっているだけ。


だから大丈夫だよ、安心して頑張れ、 と。



あの頃のわたしの心に・・・

いま頑張っている あなたの心に・・・


ああ、届くといいのに。








この夏は、パジャマも「ギンガムチェック」です。 裏と表でチェックが違うの、可愛い!










いろんな時期を過ぎて、50歳になって。


もう一度、好きなものをなんでも着られる。


どんどん着よう! わたしのために!



そんな気持ちになっています。



家族は今も、いつも、これからも一緒にあるけれど、


わたしは今ももちろん、

家族の「おかーさん」であり「母ちゃん」なのだけれど。

どこか、もういちど 「単品」に、戻ったような、



ああ、本来のわたしに戻ってこられたような。




 違う場所で、同じ月を 見上げる時も

   空を超えてリンクするの 熱い想いは~







大丈夫。 



もう一度、ギンガムチェック着られる日は、くるよ。



遠くからそう聞こえたような気がした・・・



50歳の自由、のお話、でした。







                                     おわり







今日もお読みくださって ありがとう。




↓ ポチッとしてくださったあなたさまの お心が・・・

にほんブログ村 ファッションブログへ
にほんブログ村

 今日も、いつも、あなたらしく、どうぞ「自由」であれますように ( ´▽`)ノ




フォローをしてくださっている1232名ものみなさま・・・

h + and ~  I want to throw away  ~ - にほんブログ村

更新を楽しみに待っていて下さるお気持ちを、いつもありがとうございます ( ´▽`)ノ りんご
















最終更新日  2021.06.21 12:42:15


2021.03.13
余裕がなくて。

本当に あらゆることに余裕がなくて

好きだ、とか ファンだ、というよりも、


もはやどこか現実逃避のような気持ちで


すがるような気持ちで、当時は食い入るように眺めていたっけ。


癒しを求めていたっけ (;_;)


雅姫さんの、暮らし。


雅姫さんの、キッチン。





パンを写真に撮ろうだなんて昔は思ったこともなかったです。パンを撮る意味とは?と(笑)




 **************************************




余裕のもてない時期の大変さ、みたいなものって、
その時期を過ぎさえてしまえば
何もかもが美しい思い出になるか、といえば、

そんなことはないですね(笑)

苦しかった思い出は、やはり苦しいままですし、

痛かった記憶は、何年経っても、

わたしの場合、ますます痛く、恐ろしいままだ。


今が幸せなら 
昔の思い出が美化されるということは、
もちろんあるのだと思います。

そういうものもあれば、

それとこれとは話が別です!というものもある ( ´▽`)


「今が幸せ」や「これでよかった」と思いたいがために

逆に過去を美化するという心理が生じるのだ、と聞くこともありますね。

たとえば 
部活が異常に厳しくて
ビンタとか日常的にされて、

のちに社会人になって、

あのとき監督が厳しく指導してくださったから今の私があります!みたいのは

ちょっと違うのだそうです。

ビンタまでもを美化してはいけない。
       ( 今なら教委に即・通報 )

嫌だったことは「嫌だったです!」と。

ほっぺと耳がじんじんして痛かったです!と。

そう認められる人の方が、もしかしたら幸せなのかな?

正しい自尊心が育った、ということなのかもしれません。



もう結局は、だから。



たとえどのような過去を生きたとしても。



今を幸せだと感じられる人が、幸せね! ということに漂着 ( ´▽`)



 








月日は流れ、

18年くらいぶりに見た雅姫さんの「昔のキッチン」を、

すごく詳細に覚えていることに、驚きました。

お鍋の位置も。 

雅姫さんがご自分で貼ったというテラコッタの床も。


素敵だなあ、という気持ち。


それが混沌とした日々の中での夢や希望となって 


当時のわたしを、いつもそっと支えてくれた。







そうそう! この「EAT」のあるときのキッチンに特に夢中でした。懐かしいなあ (;_;)
ソフトカバーの写真主体のムック本ですが、文字数&キャプション多めで、うれしい(;_;)



 ***************************************



お洋服のお店のお仕事をしながら
家事や育児、お家のこと、
そして(当時)2匹の大型犬のお世話をするのは、

この細いお体の、一体どこにそんなパワーが。

どんなに多忙で大変なことだろう。


そう思ったら、がんばろう、と。


素敵なこの人に
毎日ほんの少しでもいいから近づけるように
わたしなりに努力しよう!と。


そう思えることが「教育」であり「教え」であり「学び」ですね。


ビンタは教育ではない。


暴力(言葉の暴力や無視を含む)や、命令や、罰というのは、
恐怖(や、脅し)を与えることによる手っ取り早い支配と、
その恐怖に基づき服従しているだけの関係性なのであって、
そこに「愛」や「尊敬」が生まれることはない。


これは学校など教育の現場だけでなく。

会社や、組織や、

もちろん家庭内(親子・夫婦間)にも言えることなのだと思います。












こういう「素敵な何か」を発信してくれる人がいて、


それを受け取って 


気持ちが前向きになれたり、がんばろう、やってみようと思えたのなら。


直接指導されることはなくても、

これは紛れもなく「教え」だし「学び」だし・・・



そう、とてつもなく価値のある「ご縁」です。





顧問も担任も、上司も、部下も、親もまた、

自分で選ぶことができないことが殆どだけれど。


「本」や「発信」や「考え方」とのご縁というのは、

好きなものや、好きな人、

自分の心を元気にしてくれるものや

夢や希望にあふれたものを、

いつだって、こちらが選べますね。


学ぼうとする人を間違うと、とても苦しいのです。


「人は愛するものからしか学べない」のですから。











エプロンをして、笑顔でキッチンに立つ。


ただそれだけのことがむずかしい時期が、


人生の中にはありました。



2年半前の秋の日に。
エプロンをして家事をする様子のわたしを、
カメラマンさんが撮ってくれて、

それが本になったとき。












「憧れ」の力の持つ凄さを、初めて信じました。

叶うはずのなかったことが、

こうして叶うことがあるのか、という。

一生に一度のこの今の気持ちを、

決して忘れずにいよう、と。


心の中でずっと描き続けていた

「遠い遠い憧れ」や「理想」だったものが、

今、ここで、

この住まいの中で。

小さな古いキッチンで。


わたしはわたし以外の「素敵な誰か」や「ほかの誰か」になることはできなかったけれど、


わたしなりに叶えることができたんだなあ、と。



頭の中が、
過去と今を激しく行き来するよな
目眩くような、ぼーっとするような感覚に陥ったことを覚えています。


あれはきっと「感動」だったのだと思います。


あの時から、またゆるやかに減らしながら、

ものの少ない暮らし、少ない服での暮らしを


わたしはここで、1日1日、楽しんでいます。











こんな未来が来ることは、誰も教えてくれなかったけれど、


50歳になった今。


昔の自分に「それでいいから、そのまま頑張れ」と、だから伝えたくなるのです。


今は苦しくとも、今はそれでいい。


あなたなら大丈夫。


諦めず、足を止めず、一歩ずつ進んでおいで、と。


そうやって、悩みながら、懸命に生きておいで、と。



必ず幸せになれるから、と。














お気に入りのエプロンをして、キッチンに立つ。


優しい笑顔で、キッチンに立つ雅姫さんを初めて見たとき。


今のぎすぎすした、ぴりぴりしたわたしの表情とはえらい違いだな、と悲しくなりながらも。


これは雑誌の撮影だからできるんでしょ、
普通に暮らしていたらありえないでしょ、
そんなのわたしには絶対に無理!と思うか。

これはとても素敵なことだから
憧れちゃうから、
できることからやってみよう、と思うか。

ビンタされてやろうと思えることではないのは明らかで(笑)


これは 紛れもなく「憧れ」と「尊敬」と


そして「大好き」とか「愛」の力によるところなのだろうと。


そう思うのです。







暮らしの一部を写真におさめる、という行為は、雅姫さんから学んだと言っても過言ではない。
足元にも及ばなくともそういうことを。「暮らし」を楽しめるわたしになることができました。



 ***************************************



今、何かがうまくいっていなかったり、
長引くコロナ禍で、友達ともずっと会えなくて、
さすがに元気がでないよ、という方も、
読者さんの中にはいらっしゃるかもしれない。


年齢を重ねることに対し、
少しネガティブな思いを抱かれておられる方も、
いらっしゃるかもしれない。

50代から先の人生を、
ちょっとだけ楽しみに感じてくださるような、
そんな日記をかけたらいい。

日々の生活を本当に楽しいと思っていないと、

わたしは絶対に書けないですから(笑)

これからも毎日を楽しく過ごしていけたらいいなあ、と。


読んでくださったあなたの心の中に、

小さな「希望の灯」をともせるような、

そんな日記をかけたらいいなあ。


そう思うのです ( ´▽`)





                                      おわり













今日もお読みくださって ありがとう。




↓ 読んだよ!きたよ!とポチッと知らせていただけることは・・・

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマルライフ(持たない暮らし)へ
にほんブログ村


↓ 読者さんからの「愛」だと、わたしはいつも思っているのです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ
にほんブログ村


↓ 愛は決して強要できないものだと知っているからこそ、なおさらに、うれしいのです。

にほんブログ村 ファッションブログへ
にほんブログ村

たくさんの愛を、いつも ありがとう ( ´▽`)







読者登録をしてくださっている1121名もの皆さま・・・

h + and ~  I want to throw away  ~ - にほんブログ村

あなたとあなたの大切な人が。

今日もどうぞお健やかな、そして穏やかな1日をお過ごしになれますように・・・ りんご










:






最終更新日  2021.03.13 19:00:16
2021.03.01

桃太郎の目的は「鬼退治」ではありません。




そう呟かれた ツイート に出会いました。


え、じゃあ何だろう (゜∀。) ? 



