本のタイトル・作者
ディス・イズ・ザ・デイ (朝日文庫) [ 津村記久子 ]
本の目次・あらすじ
第1話 三鷹を取り戻す
第2話 若松家ダービー
第3話 えりちゃんの復活
第4話 眼鏡の町の漂着
第5話 篠村兄弟の恩寵
第6話 龍宮の友達
第7話 権現様の弟、旅に出る
第8話 また夜が明けるまで
第9話 おばあちゃんの好きな選手
第10話 唱和する芝生
第11話 海が輝いている
エピローグーー昇格プレーオフ
あとがき
引用
「でもなんか、そういうもんだと思えてきて。前は一人で昼ごはん食べるのなんか寂しそうで恥ずかしいとか、話したいことがある時に相手をつかまえられないのって人間として大事なものが欠けてる、みたいに思ってたけど、今はそう思わなくなった。でもその代わりに、ずーっと一人で冷たい川を渡ってる感じ。つまんないのが普通で、でもたまにいいこともあって、それにつかまってなんとかやっていく感じ。富士山の試合があってくれるっていうことはさ、そういうとこに飛び石を置いてもらう感じなのね。とりあえず、スケジュール帳に書き込むことをくれるっていうか。それってなんかむなしそうだけど、でも、勝負がかかってんのは事実なんだから、べつにむなしくもないんだよ」
感想
2022年064冊目
★★★
ひさびさの津村記久子さん。
以前、気持ちがくさくさして、ささくれている時に、津村さんを読んでいた。
自分と地続きの日常がそこにあるから。
そこで、私の気持ちを代弁してくれているように思えた。
平凡な自分の日常が、物語の主人公のように文字になって印刷されているような。
しかしこの本は苦戦。なかなか読み進められず、めちゃくちゃ時間がかかった。
面白かったんだけどな。
私がスポーツにまっっったく興味がなく、オリンピックも開会式しか見ない程度の人間だからか。
架空の22のサッカーチーム(2部リーグ)と、22人のファンの物語。
・オスプレイ嵐山
・CA富士山
・泉大津ディアブロ
・琵琶湖トルメンタス
・三鷹ロスゲレロス
・ネプタドーレ弘前
・鯖江アザレアSC
・倉敷FC
・奈良FC
・伊勢志摩ユナイテッド
・熱海龍宮クラブ
・白馬FC
・遠野FC
・ヴェーレ浜松
・姫路FC
・モルゲン土佐
・松江04
・松戸アデランテロ
・川越シティ
・桜島ヴァルカン
・アドミラル呉
・カングレーホ大林
私は「眼鏡の町の漂着」「権現様の弟、旅に出る」「唱和する芝生」が好き。
熱心なファンも登場するのだけど、それよりは「なんとなく見てみたらハマった」みたいなひとが多くて、そういうふうに何かに熱中できるのは羨ましいことだな、と純粋に思う。
繰り返す日々の中で、「これが楽しみ」と思えることがあること。
それを目標に頑張れること。
スポーツ、ライブ、観劇、コミケ…。
「日常のなかに句読点を打つ」という表現を前に何かの本で見かけて、その言い回しにひどく納得した。
日常のなかの祝祭。非日常の演出。しばし浮世を離れ憂さを晴らす。
そうして生きていく。自分で楽しみを見つけて、楽しみをつくり出して。
この本を読んでいると、ゆるーいサッカー観戦がしたくなる。
スタグル(スタジアムグルメ)とか、チャント(選手の応援歌)とか、知らないことばかり。
最終節って大事なんだ、とか。
それが当たり前の世界が、日常とずれて、重なり合いながら存在している。
その世界では当たり前のこと。共通の言葉。
私にはそういうものがないのだよなあ。
それが残念だ。
夢中になるのが怖い、というのもあるのだけれど。
(私は、驚くほど熱中しやすく、また飽きっぽいのだ。)
「三鷹を取り戻す」で、主人公が「自分は今まで窮屈なところにいたのではないか」と言うんですよね。
そしてサッカー観戦を通じ、最後に「自分は何かを自分自身から取り返した」と知る。
かくあれかし、というものに縛られているんだろうなあ。
この年で、女だから、母だから、家族があるのに、田舎だから、今になって…。
でもきっと、もっと自由になれる。
いつだって奪われたものを取り返すことができる。
好きなものを散りばめて、楽しみながら生きていく。
ちっぽけな僕の人生を、誰にも渡さないんだ。
北京オリンピックのエキシビジョンをたまたまテレビで見て、その時羽生結弦選手が「春よ、来い」の曲で滑っていた。
その時に、「ああ、これは祈りなんだな」と思った。
このひとは神楽を舞っているんだ。
みんなの代わりに、依代みたいに。
スポーツを見る意味をずっと理解できなかったけれど、はじめてわかった気がした。
ままならない世界で、日々の暮らしに倦んで。
暴発しそうな怒りが、憤りが、憎しみが、渦巻く。
スポーツって、それに対する答えなのかもしれない。
祈りが、その場を満たす。清めていく。
途方もない努力と捧げられた時間が、凝縮された一瞬。
ひとがひとであること、そしてそれを超えていく畏敬。
メダルのため、名声のため、技術のため、資金のため。
個人としての理由はあまたあれど、それでもその一瞬、彼らは何か大きなものに祈っているんじゃないだろうか。
そしてその祈りを共有する場が、スポーツ観戦なのかもしれない。
そんなことを思った。
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