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カテゴリ:海外旅行
リマ空港着
現地時間:6月5日 23:52(日本時間:6月6日 13:52) ペルーと日本との時差は14時間で、サマータイムは実施していない。 空港内のトランジットルートを進む。 ![]() リマ空港でブエノスアイレス行きの飛行機を待つ間、土産物屋を覗く。 インカ文明の臭いを感じるものが多く飾られていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 空港内の大用トイレのドアは下部が開放。 ![]() 約1時間半待ちでアルゼンチンのブエノスアイレス行きの飛行機に再び搭乗。 アルゼンチンへは、LA 2427 B.AIRES(ブエノスアイレス)行き 01:25発。 ロサンゼルスから乗ってきたLA 601便は01:05発で、チリのサンティアゴへ 既に夜昼の時間感覚は失われていたのであった。 ![]() 待合室のベンチで登場を待つが睡魔とひたすら戦う。 ![]() そして漸く搭乗開始。 ![]() 旅友たちも元気そうに搭乗。 ![]() 予定の1:25に離陸してチリ上空へ。 ![]() リマから南米大陸を斜めに横断する約4時間強の飛行であった。 ![]() 着陸前の機窓には朝焼けが赤く輝き空を染めていた。 ![]() ブエノスアイレス空港への着陸前の機内。 ![]() ほぼ予定の時間の朝7時40分にブエノスアイレス空港に着陸。 正式名称はミニストロ・ピスタリーニ国際空港(Aeropuerto Internacional Ministro Pistarini) だが、ブエノスアイレス市街地から南西に約25kmで所在地のエセイサからエセイサ空港 (Aeropuerto de Ezeiza)と呼ばれることが多いのだと。 ![]() 入国手続きも無事完了し、空港ロビー内を移動。 ![]() 荷物も全員無事に到着しやれやれ。 待っている観光用バスに向かって進む。 ![]() ロビーを出てバスの待つ場所へ。 ![]() ブエノスアイレス (Buenos Aires) は人口303万人(2007年)を擁するアルゼンチンの 首都で、どの州にも属しておらず特別区として扱われるとのことである。 建国以来アルゼンチンの政治、経済、文化の中心であり、南米有数の世界都市。 アルゼンチンの縮図ともなっているとの添乗員の説明。 また「南米のパリ」の名で親しまれ、南米の中で最も美しい町の一つとして数えられるという。 空港から国内線の空港へバスで移動。既に空港にはバスが待っていた。 既に犯罪人の護送状態の如き拷問感を実感しているのは私だけでは無かったはずである。 ![]() 到着ターミナル前。 ![]() そしてエセイサ空港を出発し更に国内空港へ向かう。 ![]() 高速道路を走る。 ![]() 歩道橋はバリアーフリー? ![]() 高層ビルも林立。 ![]() 高速道路料金所。 ![]() 市内には高層マンションも林立し、朝の活動を開始していた。 ![]() 更に高層アパート群が次々と。 ![]() サッカースタジアム。 エスタディオ・モヌメンタル・アントニオ・ベスプチオ・リベルティ。 通称エル・モヌメンタル (El Monumental) 。 ![]() 鉄道の跨線橋。 ![]() ![]() そしてラプラタ川が見えて来た。 ![]() 国内空港の横にはラプラタ川が流れていたが見渡す限り対岸の陸地が見えない。 それもそのはず、河口部が全幅約275kmの三角江(エスチュアリー)となっていて、 世界一の河口の幅であるとのこと。朝の光に水面が輝いていた。 ![]() 木製の桟橋上では早朝から釣り人達が。 ![]() 5~60kn先の対岸はウルグアイであるが陸地は見えなかった。 ![]() ラプラタ川下流側 南大西洋への河口の幅は275kmと。 ![]() ラプラタ川沿いの公園の並木。 ![]() 釣り人が釣った魚の名は? ![]() ・・・もどる・・・ ・・・つづく・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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