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2024年02月27日
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テーマ:ニュース(99373)
カテゴリ:ニュース
昨日まで連日この欄に引用してきた山元研二氏のインタビュー記事の最終段では、山元氏の積極的な授業への取り組みについて、教育委員会や町議会、県議会から横やりが入ったこと、同僚教師や生徒の反応等々について、実に冷静で率直な見方・考え方を表明している;


■臆するところは何もない

――近年、教育内容への介入も強まり、こうした授業実践にはさまざまな攻撃などもあったと思いますが、いかがでしたでしょうか。

 【問題なのは現場教師たちの委縮】

 特攻をテーマにやれることはたくさんある気がします。8月下旬に全国社会科教育学会の、日韓交流研修が鹿児島であって、それの一つのテーマが、「特攻はなぜ語りにくいか」でした。私にも2、3時間のインタビューがあったのですが、私は教えにくいと思っていないので、なぜそんな難しく考えるかと、最初から最後まで思っていました。

 問題なのは現場の教師たちが委縮することです。私は2度県教委から「偏向教育」で事情聴取を受けました。1回目は原発で、こういう危険性があると指摘しただけでした。チェルノブイリ事故の直後、伊方原発が出力調整実験をするときで、もし失敗したらこういう被害が起きると授業で言っただけで、それが「子どもたちに不安を煽っている。危険性だけを指摘した」と言われました。それが「偏向教育」だと、県教委から事情聴取を受けたのです。何十回も呼ばれましたが、もちろん処分はされませんでした。

 2回目は日本軍「慰安婦」で、1997年、中学教科書に記述されることが決まっていた時期です。河野洋平官房長官談話も出て、政府が公式に国の関与を認めた。だから「慰安婦」の授業をしたのですが、藤岡信勝氏たちが動き出し、「慰安婦問題などというのは、日本人を嫌いになる教材だから、そういうものを教えるべきでない」という人も出てきた。中学生に、「君たちはそういうのを教わりたいか、教わりたくないか」と聞いたのです。すると、90%以上は「ちゃんと教えてほしい」と言う。にもかかわらず、それが議会で取り上げられて、「まだ教科書にも載っていないのに、早まって実践しようとするけしからん教師がいる」と県議会でも町議会でも話題になったのです。私はまた事情聴取を受けることになった。

 まわりの教師たちはそういうものを見て委縮するのです。事情聴取は犯罪者扱いですから面倒です。すぐ校長室に呼びつけられます。私は、直接教育委員会に行くと言ったこともあるのですが、それは許さない。彼らのシステムがあって、校長が聞いたことを上に上げて、市教委からさらに県教委に上がっていく。それを頑なに守るのです。そういう姿を見ていると、触れない方がいいとなるのです。だから、「教えにくい」ではなく、「教えなくなる」のです。

 よく「学習指導要領からの逸脱」と言いますが、指導要領は教科書以外のことを教えてはダメと言っているわけではありません。むしろ、私など授業では常に学習指導要領に則ってしゃべっていると思います。今の教師たちは、教科書から逸脱することが怖くなっている。近所に基地があったって、近所に戦災の話があっても、教科書になければしないのです。

 しかし、教科書は最大公約数でしかない。その地域、地域で素材があれば扱えばいい、戦後の社会科は身近なことから社会についてを考えようというところから始まったのです。それがだんだんと国家主導になっていった。そういう意味で、足元で考えるということをしなくなっています。ここはよくないと思います。

 人の命とか尊厳とか、そういうところを根っこにした、戦争の語り方とか、安保の語り方がされなくなってきている。そこに踏み込もうとすると、圧力が怖いという感じになってきている。しかし、実は圧力などたいしたことないのです。私は、処分されたことはありませんし、むしろ、今までやってきたことの積み重ねで、大学に就職させてもらっているし、研究、学問的なところで認めてもらっています。臆するところは何もないのです。


 【命と人権の大事さを教育で考えたい】

 実は、私の特攻の授業実践には、教育研究の仲間からもさまざまな批判もありました。研究会で報告したとき、尊敬する大先輩から批判を受けたのは、「特攻の兵士の心情に迫れていない」ということでした。もちろん心情に迫る努力はやらないといけませんが、正直なところ、それを実感するのは無理かもしれないとも思っています。

 それでも、特攻について、語ることは大事だと思っています。兵士たちはやはり悔しかったと思います。彼らの多くは、学徒兵で、それまで勉強していたのです。戦前の日本の大学や学問はダブルスタンダードで、一方で軍国主義、皇国史観が大きな枠としてありますが、その一方で学生たちは高等教育機関において普通に世界標準の学問を勉強していた。勉強していれば、科学的にどうかという点で気づくことがたくさんあるはずです。上原良司は自分は自由主義者だと、権威主義的な国は必ず滅びるとわかっているわけです。しかし、わかっていて死なないといけない。そこは、私は一番辛いと思います。

