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h+and   ~ I want to throw away ~

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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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ミニマリストになる前は・・・

2019.09.12
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もっとこうすればいいじゃん、とか
気にしすぎだよ! とか
色々あると思うけれど まぁ頑張りなさいよ、みたいな。

親切なふりをした無責任な励ましに、キレそうになったことって ありますか?

どんな思いで わたしがここまで向き合ってきたか、あなたに一体何がわかるの!? と。


あなたが守ってきた美学に合わないようなことを言われると
「わかったような口を聞くな」と牙をむくところがある。 



同じ熱量で話のできない人に用はなく、「あり得ない。帰れ。」 と、
表向きの顔は、いつもと変わらぬ笑顔でも、心の中で 冷たくそう思う。

そしてギリギリまで頑張って、自分のできる限りの精一杯の責任を果たして、
ある時突然「もう何もかも我慢できなくなる」というような「強制リセットボタン」を押したくなり、「もう私のことは忘れてください」とか、急に言いたくなるようなことがある。

みんなの側には見せていない、そういう「凶暴性」が水瓶座には あります。
                               (しいたけ. さん曰く)


わたしのことが、なんでわかったの!?



というか、そうじゃない人なんているの????  と思ってしまうくらい、
水瓶座にとっては、それが当たり前な感覚なのです。  妙なギリギリ感&中二感(笑)

読者さまの中の水瓶座さんにも、ね、きっと そういう要素がおありでしょう? ( ´▽`)






薄めのニットの1枚目を選ぶことができました。 厚いのと比べてみると、こんな感じ。

   ↓ 右の厚い方のニット(GALERIE VIE)は、こちらです








「心から愛せるものじゃないと、なかなか距離が縮まらない」というのは、
人間関係だけの話では決してなくって、もの、でも、暮らし、でも考え方、でも、そうですね。

心から愛せないと、続かないですね。 (ブログもね、きっと、そうなんだよ。)

ブログをやってみたいけれど、続きそうもなくて・・・、って相談されたことがあるんだけれど、
始める前って、きっと多くの方がそう思うのだと思います。

心から愛せると、大丈夫。  ブログは、続きます。  














ずっと昔、大好きだったブログがあるのです。 ミニマリストさんのブログです。
その方のお家の写真を見るのが大好きでした。


白い床。 何にもないリビング。 キッチン。 ご夫婦と、お子さん2人。

ファミリーなのに ここまでものを減らすことができるのか!と、大きな勇気をいただいた。
そのころは、まだわたしは 捨てを始める前、でしたから・・・ 純粋に憧れました。


その人は、「水瓶座」でした。



  *************************************



水瓶座の人は、「配置とかバランスの美学」を自分なりに持っていることが多く
たとえばお店に行ったときなどに「何でこの商品の並びにこれを置いちゃうかな?」とか
「壁は素敵なのに、なんでこのテーブルにしちゃったんだろう???」とか
無性に気になっちゃうことがあります。


景色も、人の話も、どこか「シンプルにまとまっていない」ものが苦手で、
「過剰なばかりでおもしろくない。だから少し黙っててもらえます?」という感じがどうしても襲ってくるのです。
でも、それは悪いことだけじゃなくて、色々な物事に対して「うるさいな」と感じる水瓶座は、自分なりにブチギレて、テキパキと仕事を終わらせてゆく能力を持っています。



しいたけ.さんは、もはや、占い師を超えた 「理解者」だ。

わたしが捨てていたときの気持ちの根底には、まさに、その「うるさいな!」が 常にあった。

わかってくれる人がいる、という幸せを・・・いつも 優しい言葉と「占い」で 与えてくれる。






袖口のリブの長さも好み。 こういう好みって、本当に変わらないし・・・妥協できない(笑)








その大好きだった 水瓶座・ミニマリストさんは。



ある日、忽然と ブログを辞めてしまいました。


忽然、というか、なんとなく「布石」みたいな雰囲気があって・・・


わたしは、ある段階からそれを敏感に感じとっていたので、不安になりました。



今日は更新してくれているかな。  していてくれますように。  祈る思いで、PCを開く。



ああ、良かった。  更新してくれてた。


ああ、嬉しい。  今日も、会えた。






また改めて詳しくご紹介させてくださいね。 肌触りが本当に、すごく、違う ヽ(;▽;)ノ









けれども。


あるとき、更新がなくなり・・・ 3日空き、5日空き、1週間が空き・・・



その人は、いなくなってしまった。




どこかで 今も 美しく暮らしていらっしゃる。


いなくなんかなっていない。




そう思っても、わたしにとっては 大好きな彼女が「いなくなってしまった」気がして・・・

たまらなく淋しかったことを覚えています。


ブログを「愛せなくなってしまった」のかな、って・・・今なら、彼女の気持ちが、少しわかる。



愛せなくなったら、続かない。  それが、水瓶座。



ああ、それまじわかる、って。  



水瓶座のみなさまなら・・・・ きっと、なんの疑問もなく、そう感じるでしょう?







                                   おわり










昨日は、とってもたくさんの「きたよ」を、本当にありがとう。

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偏屈なブログを、いつも見守ってくださるあなたがいてくださるから、わたしは、書けるのです。
勇気を持って、書ける。 この場所を愛することができる。 いつも 本当に、ありがとう。














最終更新日  2019.09.15 13:11:54
2019.09.10
「マリメッコ」がとても好きですが。

そんなにたくさんのアイテムを所有している訳ではありません。









そして。

ここが重要なところなのですが、マリメッコならなんでも好き! という訳でもありません。
「とても好き」と「全然そうでもない」というのが 実は はっきりと あります。
これはきっと 多くの方にとって、そうなのではないかな? と想像します。

マリメッコって、だからプレゼントに選ぶのには、とても「危険物」な香り が。

お相手の希望を正しくうかがって「ご希望通りのもの」を差し上げたいブランドのひとつ、です。






わたしの愛するテキスタイルは、これら界隈です。(これら以外は実はむしろ苦手、かも・笑)







10年越えて、ずっと使っていた この 現行の「通帳ケース」。







このテキスタイル「KUKKATORI」は、当時 激しき一目惚れでした。
いま見ても、やっぱりかわいい。(有名なあの柄よりも断然この方が!と思ってしまう・笑)
惚れたものは、なんでもかんでも考えなしに買っちゃう頃のわたしでしたから、
当時、このシリーズのバッグも買いました。 持ち手が「天然木」で、とても可愛かったのです。



面積が大きな柄物バッグには、ところが(いえ案の定?)すぐに飽き、
手元には、このポーチのみが残された訳ですが・・・


これが、わたしといたしましては「前代未聞」「奇跡」のレベルで 飽きなかった。


長いこと、ずっと ずっと 大好きでいることができました。

これよりも好きになれそうなテキスタイルがもしも登場したなら、その時こそが買い替え時だ! と 地味に目を光らせること、幾年。

この「KUKKATORI」を超えるポーチには、つゆぞ 出会えなかったのです。



そう。  この 2019AW 新作「mariletters」の 他、には。





十余年ぶりの、血の騒ぐ一目惚れでした。 散りばめられたアルファベットの可愛さたるや。

  






↑ こちらのショップさんには「MARILETTERSシリーズ」の再入荷があったようです ( ´▽`)ノ


迷いなき即決、でした。 迷う理由、ひとつもなし。 こういうお買い物は爽快ですね!
この上の「横長ポーチ」のサイズが、本当に使いやすく、
我が家の通帳管理にぴったりだ、ということは、もう10年越えの実績から裏付けされている。

おとーさんも たいそうお気に入りの様子。 いつも嬉しく出してくる(笑)
男の人って、「貯まってく通帳」眺めるの・・・ めっちゃ幸せなのだそうですね(笑)










マリメッコのポーチで通帳をまとめて管理するようになってから。
通帳を「美しく収納」するようになってから・・・金運もぐぐぐっと向上したような気が。
なんだかとっても縁起がいいようなイメージを、個人的に抱いています。
黄色や金色でなくたって、西向きのどこかにしまわなくたって、全然大丈夫なのだろうと
わたしは思っています。






ぱかっと大きく開くこの「がま口」がいい。通帳って、激しい色合いが多いねー (;▽;)

 

↑ あなたさまは、マリメッコの、どんなテキスタイルがお好みですか ( ´▽`) ?



お子の授業料の引き落としが、
幼稚園→ゆうちょ  小・中学校→ 地元の信用金庫   高校 →ゆうちょ  でした。
もともと持ってた口座には、見事に かすりもしない15年、でした。
卒園、卒業したなら・・・6月頃には、それらはいつも前のめり気味に解約、です。
いわば無理やり、強制的に作らされた口座ですから、もうね、鬼のように解約。
                  (窓口の人に止め入る余地を全く与えない迫力・笑)

通帳は。 必要な数しか持ちません。

余分に抱えていると・・・ 管理も、解約も、この先 ますます大変になりましょうから、ね。






バッグにおさめちゃうのがもったいないほどの可愛さ。 このまま持って歩きたいよ!