 ***************************************



桃太郎の目的は「鬼退治」なのではなく


「村の平和を取りもどすこと」 です。


目的と手段の違いを、はっきりと理解しましょう、と。



あっ!そうか!! ( ;∀;) !!













「目的」と「手段」の違い。

これは、ミニマリズムとか、片付けとか 

それ以外にも、毎日のお仕事とか、あと受験とか、

全てのものごとに共通する大切な理解、ですね。

これってわかっているようで、
ふっとどこかへ飛んでいってしまう、と申しますか、
必死だったり余裕を持てない時などには
とくに見失ってしまいがちなことです。

桃太郎の目的のたとえは、

だからとってもわかりやすかった ( ´▽`)


このことを、この理解を忘れないでいたい。 


そう思うのです。






楽天ブロガーすずひ。我が楽天最愛スイーツ探しの旅はつづく。そして、出会った!(;_;)







 ***************************************



ものの少ない暮らしの目的は「捨てる」ことではなく 
快適で安全で清潔な、
気持ちの良い毎日を手に入れること。叶えること。

受験の目的も「合格すること」なのではなく
受験の結果がゴールなのではなく、
そのさきに続く長い長い人生を
いかに自分らしく豊かなものにしてゆけるか、
なのだと思います。  




桃太郎の目的は、村の平和を取り戻すこと。


鬼に勝つこと、鬼をやっつけることではないのですね。



わたしにとって、


少ないものや服で暮らすことの目的は、


心の平和を取り戻すこと。



ものを減らすことが目的、ではない。






冷凍の状態で届くケーキのなかで過去 No.1かもしれない! サワークリーム大好き!
今回購入したのは「5寸」サイズでしたが・・・ 次は絶対に大きい方のを買います!!








歴史上の人物の中で、

読者さまはどなたかお好きな人はいますか?


わたしね、「伊能忠敬」が好きなのです。


1745年に生まれた伊能忠敬は、
精密な日本地図を初めてつくった人としてその名が刻まれていますが、
元々のお仕事は「商人」だったのです。

地図作りを始めたのは、なんと55歳を過ぎたころで、
本格的な測量の勉強を始めたのも、
今で言う定年退職後、なのだそう。

50歳ころ、ご自身の隠居を目前にして、

31歳の若き天文学の師に弟子入りするのです。


すごい勇気!










江戸時代は現代のような戸籍制度がまだ整備されておらず
正確な人口統計ができないなかでの平均寿命を計算することは難しいとされるのですが、
さまざまな資料や研究から、
江戸時代の平均寿命はおよそ「30~50歳」とされており、
55歳過ぎという年齢から日本中を歩き回り、
少しずつ地図を作り上げていった彼の行いを、
偉業と呼ばずして何と申し上げましょう ( ;∀;)


測量の旅では、毎日40km 近く歩いていたのだそうですよ。



 歩け。歩け。 続けることの大切さ。



 人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらない。





 日本国中測量したことは、私の天命でした。














ああ、「God’s will」(天命) か。


彼が残したとされる名言の数々が・・・


50歳を迎えたわが心にこそ、深く深く響きます。




 ***************************************



伊能忠敬の目的は、果たして「日本地図を作ること」だったのでしょうか。


この、のちに幕府において国家機密的に取り組まれることともなる大事業の始まりは


「地球の大きさ測りたーい」 という、


彼の単なる無邪気な好奇心だったのだ、と語り継がれています。



厳しいはずの「測量の旅」に、

いつも彼は大喜びで、超絶楽しそうに、

満面の笑みでもって嬉しく出かけていたそうですから。





好きっ・・・! (`・ω・´)












手段であるのか。目的であるのか。 

そのさきに何があるのか。

わたしの「捨て」は、ただただ夢中で。

明確な目的を見据えて捨てていた訳ではありませんでした。


つらく厳しい作業は、しかしなぜか楽しかった。


わたしの心を突き動かす「何か」がありました。



ここでなんどもお話させていただいたことがありますが、


わたしの捨ては苦しいながらも、泣きながらも、


「超絶に楽しかった」のです。



大人になると、

ゲラゲラ笑いながらできるようなことよりも、

とても真剣な気持ちで向き合ったり

好きなことを本気になって追求する時間の方が


「楽しい!」「最高!」と感じられることの・・・不思議。











ものの少ない暮らしを叶えた人々が、

毎日の暮らしの中に「幸福感」を感じやすいのは。

大量のものに埋もれてぼやけていた暮らしの良いところの輪郭が、

今自分の持っている一つ一つのものの「輪郭」が

はっきりと浮かび上がるからなのだ、と思います。


すでに「豊か」であることの輪郭。



江戸の時代に、五十の歳を過ぎてなおも勉強を始め、

苦しい中にも いつも好奇心いっぱいで

日本中をその足で歩き回り、

日本列島の「輪郭」を知ろうとした伊能忠敬も・・・


もしかしたら、そんなお気持ちだったのかもしれませんね。




もう  好きっ!! (`・ω・´)








                                     おわり







今日もお読みくださって ありがとう。


↓ 新しく作ったバナーを・・・

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマルライフ(持たない暮らし)へ
にほんブログ村

↓ いつも ポチッとしてくださって ありがとう ( ´▽`)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ
にほんブログ村

↓ 新しいカテゴリーで楽しく書かせていただけています。ありがとうございます。

にほんブログ村 ファッションブログ 50代女性ファッションへ
にほんブログ村





読者登録をしてくださっている1103名ものみなさま・・・

h + and ~  I want to throw away  ~ - にほんブログ村

あなたとあなたの大切な人が。

今日もどうぞお健やかに、そして微笑みいっぱいの1日をお過ごしになれますように・・・ りんご

















最終更新日  2021.03.02 09:46:25
2020.03.17
昨日に引き続き、今日も「服」にまつわるお話です。


似合う、似合わない、のお話です。



何を着たらいいかがわからなくなって、
わたしのこれまでの人生において、ワードローブがもっとも「とっ散らかって」しまったのは、


41〜42歳の頃のことでした。





このスニーカーは 後ろ姿の「星」が好き。 今日の画像は「◯◯が好き!」シリーズです。



 ************************************



たとえばです。

20歳の時に似合った服は、23歳になっても ちゃんと似合うと思うのです。
少し背伸びして買ったような「ちょっといい服」であれば、
23歳になった頃の方が、むしろ似合うようになっていることもあるのかもしれません。


もう少し年齢がすすんで。


32歳で似合った服は、35歳でもおそらく大丈夫なのです。
この3年で、見た目や体型って、ふつうに暮らしていたのなら、そんなには変わらない。

35歳で似合った服は、38歳でもギリいける(いけた)と思います。(わたしの経験では)
この3年もまた、その人の雰囲気みたいなものは、さほど変わらない。
子育ても一段落、という時期であれば、自分の時間も増え、お出かけの機会も増え、
オシャレがとても楽しい時期の再来、かもしれません。






サラダは「春菊」と「アボカド」が好き! どちらも20代の頃にには苦手な食べ物でした。



 ****************************************





さて。



次なんですよ。



次の3年。



ここでわたしは大きく路頭に迷うことになります。


38歳で似合った服が、41歳には似合わない。


これまでと同じ「3年後」なのに。

これまでの「3年サイクル」は大丈夫だったのに、41歳になった途端、ずれてくる。

自分で思う自分は、38〜39歳の頃のイメージのまま都合よく止まってしまっていて、
頭の中のイメージの自分と、現実の自分自身の姿とが、微妙に「ずれて」くる。

そこをわからないままで、これまでと同じつもりで買ってしまうから
何を買ってきても似合わない。 なんかおかしい。何を買ったらいいかわからなくなる。
こないだまで似合っていると思えた服やアイテムが、軒並みダメになる。「総・アウト」。

好きなものや好きなテイストって、そんな急に簡単には変えられないものですし、
自分の「全体的な風貌」や「動作」が微妙に変わっていることにも、気づかない。

鏡に映った「真正面からの顔や姿」くらいしか見てない。(わたしはそうでした)

買ってきたものが似合わないことも「たまたまこれがダメだっただけ」と思ってしまう。

39歳の時に好きだったものを、そのままの気持ちで、
「今度こそ!」「「これならどうだ!」「今度こそ似合う!」と、
すごく頑張って買い続けてしまうんですね 



         。・゜・(ノД`)・゜・。







リップはETVOS の「リッププランパー」が好き! 他のですと「皮むけ」するんです。


 ↓ ずっと愛用していたカラー(モーヴピンク)では、顔がぼんやりして参りました。
   もう少し発色の良いこちら(イノセントローズ)の方が、49歳の顔に似合いました。




