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今が生死

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テレビ番組

2021.02.15
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カテゴリ:テレビ番組
今夜テレビで広末涼子のファミリー・ヒストリーを観た。彼女は金物屋さんの娘だがその父方、母方のルーツを国会図書館などで調べて曾祖父母から広末涼子までの流れを示していた。かなり広範囲の家系図で父方母方が入り乱れて複雑だった。曾祖父母が離婚して曾祖母は塩尻のお寺に祖父を預けた。お寺を継ぐかと思ったが仏教は分からないからと農学校に進み工場に勤め旭川、横浜と転勤し最後は高知に移って金物屋を始めた。その金物屋は戦争で焼け野原になったが復興して再建した。途中で父の代で火事になり今はスーパーマーケットなどが入っているビルになっているとのことだった。人のルーツを訪ねて行くのは大変なことだが、掘り起こしていくと広末涼子と言う人が生まれるまでには大勢の人達が関わっており、それぞれの人に様々なドラマがあり、色々な人にお世話になって今の彼女がいるのだなと思った。それを知ってか知なくてか彼女は高知のお祭りには郷土に帰って積極的に踊りなどに参加して高知家の子供としてのふるまいをしている。郷里の人達との触れ合いは和やかで美しいものだと思った。番組中ビデオなどを見ながら彼女は涙していたが不思議な縁を感じ感謝の気持ちに揺り動かされたのだと思う。
広末涼子は有名人だが、有名ではない無名の人でも同じことでそのルーツを調べると様々な人とのつながりが明らかになっていき神妙な気持ちになるものだと思った。私達は決して一人でこの世に存在したのではない。様々な人がとんでもない苦労をしながら生き抜いてきた中で生まれ、育てられてきた存在である。そのルーツに感謝し、報いていく人生でありたいと思った。






Last updated  2021.02.15 22:58:11
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2021.02.11
カテゴリ:テレビ番組
今朝、再放送だが二つの魂の触れ合い 山中伸弥と平尾誠二を観た。二人の馴れ初めは週刊誌の対談だが山中は自らもラグビーをしていて平尾に憧れていたこともあり初めて会った時からお互いを尊敬しあう友情を感じた。山中はips細胞でノーベル賞をとった男である。平尾はラグビー日本代表選手、代表監督を勤めた男で胆管がんで53歳で亡くなったが今でもラグビーのみならず各界で慕われている男である。
山中は平尾との交流の中で様々な啓発を受けて自分が研究で行き詰ったり、研究員達の指導で困った時には平尾の言葉を思い出して対応してきた。山中は平尾が亡くなってから彼の思い出や彼から受けた教訓などを本にまとめている。平尾は同志社大3年連続日本一に貢献し神戸製鋼6連覇にも貢献した。彼はresillience レジリエンス つまり復元力の塊で追いつめられても跳ね返すばねを持っておりそれを信条にしていたがそれ以上に彼のチームが勝ち続けられたのはその人柄である。彼は常に感謝の心を忘れず、先輩にも後輩にも感謝しそれに報いていた。だから同じように彼も皆から感謝され尊敬されていた。山中は専門は違うが平尾の人格に敬服し尊敬していた。ノーベル賞を取って偉ぶっている人と思っていたが平尾の人格に触れ生徒のように素直に学ぼうとしていた姿はさわやかだった。自分も医学者のはしくれなのに大親友平尾を救えなかった悔しさや苦しみが伝わってきた。その為にもips細胞を使って平尾のように既に進行がんになった人でも助けられる道を切り開こうとしている山中は真剣である。きっと山中は平尾の敵を取ってくれると信じている。山中は平尾の葬儀で弔辞を読んだが、こんなにも固いきずなで結ばれた友情があるのかと感動した。






Last updated  2021.02.11 21:36:23
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2021.01.20
カテゴリ:テレビ番組
今朝のテレビ「グレートトラバース」の山梨県の黒岳から撮影した夕方の富士をテレビ画面から撮影