好きなものが このくらい「はっきり」と 昔からしていれば。
ふらふら、ぐらぐら、へにょへにょ していなければ。

どれほどの散財を 果たして未然に防ぐことができたのでありましょう。
見たもの見たもの飛びついて失った総額は、いかほどであったのでありましょう。


大量に捨てた時。 手放した時。  己の愚かさに、身震いがしたことを 覚えてる。

「怖い」と感じたこと、覚えてる。  開き直ることは できませんでした。



捨てることは、その「怖れ」を知ること。 もうこんなことしない、と誓うこと。



それでも失敗もあるのだけれど。


いちばんアカンかった頃の自分と比べたなら、100分の1 くらいになりました(笑)

自分の変化や成長は、いつも「自分比」。 他の誰かと自分を比べることは 無意味だ。


10年前の自分と。 5年前の自分と。  3年前の自分と。  去年の自分と。


わたしが超えてゆきたいのは、いつも、「過去の自分」「わたし自身」だけ。


10年前にも、3年前にも。 そして ものすごく頑張った去年のわたしにも。


いま、負けてない。  そう思える。  



嬉しいな。 この気持ち。

わたしは、心の中で 自分で自分の悪口ばっかり言って責めてばかりの人生だったから。

自分のことをこんな風に誇らしく思えたことって・・・ 生きてて、今まで、 なかったから。







                                    おわり







いつも最後まで読んでくださって ありがとう。

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「読んだよ」「きたよ」の合図を ありがとう。
 あなたさまが毎日いらしてくださることが、わたしには、本当に本当に嬉しいのです。











  なんだか楽しかった 今回の「スーパーセール」も 間もなく終了です ( ´▽`)ノ

* ポイント5倍の日を狙って。 待ちに待ってた!!「こしいぶき」の元年新米!!




*20%OFF クーポンの日ってすごい。「あす楽」が嬉しい かに with うに。 
















最終更新日  2019.09.10 15:39:21
2019.06.04
ずっと昔から読んでくださっている読者さまは、もう ご存知の通り、なのです。

読者さま同士でお友達であってくださったり、はたまた ご姉妹だったりした時には、
もはや 笑い話や語り草になっているやもしれぬ・・・


わたしは 昔は  強烈な「花畑星人」だったですよ (*゚∀゚*)ノさくら 
金子功先生のお作りになるお洋服の世界が・・・ とても長い間、大好きでした。











でもね。



そんな「花畑時代」にも 実は遍歴があってね。

赤やピンクや黄色や水色を ひととおり纏い、満足した後は・・・


末期のわたしは。「花畑」ではありながらも ものすごく「白黒」の人だったのです。










一つの商品、例えばワンピースなら、同じ柄のものが14色くらい展開される中から・・・
いつも色見本などを見せてもらい、さて今回はどの色にすべきか、と、毎回 悶絶して選んでいたのですが、

ある頃から、 いつも「白黒な感じ」になりました。



ああ、「選ぶ色」が決まっていることって、こんなに楽なんだ、と感じたことを覚えています。
14色もの中から1色を選ぶことは。
一見して楽しそうであっても・・・実際には、意外と大変だったわけです。


色選びで失敗することは、なかなかの恐怖ゆえに・・・そこそこ「ストレス」だったのです。










ですから。
少ない服で暮らすために、突如「白黒の服ライフ」に目覚めたぞ!! というわけではなく、
わたしは どうだろ、およそ25歳くらい頃から・・・


かれこれ かるく20年以上は「白黒の服」を 寵愛しているのです。





黒い服というのは。
カラー心理学的には「人を寄せ付けない色」なのだそう。 oh・・・(;_;)

それは 確かにあるかもしれないです。

えっ!?そんなことないよ? とは全く思いません。 むしろおっしゃるとおりです。
わたしは決して ウェルカム&フレンドリーな人間ではありませんから(汗)

それにしても、ちょっと問題かな?  四半世紀も人を寄せ付けないだなんてー(笑)



いちばんはじめの画像にございます、
すずひ愛用中の「お財布ポシェット」の 斜めがけ用のストラップ、は。



本当は、このとおり、元々は「カーニバル」のストラップなのです。






 ↓ この「JET SET」ラインのカーニバルは、ストラップに「スタッズ」が。 可愛い。






同じブランドのバッグばかりで揃えていると、思わぬ良いところがあります。こういった相互性。

そのお店にゆけば 自分の好きなものが揃っているという、安心。










ミニマリストさんには、
そういう「安心」をお好きな方も多いのではないかな?と、すずひは想像するのです。
あちこちいろんなお店を うろうろ探し回ること、歩き回ることから、もう解放されたい。
ミニマルな歩数(笑)と時間で ショッピングを効率よく楽しみたい!というような。
街中を1日中うろつくよりも、早いとこお買い物を済ませ、がらーん とした愛しき我が家に
一刻も早く帰って、お茶を飲んでのんびり寛ぎたい! というような。



同じブランドの、同じ黒、なんだけれど。
この デザイン豊富な感じが、とっても楽しい ♪( ´▽`)








花畑の衣装で暮らしておりましたころにも、
今とは全く別人のような考えだったのかと申しますと、意外や意外そんなこともなく、
心の奥底には 同じ気持ちがありました。

花畑界は、いろんなお店で買わなくて済む世界、だったのです。 その店で、全身が揃う。


ワンピース、ブラウス、ペチコート。スカート、パンツ、サロペット。ベスト、カーディガン。
Tシャツ、パーカ、トレーナー。 ソックス、スカーフ、コサージュ、バッグ、シューズ。
アクセサリー、ポシェット、ポーチ、帽子。 お財布。 傘(服とお揃いの柄なのよ)。
そうそう、食器やエプロンもありました。 タオルやハンカチも。
冬ならニット、コート、ブルゾン、ブーツ、マフラーに手袋にタイツ。
頭のてっぺんからつま先まで、とは まさにこのこと。 何もかも。

いやはや こうして改めて思い返すと、凄いな。ベビーや子供用も大人と同じように揃うんだよ。





このとおりです。全身揃っていることが、このブランドで装う際の「流儀」でした。(@25歳)



このスカートとこのバッグは合うかしら、とか そういう心配が 全くなかったのです。
ひとつのお店で全身のアイテムを一式購入するわけですから。 

あちこちのお店のショッパーを下げるのではなく、
このお店だけの大きいのを1つだけ下げ、ああ重い、手が痛い、と ベソかき帰るのでした。

 
    *********************************



すごい格好していた昔と、少なくシンプルな服で生きる今。

わたしはすっかり別人になってしまったと自分で思っていましたが・・・

いろんなお店を探し回ることなく、買い物に費やす手間ひまをミニマルにしたい、っていう
根底の根底のところって・・・ どこか 実は ちょっと共通していたのかもしれない。


「花畑期」を脱したあとが。ですから いちばん迷走しましたもん。路頭に迷いましたもん。


色々なお店を回って普通の服を買う、ということが・・・ 初めてすぎて(初心者@35歳)。


当時の「ナチュラルほっこり森ブーム」も すごかったですからね、
「普通の路線の普通の服」を選ぶことを学ぶ機会を ことごとく逃したのが・・・わたし(笑)



ほんと、38歳とか40歳頃になって。


はて、わたしは一体 何を着たら よろしいの (゜∀。) ?  と、なったわけです。  



だから。



ストレスなき 現在の「ミニマルワードローブ」って、 本当に、 夢みたいに 楽で快適。



この春夏は、新しい服の投入はありません。 「今ある服」を、しっかり着尽くします。

そして令和最初の秋が訪れる頃・・・ 4着ほど手放し、何着かを買い替える予定です。

今夏 こてんぱんに着る。 夏は、とにかく洗う。 洗って、洗って、干す。 色褪せる。 
着て暮らしているだけで、服は灼ける。日差しで消耗するのは、髪やお肌だけではないのです。

2年選手、3年選手、4年選手が はっきりと「くたびれる」のって・・・やはり「夏」。

特に「濃色」。 少ない服だからこそ・・・1着1着の状態をきちんと見極め、判断をする。

このブログを始めてからは2度目となる「大きく入れ替えをする時期」というのが・・・

いよいよ じわじわ 迫ってきている気がしています(震)






                                      おわり








今のワードローブが大好きだから。

全く同じものに買い替えられるのなら、心からそうしたい。でも もう 売ってない(;_;)
9月に慌てなくていいように・・・ 少しずつ覚悟して探し始めないといけませんね。

↓ 更新をお休みした日にも、ポチッとくださるお気持ち、ありがとう。
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スムーズに移行できるといいんだけれどな。
毎回、毎回、買い替えの時は、ちょっと不安になります。「服」のお買い物は、今も緊張します。











最終更新日  2019.06.04 09:41:49
2019.05.11
「買う喜び」と、「買わない喜び」は とてもよく似た感情だったのだ、というお話。

前回の日記の、今日はちょっと 続きです。






なぜ、ご飯。  ごはんのお話は、後半に ( ´▽`)ノ





どんどん なんでも買う。 
買っても買っても満足できない、そういう妖怪みたいだった、わたし。



いくら覚醒したからといって こんな短期間のうちに、人(妖怪)ってこうも変われるものか、と。
買わないことを喜べたり、買わない自分を嬉しく思えたり・・・ちょっと薄気味悪くないですか?


そっか、同じだったんだ (;_;)と。 どっちもよく知ってる感情だったんだ。



ものを買うことは嬉しいけれど。 ものを買わないことは悲しい。
買うことだけ、が人々の喜びであり、買わないことは、我慢であり、辛抱。

それは大きな誤解だった。

相容れない 真逆の、敵対する感情だと思っていたんだけれど・・・ 

「本気」で経験してみたら・・・ 

    どちらも「喜び」だった。そしてその感情は、驚くほどよく似てた。






あまおうのロールケーキ。 中まで真っ赤なのが・・・ あまおうが あまおうたる 証。





これは。



シンプルライフやミニマリスト界隈でタブー視されがちな「持ち家か賃貸か」って話にも、
そのまま通づるところがあったのでは? と気づき・・・ はっとしました。

というか、解決を、和解点を、わたしがここに、勝手に見い出しました (;_;)感動!


