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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.05.27
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カテゴリ:夏目漱石
 では、漱石は青楓の画をどう思っていたかというと、大正4年11月の「美術新報」に『津田青楓君の画』という文を寄せています。じじむさい青楓の画は、青楓自身の内面を貫く姿勢と色彩を褒めています。
 
 私は津田青楓君の日本画をみて何時でも、じじむさいじゃないかといいます。そこには無論非難の意味が籠っているのですから、津田君の方でも中々承知しません。僕はじじむさい立場でもって画を描くんだなんて妙なことを主張します。およそ画の資格といえば、厳粛でも、崇高でも、潚洒でも、軽快でも、みんな資格になるには相違ありませんが、じじむさいのはどう考えたって芸術的のものじゃありません。私は苦笑して識論をやめてしまわなければなりません。しかし退いて考えると、津田君の主張は表面上無茶のようですが、その内部に立ち入ってみると中々意味があります。津田君は自分の心持をよく表現できないので、こんな不合理なことをいうのだろうとも思います。というのは津田君の描いたものを見ると、製作自身が津田君の口より遥かに巧みにその辺の消息を物語っているからであります。
 津田君の画には技巧がないとともに、人の意を迎えたり、世に媚びたりする態度がどこにも見えません。一直線にに自分の芸術的良心に命令された通り動いて行くだけです。だから傍からみると、自暴に急いでいるようにも見えます。またどうなったって構うものかという投げ遣りの心持も出て来るのです。悪くいえば智慧の足りない芸術の忠僕のようなものです。命令が下るか下らないうちに、もう手を出して相手を遣っ付けてしまっているのです。従ってまともであります。しかし訓練が足りません、洗練は無論ありません。ぐじゃぐじゃと一気に片付けるだけです。幸なことにはこのじじむさい蓬頭垢面といった風の所に、彼の偽らざる天真の発現が伴っているのです。利害の念だの野心だの毀誉褒貶の苦痛だのという、一切の塵労俗累が混入していないのです。そうしてその好所を津田君は自覚しているのです。だから他がじじむさいといって攻撃しても括として顧みないばかりか、かえってじじむさいのが芸術上の一資格ででもあるかの如き断見さえ振り廻したがるのです。私は津田君の気分を今のままにしておいて、津田君の頭にもっと智慧を与えたいと思います。智慧といったって、小智小慧を通り過した大きな能力を指すのです。器用だとか、利巧だとか、気が利いているとか、すぺて津田君の美質を破壊するような小道具ではないのです。あの猛烈な芸術的本能に、洗練と統一と浄化と渾成とを与える一種の高い理智の力を指すのです。この至大な徳が熟練の結果として外部から手に入るべきものか、または修養の効能として内部に醗酵すべきものか、あるいは内外相待って津田君を歩一歩と高い所に誘導して行ってくれるものか、それは私にも解りません。私はただ津田君が漸を追い層を重ねて、そういう立振な芸術的境界に逹せられんことを切望するのであります。私のような素人眼から今の画界を見渡すと、そんな人はまだどこにも見当らないようだから、なお津田君にそうなって貰いたいのです。
 津田君の西洋画についても、ほんの一口しかいえません。津田君は人物よりも風景、風景よりも静物を描く人です。是これは色々の制限があって、自然そうしなければならなくなるのでしょうが、一方からいうと、また津田君の性質をよく現わしています。かつてあるる文士が津田君に向って『君もそう徳利に花ばかり描いていないで、ちと銘酒屋の女でも描かないと時勢後れになるぜ』といったことがあるそうですが、津田君はたとい時勢後れになっても、静物が描きたいのだろうと思います。その特色さえ認めることの出来ない文士こそ、津田君からいえば、他の箇性を勘酌しないという点において、現に時勢後れかも知れません。
 津田君は色彩の惑じの豊富な人です。パレットを見るとその人の画の色が分るといいますが、津田君は臨機応変に色々な取り合せをして、それぞれ趣のある色彩を出すようです。そうして自分はそれを自覚していないようです。ただある一点について、津田君と私とは色彩の感じが全く反対です。津田君は私の好かないものを平気にごてごて使います。そこになると私は辟易します。
 折角の御依頼でそれだけのことを書きました。無論画家としての津田君の価値をどうこううするという程の大したものではありません。まあ一場の茶話しくらいな所ですから、その積りで御読みを願います。貴誌の埋草にされる分は厭いませんが、もし他に立派な評論などがあって、不足なく頁を揃えることができるなら、これは掲載を御見合せ下すった方が、かえって私の素志に適う位のものなのです。(津田青楓君の画)
 
