4「琥珀くんの初仕事」その1
ある吟遊詩人さんに恋に落ちた。その方がこよなく愛されるアイルランドにちなんで、愛さんと仮称しよう。4月10日。近所で農業を営まれる市川さんが、農地の有効利用などを考えて音楽イベントをやりたいと、Twitter(現X)でアーティストを募集された。推しの愛さんを推薦した。愛さんはすかさず「今日の何時からスペースやります」とツイートされた。そして「私は意外にリアリストですからね」と更にツイートされた。これ、なんだか私へのエアリプ指令なのかな、いや思い過ごしかも、うぬぼれかも、まあいいや…。市川さんにDMで、「愛さんは以前、私のLIVEに来たこともない人に、自分の所でLIVEやってくれなんて依頼はお断り!とツイートされてました。今日の無料のスペースさえ聞かれないと、お話にならないと思います」と書き送った。そしてスペース開催。時間になっても市川さんが入ってこない。ネット越し、愛さんの、待ってるのにと軽くイラつくようなお気持ちが流れこんでくる。私も焦った。その日の昼間、市川さんは、ご親戚の山の急な斜面で、筍掘りされていたのを知っていた。うとうと寝ちゃってるかも。それともスペースの入り方が分からないのかも。もしこれで市川さんがスペースを聞かれなければ、音楽イベントはないだろう。それならそれでご縁がなかったと、仕方ないのかな。でも今、私に出来ることあるよね?口はばったい気がしてならなかったけど、また市川さんにDMした。「スペース始まってます。入れませんか?」そしたら程なく、スペース画面で、見慣れた市川さんのアイコンが出た。良かった。その時、スペースの音が止まった。数秒。愛さんが、譜面台のような所にiPhoneを置かれてスペース配信されていて、その画面を右手親指で上下にスクロールされながら、じっと凝視されているのを、私はまるで愛さんのすぐ右後ろで見ているような、そんな映像が流れ込んできた。何度か参加者を確認されて、市川さんのご参加に気付かれて、安心されて喜んでいらっしゃるようだった。良かった。そしたら、なんと!愛さんは、普段スペースではなさらない語りを始められた!また市川さんにDM、「普段は、スペースで語りはやらないと仰ってるんです。だから、私も語りを伺うのは初めてです。びっくり。これはきっと市川さんに、音楽イベントではこういうことをやるんですよってご説明だと思います。」市川さんは、愛さんの竪琴にすっかり魅了されていた。「これがうちの農園で聴けたら最高!」市川さんが喜ばれていることも、ほくほく嬉しくてたまらなかった。翌11日の夜にも愛さんはスペース配信され、市川さんはいよいよ魅了されていた。そして12日、市川さんの所に、朝どり筍を買いに行った。すっかり愛さんの竪琴に魅了された市川さんの熱い話を聞いている時に、たまたま愛さんから市川さんにDMでお問い合わせが入ったり。そこで伺った市川さんの熱意を、今度は愛さんに長文DMでお伝えした。愛さんからの私へのお返事も、まんざらでもなさげ。音楽イベント開催できるかな。実現できるかな。できるといいな。もう、きっと実現できる気になっていた。そうなったら、今度は怖くなってきた。大丈夫なんだろうか。。。ちょっと不安になったら、どんどん後から後から、不安が雪だるま式に膨らんでいった。そんな不安をツイートしたら、愛さんが、これまたもしかしたら私にエアリプしてくれたのか、「出来る人が出来ることをすればいい」とツイートされた。それでちょっと落ち着いた。でも焦燥感でそわそわ落ち着けなかった。そんな所に、不思議なことが流れてきた。いや、その前に、その少し前に、話を遡る。昨年末か今年のはじめに、愛さんは、新しい楽器を買い求められていた。黒い木材で作られたその楽器を、はじめは「黒糖きなこ」などと仮称されていた。2月にお手元に届き、いざ弦を爪弾いてみて、音色を、深い海の底から浮かび上がる泡のようにお感じになったそう。海に因んだ名前にしようとお考えになった時に、バルト海に寄せる琥珀が思い浮かばれて、その楽器に「琥珀」と名付けられた。それをTwitterで読んで、びっくりした。琥珀?!クリスマス・イヴにうちに来た妖精さん?!もしかしたら本当に、あの妖精さんは存在していて、私の所に来てくれていて、愛さんの所に戻っていったのかな。そんなふうに思って、それもとっても嬉しかった。そんな事があったので、ミード改め琥珀くんには会ったことがあるのかもしれないと、ちょっとした親近感を一方的に抱いていた。その少し前から、愛さんのツイートの一部をTogetterでまとめていて、だから、琥珀くん絡みのツイートも一緒にまとめた。愛さんの定例LIVEで、5月14日のチケットも取れていた。市川さんの音楽イベントの前に、まずちゃんとLIVEを楽しみたいな。琥珀くんにも会えるといいな。