そうか、「持ち家」は。 買っても嬉しいし、買わなくても嬉しいんだ。


買った人は、買ったことを「嬉しい」と思っている。
買わなかった人(賃貸派)は、買わなかったことを「嬉しい」と思っている。

どっちの人も同じ。  自分で決めた選択を、「嬉しい」「良かった」と思っている。


それだけのことじゃないか!  ほんと、それだけのことじゃないか。


お金のプランナーさんや、経済アナリストさん。
住宅政策や土地統計調査に詳しい民間のシンクタンクなどが。


どちらが得か、損か。 どちらが正解か不正解か。 すごくお説きになります。 本も出す。 

そうなると、「ねえどっちなの!?」 「ここらではっきりさせてくれよ!」って。
固唾をのんで プロの導き出す結論を待ってしまう。 気になってしまう。

自分の選択が正解であって欲しい。 あなた間違ってないわよ、と、どうか、言ってほしい。

住宅事情や経済のプロからのお墨付きをもらって、自信を持ちたい、という 気持ち。



その全部が もう 根本から大間違いだった気がする。





春しか買えないあまおうロール。 また来年の春、会いましょう ♪( ´▽`)





持ち家を持ったほうが嬉しい人。  持たないほうが嬉しい人。



その 両方が、いる。  ただ それだけなんだ。


見た目をキレイに片付けたい人。  出し入れが簡単なように片付けたい人。


その両方がいる。  それと、同じ。


どっちが正しいのか、間違っているのか。 は、他人が決めることじゃないんだ。



単に その人その人の 好きずきだった!


ああ。 なんて簡単な、当たり前な、けれど・・・ 大切な答え。

持ち家派の「家がある、という喜び・誇り」「家族がのびのび暮らせる、という幸せ」
賃貸派の「その土地に縛られないことの喜び」「ローンや経年修繕の負担がないことの安心」


所有する幸せと、所有しないことの幸せ。
真反対の価値観に「良さ」を見出しているのだから、
どうしたって意見のすり合わないところは出てきてしまうけれど、それで いいんだ。

みんなみんな一緒の考えだったら・・・そんなつまらないこの世なんて、まっぴら御免よ。








生きていると。 「対決」に陥りやすい状況って たくさんある。


「かために炊いたご飯が好き」「やわらかめに炊いたご飯が好き」 これだって対決で。

すずひ家夫婦におきましては。これはもう離婚問題にも発展しかねない重要事項です。
                    (2人とも「かため」が好きで良かったです)






お気に入りのお茶碗でいただく「こしいぶき」。 めっちゃかために炊いてます(笑)

↓ お米の銘柄を決めちゃうと、水加減が安定して楽です。かためのご飯をよく噛むのが好き!








服も、靴も、バッグも。  家も、車も、何もかも。



持っても嬉しい。 持たなくても嬉しい。 自分(と自分の家族)で決めたことならば。



自分の決めたことに自信がなかった頃は・・・有識者からの後押しが欲しかった。
具体的で説得力のある数値的なデータをみて 安心したかった。

自分で決めているのだ、と いきりながら。
一方では、そういうデータものに頼りたい気持ちがいつもあった。ほら、調査機関もそう言ってるし! と。
2030年の空き家問題の本なんか読むと・・・ああ、やっぱり家ってこんなに余るんだ。
持たなくて良かった・・・と ホッとするわたしが いつもいた。


そういうことを知るのは、もちろん 大切なことだけれど。


もっと大切なのは、自分が嬉しいか、嬉しくないか。 家族が満足しているか。



「ものだらけの暮らし」は、いまも、これからも、わたしにはもう考えられないけれど・・・
それしか知らない頃は、たくさん物があることは、わたしにとって超・嬉しいことだったのです。

物が多いことは、 当時のわたしにとって とてもわかりやすい「善」だった。 

ところが、ものの少ない暮らしを知ったら・・・

こっちのほうが わたしには、嬉しかった。
わたしにとっては、わたしの場合は、こちら側が幸せだったのだ、と知った。


そう。「わたしには」。








この季節のこの通知には「ちっ!」ってなりますが。 今年はこの「元」に 思わず微笑んだ。






好きな方を選んで、みんな 生きている。


ある生き方を選択した人が 別の選択をした人の(順調に進んでいるような)話を聞いて、
その様子を垣間見て、ざわつくのって無理もない。
人間はそういう生き物だし、特に日本の社会って、そう思わせるような仕組みがある。

反対のこと聞かされて、なんとなく不安になったり複雑な気持ちになるのは当然のことなのです。



が。


そこにムキになる、怒る、なんて、 もう、何一つ意味を成さない愚かなことだった。

犬に向かって、「なぜ犬!? なぜ猫じゃないんだ!」 と怒るようなものでした。



なんか 令和になって。  頭の中のもやが晴れたような すずひ。


昨日は4ヶ月に1度の 歯の定期検診でね、ついに「日付」を書く場面がやってきたの!


記入欄は 「     年   月   日」 と なっていてね。


いやこれ、どう書こうか。

2019年でもいいんでしょうけれど、どうせなら「令和」って書きたいじゃんね(笑)?

令和元年? なんかこれだとゴツい? それに「令和」ってかけることを嬉しがってるみたい?


え、え、、どうしよう (;_;)  


色々悩んで、「R.1」と書いてしまった。 なんか、一番ミスった感。(乳酸菌感)




やっぱり 恥ずかしがらず 自信を持って「令和元年」って、書いたらよかったな!


こないだ「令和」以外の候補だった他の元号を 全て知る機会があったのですが、



「令和」が ぶっちぎりに素敵だ! って わたしは 感じましたよ ( ´▽`)ノ






                                     おわり







雑草の生えないベランダが好きな人。お庭があってガーデニングを楽しむことが好きな人。
どちらもそれを「好き」なだけ。年齢やライフステージによって 自然と変わることもあるよね。

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相対する価値観を否定しないように書くことは、とても難しくて。 いつも悩んでいました。
「怒り(いかり)ブログ」を書くことはとても簡単だったってことも・・・よくわかった。

書きながら気づきを得られるのは、読んでくださるあなたのおかげです。 いつもありがとう。






     *****  すずひ お買い物マラソン計画   *****


↓ 今年はコンディショナーも出た!1年分買っておきたいくらい、ボタニストのこれが好き。



↓ 国産茶葉の「黒烏龍茶」。これ飲んで、ビール呑む日を減らせたら・・・素晴らしいかと!



↓ お扇子の似合う女性になりたい。手とか、もらったチラシであおぐの、もう辞めたい。














最終更新日  2019.05.11 10:19:56
2019.04.14
暮らしをミニマルにする過程で。

持ち物を、闇雲に ただ絞る、のではなく、できればなるだけ厳選したい。
好きなもの、お気に入りのものに囲まれて暮らしたい、という心境に至りました。


ミニマリスト界隈では、そういう方が多いように思います。

服やものがたくさんある頃は、
少々好きでないものや変なものが混じっていても それは仕方ない、と思えてしまっていたし、
変なものが混じっていることが基本当たり前になっていて、それに慣れちゃっていたんですよね。

好きなものだけに囲まれて暮らすことなど、わたしには不可能だと思っていた。

持ち物やワードローブを、休みなく買ってしまうのって、
やっぱりそれって「足りない」んじゃなくて 「満足できていない」から。

数の問題ではないのですね。 
「満足できないもの」を、また新たに買ってきてしまうのだから、
そんなことをしている限り、どんなにたくさん買ったって 結局 いつも「足りない」のです。


そこが分からずに。 ものを減らすまでは 分からないままで。 

ああ、買ったなぁ・・・次々と買ったなぁ。
元横綱・貴乃花も驚くかもしれない「不撓不屈」の精神で、次々と買ったなぁ・・・。


本当に 無駄だったなあ・・・  (;_;)





先日のひとりお花見。 桜のエリアの反対側には、こんな立派な緑が。 圧巻。
この木陰で、本を読みたいっ!




「好きなものだけに絞る」のって、簡単なようで とても難しかった。
少なくても、バリエーションは欲しい!という思いが昔は強くありましたから、
持っていない色を買おうとしてしまう。










例えば、4年前の この時期。 「緑」とか 買ってしまう。

これはね、ほんと、写真撮ってよかったと思っているのです。
外出先で写真を撮ることなんて、あまりないのですが、この1枚のおかげで、緑が似合わないことがはっきりとわかった。 家の鏡で見ているときは、似合っていると思っていましたから。

服の色合いとしては悪くないのですが、いかんせん「顔」に 似合わない(笑)

顔と服を、切り離して考えていた。 服しか見ていなかった。
若い頃は、それでも多分大丈夫だったのでしょうが・・・もう、いまとなっては、ね。


もう一つ、この写真には、見るたび思い出すありがたい教訓があるのです。

この格好は。
当時 日参を日課としていた憧れのインスタグラマーさんの格好の、いわば「パクリ」でした。

素敵な素敵なその方は、白いDRAWERのロゴTシャツに、グリーンのカーディガンを羽織り、
この写真とよく似た黒いスカートをお召しになっておられた。


すごく素敵で、一目で気に入ってしまって、「これだ!」と そのままパクったんです。
飛びついてしまった。

その方は きっと カーディガンも「DRAWER」だったのだと思う。

すずひは、ユニクロで買いました。

人を真似するときのわたしには、いつもいつもそういうところがありました。


失敗するかもしれないから、とりあえず わたしは安いものを買っておこう、と。
結果、本当に失敗したのですから、安いものを買っておいてよかったといえばよかった。

あのとき、「ああ、よかった・・・」と思った安堵を、今も覚えています。

けれど。 緑が似合わなかったということで、そっか、そっか、と。
やっぱりわたしは無難な色が、着慣れた色がよかったんだな、と わかったような気になって、 今度はグレーのカーディガンに買い直します。

また、「ユニクロ」で。


プチプラで買うことがいけないのではなくて・・・ その陳腐な発想がいけないのです。


安いから。 安かったからいいんだ。 
また失敗したところで 別に2000円そこそこの出費だ、と。 どうってことない。と。
このUVカーディガンは 週末になると なんと1480円になることもあったのです。
1480円。 払うことに、なんの「ためらい」があるでしょう。

肉や刺身なら高いのに!  カーディガンなら タダみたいに安く感じるのは何故!