今朝、英雄たちの選択「伊能忠敬」を観て改めてその偉大さに敬服した。貧農の倅ながら18歳で千葉県佐原市の酒造りその他の大店に婿入りした。そこで商売に精出しながら興味のあった天文学や暦、地理などを趣味として勉強し、やがて37歳で名主となってからは必要に応じて測量の勉強もしていた。名主時代浅間山が噴火し食料も不作で全国で大店を狙う打ちこわしが勃発していた。伊能家は大店のお金持ちで絶好の攻撃対象と目されていた時、伊能店主は藩のお侍にお金を渡して警備をお願いするか貧民に金品を渡して味方につけるかの選択に迫られたが伊能は後者を選んだ。しかも商人には米などの物品を支給し、貧民にはお金を渡して経済が回るようにした。結果的に貧民が味方になってくれて打ち壊しからは免れた。51歳の時家督を娘婿に譲り当時40億円位あった資産の内かなりのお金を隠居料として自分が自由に使ってよいお金として確保し、勉強のために江戸に出てきた。そしてかねてから勉強したかった天文学所に弟子入りした。その時の師匠は高橋至時で31歳、自分より19歳も年下だったが師と仰ぎ天文学や地理を教えてもらった。4年後には蝦夷地(北海道)の測量を任されその正確な地図は幕府の目に留まることになっていく。その測定に要した日数は180日でお金は1800万もしくはそれ以上かかったが8割は自腹で恐らく隠居料から出したと思われる。師匠の高橋至時は39歳の若さで亡くなってしまったが伊能は60歳で幕臣に任ぜられ以来14年間4万キロを自らの足で測定して歩き、74歳で死亡したが3年後の今から200年前弟子たちによって日本最初の正確な日本地図が完成し現在地理学の基本になっている。
地図を作ったことは知っていたが佐原時代に一揆の恐怖にさらされた時、困っている人たちに金品を配ったことに感銘した。しかも一律に配るのではなく、その困っていることに応じてお金や物品を支給した才覚は素晴らしくこういう人が現在に生きていて総理大臣になってくれたらよかったなと思った。






Last updated  2021.01.20 10:46:20
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2020.12.30
カテゴリ:テレビ番組
今朝テレビで北野武のファミリーヒストリーを観た。たけし自身は自分の両親と兄弟のことくらいしか知らなくてその先の事、祖父母とかその先の先祖などについては全く知らないと言っていたがNHKが詳しく調べてくれて特に母さきが娘時代奉公先でトイレ掃除をさせられていた下りを見せられ涙ぐんでいた。母さきは息子の武に自分は師範学校を出たと言っていたが全く違っていたので驚いていた。しかしトイレ掃除しながら先輩に自分の分のお饅頭を渡して裁縫を教えてもらい、読み書きもひそかに勉強して子供に教えられる力を持っていたので師範学校だか女学校を卒業したということは疑わなったとのことである。母親の口癖は「お金はどんなに貯めても誰かに盗られてしまえば一文無しの貧乏だが、教育はだれも奪い取ることが出来ない。だから本当の財産は学問だ。勉強しなさい、勉強しなさい」だったとのことである。子供は5人兄弟で姉は女学校に行かせ、兄2人と末っ子の武全て大学まで行かせた猛烈な教育ママだった。(もう一人の兄については注力散漫でしっかり記憶していなくて済みません)大学は工学部機械科が良いとのことで兄たちは全員工学部で武も明治大学工学部に合格して3年生まで在学した。母親が工学部機械科に拘ったのは我が家はペンキ屋で景気の波に左右されたり仕事があったりなかったりで収入は定まらないが、機械科なら船舶でも会社でも工場でも必ずどこかで雇ってもらえる。食いっぱぐれがないというのがその理由であった。農家の小作人の娘として生まれたさきは負けじ魂で5人の子供を立派に育て高等教育を授けた。たけしはその母の子供でよかったと心から尊敬し、感謝していた。しかしその母を途中で裏切ることになる。たけしは工学部3年生になった時工学部は自分に向いていない、だからといって何をやりたい訳ではなかったが大学を退学する決意をする。母親は烈火のごとく怒った。せっかく念願の工学部に入れたのにそれを止めてしまうとは到底許せなかった。もう家には絶対帰ってくるなと勘当を言い渡した。一文無しになったたけしは浅草のストリップ劇場のエレベーター係としてその日の生計を立てていた。そしてしばらくしてツービートという正統派漫才を結成したが全然注目されずその日の食べ物にも困るような生活をしていた。しかしそのなけなしのお金で古本を買って本は一杯読んでいたとのことである。やがて「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の不真面目漫才が大うけして信じられないような売れっ子になり今では押しも押されぬ大タレントになり、機械技師になって貰う給料の何十倍もの収入を得るまでになったが母親はふざけた漫談で金儲けする息子を最後まで許していなかったようである。それでもタケチャンマン人形や好きなタレント1位の新聞記事の切り抜きを大事に取っていたのをみると自分の期待に反した息子だがその息子の場違いの成功を心の底では認めていたのではなかろうか。
この母ありてこの子ありで母親の存在感は大きかったが父親の影は薄い。浄瑠璃の師匠うしと武の母さきはさきの奉公先のお嬢さんが浄瑠璃を習うことになり、さきの奉公先でお嬢さんの先生であるうしとさきは出会うことになった。うしは自分と愛人との間の子供をさきに紹介して結婚させるが間もなくその夫が死んでしまい未亡人になってしまったさきにうしは今度はうしの弟の子供を紹介して再婚させる。それがたけしのお父さんである。漆職人だったが後にペンキ屋になり生計を立てていたがお人好しで酒を飲んだら性格が変わり子供たちにはあまりよい父親ではなかったようだ。飲んだくれの父親をみてたけしの兄は母親さきに「なんであんな父親と結婚したのか」と聞いている(銀河テレビ たけし君ハーイより)。
でもそんな父親でも夏休みの間にたけしの学校の教室の壁をきれいにペンキ塗りしてくれたこともあり、それなりに父親としての自覚もあったのではないかと思われる。
冗談や馬鹿なことばかり言っているたけしだがその生い立ちや大学3年時の退学決意、勘当されて一文無しで苦労していた時代を知り親しみが増した。母親の力は偉大なことを改めて思い知り、誰にも人知れぬ歴史があるものなのだなと思った。