 ****************************************



あの時に「ミニマルライフ」に開眼できていたなら、と 少し悔しく思います。

買うことを一旦やめて。

似合わなくなったものを全て手放してみたらよかった。


どんどん次々と休みなく買うくせに、ちまちまとしか手放さないから、
ワードーローブの様子はますますまとまりがなく、買えば買うほど錯乱してゆくばかり。


ミニマルライフに目覚めるどころか、どんどん盲目的になってしまって、
自分を見つめることを全くせず、その代わり雑誌やインスタばかりを食い入るように見漁って、
もう本当にわからなくなって、ついには「ミニスカート」とか買っちゃいましたよ(泣)






エプロンに合わせるのは 白いブラウスが好き! 漂白できる「白」は、意外と料理向き。



 ****************************************


散財は、どんな散財でも悲しいものですけれど。

あの時の散財が、一番悲しいわ。

買っても、買っても、似合わない。
それでも買うことをやめられなくて・・・諦められなくて・・・

バカみたいな話なんですけれど、ものすごくツラかったのです。

そこから「3年」が経って。 44歳になって。 44歳の、あの夏に。
 

初めてがっつりと捨てた。  今の自分に似合わない服を、1枚残らず、捨てました。



 **************************************



今、49歳ですけれど。

もっと早くに気づいていたならなぁ、と、やっぱり思うことはありますけれど。


気づかないまま行っちゃったらどんなことになってしまっていたのか、と想像すれば、


気づけたことは、とにかく良かった、のです。 「良かった」しかない。


それはないわ、というような、今の自分とずれた、大きくかけ離れた服を、
似合うと信じたまま、ずっとずっと選び続け、自信なく着続けてしまっていたかもしれない。


 



サンドイッチのパンは、ハード系が好き! はさむのはローストビーフが好き!



 ***************************************



すごく余計なお世話なんですけれど。

「服を買いました!」というフレーズにつられて、どなたかのSNSにお邪魔して、

「あああ。この方なんでこれ買っちゃったかな。これはきっとすぐにいらなくなるぞ。」とか。
「この方のスタイルだったら、もっと細めのパンツの方が絶対に似合うのに〜!」とか。


そういうのが、
ほんと余計なお世話で自分でも嫌になっちゃうんですけれど、
客観的には、とても冷静に分かることがあるんですよね。


自分のことだと、これが、わからない。


「欲しい」とか「素敵!」とか「着てみたい!」という物欲の気持ちの方が、勝ってしまう。



そういう時期がありました。


わたしは、その「闇トンネル」が、長かったと思う。
しつこくしつこく 休みなく買い続けてしまいましたから。



もう無理。駄目だ! 全くわからない! これ以上買うのは、だから一旦ストップだ!!!



そういう考え方や情報が、当時にだってちゃんと何処かには存在していたのでしょうけれど、

服やバッグや靴ばっかり探してる愚かなわたしの目、ですからね。

そんな有益情報、見つけられる由も無い 。・゜・(ノД`)・゜・。








ニットは、袖口のリブの長いデザインが好き! 腕が長ーく見えるのです(笑)



 ****************************************


わたし、ずっと昔に、

着ているもので、その人の表情や振る舞い、ひいては「所属するコミュニティ」さえも
変わってくることがある、と 日々感じていたことを どうしても書きたくて、

着ているものに、その人の顔の造作や雰囲気が寄って行く、
服にはその人の「生き方」や「人生観」が表わされている、という趣旨のことを書きたくて、

「ユニクロ顔」とか「しまむら顔」とか、そういうことを書いてしまって (その日記 →

「プチプラ好きな人をバカにしてるのか!」「失礼すぎる!!」と、

ものすごく反感とお怒りを買ってしまった過去があるんですけれど、

いまだに恨まれているような節もある、いわば「暗黒歴史」でもあるんですけれど、


あの日記は。


それ以上に、実は「共感」 の お声を。


「ほんとそう!」「それ、私もなんとなくずっと思ってた!」という共感のお気持ちの反応を

たくさん、たくさん、ものすごくたくさんいただけた日記でもありました。

あの発言を撤回するつもりは、だからわたしにはないですし、今も変わらず そう思っています。


選ぶ服が変わると、人は、変わる。


自分自身の気持ちはもちろん、
「周りからの扱われ方」や「出会う人」、「起こること」、「未来」さえも、変わる。

自分の着ているものなんて誰も見てなどいないさ、と思う一方で、
誰かと知り合う時、初対面のその人との関係性を「もう一歩」進めてみたい、と思う時、

わたしたちは相手の「服」を 必ず見ています。

この人と仲良くなれそうかな? お話や趣味は合いそうかな? 
価値観は合いそうかな?
どんなものが好きな人かな? どんな暮らしが好きな人なのかな?

いちいち尋ね合わなくとも。

それらが1秒でわかってしまうくらいのパワーを、服は、秘めている。


服は「口ほどに雄弁」です。


服は、会話が始まるその以前からすでに始まっている、
とても大切な「視覚的コミュニケーション」なのです。



最強の武器になることがある。  


大きく損をしたり、せっかくのチャンスを掴みそこねる羽目になることもある。








最後! 名古屋市内のDEAN&DELUCAの中では「名城公園店」が一番好き! 公園が好き!



ベーカリーとカフェがメイン。豊富なデリ類の扱いはないけれど「静か」で、好きなのです。


 ***************************************



今、9着の服で暮らしてみて。


もう何年も「少ない服」で暮らしてみて、
これがわたしにとっては もはや「ふつうのこと」になっているんですけれど、


こんな世界があったんだ、という驚きは・・・ いまもなお どこか「新鮮」なのです。



少ない服ががらーんと美しく掛かったラックを見るたび・・・ 嬉しいのです。













いまだに、嬉しい。  毎日、嬉しい。



これからも、きっと嬉しい。



「買ってきたけれど、なんか違った」という悲しい失敗が、本当に少なくなりました。 
上手に選ぶことのできたシーズンであれば、もはや「ゼロ」なのです。

信じられない。

これはね。本当に、嬉しいこと。
ずっとできなかったことが、ようやく出来るようになったのですから。

お子が初めて自転車に乗れた瞬間の心の震えを、いまだにはっきりと覚えているんですけれど、

人間の喜びの本質って、全ての事柄において、そういうことなのかもしれません。


何かを買ってもらったー!とか、なんか得したー!楽できたー!とかそういうことではなくて、


昨日までできなかったことが出来るようになる。 ということ。



この喜びは。 


4歳でも、5歳でも、35歳でも、38歳でも、45歳でも・・・ 今の49歳でも。


そしてこの先 何歳のわたしになっても。  


自分が諦めてしまわない限り、人生の最後の最後の日まで感じることのできる、


自分で挑戦することのできる、 


決して誰にも奪うことのできない「成長の喜び」なんでしょうね  ( ´▽`)ノ







                                      おわり









 今日の日記は、またこんな小憎たらしいこと書いてしまって、
 どなたさまからもご賛同はいただけないだろう、と覚悟の上で、一生懸命 書きました。

↓「黒歴史」をわざわざ自分で掘り返してしまったすずひに、ポチッと本当にありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

わたしがブログを好きなのは、多くの賛同を得られないだろうことを、正直に書けるところ。
いい人であらなければ、という八方美人を捨て、どこまでもわたしらしくあろうとできるところ。

そんな日記を。 今日も最後まで、こうしてお読みくださって。

ずっとずっと読者さまでいてくださって・・・本当に、ありがとうございます。   すずひ
















最終更新日  2020.03.17 15:41:18
2019.12.15
2020年上半期の。

水瓶座の「しいたけ.占い」が素晴らしかったので、皆様あけましておめでとうございます。
すずひです。

射手座のお友達も、読んで泣いてしまっていました。
2019年のキツさや葛藤のくだりへの優しい労いが、もう当たりすぎて、怖いんですって。
そしてその経験が全て生かされるとされる2020年が、もう、楽しみで、ただ嬉しい(泣)と。





今日の画像は、懐かしの持ち物と思い出シリーズ。
Tシャツだらけだった頃。この頃のアイテムには、まだ「物欲」で買った名残、があります。





水瓶座はね、恩を忘れないそう。
恩返しに対して「しつこい」のだそうです。 ええ、その通りですとも。
ついでに言うと、復讐に対してもしつこいそうです(笑)。

してもらったことや、助けてもらったことを、一生涯 忘れない。

だが。 ひどい仕打ちや 助けてくれなかったことも 一生忘れないからな!!!

と言ったところでしょうか(笑々)。  ほんとそうよ。

しいたけ.さんは、もしも中国でなら、お名前の表記は やっぱり「椎茸.」となるのかな。 

最近、そんなことばかり つい考えてしまいます。


「私は私で好きにやります。だから、あんたたちも好きにやんなよ。
                      他人のジャッジばかりしてないでさ。」


「いろいろ言ってくれてどうもありがとうございます。
       でも、あなたの意見は採用しません。自分の人生を頑張ってくださいね!」



2020年上半期の水瓶座の「境地」を台詞にするなら、こんな感じなんだって! 


なんか、とってもいい  ヽ(;▽;)ノ !!


だから もう、個人的に、 みなさま! 新年 明けましておめでとうございますっ!!







