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碁法の谷の庵にて

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2020年10月12日
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テーマ:ニュース(99451)
カテゴリ:カテゴリ未分類
池袋暴走事故で、被告人の飯塚幸三氏による「車の異常があった」という無罪主張に怒りが渦巻いています。

 この事件は逮捕されなかったことについて上級国民云々の批判が渦巻いていましたが、これも全く等を得ない批判ばかりでした。
 別事件ですが、こちらの記事と考え方は同じですので参照してください。
 この記事も内容面では全面賛成なので参考にしてください。
 というか,刑事事件を扱ってる弁護士なら,飯塚氏が逮捕・勾留されなかったことについて,逮捕・勾留の要件から特におかしくはないと考えるのは当たり前だろうと思います。
 司法試験受験生や司法修習生くらいまで行った弁護士志望者が「上級国民が逮捕されないのはおかしいと思ってました」というなら,「その考え方で大丈夫?」と黄色信号を付けますよ。(ロー生くらいならまあ仕方ないかな…)

 逮捕・勾留は逃亡や証拠隠滅をするおそれから認められるものですが,飯塚氏は裁判にはつつがなく出頭したようであり,逃亡も証拠隠滅したという話もありません。
 あのとき逮捕しないのはおかしいと言っていた人たちは,逮捕・勾留しろ=逮捕・勾留の要件を満たしている!!という自分たちの主張が間違っていたことについて何か言うことはしないのでしょうか?




 そして今回の公判です。
 この事件がショッキングな事件であり、無罪主張に憤る気持ち自体は否定しませんが、憤りをひとまず置いて裁判の行方を静かに見守り,怒りの表明は判決を待つことはできないのでしょうか?
 判決で、「主文:被告人を懲役(禁錮)〇年に処する。被告人の弁解は信用できない」と言い渡されてから怒るのではだめなのでしょうか?
 怒りをぶちまけている皆さんの事件や加害者に対する怒りは、「今怒らなければ判決が言い渡された後では萎えてしまう」程度の怒りなのでしょうか?

 憤りを抱いているだけならば例え内容的に間違っていようと特に害はありませんが、言葉にして発すればそれは凶器にもなります。
 凶器を扱うなら慎重に…という考え方は、言論にだって言えることです。ただ憲法に言論の自由があるから取締りに慎重にならざるを得ないだけです。


 残念ながら,飯塚氏の主張に何か根拠があるのかは,今は分からないと言わざるを得ません。
 過失犯の場合、自分が何をやったか覚えていないままいつの間にか事故が起こっているということも決して少なくありません。検察官の「アクセルとブレーキの踏み間違え」という主張が本当なら、無意識で犯した過失ということになりますので、例え事故の1分後であっても事故の原因は本人にはわからなくて全く不思議はないものです。
 弁護側で車の性能などを試験したのかもしれません。(事故車による検証の信用性は微妙なところがありますが…)
 本人は踏んだつもりなので原因が分からず,自分以外の何かのせいということで車のせいにしているということも考えられます。疑われている立場だからと言って真相がわかる訳ではないので,自分に覚えがなければ「原因はこれではないか」と的外れな推測しか語れない被告人…という構図は正直よくあることでもあり、実は無罪の被告人が的外れな推測を述べるという構図も別におかしくはありません。
 世間の大バッシングを受けていることで、自分は悪くないと思い込みたい自己防衛の心理や、一度何らかの形で言ってしまったことで後に引けない心理が働いているという可能性も考えられます。人間は合理的だと例えわかっていても、合理的な行動を常に選択できる生物ではありません。

 弁護人としては,例え無理筋な主張だとしても本人が無罪主張を希望する限りは,無罪を主張することになるでしょう。説得程度はしますが、折れないことを想定しないならそれは説得ではなく強要です。(相当説得したのですが不合理な対応に終始し、自爆した被告人なら私も経験があります)
 弁護人は、例え無理筋だと思ったとしても「無理筋だと思う自分の考え方」の根拠を常に疑わなければいけません。結果として、被告人の自爆行動を止められないということもごく普通に起こりえることです。
 そして,弁護人が本気で無罪主張に根拠があると信じているのか,自爆と思いつつやむなく無罪主張するのか,真相がわからないのでとりあえず言わざるを得ないのか。それは外からでは分かりません。
 ロースクール生時代に光市母子殺害事件の弁護バッシングにあれこれ言っていましたが、当時とこのあたりの見解に全く変更はありません。


 本人にもわからない真相について,まして報道だけ読んで真相がわかることなどありえません。
 
 例えば本人や弁護人が記者会見などすれば,「何のために記者会見するんだ?せめて世論の空気くらい読んだ方がいいだろうに」と不思議にもなりますが,裁判の場で述べた(裁判の場で述べなければ意味がないのでこれは当然)だけですし,「本当に車の暴走が原因なら」無罪になる可能性も全くない訳ではないと言えます。




 報道だけ読んで、百歩譲っても現段階での裁判傍聴だけで原因が踏み間違いか車側の問題か、はたまた第三の原因か,わかっていて飯塚氏に正義の断罪ができるなどとと自惚れられるとすれば,それは上級国民どころか神をも恐れぬ傲慢な意見だと思います。





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最終更新日  2020年10月12日 12時10分05秒
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