Last updated  2020.12.30 15:58:47
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2020.11.23
カテゴリ:テレビ番組
​​​​​本日山梨県敷島町から見た富士山
朝ドラエールがいよいよ終幕を迎え、フアンは一抹のさみしさと終わり方への願望などを色々述べている。大変な苦痛を経験してきた村野鉄男が作詞家としては成功したが失恋した後のフォローがなく可哀そうだ。最終段階で娘の華の恋愛や結婚に時間を割きすぎてバランスを欠く。村野鉄男や別れた彼女がどうなったのか描いてもらいたかったなどの感想もあり、脚本家の構想の中でフアンはやきもきさせられてきた。思い入れの登場人物にこうなって欲しい、ああなって欲しいなどの願いが様々に込められるものだと思った。
私は志村けんさんが演じた小山田耕三さんについて書きたいと思う。
モデルは管弦楽団などを結成して指揮したり大学や高校、中学の校歌などを数多く作曲し、作詞が北原白秋等で赤とんぼ、野ばら、からたちの花、この道、ペチカ、待ちぼうけなど数多くの名曲を作曲した山田
耕筰さんと言われている。
小山田はコロンブスレコードに古山祐一を入れてくれたが古山の得意の青レーベル(西洋音楽)ではなく赤レーベル(歌謡曲)に配属させ、随分辛い目に合わせた先輩として描かれており小山田は古山の才能に嫉妬し自分を脅かす存在になるのを恐れていたと描写されていた。
実際は古関裕二は山田
耕筰の作曲教科書でひたすら独学で勉強して曲作りを学び、山田耕筰を師と仰ぎ私淑していた。しかし後年山田耕筰のふしだらな女性問題や金銭問題を見聞きして尊敬できないと思うようになり神のように崇めていた人だけにその落差が大きかったと思われる。

脚本家は古関の回顧録などから山田
耕筰像を描いたのかも知れないが、実際はどういいう方だったのか分からない面もある。山田耕筰さんは日本の音楽界にあってはとびぬけた才能の持ち主であり、極めて大きな業績を残した人で、作曲家の父とも言われた人である。
しかしどんなに偉大な人でも私生活で尊敬できない面があったりするとこのような描かれ方をすることもあるのかなと思った。






Last updated  2020.11.25 08:17:47
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2020.11.21
カテゴリ:テレビ番組
作曲家古山祐一と声楽家古山音の夫婦を中心にしたドラマで古山は戦時中戦意を鼓舞する軍歌を沢山作曲しその歌で勇んで戦地に出陣した若人達の命を奪ったとして戦後随分苦しんだ。しかし友人達の励ましで立ち直り、その後「鐘のなる丘」や「長崎の鐘」「イヨマンテの夜」など名曲を次から次に作曲していくいきさつがドラマチックに演じられ心の苦しみから抜け出す様子が見事に描かれていた。脚本が素晴らしく笑いと涙があり、ビルマのインパール作戦で恩師藤堂先生が戦死する場面など社会性もあった作品だったと思う。出演者もその役柄に合わせて自然に演技しており、毎日が待ちどおしかった素晴らしいドラマだったと思う。11月30日からは新しいドラマが始まるとのことだがエールに負けないような作品になってくれることを願う。