緑のカーディガンを買ったことが失敗だった。 

でも、これ、失敗してるのって「色」だけの話、なの?






「緑」という色そのものは好きなのです。
「緑欲」は 景色や食べ物で満たしましょう。 「グリーン車」も 超・素晴らしいと思う!



わたしは、「プチプラ成功体験」が ないのだと思います。
何を買っても、結局は 心根がそうだから・・・
「安さ」という安心が、そのまま 買うときの「考えなさ」、そして 失敗したときの「反省しなさ」になってしまった。


反省しなさ。  これこそが、散財の元凶。


「反省」を、しないわけです。

そして、
しっかり吟味したり 比較したり 検討したり それ買うためにお金を貯めたり・・・
そういうところが。「心」が抜け落ちてしまう。 どうでもいいものを気軽に買ってしまう。

それをしているうちは 少数精鋭のミニマル・ワードローブの実現なんて、とても とても。

その買い直した「グレー」の方だって、結局はほどなくして 案の定、いらなくなりました。

このブログを始めてまだ間もない頃に、そのカーディガンの手放しのこと、書いたと思います。
                     (書いてますね →




緑いろのサンドイッチにハマり中。こないだはレタスとキュウリだけでも美味しいことを知った。


似合わないものを知ることって、とても大切ですね。
それって 反対側から見れば・・・ 似合うものを知ることにもなる。

この色、あの色だけは買わない。 もう、二度と買わない。 

そういう「学習」するだけで、 ワードローブのカラーって、自ずと絞られてくる。


似合わない服の混じっているワードローブから解放されて久しいので、
だんだん あの気持ちを忘れてしまいそうになることがあるの。


その度、この写真を見て 思い出す。





タリーズの緑のストローも好き。 タピオカミルクティ。



このとき わたしは「ぺたんこのシルバーのレペット(バレエシューズ)」を履いていました。

とっても可愛い靴でした。


でも こうして写真に写ると・・・ヒールのある靴の方がバランスがよかったことにも気づく。

スカート丈も、これ、ちょっと短いですね。

黒いギャザースカートならなんだっていい。 あの頃はまだ、そういう考えでした。
3cm、5cm の丈の差が遠くから見たら大違いだなんてこと、そんなことに気を配ったこともなかった。

色々気づいた。 とにかく 素敵な人をそのままパクってはいけないこと。


これは 今も 肝に命じてる。


どんなおしゃれ指南の書よりも・・・ この写真が教えてくれたこと。


わたし血となり骨となり、肉となっている。





                                    おわり





            *** おまけ画像 ****


まとめ買いでいっぱいだった野菜室。 週の後半に差し掛かる頃は、こんな感じ。
このくらいの量の時が、一番好きです。 出し入れしやすくって。 見やすくって。






ここから空っぽになってゆく感じが、毎週、ものすごく好きです。使い切る快感、というのが
ふつふつと湧いてくる。冷蔵庫と、楽しんで付き合っている感じがするんです ( ´▽`)♪






今日も、ここへいらしてしてくださって、最後まで読んでくださって、ありがとう ( ´▽`)

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いつも ポチッと応援くださって、ありがとう。 







 ↓ 季節のフレーバーが「香ばしほうじ茶」のうちに、すかさず買っとこ (`・ω・´)!




  








最終更新日  2019.04.15 13:00:46
2018.12.22
ミニマリストになる前は もちろんのことなのですが。

ミニマリストになって、1年〜1年半頃までは、なかなかお金はたまらなかったのです。

なぜか。

「買い直し」という名の、大切な奥義に追われていたからです。





わたしの「少ない服」「少ない靴」はミニマリストになって以降に買ったものばかり、です。

    ※ 少ない服系ミニマリスト。少数精鋭服の最新一覧はこちらです →



どうでもいいものを捨てたあと、ちゃんとしたものに買い直す、あの時期。

これは、多くの「捨て人」が 漠然とした不安を抱える時期だと思います。

わたしったら、あんなに捨てて、そして買って、一体何してるんだろう、と。





必要なものは、ちゃんと買っている。持っている。無理に「足りない」のは、不自然だから。




でも。 大丈夫です。

自分では、変化が よくわからなかったとしても・・・

なんでも欲しくて買っていた時と、
一旦 捨てて、無駄なもの・過剰なものを ちゃんと減らしてからの「買い直し」は、

同じ買い物のようでいて・・・ 全然 違います。


「捨てたあと」は・・・
自分の適正量(足りる量)を知っているわたしに、そしてあなたになっているからです。

「捨てる前」は・・・
足らない!足らない!まだ足りない!の感情が いつも根底にあっての買い物、だったでしょう?


「まだ足りないと思い込んで買う」「もう足りていると知った上で買い直す」 その違いです。
そこが決定的に違うから、「心」が決定的に違うから、例えば食器1枚買うにしたって、
昔の買い方と同じようにはならないのです。



ものを持ちながら、捨てをしないままで適正量を知るのがすごく難しいのは そのためです。
まず、無理なのです。

どうしたって、その量を・・・
  その大量に所有している状態を 自分の「適正」だと、頑なに信じているから。

減らしても 全然暮らせた!大丈夫だった! 昔は多すぎた!!って 本当にわかるのは、
無駄なもの、使っていないもの、不要なもの、過剰なものを減らした「後」、でしかないです。











ミニマリストになってからの方が。
ミニマリストになる前よりも 明らかに単価の高いものを買っているのがわたしです。

それでもなぜか お金が貯まってゆくのが 不思議なことです。

じゃんじゃん買っていた昔の方が、
高いもの買うのを すごく我慢していて、すごく「罪悪感」があって、そのくせ失敗して。

それが怖いから  妥協品を買ってばかり。

そんでもって妥協品には結局満足できなくて、すぐに要らなくなって。 その、繰り返し。

妥協品はすぐに要らなくなる、ってわかっていても、
どうしても、どうしても、どうしても 買ってしまった。 妥協は「正義」だと思っていた。

買うときの「支払額」が 一瞬だけ 小さいこと。
            お財布に、紙幣が、一瞬だけ 多く 残ること。

そこに ホッとしていたんだと思う。





本当に欲しいものをちゃんと買うことの意味の大きさ。教えてくれたのは、このバッグでした。




支払いの時の ほんの一瞬の「安堵」のために・・・ 妥協する。

これは、本当に やめた方がいい。  今は それが よくわかる。

妥協品 買わなくなったからこそ。 よくわかるのです。


本当に欲しかったものを買う時って、少し「怖い」 ということにも気づきました。

妥協品買うときや プチプラ買うときには 決して感じない 怖さ。


怖かったんだな。 
怖いから 少しでも、100円でも1000円でも安いもの買って 安心したかったんだ。

わたしは節約したぞ!倹約したぞ! って・・・  そういう「安心」が 欲しかったんだ。



一瞬の安心を選ぶか。   本当の満足を選ぶか。


今は、わかる。  なぜなら、「捨てた」から。

一瞬の安心のために買った 大量の妥協品を どうでもいいものを、捨てたから。
その 妥協品の「山」を見たから。 妥協品の「総額」に 心から 震えたから。



わたしね、ミニマリストになってから、
なんとなく、ね、「2000〜10000円」ほどのものを 以前と比べ、あまり買ってない気がする。

2000円以内は、ほぼ「消耗品」。 そういうものは ちゃんと買っている。
10000円以上は、ちょっと購入を検討したり 怖かったりする、「ちゃんとした」 何か。



以前のわたしは 
その「1999円〜9999円」の価格帯のものの「無意識買い」が とにかく多かった。
怖くない金額だから。 検討もしないから、すぐに、買う。  気軽に買えてしまう。


積もり積もった 2000円が あっという間に 1万円に。 諭吉に。
なんとなく繰り返した 妥協の1万円が 10回あれば・・・ たちまち10万円に。


  10万円は。 10万円という大金は・・・ ちょっとした 札束よっ!