大好きだったかごバッグ。 今も大好きです。時々 定期的に欲しくなります。
でも、買いません。 なぜか。 好きでも「今は必要ない」と、ちゃんとわかっているから。




 ****************************************



さて、今日は「物欲」のお話です。


こういうお話をさせていただくのは、なんだか久しぶりですね。


タイトルでは「VS」などと、また戦ってもらいます、って感じになっていますが、
悪者として戦ってもらうわけではないです。 
わたし、もう、戦っていないですから。 時々ふわりと共存する、みたいな感じですから。

日常生活の中で、「暴れ狂う物欲」と戦うことが、なくなった。

今日は、そんな ミニマリストのお話。



 **************************************




「どうしたら物欲なくなるんですか?!」という切実な質問をされるたびに、感じることは。


ミニマリストには物欲などない。(そうでなければならない)と思われているんだな、
ということです。


「鉄壁の無欲」の人であれ、と。  欲しがらない人であれ、と。




 ***************************************




ものの少ない暮らしを、ある程度の期間 実践していて。

「どうしたらこの物欲を抑えられるんでしょうか?」 と ある日 聞かれることは、


それは 一つの「勲章」だと感じます。


自分の心の中はどうであれ、はたから見て、自分以外の誰かから見て、
そしてそれが「かつてのあなた」を知る人から そう言ってもらえたのなら、なおさら。

以前のものの買い方や持ち方と比べて、明らかに違って見えるからこそ、
そう聞いてくださるのだと思うから。

以前と同じようにものを買いまくり、
自分よりもじゃんじゃん買いまくってるような人を見て、
お世辞にも「ミニマリスト」とは認識されないでしょうし、
その人に向かって、物欲の在り方云々、きっと誰も訊ねようとは思わないはずです。




 


今のわたしの暮らしに必要なのは、暮らしに合っているのは、こういうバッグです。 
かごバッグはどんなに好きでも、今のライフスタイルの中では持ってゆくところがありません。




 ****************************************




わたしには、欲しいものがないのか。


そんなことは、全然ない気がします。


「素敵だなー」「いっぱい持つことが平気なら、こんなのあってもいいよなー」というような
「ものに対して興味・関心を持つ」という気持ちは、ちゃんとあります。



ただ。



「興味・関心」から「購入」までの距離が・・・今は、とても遠く 離れている。
清らかな遠距離恋愛(笑)みたいな感じです。 

とても好きでも、遠く離れてる。 会える(買える)時のドキドキ感。 ときめき。


以前は「興味・関心・購入」までが ひとかたまりの1セット、でした。
堕落の果ての、本当はもう別れたい、腐れ縁の同棲、という感じかな(笑)?


そこにもう、「ときめき」は、なかったです。







こういう嬉しい「思い出」の記憶はずっと心に。 嬉しかった気持ちは、一生忘れないです。







何か欲しいものある? と聞かれれば、あるような気もするし、ないような気もする。

あるよ、あると言えばあるけれど、今は足りてるよ。 だから要らないよ。   

今のわたしは そういう気持ち。


ミニマリスト初期は、同じこと聞かれたなら

「ない!ない!ない!ない!ない!欲しいものなんて、何にもないっ!!!!」

と、狼狽しまくって、必死になって否定していたところがあります。
 
「このわたし捕まえて、なんてこと聞いてくれるのさ ( *`ω´)!!」という気分。

失敬な!!  という もはや、怒り。


怒っている人は、困っている人。   無理してたんですね。  


「欲しがらないぞ!」と、禁欲的に、ストイックに、無理して、頑張っていた。


人は、そう簡単には変われない。 そういう「押し殺す時期」は、誰しもあると思う。


苦しい時期だと思います。  まさに「VS」です。





  *************************************



うちのマンションにね、ゴミ出しのルールをちょっとだけ守れない人がいて、
分別を勘違いされていたり、指定の袋を守らなかったり。

以前は、頭にきて、「なんで守らないんだ!!!!」と。


今は。


気付いた時には、なんか、「あ、そうなんだ。」という感じで。
自宅まで指定袋を取りに戻って、そっと掃除し、そっと正す。 
市の収集員さんに、きちんと収集をしてもらえるように。

ちゃんと収集されれば、ああよかった、住環境向上の役に立てた、奉仕できた、と嬉しく思う。

これ、当番があって、もしも「義務」としてやらされることだったらきっとまた違うんだろうな。面倒くさくて、腹も立って、ルール守らない人のこと、すごくムカつくんだろうな(笑)

人から言われて何かをするのは、そもそも「動機」がね、もう、天と地ほども違う。

片付けや、ものの少ない暮らしも 同じだなあ、って思う。

同じことをするのにも。  何に向き合うにしても。

根底に「怒り」とか「葛藤」があると・・・ それは自分がとてもしんどいです。

ミニマリスト初期のわたしは・・・怒りと葛藤に溢れていました。 自分にも、周りにも。


そういう人たちを正さねば! 成敗せねば! という「歪んだ正義」に、めらめら燃えていた。


(わたしが)掃除したんだから汚さないでよ!(わたしが)片付けたんだから散らかさないでよ!

(わたしの)決めた元の位置に戻してよ!  わたしの思う通りにしてよ!


迷惑な人だったと思う。


わたしは結果出してゆく。 結果出せない人は、許せない。  ああ、「正義」とは。








さあ、そろそろ新しいエプロンと 傷んだエプロンを入れ替えようかな。
新年のスタートまで待ちたいような気持ちもあるけど・・・もう、明けましておめでとうっ!




 ***************************************



ものに対する「興味」「関心」は今もあります。 大好きです。 人一倍、大好き。


けれど、そこから「購入」までの心的な距離感が、
「遠くの星」くらいに遠すぎて、その間に、ふっと消えちゃう(笑)


我慢して買わない!! というのと、そこが大きく違うんですね。 
だから、つらくない。 ストレスと感じない。

もちろん必要なものを買うときはちゃんと買うんですけれど、それ以外の時のこと。

本当に必要でないものって、無理に決断を急がず、焦らず、ちょっと様子を見ていると・・・


ふっと消えてしまうものです。 流れ星みたいに。


売る側は。

だから「決断を急がせるような仕組み」を、とても入念に張りめぐらせているでしょう?



それに 乗っけられてしまうか。 しまわないか。



  ***************************************



作家の林真理子さんは。
お洋服やお買い物が大好きなことで有名ですが。

地曳いく子さんの大ベストセラー「服を買うなら捨てなさい」をお読みになって、
初めて、翌月のカード引き落とし額が「0円」になったのだそうです。

すごく嬉しかったんですって。 まさかこの自分が! と。

その月に、急に欲しいものがなくなった、というわけではないと思うのです。
いつも通り、欲しかった。 お金持ちの方ですから、買おう思えば なんでも買えた。

でも、買わなかった。

「惰性で買う」ことをやめたんだと思う。 

欲しい気持ちもあるけれど、もう、「足りている」と。 自分自身が、そう気付くことの意味。






シンクの下も、ものがいっぱいでした。
あれば全部使ってたんですけれど、なくても大丈夫なものを、いくつも握りしめていました。




 ****************************************



「足りています」、とか、「もう十分です」とか。  


これらは、欲しがる気持ちを我慢させるために使われることの多い言葉ですけれど・・・
       (親が子におもちゃを我慢させたり、お菓子やお小遣いを制限したり、ね)


本当は「満足を自分で知る」ことを促す言葉、なのだと思います。


自分で感じないと、自分が納得していないと、結局 それは「させられた我慢」になる。 

させられている、という 被害感情的なものになる。

それは苦痛です。 

苦痛ですし、その上に、まるで身につかないです。  反発(リバウンド)も恐ろしい。




 **************************************




リバウンドのないお片付けは。

自分がどのくらい納得し、自分のこととして向き合ったか、に懸かっているのだと思います。


どうしたら物欲が抑えられるか、というのも。 だから、人の数だけ答えがある。
誰かがああ言ったから、というのをちょっと真似して簡単にそうなれるなら、

この世に「片付かない人」はいないし、「ダイエットに失敗する人」も、いないはず。


結局は。


テクニックではなく、方法論でもなく・・・「意志」や「動機」、「士気」 なのだと思います。



その人の、心の強さ。 熱量。 向き合う情熱。 本気の度合い。




  ***********************************



ミニマリスト初期の、なんだかどうも機嫌のすぐれなかった理由が、今は良くわかるのです。
どこか怒っていたし、挑んでいたし、戦っていたし、そのせいで、まだ「もの」が欲しかった。
変わりたい気持ちと、また元どおりになる不安とで、すごくしんどかったんですね。 


強欲な物欲が ふわりと遠のくのと ちょうど時を同じくして。


わたしから もう一つ、遠のいた、何か。 それが、怒り。 とくに「無駄な怒り」。


つまらないものを買わなくなったら、イライラすることが減り、
家の中がいつも片付いていると、いろいろなことに対し、いちいち腹が立たなくなったの。


「怒る」ということが、減った。 不思議なのだけれど。 



「物欲」と「怒り」 って どこか感情の奥深くで繋がっているものなのかも知れないです。

深層心理的には、同じ種類の衝動からくる欲求なのかも知れない。


あの「抑えたくても抑えられない感じ」が、とてもとても良く似ている。


物欲という名の魔物の正体は・・・ 「怒り」?



怒りの多くが、今は「仕方ない」や「諦め」や「懲りごり」や「人それぞれ」に、変わった。

みんな違う。そういうものでしょ、と。

物欲と、怒り。  え?  君ら、仲間だったのか?