Last updated  2020.11.21 12:52:56
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2020.10.12
カテゴリ:テレビ番組
アメジストセージ
昨日テレビでのど自慢を観た。会場は佐賀県で合格者は3人だった。25年間その歌を歌ってきた人もいたし50年間歌ってきた人もいたが合格はならなかった。才能、努力、熱意、練習、運、等の関係を考えてみた。合格と落選の違いは鐘を鳴らす人がたくさん鳴らすかキンコンで終わらせるかの違いだが、それなりの違いがあるのだと思う。歌を好きで何十年も歌っていれば上手になると思うが合格したのはそれほど長く練習したとは思えない若い人だった。いくら練習しても才能無ければだめなのかな?と思った。ここで歌に限らず何らかのコンテストで栄冠を勝ち取る決め手は何だろうかと思った。ひたむきな努力と練習がなければそれは無理だと思うが、どんなに努力、練習しても勝利できないこともある。めぐりあわせというか運がなかったら合格できない。なぜあの人が?と思うような人が勝利することもあり、運としか考えられないケースだ。いくら努力しても才能や運が無ければだめだと言われることもある。才能とは生まれつきが大部分だが努力する過程で身につけた能力もある。
若い時は誰も一生懸命勉強して努力すれなひとかどの人間になれると思ってがむしゃらに努力するが成功する人としない人がいる。努力の方法も大きな要素だが、持って生まれた才能や運も大きく関与しているのではないかと思う。努力は自分でそうしようと思えば出来るが、才能や運は自分ではどうすることもで
きない。才能や運が成功の大きな要素だと言われると努力する人はいなくなるかもしれない。運を呼び寄せるという言葉がある。運は目に見えないが、正しい方法で努力すればついてくるものかもしれない。のど自慢をみていてその合否はどうして決まるのか考えていたら才能の無い者はいくら努力してもダメなのかと悲観的な考えになりかけたが練習の方法を見直して正しい合理的な方法で努力すれば運がついてくるかもしれないという結論になった。そうだとするとがむしゃらに努力するだけでなく、適切な練習方法を教えてくれる良い先生を探すことが勝利の秘訣なのかなと思えた。






Last updated  2020.10.12 23:05:05
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2020.09.30
カテゴリ:テレビ番組
本日午前は胃カメラ検査のバイトが休みになったのでテレビで持統天皇に関する番組とアメリカ大統領選挙トランプ氏とバイデン氏の直接対決討論会を観た。持統天皇は歴代3人目の女性天皇で実務型の人で天皇の神格化とその儀式や皇位継承は長男とするなどの決まりを定めた天皇とされている。対外的には今まで倭国と言われていたが日ノ本 日本であると諸外国に認めさせ40年ぶりに遣唐使を復活させた天皇とも言われており、男性天皇では出来なかった大きな業績を残した人だったのだなと思った。

大統領選の討論会ではバイデン氏はトランプ氏に認知症と言われており、散々言い負かされると思いきや結構善戦していたと思われた。しかしバイデン氏の発言の途中でトランプ氏が反対意見を司会の許可なく何回もしゃべって混乱することが多かった。両者とも相手を否定したり攻撃する言辞が多く、もっと世界全体を眺めて将来のビジョンを語ればいいのにと思った。バイデン氏は常識派と見なされていたがトランプ氏の挑発でトランプ批判が多すぎてバイデン色が出ていないように思われた。11月の大統領選挙の結果でアメリカは勿論日本はじめ世界はガラリと変わるか現状維持もしくはもっと悪くなるかもしれない。民主党のバイデン候補の勝利を期待するが有力州でのトランプ氏の追い上げが激しく、さらに郵便投票を認めないトランプ氏は投票所投票だけで決定して勝利宣言してしまうかもしれない。分裂、対立をあおり、地球温暖化対策や核軍縮に反する言動をしているトランプ氏には退陣してもらいたいと願っているが、4年前の大統領選挙のこともあり予断は許さない。






Last updated  2020.09.30 13:14:38
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2020.08.16
カテゴリ:テレビ番組
今の時期、庭に咲いていた一輪の白いバラ

