爆弾の殻を活用した植木鉢(手前)、倉庫の柱(奧)(2007年12月1日、シェンクワン、ラオス)
不発弾の爆発で足を失った人のための義足を作る(2009年6月9日、ヴィエンチャン、ラオス)
ベトナム戦争の時に、ラオスが戦場になっていたことを知る人は少ない。しかも、大量の爆弾がラオスに投下されています。ラオスに投下された爆弾の量と、ベトナムに落とされた爆弾の量のどちらがどれだけ多いかご存知でしょうか?実は、ベトナム戦争中にラオスに投下された爆弾の量は、ベトナムに落とされた爆弾の量より多い。ベトナムには100万トンの爆弾が投下されました。これに対して、ラオスには200万トン超の爆弾が投下されました。200万トンという量を想像できるでしょうか?これは、毎日548トンの爆弾が10年間にわたって一日も休むことなくラオスに投下され続けたことになります。当時を知る人は、常に爆弾が降っているので外に出ることはできなかったと言っていました。歴史上これだけの爆弾を受けた国民はラオス人を除いて存在しません。また、ラオスにはクラスター爆弾が本格的に使われました。クラスター爆弾は1個の親爆弾が爆発すると中に収納されている数千個の子爆弾が広い範囲にばらまかれるというものです。しかも、子爆弾は不発弾になる率が高く、それが、今でもたくさんラオスに残っているのです。不発弾による死亡事故は後を絶たず、年に300人ほどの犠牲者が出ています。(続く)
【Bon appétit !】
Forty years after the end of the Vietnam War, cluster bombs and other explosives leftover from the war continue to claim, on average, one new victim a week in Laos. Laos was not fighting in the Vietnam War, but the U.S. conducted about 600,000 bombing missions over the country, with an aim to cut supply lines to North Vietnam. As a result, Laos is the most heavily cluster-bomb polluted country on earth.
(https://www.hi-us.org/laos_protecting_10_000_people_from_cluster_bombs)