\ 服と「散財」のこと、たくさん書きました。 克服できたことが 本当に嬉しいから。/



amazonさん  は、こちらです。





【撮影の思い出・その3】出番を待つ「カーニバル」と、カメラマンさんご持参の延長コード。
           (延長コードがウチにはないことを もちろんご存知でした・笑)


 *** このブログの本が出版されます。たくさんのご予約を、ありがとう(;_;) ***



わたしは ミニマリストですが。

買うときは、買う。 ただ、 妥協の1万円×10回。 それをしなくなった。


いちいち 熟考するのが あまりにもしんどいせいで(笑) 買い物の回数が、自然と減った。

服をこれ以上増やすまい!! と 自分に課したルールや契約を守っているわけではないの。
ちゃんと考えて欲しかったら、必要なら、一番欲しいものを、しっかり買いますよ ( ´▽`)ノ

服、大好きですから。 

バッグも靴も、そんじょそこらの人よりも、多分、相当に 大・大・大好きですから (笑)

 




買い物は、ちょっと怖いくらいの方がいい。 「緊張感」があった方がいい。


その緊張感があれば・・・ もう、ものが、服が、靴が。 闇雲に増えることなんて、 ない。

お金が、手元に、確実に 残る。

ちゃんと意識すれば。  自覚のない 満足度の低い買い物をやめれば。

何に使ったのかわからないようなお金の減り方することなんて、本当に、なくなるんだよ。





                                   おわり





わたしが「接客」されるのが苦手なのって・・・なんでなのか、わかった。
緊張して、真剣に集中してるところに喋り掛けられると 「気が散る」からだ。 多分 (笑)

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ブログもね、話しかけられると完全に手が止まる。書けない(笑) とても不器用な すずひ。
わたしの読者さまも、すごく「集中して読んで」くださっている気が、いつも勝手にしています。

いつも本当に長いのに。 いつも いつも 本当に、ありがとう ヽ(;▽;)ノ












最終更新日  2018.12.29 16:04:25
2018.11.02
今日はね、シワの話、なのです。そう。「しわ」。「皺」のこと。

夏頃、何かの雑誌で読んだファッションコラムの中に、大人の女性にもっとも似合う袖丈は
「5分袖だ」とありました。

半袖は、正直もう似合わないって。 
たるんだヒジやしわっぽい二の腕を 気安くさらけ出しなさんな、と。(;_;)ううう。
でも、確かに5分袖って美しいと思うし・・・二の腕の引き締め体操などからも解放されますね。
大人になったのなら、もう、そう無理して出さなくてもいいよ、ということなのでしょうか。
 
はじめはずいぶんと厳しいこと言うなぁ と思って読んでいたのですけれど・・・

あれっ?  むしろ、優しいのか?!





タイツにも合うサンダルは、冬のスカートライフの味方! 足元の楽しみ方が増えました。




そっか、若い頃って、二の腕痩せたい! と 闇雲に思うわけですが。
年齢を重ねた二の腕に求められるのは 痩せ ではなく はり? シワのなさ、なんだ。

年齢を重ねたお肌の変化、と言うのは しかしながら「顔」や「腕」だけではないのですよ。
わたしは IKKOさんが大好きなのですが。
 
IKKOさんは、

私ね、年取ったらね、わきの下が「あぶらあげ」みたいになってきちゃったのーっ!!

って叫んでおられました。お着物や5分のお袖なら、ワキのおあげも隠れるねっ!IKKOさん!






素足で履いていた真夏とは 同じサンダルでも全く違った印象で 嬉しいです。 






今日は後半で、あるファッションアイテムを ぶった斬ります。
今、それを所有しておられる方がお読みになると、たいへんムカつく内容かもしれません。

または。

「ああ、私も今それ持っているけれど、そう言われてみると確かにそうかも・・・」
「ほんと、いつ穿いたらいいんだ??」と、そんな風に感じてくださる心の柔らかいお方も
おられるかもしれません。(どうかいて欲しいです)


わたしの思う わたしの過去の持ち物に対する「振り返れば、愛せなかった」なのです。
ですから、今それをお持ちの方に対する非難のようには どうか、捉えないでください。 
わたしの失敗経験から何かを感じ取っていただけたら。 何かを収穫していただけたら。

そんな思いで 今日は書きます。


長い前置きになってしまいました。



さあ、始まるぞっ!!! (笑)



  *************************************



今日は、とある ファッションアイテムのお話。
とある「スカート」のお話。


わたしがかつて持っていた。 一時期は流行っていたのかな、3着くらい同時に持っていた。
ずいぶんと不自由なアイテムだったよなあ・・・ということが 今 しみじみと思い返され、
そこのところについて 今日は、叫びます(笑)


    *********************************


スカートライフは、快適だ。 
パンツは動きやすい快活なファッションだ、とみんないうけれど、わたしには 反対で。
パンツは 立ってないと快適でなかった。  とても「座りにくい服」 だった。

わたしは、日中、座っている時間がほとんど、なのです。  あんまり立たない(笑)




ひざ下の長い人になれるセット(笑) ひざ下の長さが6cmは伸びるセット。






こないだ、街を視察した時も。 エスカレーターに乗ると。

パンツをはいた人が 目の前に何人もおられるのですが、みんなどっかで「座った」のでしょう。
膝の裏のところが しっわしわ、なのです。 本当に。 くっしゃくしゃの、しわしわ。
あれは仕方ないことなのだと思うのですが、わたし自身は、自分のパンツがそうなるのが
実は、ものすごく嫌でした。 

あのシワは・・・買う時にショップのハンガーに吊るされた状態とか、サイトの商品説明とか、
とにかくそういう「人間が着用する前」の画像などには 一切ない情報であって・・・

穿けばこうなるんだよ、というのは 売っている時点では 未知で秘密なわけで・・・

こちらとしては、あの「美しい状態」を気に入って買っているのです。
だから、今穿いている自分の「膝裏しっわしわのパンツ」が あのお店に吊るされていた
美しかったあのパンツと同じものには もはや思えなくて。 新品なのに中古感すら感じて。

そう。

売ってるのと、穿いたときとで、様子があっさり変わってしまうボトムスが・・・
パンツと同様、簡単に「しっわしわ」になるスカートが、わたしは愛せなかった。


そのアイテムとは・・・ 「デニムタイトスカート」 だ。



スカートは わたしにとって 楽な服なのだけれど。
どんなスカートでも「楽」「大丈夫」なのかって言ったら、違う。
デニムタイトスカートは、全くの別モノだ。

あれはスカートでありながら、スカートの利点を完全放棄した別の括りのスカート。
他人の目線のためだけのスカートだ、とさえ思う。 穿く本人に「快適さ」は ほぼない。
そして、そう。 シワが目立つ。

デニムとか、チノとか、カツラギ素材のタイトスカートって、過去持っていた服の中で、
最も人体に厳しい服だったんじゃないかしら、って気がします。 パンツよりも 厳しい。

だって、お腹周りやお尻周りのサイズ感は、スリムパンツやGパン並みに気を使わなくちゃいけないし、お腹ポッコリしてると、本当、パンツ以上に 残酷に目立っちゃうし、

太もものボリュームも 全く隠してくれないし、ふくらはぎ太いと絶望的だし。

生地が硬くて、裾が開かないため 危なくて自転車にも乗られないし。走りにくいし。

椅子に座れば ももの付け根あたりが圧迫されて、ひどいシワシワになるし。
お尻側の生地がどんどん伸びるし。(これが一番悲しい)
そんでもって 立ち上がると、その前側のシワと後ろ側の伸びのせいで 横から見た姿が 
まっすぐ立ってるのに 変な「くの字」みたいになっちゃうし。

椅子はセーフでも、車のシートやカフェの低めのソファーに座ると めっちゃ膝小僧が見苦しく
丸出しになることがあるし。 畳とかでの正座には もう、それこそ とことん向かないし。

カジュアルなくせに動きにくく、這いつくばる系の家事は一切できないし、
かしこまった席には まるっきり なんの役にも立たない「超・普段着アイテム」だし。



デニムタイトスカートって・・・ まじで 何なん? 誰得? (;_;)


店員さんがお召しになっているのが可愛くて買っちゃったパターンが多い。
店員さんは、立ってるもんね。 座って接客する人なんて いないもんね。
あのスカートは、「シワのない状態で立っているとき」だけ、とびきり可愛かったんだ。
 

結局、日常生活において、最も使えないアイテムだった気が。 暖かくもないし。
若い頃は、それでも好きでした。 パーカ + デニムタイトスカート + タイツ+ UGG。
足をちょっと覗かせて ジミーチュウのバイカーブーツと合わせるのも、とても好きだった。

動きにくさもね、当時はなぜか 耐えられたのです。 おしゃれに苦しみは付きものだ、と。
見てる分には だから今も大好き。
ですからこれは おばはんの 今だから話せる、懐古の心の叫び(笑)です。  


デニムタイトスカートをお召しになったお年寄りを見たことは、そういえば、ない。
きっと やはりあれは若さの象徴みたいなスカートなんだろう。
小さい女の子がタイツに合わせて穿いているのは、本当に可愛らしいものですし、ね ( ´▽`)ノ


  ***********************************

そういう経験、紆余曲折を経て・・・ 今がある。
ふんわりとした、しなやかな、立っていても 座っていても キレイに見えるスカート。
「スカートだけ」ライフ。


パンツを持っているときは インナー選びにもとても気を遣ったものです。
段差の出ないものとか、透けないものとか、座ったときにウエストの背中側から派手に覗かないかどうか、とか。

そういった煩わしさも 全て同時に 手放すことができました。

もうベルトもないんだよ。 ベルトは0本、だよ。  未練なく捨てましたよ。

ベルトは、わたしにとっては、パンツのためだけに必要でしたから、ね。

てことは。 もうベルトも わたしは買わなくていいのね! 
どれを買おうか、とか。色とか太さとか、どう収納しようか、とか。考えなくてもいいのね! 
そんでもって ベルトの予算を組む必要も もうないのね! 