パンツを手放して、もうどのくらい?2年くらい?似合う人を見れば素敵だなーと思います。
けれどわたしは「今は要らない」のです。 だから「自分も欲しい!」とは思わないのです。







心が楽になりました。  


ご機嫌でいられる日がうんとうんと増える、ということの、目には見えない幸せと、精神衛生。



あ、けれども。



つまらないことで怒らなくなった、その代わり。


いま、怒ったときは、本気です。  


それは、かつてのブチギレるような・・・それこそ「物欲の爆発」に似た怒りなのではなく、


日本刀を、背後でそっと抜くような、静かなる怒り (笑)


そうなってしまった時は、たぶんもう、修復不可能 & 手遅れ(!)なのかもねっ ( ´▽`)ノ









                                     おわり







お子が幼い頃。
「しし座流星群」をみようと、真冬の極寒の真夜中のベランダで2時間頑張ったことがあります。
見えなかったね、と2人で諦めそうになった時、とっても大きくて長い「流れ星」を見ました。
とても美しい「獅子座の流れ星」でした。 お子はもう、忘れてしまっただろうけれど。

↓ 懐かしの「かごバッグ」のバナーです。 
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

いつも「読んだよ」の合図を、ありがとう。

御本が台湾で翻訳出版されたミニマリスト「おふみ」さんは、漢字で「富美」さんでした。
「ちゃくま」さんは・・・「茶熊」さんだった! ← かわいい (*゚▽゚*)!!
「す」「ず」「ひ」は・・・ 果たして、どうすればいいのやら。

おとーさんは、すずひの「す」?「酢」で良し!とか言うんです。 ひどいー ヽ(;▽;)ノ














最終更新日  2019.12.15 18:32:30
2019.10.03
少ない服で暮らすのならば。 そうなれるといい。

いいえ、これは、「服」のことだけじゃなくて、暮らしの全て。 人間関係のすべて。


もっと許されるのなら、生きることの、すべて。  そうなれたなら、いい。



「好き」や「そこそこ好き」ではなく、
「大好き!」なものが、あなたの周りにはいくつあるだろう。
美意識を研ぎ澄まし、直感を信頼して、
「大好き!」を集める人生にしたい。   by Naoko Okusa



本当にそうなれたら、ああ、どんなに。
それがなかなか簡単なことじゃないから、みんな 迷う。
日々発信・更新される おびただしいほどの情報に、惑わされ、翻弄される。 


「大好き」を、見失う。



*************************************


大切にはいた、大好きなスカートを ゴミ袋に突っ込むことなんて、できなかった。
ウエストのバイヤステープを丁寧にほどき、端の始末をして、きちんとお修理し、
元どおりの、ウエストを内側に折ったデザインに仕立て直し・・・
いつもの担当さんのお店ではなく、近所のリサイクルショップに持ち込んでみました。
自分でお修理した旨をお伝えして。


「900円」の買い取り額がつきました。  





ボロボロになるまで穿き「ゴミになる予定」のスカートでした。が、ゴミなんかじゃなかった。



  *************************************



自分の「服」を。  最後に。

最後に「ゴミ袋」に突っ込んだのは いつのことだったろう。

コミック版「20世紀少年」が大好きで、かつて、全巻揃えていたすずひ家。
おとーさんとわたしは。
服を捨てることを、当時「ともだち」のセリフを真似て、「絶交」と 呼んでいました。


「この服、絶交。」 と。








「絶交」。「絶交」。と。
持ち主から絶縁を突きつけられながら、ベランダに放り出される 服たち。
たちまち服の山ができる。

それを、ベランダに置いてある45Lのゴミ袋に、突っ込む。 突っ込む。 突っ込む。

1枚1枚 たたんだりなんか、しませんよ。 ゴミなんだもの。

山のまま。 ぐわっと掴んで、ゴミ袋に、ぐしゃっと ねじ込む。

ねじ込むのはね。 

ゴミ袋の方が もはや惜しい。 ゴミ袋がもったいないと感じているからだよ。

お金を払って買った、市の指定の45Lのビニール袋。
ゴミの服ごときに「新品のゴミ袋」を、何枚も何枚も使いたくなんかない、という気持ち。

ぎゅっと押し込む。限界まで詰め込んで 体重かけて空気を抜いて・・・袋の口を固く結ぶ。


服が、ゴミになる瞬間。


あの頃は、袋の口を固く結んだこの瞬間からゴミになったように感じていたけれど。

手放す時の扱いがこんな風なのなら、 着ている時から、もうゴミだったんじゃないか。



ゴミを着ていた、わたしたち夫婦。  そこに「服への愛」など、あろうはずもない。







半袖では寒い日なら、まずは、シャツ。 コットンのシャツは、季節の変わり目の「主役」です。





好き、でも「そこそこ好き」でもなく、大好き! か・・・。

そういう風なものの選び方に意外と慣れていないのが この国の女性なのではないか、と思う。
自由になんでも選んでいいはずなのに なぜか「そこそこ好き」を選んじゃったりする。

「控えめ」だったり「奥ゆかしい」だったり「1歩下がって」が美徳とされるこの国の女性は、

「大好き!!!」を選ぶことは
「はしたないこと」「欲張りなこと」みたいに、本能的に感じてしまっているのかもしれない。


わたしには。 そういうところがありました。  


そう。 「少ないもの」で暮らす前までは。





この新しいスカートは実は「USED」です。新古品と呼べるレベルの、良い状態で出会えました。
発売当時の人気は凄まじく、どう頑張ってみても買えなくて。 3年越しの夢が叶いました。

  



そこそこ好き。 好き。 大好き。

そんなのどれも「好き」なんだし、長いこと いっしょくたになっちゃっていましたけれど。

この3つの「好き」の段階を、
好きのレベルを ちゃんと区別して暮らせるようになったのは、ものが少なくなったから。


少ないと、それがわかる。 (多いとわからないです。)


わたしが この夏まで着ていた服も。 この秋から着ようとしている服も。


「大好き!」ばかり。


どれも「ベーシック」なアイテムで、
ファッションエディターさんの発信する「マストバイ!」や「今年はこれ!!」といったものとは無縁のようなものばかりです。




が。



このスニーカーや。









このストールなんかは。








人気に もっとも火がついていたのは、多分、2014年・2015年・2016年頃。
当時、爆発的に「流行って」いたアイテムなのです。

当時のおしゃれさんのインスタは、あちらもこちらもこればかり、でした。
ACNE STUDIOSのストール、モヘアニット、そして 出勤前のスタバでラテ。THE お洒落!

あまりにも人気が凄すぎて、買おうにもなかなか買えなかったこれら。
シーズン中に動き出したのでは とっくに出遅れで、どこに行っても売っていなくて。


スニーカーは、おとーさんに先を越されながら、これを知ってから2年を耐え、ようやく買えた。

ストールも、本当に買えたのは、「欲しい!」と思った その翌々年のシーズンのことでした。


このブログの、記念すべき 最初の投稿がそれです。
よっぽど嬉しかったのだと思うし、あの時の気持ちって、今も鮮明に思い出すことができます。


「買った時の嬉しい気持ち」を ずっと覚えているられるものって、いいですね。

そんな気持ちが持続できるもんですか。 嬉しいのは新しいうちだけ!!

服が多い頃はそうでした。 手に入れる瞬間が、いつも 喜びのピーク。 


あとは愛が薄れるばかりだった。


次に買う「何か」を、帰り道、すぐに、もう、スマホで探していた。 


病気だった。



  *************************************



流行って、毎年追いかけなければならず、すぐに廃ってしまうものばかりだと思っていました。

もちろんそういうものも多いですけれど。
ある年の「流行」でそれを知り、簡単には手に入らなくても、
それでも忘れられなくて、欲しくて、月日を経て、手にすること・身につけることができて。

流行が。 「流行りもの」が。  やがて、わたしの中での「定番」になる。


「わたしの定番」が生まれる瞬間。


服やものがゴミになる瞬間を、見た。  何度も、何度も、何度も、見た。 


けれど、今は。


「定番になる瞬間」を、わたしは 見ることができている。



  ************************************



ストールも、スニーカーも、それぞれが「2代目」なのです。

買ったものを、納得ゆくところまでうんと使い、もう一回 買っている。

すなわち、同じものを買い直している。


そうか!  これこそが「大好き!」ということなのか ∑(゚Д゚) !!


「定番」と「大好き」って、まるで違う次元の話なのかと思ってた。
「定番」はふつうのもの。 「大好き」は特別なもの。 
定番が大好き、になるって・・・ そうか、こういう気持ちだったんだな  ヽ(;▽;)ノ



口で「大好き!」だの「お気に入り!」だのいうのは簡単です。 
あながち嘘でもないのだとは思う。

けれど。

その「大好き」が本当なのかどうかを、靴から、ストールから、こうして 教えられる。 

 
持ちものから知らされる、この気持ち。ものは嘘をつかないし、時に「雄弁」だ。



自分が大切にされているのか、いないのかは、「もの」が 見ている。 知っている。

絶交されたのか どうかも。  

わたしはきっと 彼らから 許してはもらえないのだろう。




この秋のあなたさまの身につける予定のアイテムの中に・・・ 

          そんな「大好き!」なものって いくつ ありますか  ( ´▽`) ?








