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再出発日記

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旅の記録

2021年07月25日
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カテゴリ:旅の記録


昨日、岡山後楽園前の福岡醤油ギャラリーで行われているチーム・ラボの「Tea Time」を観てきた。



詳しい解説は写真参照。



ワクチン2回接種証明書持参で、1000円の入場料が半額になる。まるきり事前知識なく、なんか展示している、とだけで来た。
まさか展示が一点だけとは思わなかった。





写真ではわかりにくいが、光が明滅していて、ブームという音も起滅している。「引き込み現象」というらしい。氷を入れた普通の緑茶が、それにつられて明滅する。色が変わる。



ハッキリ言ってそれだけ。入場時間は決められていて、しかも20分だけ。



デートで来るには、あまり喋れないし、一人で来るのは(私は平気だったけど)耐えられない人もいるだろう。この時は、もうひとカップルの女性組だけだった。醤油蔵の地下を利用した展示ではあるが、東京では受けたかも知れないが、果たして岡山で受けるのだろうか?






最終更新日  2021年07月25日 10時49分33秒
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2020年11月10日
テーマ:京都。(5703)
カテゴリ:旅の記録
千本中立売ぶらぶらをする。そこの停車場でとにかく降りる。


いったい何処なのか。この通りなのか?



どう見ても此処は夜の街だ。おゝいかにもという店。



極楽湯という家の佇まい。



地図アプリ見てもピンとこないけど、とりあえずおばあちゃんに千本中立売商店街の場所を聞く。名前は違うけど、コレらしい。





うーむ、古い佇まいだけど、そんなに面白いところはない。



出雲阿国関連の土地はたくさんあるけど、此処にもあった。



それよりも同じところが、宮本武蔵吉岡一門との決闘場だったこと。おゝこの辺りか!



この喫茶店がなんとも昭和の佇まいで、ランチを800円というので、入ることにした。



おゝ中も素晴らしい。お客さんがいないのも良い。



ランチが予想に反して素晴らしかった。完全京都のお昼ご飯だった。炊き込みご飯にニュー麺、そしておばんざい小皿二つ。お水を入れたコップも素晴らしい。



この後、なんとなく此処が怪しいと細い路地に入ってゆく。当たった。昔の遊郭の匂いがする。そしたら聞いたような店構えがあった。「江畑」。



コレは「京都深掘りさんぽ」じゃない。その前に読んだ「遊郭に泊まる」に載っていた、元遊郭の焼肉屋さんだ。当たりだ。この辺りが映画「五番町夕霧楼」の舞台だ。


この店の構えには、まだまだ遊郭の名残りがある。


まだ店を開けていない。けれども、暖簾越しに中を少し写させてもらった。あの本には、この奥に座敷牢のや名残りがあるらしい。この店は四番町ではあるが、では周りはどうなっているんだろ。



「さんぽ」にも載っていた千本日活もちゃんとあった。今でも現役だ。それだけで凄い。



しかも安い。



そして五番町を物色すると、明らかに遊郭名残りの「意匠」があった。





遊女或いは弁天様の鏝絵に鍾馗?の鏝絵。どういう願いがかけられて、どういう想いで見られてきたのか?


こういうディープな千ブラが出来た一方で、ホテルに帰って「深掘りさんぽ」を見れば、「嗚呼!あそこも面白そうだったのに!」という店が山ほどあった(例えば、千ぶら内の古本屋さん、様々な謎の店、京都伝統産業ミュージアム)。これだけで午後が潰れた筈だ。でも、もう行けない。旅とは、たいていはこういうモノなのだ。


雨も降っているし、トイレも近くなったし、京都のローソンでは「トイレは使わせない」と言われたし、ホテルに帰ることにした。バスで四条烏丸に降りる。急いでマクドに寄ってトイレ休憩を済まして、ホテル前に来ると、「京都芸術センター」という博物館らしきモノが、なんと月曜日なのに開いていた。

中にはいると、若い芸術家たちがなんかワークショップをしていたり、相談会をしていたり、本を読んでいたりした。おゝこんな処があるんだ!



どうやら、元小学校らしい。



しかもかなり古い小学校だ。


外に出ると、謂れの碑があった。元明倫小学校だったのね。



更にその小学校前の碑があった。なんと、石田心学の発祥地だったようだ。

40-50人の若い芸術家がいた。流石京都だと思う。

夕食は、goto eatでwebで予約して行ってみた。果たしてポイントは付くのか?地図アプリで検索したら、どうやっても見当違いの場所になる。京都府京都市中京区柳馬場通六角六角下ル井筒屋町400の「刻シラズ」という創作料理屋でした。



ワインを飲みたいのだが、実際にはビールを飲む処らしい。わたしはワインを飲む!



