貝塚三中の同級生3人と貝塚駅前の料亭「この木」で昼飲み・・・
先日、地元の貝塚新地にある老舗料亭「この木」さんで、小中学校時代からの友人3人で恒例の飲み会を開きました。年に3回。年末年始、お盆、そしてゴールデンウィーク。気がつけば、もう30年以上続いている大切な時間です。若い頃は仕事の都合をつけるのも大変でしたが、どんなに忙しくても「この3回だけは空ける」という暗黙の了解がありました。今回は私の年始早々の脊柱管狭窄症の手術がありましたので、ココまで伸びてしまいましたが・・・(汗)。結婚、子育て、転職、親のこと・・・それぞれの人生の節目を越えながらも、この集まりだけは途切れませんでした。今回は、いつもの夜の居酒屋ではなく、昼12時からの個室利用。夕方の居酒屋のようなガチャガチャした雰囲気ではなく、静かで落ち着いた雰囲気の料亭の個室で、ゆっくりと腰を据えて話ができる時間でした。これが実に良かった。昼間の柔らかい光の中で、料理をつまみながら、しんみりと語り合う。若い頃のように騒ぐのではなく、一言一言を噛みしめるような会話。喋る声も小さくなり、耳も聞こえ辛くなりましたので・・・やはり年齢を重ねると身体も変化しますので生活を一度見直して、それに合わせた対策をすることが人生をより充実したものにするのです。残念ながら、いつまでも若い頃と同じようにはイキマセン。私は20年前に肉体労働が主体だった家業の織物業から今の頭脳労働が主体のトランクルーム賃貸業に事業転換し、ウインドサーフィンのボードを7,8年前にスピードの出るスラロームボードからマイルドなフリーライドボードに買い替えました。今年に入ってから脊柱管狭窄症の手術もあり、仕事は基本的に午前中だけで午後からはフリーにして仕事量を減らしましたし、ウインドサーフィンも年々きつくなってきましたので、今年からウインドより楽な同じ横ノリ系マリンスポーツの「ウイング・フォイル」を始めようかと目論んでいます。アンチエイジングとしてストレッチや筋トレマシンや食事制限(朝食抜きプチ断食と菓子類禁止)もやっていますが、そうやって体力と気力の維持をギリギリ限界までキープしつつ、徐々にペースダウンしているのです・・・(汗)。そうやって悔いのないように人生を燃焼させていって・・・100歳でちょうど燃え尽きるのです(笑)。30年後は天国で「俺の100年の人生はホンマに良かったなぁ・・・」なんて言ってみたいです。そして話題の中心は、やはり年齢相応の内容になります。健康のこと。血圧や血糖値の話。病院通いの頻度。ちょっぴり政治の話。ビジネスの話。そして、老後のこと。年金のこと。これからどんな暮らし方をしていくのか。さらに避けて通れないのが、親の介護の話ですが、もう2人は終わりました。「うちは今こういう状況や」「施設をどうするか悩んでいる」「自分たちの老後は、子どもに迷惑をかけたくないな」そんな現実的な話題が自然と出てきます。でも、不思議と暗い雰囲気にはなりません。なぜなら、30年以上の付き合いがあるから。お互いの歴史を知っているから。弱音も本音も、そのまま受け止めてもらえる安心感があるからです。小中学校の頃は、将来の話といえば夢や憧れでした。それが今では、人生の後半戦をどう生きるかという話題に変わっています。時間の流れを感じながらも、こうして変わらず集まれることのありがたさを実感しました。思えば、地元の友人というのは特別な存在です。利害関係もなく、肩書きも関係なく、ただ「昔からの友達」というだけで成立する関係。この関係は、お金では買えません。昼間の静かな個室で過ごした数時間。笑いあり、真面目な話あり、オフレコの話もイッパイ・・・そして最後は、いつものように「次はGWやな」と自然に解散。また数ヶ月後に会えるという安心感があるから、別れ際も寂しくありません。人生はあっという間だとよく言いますが、30年以上続く友との時間は、確実に自分の人生の土台になっています。これからも体が動く限り、この年3回の集まりは続けたい。健康に気をつけながら、また同じ場所で、同じように語り合えることを願っています。そんな、かけがえのない一日でした。という事で、69歳のジイサンの集まりですが、話題はこの私の楽天ブログでもお世話になっているチャットGPTにも及び、中国に我々日本人の個人情報がダダ漏れやなぁ・・・と心配しつつ、使わざるを得ない日本の現状に少し情けなくなりました。まぁ65年くらい前の小学校に入るまでは水道がなかったので洗濯機もなく井戸水や家の前の隣組の共同洗濯場の小川(溝)で母親が洗濯したり、電話も柱に取り付けた木の箱で村で持っているのは限られ、テレビも村に数件しかなく、夜7時ころになると毎日近所の人達がうちに集まって「テレビ見せちょう」と座敷に10人くらい一緒にテレビを見ていたシーンが100年くらい前のように感じられます。車のウインカーも手動でしたし、トイレットペーパーなんてなく新聞紙をカットしてクシャクシャにして拭いていましたし、ロバで台車を引っ張って売り歩いていたパン屋さんもあり、食品スーパーなんてなく魚も毎日軽トラックで魚やさんが家の前まで売りに来ていました。大阪のローカルシティ貝塚でこうでしたから、地方はもっと遅れていたでしょう。まぁ時代の進化を体感している自分が、恐ろしく老人に思えます・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