                                     おわり







毎シーズン様々なものを「愛用品」として紹介しなければならないファッションエディターさんのおっしゃる「大好き」は・・・なかなか一概には信用できないところもありますけど(笑)

↓ まさかこんなに長く愛せるとは、思ってなかったです。 
大好きな「わたしの定番スニーカー」に、今日もポチッと、ありがとう ぺんぎん
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

自分が愛されたか。 愛されなかったか。 ものの側は、服の側は、わかっている。
絶交なんてしていたら、こっちだって愛されるわけがないです。 今は それがよくわかります。

余談です。すずひは「ケンヂ」よりも、断然「オッチョ」派、でした  (´∀`*)





え、もう?! & また!?   ∑ (゚ Д゚ ) (笑)!







最終更新日  2019.10.03 11:27:48
2019.09.10
「マリメッコ」がとても好きですが。

そんなにたくさんのアイテムを所有している訳ではありません。









そして。

ここが重要なところなのですが、マリメッコならなんでも好き! という訳でもありません。
「とても好き」と「全然そうでもない」というのが 実は はっきりと あります。
これはきっと 多くの方にとって、そうなのではないかな? と想像します。

マリメッコって、だからプレゼントに選ぶのには、とても「危険物」な香り が。

お相手の希望を正しくうかがって「ご希望通りのもの」を差し上げたいブランドのひとつ、です。






わたしの愛するテキスタイルは、これら界隈です。(これら以外は実はむしろ苦手、かも・笑)







10年越えて、ずっと使っていた この 現行の「通帳ケース」。







このテキスタイル「KUKKATORI」は、当時 激しき一目惚れでした。
いま見ても、やっぱりかわいい。(有名なあの柄よりも断然この方が!と思ってしまう・笑)
惚れたものは、なんでもかんでも考えなしに買っちゃう頃のわたしでしたから、
当時、このシリーズのバッグも買いました。 持ち手が「天然木」で、とても可愛かったのです。



面積が大きな柄物バッグには、ところが(いえ案の定?)すぐに飽き、
手元には、このポーチのみが残された訳ですが・・・


これが、わたしといたしましては「前代未聞」「奇跡」のレベルで 飽きなかった。


長いこと、ずっと ずっと 大好きでいることができました。

これよりも好きになれそうなテキスタイルがもしも登場したなら、その時こそが買い替え時だ! と 地味に目を光らせること、幾年。

この「KUKKATORI」を超えるポーチには、つゆぞ 出会えなかったのです。



そう。  この 2019AW 新作「mariletters」の 他、には。





十余年ぶりの、血の騒ぐ一目惚れでした。 散りばめられたアルファベットの可愛さたるや。

  






↑ こちらのショップさんには「MARILETTERSシリーズ」の再入荷があったようです ( ´▽`)ノ


迷いなき即決、でした。 迷う理由、ひとつもなし。 こういうお買い物は爽快ですね!
この上の「横長ポーチ」のサイズが、本当に使いやすく、
我が家の通帳管理にぴったりだ、ということは、もう10年越えの実績から裏付けされている。

おとーさんも たいそうお気に入りの様子。 いつも嬉しく出してくる(笑)
男の人って、「貯まってく通帳」眺めるの・・・ めっちゃ幸せなのだそうですね(笑)










マリメッコのポーチで通帳をまとめて管理するようになってから。
通帳を「美しく収納」するようになってから・・・金運もぐぐぐっと向上したような気が。
なんだかとっても縁起がいいようなイメージを、個人的に抱いています。
黄色や金色でなくたって、西向きのどこかにしまわなくたって、全然大丈夫なのだろうと
わたしは思っています。






ぱかっと大きく開くこの「がま口」がいい。通帳って、激しい色合いが多いねー (;▽;)

 

↑ あなたさまは、マリメッコの、どんなテキスタイルがお好みですか ( ´▽`) ?



お子の授業料の引き落としが、
幼稚園→ゆうちょ  小・中学校→ 地元の信用金庫   高校 →ゆうちょ  でした。
もともと持ってた口座には、見事に かすりもしない15年、でした。
卒園、卒業したなら・・・6月頃には、それらはいつも前のめり気味に解約、です。
いわば無理やり、強制的に作らされた口座ですから、もうね、鬼のように解約。
                  (窓口の人に止め入る余地を全く与えない迫力・笑)

通帳は。 必要な数しか持ちません。

余分に抱えていると・・・ 管理も、解約も、この先 ますます大変になりましょうから、ね。






バッグにおさめちゃうのがもったいないほどの可愛さ。 このまま持って歩きたいよ!




好きなものが このくらい「はっきり」と 昔からしていれば。
ふらふら、ぐらぐら、へにょへにょ していなければ。

どれほどの散財を 果たして未然に防ぐことができたのでありましょう。
見たもの見たもの飛びついて失った総額は、いかほどであったのでありましょう。


大量に捨てた時。 手放した時。  己の愚かさに、身震いがしたことを 覚えてる。

「怖い」と感じたこと、覚えてる。  開き直ることは できませんでした。



捨てることは、その「怖れ」を知ること。 もうこんなことしない、と誓うこと。



それでも失敗もあるのだけれど。


いちばんアカンかった頃の自分と比べたなら、100分の1 くらいになりました(笑)

自分の変化や成長は、いつも「自分比」。 他の誰かと自分を比べることは 無意味だ。


10年前の自分と。 5年前の自分と。  3年前の自分と。  去年の自分と。


わたしが超えてゆきたいのは、いつも、「過去の自分」「わたし自身」だけ。


10年前にも、3年前にも。 そして ものすごく頑張った去年のわたしにも。


いま、負けてない。  そう思える。  



嬉しいな。 この気持ち。

わたしは、心の中で 自分で自分の悪口ばっかり言って責めてばかりの人生だったから。

自分のことをこんな風に誇らしく思えたことって・・・ 生きてて、今まで、 なかったから。







                                    おわり







いつも最後まで読んでくださって ありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

「読んだよ」「きたよ」の合図を ありがとう。
 あなたさまが毎日いらしてくださることが、わたしには、本当に本当に嬉しいのです。











  なんだか楽しかった 今回の「スーパーセール」も 間もなく終了です ( ´▽`)ノ

* ポイント5倍の日を狙って。 待ちに待ってた!!「こしいぶき」の元年新米!!




*20%OFF クーポンの日ってすごい。「あす楽」が嬉しい かに with うに。 
















最終更新日  2019.09.10 15:39:21
2019.06.04
ずっと昔から読んでくださっている読者さまは、もう ご存知の通り、なのです。

読者さま同士でお友達であってくださったり、はたまた ご姉妹だったりした時には、
もはや 笑い話や語り草になっているやもしれぬ・・・


わたしは 昔は  強烈な「花畑星人」だったですよ (*゚∀゚*)ノさくら 
金子功先生のお作りになるお洋服の世界が・・・ とても長い間、大好きでした。











でもね。



そんな「花畑時代」にも 実は遍歴があってね。

赤やピンクや黄色や水色を ひととおり纏い、満足した後は・・・


末期のわたしは。「花畑」ではありながらも ものすごく「白黒」の人だったのです。










一つの商品、例えばワンピースなら、同じ柄のものが14色くらい展開される中から・・・
いつも色見本などを見せてもらい、さて今回はどの色にすべきか、と、毎回 悶絶して選んでいたのですが、

ある頃から、 いつも「白黒な感じ」になりました。



ああ、「選ぶ色」が決まっていることって、こんなに楽なんだ、と感じたことを覚えています。
14色もの中から1色を選ぶことは。
一見して楽しそうであっても・・・実際には、意外と大変だったわけです。


色選びで失敗することは、なかなかの恐怖ゆえに・・・そこそこ「ストレス」だったのです。










ですから。
少ない服で暮らすために、突如「白黒の服ライフ」に目覚めたぞ!! というわけではなく、
わたしは どうだろ、およそ25歳くらい頃から・・・


かれこれ かるく20年以上は「白黒の服」を 寵愛しているのです。





黒い服というのは。
カラー心理学的には「人を寄せ付けない色」なのだそう。 oh・・・(;_;)

それは 確かにあるかもしれないです。

えっ!?そんなことないよ? とは全く思いません。 むしろおっしゃるとおりです。
わたしは決して ウェルカム&フレンドリーな人間ではありませんから(汗)

それにしても、ちょっと問題かな?  四半世紀も人を寄せ付けないだなんてー(笑)



いちばんはじめの画像にございます、
すずひ愛用中の「お財布ポシェット」の 斜めがけ用のストラップ、は。



本当は、このとおり、元々は「カーニバル」のストラップなのです。






 ↓ この「JET SET」ラインのカーニバルは、ストラップに「スタッズ」が。 可愛い。






同じブランドのバッグばかりで揃えていると、思わぬ良いところがあります。こういった相互性。

そのお店にゆけば 自分の好きなものが揃っているという、安心。










ミニマリストさんには、
そういう「安心」をお好きな方も多いのではないかな?と、すずひは想像するのです。
あちこちいろんなお店を うろうろ探し回ること、歩き回ることから、もう解放されたい。
ミニマルな歩数(笑)と時間で ショッピングを効率よく楽しみたい!というような。
街中を1日中うろつくよりも、早いとこお買い物を済ませ、がらーん とした愛しき我が家に
一刻も早く帰って、お茶を飲んでのんびり寛ぎたい! というような。



同じブランドの、同じ黒、なんだけれど。
この デザイン豊富な感じが、とっても楽しい ♪( ´▽`)








