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JINさんの陽蜂農遠日記

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2021.04.04
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次に訪ねたのは「深谷通信所跡地」。
神奈中バス停を通過し振り返る。
ここ神奈川県道402号阿久和鎌倉線(かながわけんどう402ごう あくわかまくらせん)は、
神奈川県横浜市瀬谷区阿久和東(阿久和交差点)から鎌倉市岡本に至る県道である。
この路線は通称「かまくらみち」と呼ばれるのである。
1180年(治承4年)頃、源頼朝が鎌倉から府中方面へ抜ける街道として整備したと。
別名「陣街道」、「西の道」とも呼ばれたのだと。



「通信隊前」。



近くにあった「モクレン」の花。



ズームして。
ハクモクレンに似た花で、薄いピンクが入ったモクレンが咲いていた。



ハクモクレンとシモクレンの交雑種のサラサモクレンであろうか。



道路の反対側のバス停の横には立派なトイレが設置されていた。



横浜市泉区和泉町 で番地はない様子。
「深谷通信所跡地」の入口ゲートは固く閉ざされていた。



「この区域は、在日米軍から日本国政府に変換された国有地です。当局の許可なく当該区域への
立入りを禁止します。またこの区域の以下の行為は固く禁止します。
・喫煙及び火気の使用
・ゴミ等の投棄
・ゴルフ、ラジコン(飛行機)等危険な行為
・ペットの放し飼い
横浜市関東財務局関東財務寺務所」との表示。



当時は下の如きプレートが設置されていたと。
「U.S NAVAL RADIO TRANSMITTING FACILITY TOTSUKA  JAPAN」と。
当時はここは横浜市戸塚区であったのだ。


     【http://home.p04.itscom.net/yama/US_Fukaya/Fukaya.htm】より

左手に入る道もゲートで塞がれていたが、散歩されている方がいたので、私も内部に
入って行った。車両のみの進入禁止のようであった。



「右のサインを読みなさい」と上から目線の文字が。
しかし右側には特別の案内はなし。



ここ深谷通信所(ふかやつうしんじょ)は神奈川県横浜市泉区に所在していた
旧在日アメリカ海軍基地(面積:773,747m2)。
旧日本海軍の基地を第二次世界大戦後に接収し、運用していたもので、
2014年6月3に施設を含めた土地全体が日本へ返還されたのだと。
横浜市泉区の和泉町および中田町に位置。
全域が国有地であり、アメリカ海軍厚木航空施設司令部が管理を行っていたのだと。
googleマップより。まるで巨大なミステリーサークルの如し。



旧日本海軍時代には、電波干渉を防ぐため直径約1kmの円形状に用地買収され、米海軍が
その形状のまま接収した。接収後、米海軍は施設中心部に事務所等やアンテナ部分の
囲障区域(フェンス等で囲まれた内側)を設け、関係者以外立入禁止としていたが、
囲障区域外は野球場、ゲートボール場、菜園耕作等の使用が認められ、さらに神奈川県道
402号阿久和鎌倉線が通過し一般の通行が認められていた他、バス停も設置された。
衛星通信が発達し送信機能が他施設に集約されたことで部隊は撤退し遊休地化していたが、
2014年6月末を目処として囲障区域も含めた土地全体を米側から日本へ返還することが
決定し、予定通り手続きが完了したことから同年6月30日に返還が行われたのだと。
当時の通信施設をネットから。


   【http://prc77.livedoor.blog/archives/471356.html】より

当時の通信施設をネットから。


    【http://prc77.livedoor.blog/archives/471356.html】より

当時の通信施設をネットから。


     【http://prc77.livedoor.blog/archives/471356.html】より

右手の忍び返し(有刺鉄線)を取り付けた進入防止用フェンスの奥には「FIRE STATION NO.10」と
記された建物が残されていた。



有刺鉄線を取り付けた進入防止用フェンスに沿って進む。



「旧深谷通信所跡地中央広場」案内板。



そして正面に真っ白な雪を戴いた富士山の勇姿が現れた。



ズームして。



右側には大山の姿も。



「中央広場」の掲示板。
「ノーリードでの愛犬の散歩はご遠慮下さい。」と。



直径1kmの緑地には大小の野球場が10ヶ所以上。



芝生広場では富士山を背景にゲートボールを楽しむ老人の姿が。



電線が邪魔、しかしここは昔の通信所であるので・・・・。



頂上では強風で雪が舞っているのであろうか。



大山をズームして。



「中央広場」を独り占め。



再び「旧深谷通信所跡地中央広場」案内板。



広大な跡地。



横浜薬科大学の図書館棟(旧ホテルエンパイア) の姿も。



こちらにも建物がそのまま残されていた。



そして入口まで戻ったが、立派なテーブルと椅子が置かれていたが散歩の休憩用か?




                              ・・・​もどる​・・・

                  ・・・​つづく​・・・





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Last updated  2021.05.25 16:26:44
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