 また、寺田寅彦も『津田青楓君の画と南画の芸術的価値(大正7)』で次のように評価しています。
 
 津田君の絵には、どのような軽快な種類のものでも一種の重々しいところがある。戯れに描いた漫画風のものにまでもそういう気分が現われている。その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、かえって無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見するところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌な空談者と訥弁な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類しているかもしれない。そして技巧を誇る一流の作品は前者に相応するかもしれない。饒舌の雄弁もとより悪くはないかもしれぬが、自分は津田君の絵の訥弁な雄弁の方から遥かに多くの印象を得、また貴重な暗示を受けるものである。
 このような種々な美点は勿論津田君の人格と天品とから自然に生れるものであろうが、しかし同君は全く無意識にこれを発揮しているのではないと思われる。断えざる研究と努力の結果であることはその作品の行き方が非常な目まぐるしい速度で変化しつつある事からも想像される。近頃某氏のために揮毫した野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している、そして線描の落着いたしかも敏感な鋭さと没骨描法の豊潤な情熱的な温かみとが巧みに織り成されて、ここにも一種の美しい交響楽(シンフォニー)が出来ている。この調子で進んで行ったらあるいは近いうちに「仕上げ」のかかった、しかも魂の抜けない作品に接する日が来るかもしれない、自分はむしろそういう時のなるべく遅く来ることを望みたいと思うものである。
 津田君の絵についてもう一ついい落してはならぬ大事な点がある。それは同君の色彩に関する鋭敏な感覚である。自分は永い前から同君の油画や図案を見ながらこういう点に注意を引かれていた。なんだか人好きの悪そうな風景画や静物画に対するごとに何よりもその作者の色彩に対する独創的な感覚と表現法によって不思議な快感を促されていた。それはあるいは伝習を固執するアカデミックな画家や鑑賞家の眼からは甚だ不都合なものであるかもしれないが、ともかくも自分だけは自然の色彩に関する新しい見方と味わい方を教えられて来たのである。それからまた同君の図案を集めた帖などを一枚一枚見て行くうちにもそういう讃美の念がますます強められる。自分は不幸にして未来派の画やカンジンスキーのシンクロミーなどというものに対して理解を持ち兼ねるものであるが、ただ三色版などで見るこれらの絵について自分が多少でも面白味を感ずる色彩の諧調は津田君の図案帖に遺憾なく現われている。時には甚だしく単純な明るい原色が支那人のやるような生々しいあるいは烈しい対照をして錯雑していながら、それが愉快に無理なく調和されて生気に充ちた長音階の音楽を奏している。ある時は複雑な沈鬱な混色ばかりが次から次へと排列されて一種の半音階的の旋律を表わしているのである。(津田青楓君の画と南画の芸術的価値)
 
 青楓は、明治4年に京都に移ります。漱石が気分転換のため京都に長期滞在した時は、兄の西川一草庵とともに世話をし、漱石の体の調子が悪化したため、妻の鏡子が漱石を迎えに着ました。
 漱石の死後、大正7年に漱石と門人たちを描いた屏風「漱石と十弟子」を描き、それはのちに本の題名ともなっています。
 漱石晩年の作品『道草』『明暗』の装丁を手がけた青楓は、昭和53年、97歳までながらえました。





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最終更新日  2022.05.27 19:00:07
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