花畑の衣装で暮らしておりましたころにも、
今とは全く別人のような考えだったのかと申しますと、意外や意外そんなこともなく、
心の奥底には 同じ気持ちがありました。

花畑界は、いろんなお店で買わなくて済む世界、だったのです。 その店で、全身が揃う。


ワンピース、ブラウス、ペチコート。スカート、パンツ、サロペット。ベスト、カーディガン。
Tシャツ、パーカ、トレーナー。 ソックス、スカーフ、コサージュ、バッグ、シューズ。
アクセサリー、ポシェット、ポーチ、帽子。 お財布。 傘(服とお揃いの柄なのよ)。
そうそう、食器やエプロンもありました。 タオルやハンカチも。
冬ならニット、コート、ブルゾン、ブーツ、マフラーに手袋にタイツ。
頭のてっぺんからつま先まで、とは まさにこのこと。 何もかも。

いやはや こうして改めて思い返すと、凄いな。ベビーや子供用も大人と同じように揃うんだよ。





このとおりです。全身揃っていることが、このブランドで装う際の「流儀」でした。(@25歳)



このスカートとこのバッグは合うかしら、とか そういう心配が 全くなかったのです。
ひとつのお店で全身のアイテムを一式購入するわけですから。 

あちこちのお店のショッパーを下げるのではなく、
このお店だけの大きいのを1つだけ下げ、ああ重い、手が痛い、と ベソかき帰るのでした。

 
    *********************************



すごい格好していた昔と、少なくシンプルな服で生きる今。

わたしはすっかり別人になってしまったと自分で思っていましたが・・・

いろんなお店を探し回ることなく、買い物に費やす手間ひまをミニマルにしたい、っていう
根底の根底のところって・・・ どこか 実は ちょっと共通していたのかもしれない。


「花畑期」を脱したあとが。ですから いちばん迷走しましたもん。路頭に迷いましたもん。


色々なお店を回って普通の服を買う、ということが・・・ 初めてすぎて(初心者@35歳)。


当時の「ナチュラルほっこり森ブーム」も すごかったですからね、
「普通の路線の普通の服」を選ぶことを学ぶ機会を ことごとく逃したのが・・・わたし(笑)



ほんと、38歳とか40歳頃になって。


はて、わたしは一体 何を着たら よろしいの (゜∀。) ?  と、なったわけです。  



だから。



ストレスなき 現在の「ミニマルワードローブ」って、 本当に、 夢みたいに 楽で快適。



この春夏は、新しい服の投入はありません。 「今ある服」を、しっかり着尽くします。

そして令和最初の秋が訪れる頃・・・ 4着ほど手放し、何着かを買い替える予定です。

今夏 こてんぱんに着る。 夏は、とにかく洗う。 洗って、洗って、干す。 色褪せる。 
着て暮らしているだけで、服は灼ける。日差しで消耗するのは、髪やお肌だけではないのです。

2年選手、3年選手、4年選手が はっきりと「くたびれる」のって・・・やはり「夏」。

特に「濃色」。 少ない服だからこそ・・・1着1着の状態をきちんと見極め、判断をする。

このブログを始めてからは2度目となる「大きく入れ替えをする時期」というのが・・・

いよいよ じわじわ 迫ってきている気がしています(震)






                                      おわり








今のワードローブが大好きだから。

全く同じものに買い替えられるのなら、心からそうしたい。でも もう 売ってない(;_;)
9月に慌てなくていいように・・・ 少しずつ覚悟して探し始めないといけませんね。

↓ 更新をお休みした日にも、ポチッとくださるお気持ち、ありがとう。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

スムーズに移行できるといいんだけれどな。
毎回、毎回、買い替えの時は、ちょっと不安になります。「服」のお買い物は、今も緊張します。











最終更新日  2019.06.04 09:41:49
2019.05.11
「買う喜び」と、「買わない喜び」は とてもよく似た感情だったのだ、というお話。

前回の日記の、今日はちょっと 続きです。






なぜ、ご飯。  ごはんのお話は、後半に ( ´▽`)ノ





どんどん なんでも買う。 
買っても買っても満足できない、そういう妖怪みたいだった、わたし。



いくら覚醒したからといって こんな短期間のうちに、人(妖怪)ってこうも変われるものか、と。
買わないことを喜べたり、買わない自分を嬉しく思えたり・・・ちょっと薄気味悪くないですか?


そっか、同じだったんだ (;_;)と。 どっちもよく知ってる感情だったんだ。



ものを買うことは嬉しいけれど。 ものを買わないことは悲しい。
買うことだけ、が人々の喜びであり、買わないことは、我慢であり、辛抱。

それは大きな誤解だった。

相容れない 真逆の、敵対する感情だと思っていたんだけれど・・・ 

「本気」で経験してみたら・・・ 

    どちらも「喜び」だった。そしてその感情は、驚くほどよく似てた。






あまおうのロールケーキ。 中まで真っ赤なのが・・・ あまおうが あまおうたる 証。





これは。



シンプルライフやミニマリスト界隈でタブー視されがちな「持ち家か賃貸か」って話にも、
そのまま通づるところがあったのでは? と気づき・・・ はっとしました。

というか、解決を、和解点を、わたしがここに、勝手に見い出しました (;_;)感動!


そうか、「持ち家」は。 買っても嬉しいし、買わなくても嬉しいんだ。


買った人は、買ったことを「嬉しい」と思っている。
買わなかった人(賃貸派)は、買わなかったことを「嬉しい」と思っている。

どっちの人も同じ。  自分で決めた選択を、「嬉しい」「良かった」と思っている。


それだけのことじゃないか!  ほんと、それだけのことじゃないか。


お金のプランナーさんや、経済アナリストさん。
住宅政策や土地統計調査に詳しい民間のシンクタンクなどが。


どちらが得か、損か。 どちらが正解か不正解か。 すごくお説きになります。 本も出す。 

そうなると、「ねえどっちなの!?」 「ここらではっきりさせてくれよ!」って。
固唾をのんで プロの導き出す結論を待ってしまう。 気になってしまう。

自分の選択が正解であって欲しい。 あなた間違ってないわよ、と、どうか、言ってほしい。

住宅事情や経済のプロからのお墨付きをもらって、自信を持ちたい、という 気持ち。



その全部が もう 根本から大間違いだった気がする。





春しか買えないあまおうロール。 また来年の春、会いましょう ♪( ´▽`)





持ち家を持ったほうが嬉しい人。  持たないほうが嬉しい人。



その 両方が、いる。  ただ それだけなんだ。


見た目をキレイに片付けたい人。  出し入れが簡単なように片付けたい人。


その両方がいる。  それと、同じ。


どっちが正しいのか、間違っているのか。 は、他人が決めることじゃないんだ。



単に その人その人の 好きずきだった!


ああ。 なんて簡単な、当たり前な、けれど・・・ 大切な答え。

持ち家派の「家がある、という喜び・誇り」「家族がのびのび暮らせる、という幸せ」
賃貸派の「その土地に縛られないことの喜び」「ローンや経年修繕の負担がないことの安心」


所有する幸せと、所有しないことの幸せ。
真反対の価値観に「良さ」を見出しているのだから、
どうしたって意見のすり合わないところは出てきてしまうけれど、それで いいんだ。

みんなみんな一緒の考えだったら・・・そんなつまらないこの世なんて、まっぴら御免よ。








生きていると。 「対決」に陥りやすい状況って たくさんある。


「かために炊いたご飯が好き」「やわらかめに炊いたご飯が好き」 これだって対決で。

すずひ家夫婦におきましては。これはもう離婚問題にも発展しかねない重要事項です。
                    (2人とも「かため」が好きで良かったです)






お気に入りのお茶碗でいただく「こしいぶき」。 めっちゃかために炊いてます(笑)

↓ お米の銘柄を決めちゃうと、水加減が安定して楽です。かためのご飯をよく噛むのが好き!








服も、靴も、バッグも。  家も、車も、何もかも。



持っても嬉しい。 持たなくても嬉しい。 自分(と自分の家族)で決めたことならば。



自分の決めたことに自信がなかった頃は・・・有識者からの後押しが欲しかった。
具体的で説得力のある数値的なデータをみて 安心したかった。

自分で決めているのだ、と いきりながら。
一方では、そういうデータものに頼りたい気持ちがいつもあった。ほら、調査機関もそう言ってるし! と。
2030年の空き家問題の本なんか読むと・・・ああ、やっぱり家ってこんなに余るんだ。
持たなくて良かった・・・と ホッとするわたしが いつもいた。


そういうことを知るのは、もちろん 大切なことだけれど。


もっと大切なのは、自分が嬉しいか、嬉しくないか。 家族が満足しているか。



「ものだらけの暮らし」は、いまも、これからも、わたしにはもう考えられないけれど・・・
それしか知らない頃は、たくさん物があることは、わたしにとって超・嬉しいことだったのです。

物が多いことは、 当時のわたしにとって とてもわかりやすい「善」だった。 

ところが、ものの少ない暮らしを知ったら・・・

こっちのほうが わたしには、嬉しかった。
わたしにとっては、わたしの場合は、こちら側が幸せだったのだ、と知った。


そう。「わたしには」。








この季節のこの通知には「ちっ!」ってなりますが。 今年はこの「元」に 思わず微笑んだ。






好きな方を選んで、みんな 生きている。


ある生き方を選択した人が 別の選択をした人の(順調に進んでいるような)話を聞いて、
その様子を垣間見て、ざわつくのって無理もない。
人間はそういう生き物だし、特に日本の社会って、そう思わせるような仕組みがある。

反対のこと聞かされて、なんとなく不安になったり複雑な気持ちになるのは当然のことなのです。



が。


そこにムキになる、怒る、なんて、 もう、何一つ意味を成さない愚かなことだった。

犬に向かって、「なぜ犬!? なぜ猫じゃないんだ!」 と怒るようなものでした。



なんか 令和になって。  頭の中のもやが晴れたような すずひ。


昨日は4ヶ月に1度の 歯の定期検診でね、ついに「日付」を書く場面がやってきたの!