昨日の戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉を新聞で拝読して感銘を受けたので本日書く主題(俳句)の前に紹介させていただく。
「先の大戦でかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。終戦以来75年、人々のたゆみない努力で我が国の平和と繁栄が築き上げられました。今コロナの苦難に直面していますが共に手を携え、人々の幸せと平和を希求していくことを心から願います。再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを願い、戦陣に倒れた人々に対し、全国民と共に心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」 このお言葉を胸に我々一人一人が努力していかなくてはと思った。

毎週木曜日午後7時から「プレバト」という俳句を中心にした番組を楽しみにして観ている。夏井先生が芸能人の俳句を厳しく査定する番組で梅沢冨美男さんら個性の強い役者が遠慮会釈なく査定されて人気のある番組である。芸能人の俳句を夏井先生が添削すると流石に素晴らしい句になり感心する。俳句とはこうものかと思っていたが本日日曜日で午前6時35分からの教育テレビの「俳句」と言う番組をみた。朝早いことだし視聴者はあまりいないと思うが、俳句はプレバトと思っていた私にとって「こちらの方が本格的な俳句ではないのか」と衝撃を受けた。本日は西村和子先生が選者で9つの優秀句が選ばれた。蝉は夏の季語だが蜩(ひぐらし)だけは秋の季語で、9つの句の内に「蜩や 色深くなる 燧灘」が選ばれていた。燧灘(ひうちなだ)と言うのは瀬戸内海中南部の海域で昔火打石が採れた所だという。私はその場所は知らないがこの俳句によって秋口になり海の色と周囲の葉の色など広大な燧灘の情景が浮かんできてそこに蜩が鳴いているという情景が想像できた。芭蕉の句に 「閑さや 岩にしみいる 蝉の声」 があるがそれをほうふつさせる名句だと思った。その他いずれも中々の名句だなと思ったが、最優秀句に選ばれたのは「供花のなき 墓のひぐらし 惜しみなく」が選ばれた。お供え花のないひっそりとしたお墓にひぐらしが止まってカナカナとかん高い声で鳴いている情景が目に浮かぶ。これらの句はハガキ応募で誰でも投稿できる。名句が浮かんだと思われたら皆さんもご投稿なされたらいかがだろうか?私は俳句とはプレバトと思いプレバトで学んできた人間だがプレバト生徒として一回投稿してみようと思っている。






Last updated  2020.08.16 11:24:05
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2020.08.08
カテゴリ:テレビ番組

トマト畑に侵入した朝顔

昨日クローズアップ現代の再放送「CWニコルの遺言」を観た。ニコルさんは長野県の奥地黒姫山で自然と共生して暮らしているイギリス生まれで日本に帰化した人である。その人が本年479歳で直腸がんで亡くなる6日前にコロナウイルスに対して遺書ともいえるコラムを発表した。

生命体はあまねく すばらしい競争のなかにあります
カモシカと草 カモシカとライオン アリとアリクイ
食べる側 食べられる側の間にある競争は ウイルスも同じです
ウイルスから私たちが身を守るには まずは免疫を付けることです
その上で感染者を隔離する努力は当面は必要でしょう
しかし強制を伴う隔離は 長く続けることはできません
そうしたなかで私たちに今 求められているのは「バランス」なのです

ニコルさんが言いたかったのはカモシカにとってライオンは天敵ですがそれを無き者にはできません。ウイルスも人間にとって敵ですがそれを無き者にはできません。共存が自然界の掟です。免疫をつけて共存していくことを説いています。いまPCR検査で陽性者が何人出たと不安にかられ大騒ぎしていますがそれだけ免疫をつけた人が増えているとも考えられます。ニコルさんも言っているように当面の予防措置は必要だと思います。マスクや手洗い、移動制限、深夜接客業の休止など予防措置は必要ですがそれでも感染者数が増えていることを悪いこととばかり考えないでそれだけ免疫を持った人が増えたとも考えるべきだと思います。感染者が増えると高齢者など重症化しやすい者への感染が心配だとの見方がありますが発症後6日以後には他人には感染させないというデーターがあります。しかし発病しなくて症状がない段階の人が他人に移すことがあります。これを防ぐにはマスクや手洗い他人への接近遠慮だと思います。自分は感染していないと思わないで万一他人に移してはいけないと常に気をくばることが最も重要なことのように思います。そのうえで感染者数の増加には上記免疫の観点から一喜一憂しないのが賢明と思います。

 







Last updated  2020.08.08 12:52:10
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