 岩井先生も、兄の忠正さんとこの戦争はおかしいと語り合っていたわけです。でも岩井先生の言葉を借りれば、「死に場所」を探していた。海軍でこのまま航海士になって戦艦に乗れば、一番危険な艦橋で死ぬことになる。それよりは「同じ死ぬならいっそのこと体当たりして敵に確実な打撃をあたえる方がよいのではないか」という最悪の選択です。

 私は、学徒出陣の神宮の行進の映像で、顔がアップされるのを見るたびに、本当は辛いだろうなと思います。もちろんそれを言うと、「庶民はとっくに戦場に送られて、ひどい目に遭っている」と言われます。ただ、地域の人たちに聞き取りをすると、よく「あの若い子たちがね」と言われます。鹿児島の田舎では、予科練の人たちを家に泊めたりしていたのです。甑島と種子島では、一般の家で、小さい子を疎開に出した分、予科練の兵隊を受け入れたりしていた。16、17ぐらいの今の高校生の年齢でした。

 私が今教えている学生が、18歳から22歳です。この子たちを送り出したのかと考えるわけです。岩井先生も言っておられましたが、「大学への未練、学問への未練があった」というその気持ちはわかります。その辛さや怒りは昔話ではないと思うのです。ウクライナの兵士たちも、ベトナム戦争のときのアメリカの兵隊たちも、同じように思ったはずです。しかもそれは国や政府や軍の勝手でおこなわれる。それで個人の命が弄(もてあそ)ばれる。なによりも命と人権が大事なのだということを、ハンセン病であれ、「慰安婦」であれ、様々な事例をとおして教育で考えたい。


■若者たち大人たちと共有したいこと

――「新しい戦前」とよばれ、日本の軍事化も急速にすすんでいます。この点はどのようにお考えですか。そういうもとで、「特攻」を含め、戦争の問題は、大人も含め、いましっかりした学びと議論が必要だと思います。そうした点ではどのようにお考えでしょうか。


 【阻むためには憲法しかない】

 ロシアによるウクライナへの侵略戦争が始まり、いまや世界は戦争の時代に突入したと言われています。そのときに往々として、ロシア対ウクライナという構図で見がちです。しかし、戦後日本が選んだ道は、個人が国家の犠牲になることを否定した道だったはずです。国家のために個人の命を犠牲にすることはやめようと平和憲法をつくったわけです。

 私には李さんという韓国の友だちがいます。彼は、韓国人にとっては、日本のような平和憲法は採用できないと正直に言います。北朝鮮があり、徴兵の国として銃を取らないといけないと。李さんは、それでも日本の平和憲法に憧れると言います。彼はずっと日本の戦後民主主義とか平和憲法とか眩しい、いつかああなりたいと言ってきましたが、その日本が今こうなっているのは自称日本研究家としては辛いと言っています。

 山東昭子参院議員は、ウクライナの様子を見て、日本も愛国心教育に力を入れないといけないと言っています。かつて日本赤軍による日航機ハイジャック事件のとき、福田首相は「人の命は地球より重い」と言いました。福田さん自身は夕力派ですが、日本の総理大臣がそういうことを言ってくれるのだと私は子ども心に嬉しかったのを覚えています。国際的には人質と交換したので批判を浴びたと思いますが、この国はそんな考えだと思って嬉しかったのです。しかし、その福田派よりもハ卜派の流れにあるはずの山東昭子氏が愛国心教育を言うわけです。

 だからこそ、私は、特攻のことを、今の時代に忘れてもらったら困るという気持ちが強いのです。身近に特攻基地はたくさんある。私のところに史料を送ってくださる裹には、日本中津々浦々に特攻で亡くなった人たちがいたこと、生き残った人がいることを示しています。戦後「特攻崩れ」という言葉で白い目で見られることもあったし、生き残った負い目もある。辛い目に遭った記憶があるので、ほとんどしゃべらない。しゃべらないで済ませていいのか。まず、しゃべりにくい状況に置いてしまっていることを考えないといけない。

 「新しい戦前」という言葉は、タモリさんの言葉ですが、ぴったりきます。少し前から、1930年代ぐらいによく似ているのではないかと言われてはいましたが、昭和の初めの軍国主義化していく流れは、モボ・モガの時代でもありました。先日、関東大震災のNHKスペシャルを見ましたけれど、震災前の街並みはすごくモダンで、近代的なビルが並んでいた。そんな時代と軍国主義化は並行して進んでいって、ある時ふと気づいたら、おかしくなっていたという時代です。そこに学ぶべきだと思います。

 学術会議の問題も私はとても怖いと感じています。結局、産軍複合体をつくるためには学術会議がじゃまなわけです。日本の技術を軍事移転したり、海外への軍事供与に使いたいから、それに反対している学術会議はなんとかしないといけない。放送法も同じです。少し前に高市氏が、総務大臣時代に、放送法の政治的公平性についての新たな解釈について発言した内容が問題になりましたが、そうしたことへの批判は一度はおこなわれますが、すっと収まってしまい、問題が結局解決しないまま、忘れられていくだけです。そういう状況は変えないといけない。