記入欄は 「     年   月   日」 と なっていてね。


いやこれ、どう書こうか。

2019年でもいいんでしょうけれど、どうせなら「令和」って書きたいじゃんね(笑)?

令和元年? なんかこれだとゴツい? それに「令和」ってかけることを嬉しがってるみたい?


え、え、、どうしよう (;_;)  


色々悩んで、「R.1」と書いてしまった。 なんか、一番ミスった感。(乳酸菌感)




やっぱり 恥ずかしがらず 自信を持って「令和元年」って、書いたらよかったな!


こないだ「令和」以外の候補だった他の元号を 全て知る機会があったのですが、



「令和」が ぶっちぎりに素敵だ! って わたしは 感じましたよ ( ´▽`)ノ






                                     おわり







雑草の生えないベランダが好きな人。お庭があってガーデニングを楽しむことが好きな人。
どちらもそれを「好き」なだけ。年齢やライフステージによって 自然と変わることもあるよね。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


相対する価値観を否定しないように書くことは、とても難しくて。 いつも悩んでいました。
「怒り(いかり)ブログ」を書くことはとても簡単だったってことも・・・よくわかった。

書きながら気づきを得られるのは、読んでくださるあなたのおかげです。 いつもありがとう。






     *****  すずひ お買い物マラソン計画   *****


↓ 今年はコンディショナーも出た!1年分買っておきたいくらい、ボタニストのこれが好き。



↓ 国産茶葉の「黒烏龍茶」。これ飲んで、ビール呑む日を減らせたら・・・素晴らしいかと!



↓ お扇子の似合う女性になりたい。手とか、もらったチラシであおぐの、もう辞めたい。














最終更新日  2019.05.11 10:19:56
2019.04.14
暮らしをミニマルにする過程で。

持ち物を、闇雲に ただ絞る、のではなく、できればなるだけ厳選したい。
好きなもの、お気に入りのものに囲まれて暮らしたい、という心境に至りました。


ミニマリスト界隈では、そういう方が多いように思います。

服やものがたくさんある頃は、
少々好きでないものや変なものが混じっていても それは仕方ない、と思えてしまっていたし、
変なものが混じっていることが基本当たり前になっていて、それに慣れちゃっていたんですよね。

好きなものだけに囲まれて暮らすことなど、わたしには不可能だと思っていた。

持ち物やワードローブを、休みなく買ってしまうのって、
やっぱりそれって「足りない」んじゃなくて 「満足できていない」から。

数の問題ではないのですね。 
「満足できないもの」を、また新たに買ってきてしまうのだから、
そんなことをしている限り、どんなにたくさん買ったって 結局 いつも「足りない」のです。


そこが分からずに。 ものを減らすまでは 分からないままで。 

ああ、買ったなぁ・・・次々と買ったなぁ。
元横綱・貴乃花も驚くかもしれない「不撓不屈」の精神で、次々と買ったなぁ・・・。


本当に 無駄だったなあ・・・  (;_;)





先日のひとりお花見。 桜のエリアの反対側には、こんな立派な緑が。 圧巻。
この木陰で、本を読みたいっ!




「好きなものだけに絞る」のって、簡単なようで とても難しかった。
少なくても、バリエーションは欲しい!という思いが昔は強くありましたから、
持っていない色を買おうとしてしまう。










例えば、4年前の この時期。 「緑」とか 買ってしまう。

これはね、ほんと、写真撮ってよかったと思っているのです。
外出先で写真を撮ることなんて、あまりないのですが、この1枚のおかげで、緑が似合わないことがはっきりとわかった。 家の鏡で見ているときは、似合っていると思っていましたから。

服の色合いとしては悪くないのですが、いかんせん「顔」に 似合わない(笑)

顔と服を、切り離して考えていた。 服しか見ていなかった。
若い頃は、それでも多分大丈夫だったのでしょうが・・・もう、いまとなっては、ね。


もう一つ、この写真には、見るたび思い出すありがたい教訓があるのです。

この格好は。
当時 日参を日課としていた憧れのインスタグラマーさんの格好の、いわば「パクリ」でした。

素敵な素敵なその方は、白いDRAWERのロゴTシャツに、グリーンのカーディガンを羽織り、
この写真とよく似た黒いスカートをお召しになっておられた。


すごく素敵で、一目で気に入ってしまって、「これだ!」と そのままパクったんです。
飛びついてしまった。

その方は きっと カーディガンも「DRAWER」だったのだと思う。

すずひは、ユニクロで買いました。

人を真似するときのわたしには、いつもいつもそういうところがありました。


失敗するかもしれないから、とりあえず わたしは安いものを買っておこう、と。
結果、本当に失敗したのですから、安いものを買っておいてよかったといえばよかった。

あのとき、「ああ、よかった・・・」と思った安堵を、今も覚えています。

けれど。 緑が似合わなかったということで、そっか、そっか、と。
やっぱりわたしは無難な色が、着慣れた色がよかったんだな、と わかったような気になって、 今度はグレーのカーディガンに買い直します。

また、「ユニクロ」で。


プチプラで買うことがいけないのではなくて・・・ その陳腐な発想がいけないのです。


安いから。 安かったからいいんだ。 
また失敗したところで 別に2000円そこそこの出費だ、と。 どうってことない。と。
このUVカーディガンは 週末になると なんと1480円になることもあったのです。
1480円。 払うことに、なんの「ためらい」があるでしょう。

肉や刺身なら高いのに!  カーディガンなら タダみたいに安く感じるのは何故!

緑のカーディガンを買ったことが失敗だった。 

でも、これ、失敗してるのって「色」だけの話、なの?






「緑」という色そのものは好きなのです。
「緑欲」は 景色や食べ物で満たしましょう。 「グリーン車」も 超・素晴らしいと思う!



わたしは、「プチプラ成功体験」が ないのだと思います。
何を買っても、結局は 心根がそうだから・・・
「安さ」という安心が、そのまま 買うときの「考えなさ」、そして 失敗したときの「反省しなさ」になってしまった。


反省しなさ。  これこそが、散財の元凶。


「反省」を、しないわけです。

そして、
しっかり吟味したり 比較したり 検討したり それ買うためにお金を貯めたり・・・
そういうところが。「心」が抜け落ちてしまう。 どうでもいいものを気軽に買ってしまう。

それをしているうちは 少数精鋭のミニマル・ワードローブの実現なんて、とても とても。

その買い直した「グレー」の方だって、結局はほどなくして 案の定、いらなくなりました。

このブログを始めてまだ間もない頃に、そのカーディガンの手放しのこと、書いたと思います。
                     (書いてますね →




緑いろのサンドイッチにハマり中。こないだはレタスとキュウリだけでも美味しいことを知った。


似合わないものを知ることって、とても大切ですね。
それって 反対側から見れば・・・ 似合うものを知ることにもなる。

この色、あの色だけは買わない。 もう、二度と買わない。 

そういう「学習」するだけで、 ワードローブのカラーって、自ずと絞られてくる。


似合わない服の混じっているワードローブから解放されて久しいので、
だんだん あの気持ちを忘れてしまいそうになることがあるの。


その度、この写真を見て 思い出す。





タリーズの緑のストローも好き。 タピオカミルクティ。



このとき わたしは「ぺたんこのシルバーのレペット(バレエシューズ)」を履いていました。

とっても可愛い靴でした。


でも こうして写真に写ると・・・ヒールのある靴の方がバランスがよかったことにも気づく。

スカート丈も、これ、ちょっと短いですね。

黒いギャザースカートならなんだっていい。 あの頃はまだ、そういう考えでした。
3cm、5cm の丈の差が遠くから見たら大違いだなんてこと、そんなことに気を配ったこともなかった。

色々気づいた。 とにかく 素敵な人をそのままパクってはいけないこと。


これは 今も 肝に命じてる。


どんなおしゃれ指南の書よりも・・・ この写真が教えてくれたこと。


わたし血となり骨となり、肉となっている。





                                    おわり





            *** おまけ画像 ****


まとめ買いでいっぱいだった野菜室。 週の後半に差し掛かる頃は、こんな感じ。
このくらいの量の時が、一番好きです。 出し入れしやすくって。 見やすくって。






ここから空っぽになってゆく感じが、毎週、ものすごく好きです。使い切る快感、というのが
ふつふつと湧いてくる。冷蔵庫と、楽しんで付き合っている感じがするんです ( ´▽`)♪






今日も、ここへいらしてしてくださって、最後まで読んでくださって、ありがとう ( ´▽`)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村
いつも ポチッと応援くださって、ありがとう。 







 ↓ 季節のフレーバーが「香ばしほうじ茶」のうちに、すかさず買っとこ (`・ω・´)!




  








最終更新日  2019.04.15 13:00:46

全24件 (24件中 1-10件目)

1 2 3 >


© Rakuten Group, Inc.