デリ三種盛り合わせと白ワインを頼んでみる。
ワインはかなりフルーティ。
盛り合わせは思ったよりもボリュームあった。
サバ南蛮漬け?ラタトゥイユ、そして生ハム、ミニピザまでついていた。白ワインが案外合う。



少し足りないけど、お店飲みはこれで終わり。あとは部屋飲み!

1日の歩数19964歩。






最終更新日  2020年11月10日 14時40分26秒
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2020年11月09日
テーマ:京都。(5703)
カテゴリ:旅の記録
2020年11月2日(月)雨


朝から雨。ローソンで傘を買って、直ぐ近くの烏丸綾小路遺跡であろう所を写真に撮る。これは図書館で探してもらった京都古代巡りのための本「京を発掘!出土品から見た歴史」(京都市埋蔵文化財センター編)に載っていたもの。


この辺りの弥生遺跡(中期)から、唐古・鍵遺跡と同じような楼閣が描かれた土器が出土したらしい。「この辺りは弥生時代でもかなり田舎だろうに何故なんだろ」とは著者の疑問。つまり、この楼閣は現代で言うファッションビルではない、祭祀を行う場所としてシンボルとして知られていたのでは?と推測していました。

もう少し離れた綾小路遺跡も探したのですが、場所を特定できなかった。


これは菊水井戸跡。


与謝蕪村の終焉の地もあった。


説明書は以上の通り。




地下鉄で二条城へ行く。駅出口看板。お堀周りには、城周りを作業する町人の町があったようだ。今も少しだけ趣が残っている。



二条城に入城。東南隅櫓。火事でも焼け残って昔の姿を留めている。



東大手門。寛永年間に、天皇の二条城御幸二階から見下ろさないようにと、一度一階に建て替えられ、また二階建てに戻している。








国宝、二の丸御殿。ともかく豪華な造り。中は撮影禁止のために写真はないが、「京都深ぼりさんぽ」(以下「さんぽ」)に書かれていた豪華な豪華な餝(かざり)金具はしっかり見させてもらった。ひとつひとつの鍵隠しなどの餝金具はその作業だけではなくて、その数に圧倒される。全ての柱に上下三つくらいあるから、もしかしてその数は数千を数えるのではないか?(「さんぽ」には大型は数百枚と書いていた)気の遠くなるような作業だったのではないか?欄干彫刻もすごかった。もちろん、狩野派の障壁図の多さにも腹がいっぱいになる。大広間での慶喜の大政奉還の人形などもまぁ面白かった。よく考えたら一度来ている。おそらく小学校の修学旅行できた。鶯張りのキュッキュッと鳴る廊下のことしか覚えていなかったけど。あの頃はよく鳴ったけど、今日は雨のせいかほとんど鳴らなかった。







小堀遠州作の庭に回る。小堀遠州は、岩や遠景を景色に見立てる庭を作る。




アプリの説明場面を動かしたけど、上手くいかない。



二条城の紅葉は素晴らしい、と何処かに書いていた。まだ最盛期ではないのか、それほどでも、だった。





唐門の彫金、透かし彫りはホント職人技だ。長寿を意味する「松竹梅に鶴」聖域を守る「唐獅子や竜」を極彩色に彫って飾っている。あまりにも色鮮やかだと思ったら2013年に修復したばかりらしい。ともかく、名前の残らない職人たちの独壇場ではある。
(「さんぽ」には「瓦は瓦職人、檜の樹皮を使った屋根は檜皮葺職人、その下の唐破風に塗られた漆は漆職人、彫刻は木彫師、そして餝金具は金具職人が手がけとるんや!」と紹介していた)
京都には未だこれだけの職人が生きている。しかし次の修復の時には、これが可能な保証は何処にもない。



本丸御殿は修復中だった。天守閣跡に登って西橋を撮る。

後でそこを回ると、カクカクと入る(いわゆる防御のための)通路になっていた。



ここの紅葉(もみじ)は素晴らしい。






ひとしきりまわって清流園というお庭に出る。桜の木が美しい。これも、ここ数十年の植木だと思う。毎日職人たちが手入れしている成果なのだと思う。

それでも二条城だけで午前中を使ってしまった。この後、「さんぽ」を使って京都ぶらぶらをするつもりだったが、ウエストカバンの中身を見て愕然とする。今日1番の失敗である。「さんぽ」と思っていたが、同じ書店のカバーをかけた他の文庫本だった。何やっているんだか!そうは言っても、行くべき場所だけは知っている。千本中立売ぶらぶらである。バスを待って、そこの停車場でとにかく降りる。


いったい何処なのか。この通りなのか?どう見ても此処は夜の街だ。



おゝいかにもという店。



極楽湯という家の佇まい。



地図アプリ見てもピンとこないけど、とりあえずおばあちゃんに千本中立売商店街の場所を聞く。名前は違うけど、コレらしい。










最終更新日  2020年11月09日 07時51分21秒
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2020年10月20日
カテゴリ:旅の記録