ライトグレーのタイツなら、足首のストラップが よりはっきりと主張できます。




なんかもう、いろいろ嬉しいな。 

「捨て」とか「数」とかじゃない次元で。 心地よさを追求した結果。
自分にとっての「着用感」の快適さをとことん追求したら・・・自然と行き着いた暮らし方。


「スカートだけライフ」は・・・ パンツの「ひざ裏しわ」からの解放でもありました。

1日はいたパンツのひざ裏しわって、お洗濯しても残ってて、その根性に、ビビる(笑)
アイロンかけると 余計にしわ跡が はっきりとテカってしまったり。

そういったことも・・・もはや 遠き、懐かしき思い出のひとつ、となりつつあります。


この秋からは。 

スカートだけ、で 心穏やかに、締め付け少なく、シワも少なく(笑) 暮らしています。




                                     おわり





シワでも。 笑いじわは素敵なのにね! たくさん欲しいくらいなのにね!
今日は わたしの失敗の記憶を聞いてくださって、ありがとう。

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自分で失敗して、学ぶ。もうこのアイテムは買わない、と学ぶ。お買い物ってその繰り返し。
わたしの失敗談が、どなたかのお買い物や手放しのお役に立てたら・・・失敗冥利に尽きます。

前回の日記に。そしてお休みした昨日。 たくさんの「ぽちっ」を ありがとう。
すずひ、うちらがついてる! 気にするな!! って そう 励ましてもらえた気がしました。


ありがとう。











最終更新日  2018.11.03 23:16:37
2018.07.31
2年前、2016年の7月31日に。 人知れず、このブログは 誕生しました。

しかも、その日には。 短い記事を、わたしは なんと1日で「4つ」も投稿している。

「blog スターター’ s high」 だったと言えましょう(笑)






2年前の夏の寝具の日記と同じ「夏」が今年も。じゃあ、もう3年目なんだ。このタオル。







最初の日に書いた4本の日記は、どれも とても 短かったと記憶しています。
あの日記が「1回分」として成立するのなら、わたしの ここ最近の日記は・・・ 
1日の文字数で、もはや「20記事」とか「半月分」をまとめて投稿しているようなことになる。


インスタみたいな。
当初は、写真メインのつぶやきブログを書こうと試みたんですよね。すぐに 挫折したけど(笑)







わたしのブログ画像には、昔から よく「手」が写り込んでるな、って気付きませんか?









「もっと短いブログにして、1日にいくつにも分けて投稿すればいいのに。」
「PV数は、きっと5〜6倍は、あっさり伸びるよ。」
「あれだけ長い記事を1回で公開しちゃうのは、相当もったいないと思うよ。」

という・・・
ほんとかどうだかわたしにはちょっと分からない種類の、有り難いアドバイスをもらったこともある(笑)


ページビュー(PV) の数って、わたし 日頃ほとんど気にしていないのだけれど、
    (「8888888」とか「12345678」とか、数列が揃う時は気になる・笑)
やはりPV数っていうのは、そのブログの勢いや、肩書き?のような・・・
そういう 認知度の指標や、「箔(はく)」みたいなものになるのかしら。

ブログ運営者たるもの、やはりそういうことも総合的に考えないといけないのだろうか、なんて
一瞬は思ったこともありましたが、無理です(笑) 
いやはや それはそれでなかなか大変でしょう。 
わたしがそれやったら、生活のリズムが「ブログ更新」に完全に振り回されてしまいそう。
そんな 何やら策を企てるようなことに挑戦するのは わたしには ちょっと無理だな、と。




ブロガーのくせに「PV数が気にならない」だなんて。
そんなの嘘だろ、強がりだろ。それか、伸びない負け惜しみだろ!って、そう思われますか?



いえいえ そうじゃないの。  聞いてくれる? 

わたしが そう思うのには。  実は全く別の根拠があるから、なの。


「ぽち」っとくださる合図の方に、圧倒的な「信頼」を わたしは置いているから、なの。

というか、もう、それさえあれば、幸せ、ってくらい。
ブロガーとしての一番の喜びとパワーを、 記事を投稿するたび、いつもそこから頂けている。
見知らぬ読者さまとの、唯一の架け橋。 意思疏通のツール。 つながりを感じる瞬間。
わたしに向けて押してくださるお気持ちそのものを感じることができる・・・嬉しい「合図」。


それが、何より尊い 最後の「ぽち」なのです。







画像の「手」は、ブログ開設当初からの密かなこだわり。だって「h+and」は、HAND(手)。







わたしのこのブログは、いま1日だいたい「20000」ほどのアクセスをいただけていて、
そのうちの 平均的には500名の、そして多い時には800名ほどの・・・
すなわち1日のアクセスのうちの 約2.5〜4%ほどの読者さまが 文末のバナーを・・・


「すずひ、読んだよ。」 「今日も来たからね。」 「あしたも来るよ。」 と・・・


わたしに宛てた「合図」を・・・
というか、はっきり言って、実際には超・面倒くさいであろう「ぽち」の作業を、
そのひと手間を、惜しむことなく 残していってくださる。


この数を、少ないと思うか。 多いと思うか。 


わたしは「多い」と思います。 身に余るパーセンテージだ、と (;_;)


とても恵まれた、あたたかい ありがたい お優しい4%、だと 
わたしは本当に幸せなブロガーだ、と。 いつも いつも 思っています。



「2.5%」 そして 「4%」という数字。 


わたしのことを 本当に好きだと感じて読んでくださる方の、これが多分 リアルな数字。


およそ 「40人のクラスに1人」 という 割合です。 
クラスに本当の友達が1人いてくれたら・・・ わたしは幸せだ。  充分すぎるほどに。


おあとの96.0〜97.5%の方、というのは・・・ お、お、お察しの通りです(震)

わたしを嫌いで、嫌いすぎてムカつきながら読みにいらしてくださるアンチの方であったり、
記事が長すぎて、読むことを途中で放棄されてしまった方(多そう・笑)であったり、
「厳しめ寄り」の読者さまであったり、
こいつだけは! コイツの「ぽち」だけは 死んだって押してやるものかっ!という
反骨魂&敵意めらめら!な読者さまであったり(笑々)

「嫌われる」こと。 
これは 発信者として生きようとするとき、
背負わずにはいられない、決して避けて通ることのできない運命(さだめ)だと思っています。
人間ですから、切ないし、怖いし、もちろん とても悲しいことですけれど。

「みんなから好かれる」のは・・・誰からも好かれないのと 本質的には同じことなのです。





つま先も。そういえば時々?・・・いや 結構頻繁に映り込みましたね(笑)


静物だけの画像にはない、書き手の「息吹」が吹き込まれるよな、そんな気がして。






本当に貴重な ほんの数パーセントの方が押してくださるバナーの合図のおかげで。
わたしのブログは、もうずっと長いこと、もったいないようなランキングに置いて頂けています。



今日で、このブログは2周年。 2歳の誕生日。   魔の2歳児?(笑)


いつ頃、わたしを見つけてくださいましたか?

めっちゃ初期からです! すずひが果てしなくランク圏外の頃からの読者です!という
マニアック(笑)なお方も、もしかしていらっしゃるのでしょうか。 ありがとう。

ここ1年ほど前からです!そこから1年読んでます!という読者さまも・・・ ありがとう。

つい最近です!知ったのはつい最近だけれども 過去記事遡って読破してます!という方。
すごい文字数でしょう? 読むの大変でしょう? ごめんね。 そして ありがとう。


わたしのブログを支え、育てて下さった お一人お一人の あなたさま。 本当に ありがとう。


わたしの中で。 実は「2年」は ちょっと目標だったのです。
苦しい時期に差し掛かっても、へこたれずに モチベーションを維持できるかどうか。 
「1年」のハードルは低いのです。新人ブロガー独特の元気さだけで 駆け抜けることが可能。
もの珍しさだけで 興味本位だけで 読んでいただけることも きっと 可能。

そっからの2年目。 そこからを 頑張れるかどうか。 
書き続けることはできる。 でも「読み続けていただけるかどうか」という 大きな壁。






頑張った・・・? 

いいや、それは  間違っている。   わたしが頑張ったのではない。


3年目に入る今日。

たくさんの読者さまに支えられて 今日まで続けてこられたことを、実感しています。






2年間撮影した中で、この画像が一番好き。わたしの手が5割増しにキレイに撮れた(笑)





何度か わたしはこの話をさせて頂いておりますが、ブロガーというのは 大変「孤独」です。 


極めて社交的・フレンドリーなブロガーさんも もちろんいらっしゃると思うのですが、
わたしは 完全に その対極にいる・・・ 「孤独系・ミニマリストブロガー」。

孤独だから 逆に続けられたのかもしれません。
孤独ゆえに、読者さまと1対1で向き合う気持ちが わたしは とても強い。
そう。 まるでクラスにいてくれる「たった一人の大切な友達」と過ごす時間、のように。

大勢の愉快で楽しい仲間に囲まれてしまったら、その賑やかさに埋もれ・・・
わたしのブログの輪郭と、そして「主張」は たちまち ぼやけてしまったことだろう。


そんな「孤独好き」であっても。  本当のひとりぼっちは やはりさみしいのです。

それを支えてくださるのが あなたのお優しい気持ち、でした。 優しい「ぽち」でした。



だから 本当に ありがとう。


3年目も。


わたしのブログらしくあれるよう。 ひと記事、ひと記事 大切に 心を込めて、書きますね。

いつか忘れ去られ 淘汰される日は きっと来るのだと思う。  けれど、その日まで。


またここに。   どうか、わたしに 会いに来てね。





                                    すずひ




今日は 2年間こしらえた中で 一番好きだった この「バナー」を。

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あなたのくださる「ぽち」っの合図に。  わたしがどれほど励まされていることか。
2年間、きっと、これまで何百回も「すずひ、来たよ」と 押してくださったのだと思います。

ありがとうございます。 心から。






最終更新日  2018.07.31 12:06:53
2018.06.08
焦げていた。 もとい「燃えて」いた。  くらためちゃんのクロワッサン が。

クロワッサンって、5個も6個も買うものではないから、きっと朝のお楽しみに、と 
1つか2つ買ってきた・・・大切な大切なクロワッサン、だったのだろうに。
真っ黒に燃えたその物体の切なさ。けれど笑ってしまった。 だって、炭化してる(笑)

