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テーマ:街歩き(650)
カテゴリ:街歩き
それなりに長いこと生きてきたが、選挙というものに楽しい思い出はない。すべての選挙で投票してきたが、私が投票した人物が当選したという経験はほとんどない。いまさらのことだが、ほとんどの場面でマイノリティの側として生きてきた、ということである。
原発ゼロを望むのは国民のマジョリティの意見である。憲法改正反対もマジョリティの意見である。少なくともマスコミの調査ではそのような結果が出ている。つまり、その2点に関して言えば、私はマジョリティの側に属している。 何よりも不思議なのは、争点を隠されたら国民から見えなくなるらしいということで、ほんとうに理解するのが難しい。たかだか2週間ちょっとの間、政治家が口にしなかったら、原発やTPPの問題はないものだと考えるらしいということが理解できない。 一番気になるのは、「政治は大所・高所から判断するべきだ。原発だけが日本の問題ではない。憲法以外にも緊急の政治課題があるのだ。全体を勘案して投票すべきである」としたり顔で語る「高所・大所シンドローム」患者が意外に多いことである。そんな言説で政治的争点がグズグズにされてしまう。 くどくど言ってもしょうがないが、今度の参議院選挙の投票は誰に投票するかは悩みようがない。朝食をたべながら家族で選挙の話題が出たが、考えていることは同じで1分もかからず話題が尽きた。我が家の家族は全員、マイノリティになる確率が高い、ということらしい。
デモ前のスピーチも選挙の話題が多い。私たちは去年の総選挙の結果にがっかりしている。最悪のその結果は、厳密に言えば、マジョリティの考えを反映する政党がなかったということだ。
それでも、みんな元気にデモに出発する。たまたま、先頭で横断幕を持って歩いたが、振り返ると、後ろに続く90人のデモは大きな集団に見えて、なにか心強い。
一番町を歩いている(昔はそれを「番ブラ」と言っていたが、今の若い人は何というのだろう)人の中に拍手をする人がいる。シュプレッヒコールに合せる人がいる。写真を撮る人はさらにたくさんいる。
デモが流れ解散になり、そのまま仙台駅に行って切符を買う。来週早々、京都に行って、姉の手術に立ち会う予定だ。帰って来る日は未定である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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