 その先にある、国が人の命を奪うということは防がないといけないし、今日本でそれを阻むためには憲法しかありません。そうしたことを特攻で思い起こしてほしいです。「英霊」ではなくて、新しい見方で思い起こしてほしい。


 【学生たちと話していて思うこと】

 ゼミの学生たちと話していて思うのですが、たしかに若い人たちは、戦争や社会のことなどを語ることをタブーとしている風潮はあります。「あなた意識高いね」と言われて場が白けてしまう。でも、「そういうことをしゃべりたいときはあるんじゃないの」と聞くと、「実はそうなのです」と答えます。「ここはゼミだから話そうよ」と言うとたくさんしゃべります。だから本当は語りたい部分があるのだと思います。

 怖いのは、今は学生たちは情報元がユーチューブなどのネット媒体であることです。自分が見たい情報、得たい情報を探して見る。もちろん新聞などまったく見ません。だからニュースを知らないのです。自分で情報にたどり着かないことには、考えなくなってしまうという怖さがあるのです。

 教科教育法の授業で、積極的に社会問題を伝えていくのですが、学生たちは嫌がっているわけではなく、むしろ、しっかり考えたいと思っている。私が、教師になった最初のころの中学生たちの反応と、今が違うかというとそうではない。若者の純粋さは失われていない気がするので、おとなの側が、教師の側がどういうふうに与えていくかだと思うのです。

 実は、大学にうつる直前は、ちょうどロシアによるウクライナ侵攻が始まった時期でした。ある一見ツッパリ系の生徒が戦争を気にしていて、「先生、どうなるの」と聞いてきました。私の教師生活最後の授業は、いろいろ考えたけれど、結局ウクライナ戦争の授業をしました。そのなかで私は、「戦争にはならないと思う」と言ってしまいました。今考えると誤った判断でした。生徒たちは、ほんとうに真剣に考えていて、ゲーム感覚で面白がっている様子はなかったのです。むしろ「やばい」というものを感じていたと思います。

 その「やばい」という感覚を、今、日本政府は利用しているのではないかという気がするのです。中国だ、北朝鮮だと煽る感じで、「ほら、同じことがこの国の周りで起きているよ。ぐずぐずしておられないよ。平和憲法なんかで大丈夫なのか」と仕向けてきている。かえって安倍元首相のような人が言うより、岸田首相のような人が言うのが危険であるようにも思います。時代状況はそんな気がします。

 「やんなきゃいけないときは、やんなきゃいけない」という感覚で、持っていかれかねない。「そうなったらしようがない」「ここまできたら」というのは戦前と同じ発想です。5・15事件があり、2・26事件があり、「満洲国」もでき、日中戦争も引き戻せない状況がつくられていくと、国民の中に、「もう戻れない」という雰囲気がつくられていった気がします。今はまだできることはあると私は思います。

 私の韓国の友人が言ったように、日本の平和憲法に憧れている人たちがたくさんいることはわかってほしい。「普通の国」とよく言いますが、日本がアメリカ、中国、ロシアのような国になってほしいと思っている国は少ないのではないか。あの戦争をきちんと反省して、戦争をしないという方針を立ててこそ日本は尊敬されるのではないか。日本はかつてのようなことはしないということを、周辺の国々にわかってもらう方が、日本のためになるのです。またそれしか道はないと思います。若者たちとも、大人たちとも、そうしたことを共有していきたいと私は思っています。
(おわり)


月刊「前衛」 2023年11月号 177ページ 「シリーズ 戦争と平和の岐路に問う-『新しい戦前』に『特攻』の経験から学ぶこと」から末尾を引用

 ここに引用した記事の冒頭では、社会科の先生たちが「特攻は教えにくい」と発言し、山元先生は「なぜそんなに難しく考えるのか」と言っている。山元先生の場合は、戦争体験者の話をよく聞いて「どのような戦争だったか」自分なりに把握した上で生徒に説明するので、特に難しいことではない。しかし、他の先生たちの場合は、教科書には漠然とした記述しかないし、戦争体験者の話を聞いてその詳細を授業で生徒に説明などしたのでは、教育委員会や県議会からつるし上げを食らう、そんなリスクは避けたい。しかし、教員であるからには生徒に対し責任もあるし、せめて山元先生くらいの授業は生徒のためにして上げたい、というようなジレンマがあるのではないかと思います。そのジレンマを克服するには、大局に立って憲法と教育基本法を出発点として、過去の英霊神話と決別し、どのような戦争を私たちの祖先が経験したのか、事実を掘り起こし、後世の人々に伝える努力が必要と思います。第二、第三の「山元先生」が出てきて、健全な歴史観を持つ市民を育ててほしいと思います。





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最終更新日  2024年02月27日 01時00分07秒
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