トースターを手放し、パンは もうずっとガスコンロのグリルで わたしも焼いていますが、
クロワッサンだけは、やはり 無理です。 難しいです。
クロワッサンの日は、180°C の低温のオーブンで10分かけて うやうやしく焼きます。 
バターや糖分の多いもの、あと「高さ」のあるパンも グリルだと、難しいですね ( ´▽`)




高さは「メロンパン」が限界かも。でもこれも とても気をつけていないと一瞬の隙に焦げる。


くらためちゃんの新生活を 遠くから 親鳥のような気持ちで 愛おしく見守っています。
くらためちゃんらしく、自然体で楽しい毎日を過ごせますよう・・・応援しているよっ ( ´▽`) 





さて。 今日は 人類の永遠のお悩みテーマ「物欲」について、のお話です。




そのまえに・・・


「楽しい時間」って。   若い頃は。

ヘラヘラと笑って過ごす面白おかしい時間、気のおけない仲間とビール呑んでわいわい盛り上がるそんな、「ただただ楽しい気楽な時間」のことばかりを指す、と思っていたのだけれど。
年齢を重ねると、ちょっと 違ってきますね。

そういうことって、もう、言うほど そんな 楽しくない。(うるさいのが、もう無理)

どちらかといえば、今は。
ちょっと考えたり、真剣な顔して 好きなこと、興味あることを 追い求めるような時間。
信頼できる人と 1対1で静かに語り合う時間。
決してワイワイしながらではできないようなことに取り組む時間の方が・・・断然 楽しい。

「捨て」が そうだった。 一人で黙々とモノに向き合う孤独な時間の繰り返し、だった。
確かに苦しかったんだけれど・・・ 泣いてた日の方が多かったように思うのだけれど・・・


  捨ての日々は、わたしにとって、苦しいながらも「超絶に楽しかった」のです。


捨ての渦中にいるときには もう 懲り懲りだと思っていました。
けれど思い出し、振り返ると、あの「夢中だった時間」は・・・ 今、とても愛おしい。

夢中で頑張った3年前の自分のことが・・・ 懐かしい。

もう一回 最初からあれをやりたい、とさえ、思う。  今度はきっと、もっと上手にやれる。
そうそう、それにあの時、めっちゃ痩せたし、ねっ(笑)


「読書」なんかもそうですね。
ニコリともせずに 活字を読む時間。 眉間にシワ入れて読んでいるんだけれど、超・楽しい。
難しい内容であればあるほど、理解したくて、落とし込みたくて、ワクワクしてしまう。

本当に ただ「楽しいだけ」の本なんて、もう 楽しいとも思わない。 
深く考えさせてくれる、「うーん」と唸らせてくれる本が楽しい。 わたしは、唸りたいのだ。


するってーと、「ブログ」もまた、そうですね ( ´▽`)ノ
楽しいだけ、キラキラ素敵なだけなブログには・・・わたしは すぐに 飽きてしまう。
その人の本質が垣間見えるような記事や、丁寧に、心を込めて書かれたことがはっきりとわかる・・・そういう文章に惹かれます。 (わたしも そうあれるよう、心がけています)



なんでまた「物欲」の話の前置きに こんな話を長々しているのか、と申しますと。
あの怒涛の片付けの日々を なぜ今、柄にもなく懐かしんでいるのか、と申しますと。


片付けが終わってしまった人が 片付け本をかってしまうと、こういう気持ちになるんだ・・・
と 今、ちょっと 寂しくなっているから、です。

「祭りのあと」のさみしさ、みたいのを 感じているのです。  祭り、行かんけど。


  物欲の終焉って・・・  そう、まさに「祭りのあと」なんだ。




大好きなスタイリストさんの本。
お料理のスタイリングも素敵。着ているお洋服も素敵。暮らしのすべてが素敵。お顔も好き。
「お片づけ」というタイトルに引かれて・・・ そのお方の新刊を 買ってみたのです。


安定の素敵さ、だった。 それはもう 間違いなく。  素敵でしかない本でした。


けれど、「もう 違う」と思ったのです。   わたしは・・・ 変わってしまった。






超・素敵な収納を見ても・・・何にもないこの納戸の方が好きだ、と自然に思えたのです。



かつて わたしは。 
この方の書籍を買ってしまうと、その後に それはそれはもう「大変なこと」になるのでした。


何が大変かって・・・ 影響を受けまくって 毎度「大散財」をする羽目になるからです。


食器も。 鍋も。  そして ちょこちょこっと登場する「ファッション」も。
見たもの 見たもの、欲しくなる。 彼女の持ち物を真似して 買いたくなる。
おしゃれな人を真似すれば おしゃれになれると思っていましたから、年齢的には近いその方のファッションや持ち物に、わたしは いつも興味津々でした。

 欲しいー  ぜんぶ ぜんぶ 欲しいよぅー ヽ(;▽;)ノ





食器は、もう揃ってる。真似して何か買いたい気持ちには、ならなかった。






だから。

たかが千数百円の書籍1冊買ったがために、結果的に何十倍ものとんでもない「出費」となる。
スタイリストの本って、最初っからそれ狙って出版されているのか!?と疑いたくなるくらい。

だから、今回も その本買うの、実は 少し怖かったのです。

欲しいもの いっぱい載ってたらどうしよう・・・って。 わたし、我慢できるかなあ、って。



モノを捨てた直後は。 そういう媒体から わざと距離を置いていました。
自信がなかったんですね。 
せっかくたくさん手放したのに、素敵な人に影響され また何か買ってしまいやしないか、と。
SNSや雑誌を、だから避けて避けて、なるだけ見ないようにして、逃げ回っていました。


 そう。 逃げていた。  わたしは ・・・ 弱虫だった。






別のストウブを見ても、心は揺れなかった。 このストウブがあれば、いい。





もうそろそろ、逃げなくても大丈夫なんじゃないかな。 ふとそんな気がして、買ってみた本。
しかもタイトルには「お片づけ」とあることだし。
何か 片付けに関する 新たな学びや発見を習得することができるかもしれない。


恐々とページをめくります。 どうしよ! 欲しいものが登場しちゃったら! 怖っ!

つい欲しくなって何か買ってしまったら、「ずっと前から買おうと思ってました!」とか言って、
なんか見え透いた理由こじつけて 嘘つきなこと、このブログに書くつもりなのか!? 

  すずひ!!   お前はそういう人間か ( *`ω´) !?




そしたら。 そしたらね。 なんと、わたし 欲しいもの、「ゼロ」だった ヽ(;▽;)ノ


やったー!   わたし、本当に変わった ヽ(;▽;)ノ 




小柄なその方を かつて真似して買った服は・・・
長身なわたしには、当然のことながら まるで似合いませんでした。その方に似合っていただけだった。

ちゃんと、忘れることなく その「学び」も 冷静に覚えていた。

ずらずらーっと並んだ たくさんの調理器具や食器の数々。 
うっとりするほど素敵なのですけれど、つかの間うっとりし、満足し、無事、終わった。

そして、最も危険なエリア。「持ち物」「ファッション小物」のページ。
可愛いマリメッコのポーチが紹介されていたけれど・・・ 欲しくはならなかった。
くれるんならもらうかもしれないけれど・・・ 多分 もらっても 使い道が、ない。
以前なら、秒でパソコンに移動して 楽天で検索。 光の速さでポチっと購入、だったろう。

「あす楽」で・・・ 明日には このウチに 届いてしまっていたことだろう。





マリメッコのポーチ。これを超えるお気に入りに、10年近く出会ったことがないの。



こんなに なんにもなく暮らすようになって はや3年。
そうはいっても 素敵なこの方の本なのだ。 きっとわたしは 負ける。 何か欲しくなる。
自分を試す、ような。 緊張の1ページ 1ページ。



最後のページを読み終えた時・・・自分の心の静寂さに、驚いた。 そして、ちょっと引いた。


どうしたことだ。  わたし、物欲が全く暴れ出さない。  まじか。

 (それどころか、わたしならこれ捨てるのにー、という超・余計なお世話目線で読み終えた)




物欲という名の「魔物」に、魂をさらわれたみたいな時期が ありました。

どうしても勝てなかった。

この魔物を一体どうしたら倒せるのか。わたしには一生無理なのか、と絶望さえしていたのに。

「ほう・・・」と 自分に 感心してしまった。わたし、正気? 本当に変わったんだね、と。



ミニマリストブームがすごかった頃・・・
たくさんの書籍やムック本が出版されていて、当時、勢いで 何冊か、中を見ないで買ったことがあった。

これらの本を読んで、もっと捨てられるようになりたい!  そう思ったからです。

けれど。 そういえば。 その時点で、すでに。  

本に登場する どのお宅よりも、わたしのうちの方が・・・もう、圧倒的にモノが少なかった。

この「祭りのあと」の気持ちって・・・
あの時の なにか肩透かしを食らったような 呆然となる感じに・・・ よく 似てる。



もう、わたし どんな素敵なSNS や 雑誌見ても 大丈夫な気がする。

だからと言って・・・ わざわざあえて それ界隈を彷徨うことも 多分、もうしない。

今度は 逃げるんじゃない。 そう、「卒業」したんだ。  


片付け本を買うことも、もう これでおしまいにしよう。

わたしの家は・・・
ほんの一掴みの特別な人を除けば もう、一般のどこの誰の家よりも 恐らくそうとう片付いている。 もう、片付けの指南の書は・・・ わたしには必要ない。