そして4月16日、愛さんはアイルランドに妖精譚の採話に旅立たれ、同じ日、市川さんは「田んぼの学校」イベントを開催。市川さんのイベントに参加していて、市川さんが農園にDIYで作られた東屋を見ていて、ふと、ああここで愛さんのステージが行われるのかなと思ったら、嬉しくって、涙がにじんだ。音楽イベント開催できるといいな。でも不安でたまらない。私に何ができるだろう。本当に大丈夫だろうか。そんなふうに不安や焦燥感でいっぱいになっていた時に、不思議なことが流れてきた。そう、最初は「田んぼの学校」に愛さんにお越し頂ければいいな。そこで実際に竪琴も奏でられれば、マイクなしだとどんな感じで、どのぐらいのマイクやスピーカーが必要なのか分かるんじゃないかな。けれど次回は田植えで、愛さんはそういうのはご興味なかったり苦手かな。と思っていたんだった。田んぼ…田植え…水。市川さんの圃場の中央には、古い井戸がある…水。琥珀くんの音色は、海底から浮かぶ泡…水。えっ?!そう言えば、琥珀くんがやってきた時に、愛さんは、弁財天様が祀られている神社でお祓いを受けていた。弁財天様も川の神様で水。市川さんの名字にも水。なんなら市川さんのご住所も、神奈川県にも海老名市にも下今泉にも、それぞれ水。この音楽イベントは、水にちなんでいるんだ。あの古い井戸は、田んぼの学校でも子供たちに大人気だったし、大人もわくわくする。市川さんが言い出された音楽イベントは、古い井戸に宿られる水神様に捧げる音楽祭なのかも。琥珀くんと弁財天様が、井戸の水神様に掛け合われたのかも、なんて。そして、琥珀くんは、水の属性だけでない。琥珀は樹液の化石。樹の属性も帯びている。私が30年ほど使い続けているネット名「はざや」は、樹にちなんだもの。また、市川さんが力を入れておいでなのは、ブリーベリー・イチジク・柿などの果樹。市川さんのお宅には渋柿の大木がすうっと佇んでいる。もう5~6年前になるかな、その渋柿を分けて頂いて、うちで初めて干し柿を作った。お婆さまが嫁いでこられた時には、もうこの樹はあったそうで、樹齢は100年を超えているそう。代金を払おうとしたけど、ずっと近所の人に渋柿を分けてあげて、みんなに干し柿を作ってもらってる、だから要らないよ、と言われたんだった。その時、よそ者の私も、100年以上も続く干し柿作りに仲間入りさせてもらえて、この樹を通して、海老名に受け入れられて混ぜてもらえた感じがした。それからずっと毎年、秋になると、分けて頂いた渋柿の干し柿作りが楽しみ。そして、市川さんが柿で力を入れている品種は富有柿。その発祥の地は岐阜県瑞穂市。私の故郷の岐阜県岐阜市の隣の市。関東から見れば、ほとんど同じ町だ。市川さんと私は、柿という樹のつながりがある。愛さんが、市川さんの所で音楽イベントをやるにあたって懸念されたのが、竪琴という撥弦楽器を屋外で演奏する時に、風の影響を受けるのではないか、だった。市川さんの所は下今泉。土地が下(低い)。だから風がない。渋柿を干しても白い粉が拭かないほど。よほどの悪天候でなければ風は大丈夫だと思いますとお返事した。そして我が家は上今泉。土地が上(高い)。下今泉は低いので、畑や果樹園も田んぼもある。上今泉は高いので、もっぱら畑。そして私は、上今泉に住むだけでなく、まさに畑を借りて農作物を栽培している。この「高い畑」が、思いがけず愛さんにつながっていた。私の位置付けの意味合いは、更にもう少しあった。私の今の名字は水に、旧姓は樹に因んでいた。そして、故郷は岐阜県岐阜市長良。長良川のすぐそば。長良川の長良。そうなんだ、私も、水と樹の属性を併せ持つんだ。知らなかった。今まで気にしたこともなかった。琥珀くんと一緒。嬉しいな。愛さんについては、私が存じ上げる筆名は、水にも樹にも縁がなかった。唯一、市川さんの下のお名前は晋(しん)さんで、愛さんならアイルランド妖精譚のオーシーンを連想されるかも、というつながりはある。けれども、水の属性と樹の属性で絡みあった縁では、愛さんは弾かれてしまう。そこで高い畑に住んで耕している私が、名代でつなぎとして、琥珀くんに呼ばれたように思われた。つまり、ここに住んでて家庭菜園やってればいい、ってことかな。それならきっと順風満帆。井戸の水神様の音楽祭は滞りなく開催できることだろう。気が付くと、とても美しい機織り機が用意されていた。全体が白木造りで、ぼおっと光を帯びて、優しく輝いている。張られているたて糸が、透明なような七色に輝くような、不思議な美しい糸。愛さんの奏でる竪琴の音色が、よこ糸となるんだね。どんな太さでも、どんな色でも、愛さんの思うがまま、自由自在に。あちらのたて糸と、こちらのよこ糸で、織られる布。とても美しく丈夫な織物が生み出されるのだろうな。なんてステキだろう。安心していた。その後、今、こんなとんでもないことになるなんて、その時は思いもしなかった。