嬉しいような。 なんか ちょっと 寂しい気持ち。  まさに「卒業生」の気持ち。



「あんな風になりたい」「あのくらい片付けたい」 抱いていた目標。
一番はじめに抱いた目標に・・・
あの時には 果てしなく遠いと感じた目標に・・・ わたしは 到達できた。 

足るを知る の 暮らしを続けるうちに・・・ 
「物欲」という魔物の影は 霞のように薄れ・・・ いつの間にか ふっと 消えていた。

物欲が消えてくれたなら。
それこそダルマに目を入れるような、万歳三唱のような「勝利の気持ち」になるのかと思ってた。


けれど、ちょっと それとは違ったな。


これは、「勝利」や「決別」なのではなくて・・・「卒業」だ。  


とても厳粛で・・・ちょっと切ない、けれど嬉しい「旅立ちの日」の気持ち、だったよ。 







                                     おわり






「高さ」のあるパンをグリルで焼く時は 厚みを半分にして「断面」を焼き、
サンドイッチにすると 扱いやすいですね。 断面を焼くと、焦げる危険も少なめです。

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どうしたら物欲を抑えられるようになるの?と尋ねられても よくわからなかったのです。
足るを知る生活を続けるうちに いつの間にか、だった。わたしはそれが「3年」でした( ´▽`)

長い文章を今日も最後までお読み下さった すずひの読者さま。今日も 、いつも、ありがとう。






最終更新日  2018.11.01 22:19:40
2018.05.27
「密やかな願い」や「深層の本音」とかって 
きっと どなた様の心の中にも 常に存在するのではないかな、と思うのですが。

それをしっかりと自覚している人、というのは 案外少ないのではないのかな、と思うのです。

「密か」すぎて自分でも気づかなかったり、無意識に蓋をして封印してしまっていたり、
日々の忙しさや目の前のことに精一杯で、忘れかけてしまっていたり。





自分の望んでいることが よくわからない。
我慢が美徳、とか みんなと一緒こそ安心、みたいな価値観ばかりが刷り込まれていて・・・
本音には とても鈍感。 なかなか気づけない。

日本人女性って、特にそういうタイプが多いように思います。
大志を堂々と掲げて公言し、大きな夢抱いている人って・・・ 身近には なかなか 稀。
ほんの一握りの特別にエネルギッシュな人か、もはや きょうび、そんなの ちっちゃい子だけ、な気さえいたします(笑)


本当に自分の望んでることがわかんなかったから。

だからわたし、あんなに、使いもしないモノ買っちゃったり、着もしない服買っちゃったり、
履きもしない靴買っちゃったり、してたんだろうな。



モノを捨てて。 がらーん になって。 余計なものを手放して。 
家の中も 頭の中も 今が、これまでの人生で いちばん すっきりとしている。



特に。 シューズボックス。 下駄箱が、ここのところ、一段と すっきりしている(笑)





わたしの靴は 下駄箱に3足。 そして ビルケンのサンダルを 出しっぱなし。






ここに暮らし始めて以来、最も「靴」の少ない日々、というのを 今 満喫しています。


わたしの靴の数は、もうずっと 変わっていない。 4足のまま。 
おとーさんの「手放し」が、なんとその後も歩みを止めることなく、コツコツと続いている。




モノが少なくなってから。 なぜか夫婦の持ち物が 似てきました。

昔は。 モノがいっぱいある頃は。 
わたしたち夫婦の格好というのは たいそうバラバラだったのですよ。





白いトップスは、おとーさんもわたしも、生成りじゃなくて「まっ白」がこだわり。




なぜなのだろう。



まずは 部屋が片付いて。  必要なモノだけの暮らしになって。

すると次第に、食べることも整って。 むちゃくちゃな外食とか暴飲暴食とか しなくなって。

服が減って。 靴が減って。 行き当たりばったりな散財や無意味な買い物も しなくなって。



モノ、家具、服、靴・・・ 余計なモノの物質量が減って、かれこれ まるっと3年。
そこに暮らす「人間そのもの」のあり方が浮き彫りになってきた。 そんな感覚が ある。


モノがなくって、もう誤魔化しが効かなくなった。「人間力」で勝負・・・そんな 感じ (笑)


モノ視点な暮らしから 人視点の暮らしへ。


「人間を中心に考える暮らし」ができるようになった・・・ そんな実感が あるのです。






ダークカラーのボトムスも、夫婦で雰囲気の揃った、テイストの似たものばかり、です。




片付けることの意義って、きっと そこなんだろう。
人は誰だって、モノごときに振り回される人生など 本来、まっぴらなはずなのです。

わたしは 深層心理の奥底で、間違いなくこれを望んでいた。
たくさんのモノを次から次へ買いながら、その一方で、もう、モノとのそういう付き合い方が、
心底 嫌になっていた。


叶ったから、わかった。  ああ、この感じ、と。 パズルのピースがぴったり合う感じ。
自分の望んでいることがわからなくて 「買い物病」に長らく陥っていたけれど、

願いが叶ったことで 初めて、こういう暮らしを望んでいた、ということに はたと気づく。

目指して目指して 手に入れるんじゃなくって・・・ こんな気付き方も、あるんだなー。





レザーの小物は。 もはや どれがどっちのだか分からないような お揃い具合。




モノ中心の暮らしになっていたときは、
そこに住まう人のことは後回し、というか 気づくべきことに気づけませんでした。

優先順位が・・・ 人 < モノ だった。

インテリアの基準は、安全性や清潔よりも 完全に「見た目重視」だったし、
買うときの基準も、自分に必要かどうかよりも「他人から褒められるかどうか」だった。


誰かから褒められれば 価値あり。 そうじゃなかったら、もう 要らない、みたいな。






数少ない「柄物」も、ご覧の通り。 好きなものが こんなに似てくるなんて!




モノのことばっかり考えているから、一番肝心な人間(家族)に対し、無関心になりがちだった。 
気が回らないのです。 ひどい話です。


災いやトラブルに見舞われることが多かったのも だから、その頃。
わたしも おとーさんも いつも そこはかとなく 機嫌が悪くて、ね。

お互いが、常にうっすらと機嫌の悪い感じ。 物事がうまくゆかなくて、心が疲れる感じ。




堂々巡りの喧嘩ではなく、じゃあどうすればいいか、を きちんと話し合えるようになったのも、
ほんと、モノが減ってからのことなのです。モノに狂っていた頃は、まともに話もできていなかった。 あんまり 仲が良くなかった(笑)


モノを手放し、そこに暮らす人間の方に ようやく気持ちが正しくフォーカスされた。


モノのためだった家、が やっと そこに住む「家族のための家」になった・・・そんな感じ。





わたしのうちの中で「この玄関が特に好き!」って、こないだ貰った、嬉しかった言葉。








何を買ったって、なにを持ったって、 最後は 何にもなしになるんだ。

肉体さえも失って、魂一つで あの世へ旅立つ。  それは100%。 1人の例外もなく。


モノを持っていられるのは・・・ 生きている間、の ほんの期間限定のお楽しみ。
土地だって、細かく区切って とんでもない価格で この世では売り買いされているけれど。
ものすごい大金払って「自分のものにできた!」と思っても・・・
自分名義なのも、生きている間だけ。 亡くなれば、相続されて、もう自分のものじゃない。

そう思うと。 なんか、もう 土地って、本当は、誰のものでもないように思うのです。 
 
土地っていうか・・・ 単に、地球? と。  ← 超・末期的思想(笑)


だから。 わたしは、 いつも、この世に「期間限定仮住まい」 な 気持ち。

去るときには 何にも 残さずに。 賃貸住宅の部屋を去るときの約束だって そうです。


おとーさん50歳。 わたし47歳。   息子は今年18歳に。
家族それぞれがこの年齢になったから より一層 そう感じるのかもしれない。
やがて夫婦「2人」に。 そして いつの日か、さいごは どっちか「1人」に。


住まいそのもののあり方も、住まいを構成するインテリアや家具も。 所有するスペースも。
たくさん必要な時期というのは、実は とっても短くて つかの間のことだと分かった。
最後には「1人」なんだ。 だからモノは 本当にちょっとでいいんだ、ってこと。


そのことを、常に頭の隅に置いて、今、わたしは 生きている。


最後1人になった どちらかが。
その現実に軽やかに順応し、自分に見合った数の持ち物で、気持ちよく、安全に生きられること。 そのための、準備。

今から始めたって 多分、決して早すぎることなんか ないのです。

なぜなら、これ、本当に1人になっちゃってから始めたんじゃ、 

精神的にも 肉体的にも 年齢的にも・・・ 

   あまりにもツラく寂しすぎて、多分、耐えられないよ。(特に、男性!)


自分が逝ってしまった後に、遺った家族に そして 地球に 迷惑かけないこと。

それがこの世に生きた人間としての 最低限のマナーだな、って。   

大げさでなく、近ごろ 本気で。  本気で、 わたし そう思うの。


誰だって、最後は一人きり。 


これは、生きてゆく上で・・・ いつも、ミニマルな覚悟をしておきたいことの一つ、です。






                                     おわり






おとーさんの靴は、ここにある4足と、あと サンダル。だから、今、「5足」かな。
ウォーキング用のスニーカーは・・・あれはカウントに入れない靴なの! だそうです(笑)


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収納グッズを駆使に駆使して、ここに20足以上詰め込んでいたことが 嘘みたい。
すずひの終末思想を最後までお読みくださり、読者さま、週末なのに、ありがとう ( ´▽`)ノ












最終更新日  2018.05.27 09:29:29

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