1か月以上前にたまたま見つけたサイトで予約したのだけど、高級ホテルに泊まってフランス料理コースを食べた。


フランス料理付き宿泊が約1/3になっただけでなくて、二つのクーポンが4000円分ついて、実質18900円が1000円ほどの負担になった。多分生涯で1番のお得旅だと思う。


突き出しみたいな感じで、セロリの「ブイヨン展ド・レギューム」要は野菜の煮詰め液。普通に美味しい。


赤白ワインセットを頼む。先ずは白ワイン(ブルゴーニュ・シャルドネ・ハイ・ジャド・ド・バッカス2016 グラス2000円相当)


白ワインが美味い。ほんのり甘み。ブルゴーニュのシャルドネ、やはりこうでないと。パンはさつまいもパンとフランスパン。アミューズは、豚足のコロッケと南蛮漬け。


鯛のタルタルと赤大根のサラダ仕立てと海老のムースのキャビア添えという大仰な料理。腹に入った気がしない。これぞフランス料理の真髄か。白ワインの甘みが際立つ。


フォアグラの濃厚なあぶらみ。白ワインでの飲むと辛味が強調されるけど、赤ワイン(ジェイコブ・スクリーク・ダブルバレルシラーズ・オーストリア グラス1600円相当)で飲むとタンニンとうまく調和した。白と合わすときは甘いワインを選んでくださいとのこと。猪豚のラヴィオリ包も美味しかった。


鯛のカダイフ包み。香草マスタードのソース。と帆立貝添え。しっかり食べさせてくれた。このぐるぐる巻きがカダイフ?香草仕立てと言われなければ気がつかないほどの繊細さ。フランス料理は、味がハッキリしない。日本料理みたい。


シラーって、しっかりタンニンがあるんだ。


りんごのシャーベット(お口直し)!


なぎ牛の網焼き。発芽マスタードのソース。美味しい牛は、こんなにも脂を中に入れているんだ!しっかりワインが受け止める。もう少し複雑なワインでもよかった。


チーズ盛り合わせ。右から白カビ、青カビ、ゴーダチーズ。白カビは初めてかも。甘い。


砂糖入れはこんなスプーンを使うんだ!


デザートはモンブランアマファソン(モンブラン自家製)。栗のアイスクリームとカシスのソース。
カシスって、少し酸味があるんだ。


ミアルディード(お茶菓子)。

良い経験をさせてもらった。







最終更新日  2020年10月20日 09時24分07秒
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2019年12月13日
カテゴリ:旅の記録

博物館フェチの私が、なかなかタイミングが合わずに見ることできていなかった倉敷市の代表的な博物館、倉敷市歴史民俗資料館をやっと観た。三好市にある広島県立歴史民俗資料館とは、展示内容は質量とも雲泥の差がある。けれども、観るべきところはあった。

(1)ともかく建物が素晴らしい。大正14年竣工の元倉敷幼稚園を解体復元して作ったもの。正面のいかにもモダンな佇まい。圧倒的なのは、美しい八弁花模様の天井を持つ遊戯室(展示室)である。こんなに広いのに、八角形にすることで、内部に支柱を使わずに幼児が伸び伸びと遊ぶことができた。現存するものでは全国唯一、幼児教育史上貴重な建物らしい。


(2)歴史民俗資料館というよりは、教育資料館として改名したらいいほど、それに特化していて、倉敷市の歴史展示や民俗資料はほとんどない。資料の8割くらいは、明治から昭和にかけての教科書を、倉敷市の各地域から集めて展示している。戦前のそれは、数があるからなのか、実物を手に取ってみることができる。





教科書展示の充実度は、今まで観たどの博物館よりも充実していた。






最終更新日  2019年12月13日 16時07分57秒
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2019年10月01日
カテゴリ:旅の記録
この後、三次もののけミュージアムに行く。予想以上にいい博物館だった。おすすめです。


三次は写真のように、中洲の中で発展した町であり、矢谷墳丘墓が山陰と吉備の結節点であったように、江の川に挟まれて、水交通、陸交通共に、交通の要所として発展した。


前は三次市歴史民俗資料館という名の辻村寿三郎人形館が大きな観光施設だったのだが、現在は完全にもののけミュージアムにとって変わっている。実際祝日ということもあって凄い人出だった。日本初の妖怪をテーマにした博物館。湯本豪一氏の妖怪コレクション5000点を一括寄贈を受けて作ったらしい。日本最大のコレクションで、ホントに見応えあった。
ほとんど写真に撮ってもいいというのが、ブロガーにはたまらない。
以下、写真を並べるだけで、下手な私の解説よりも雄弁だと思う。少しだけ、言葉を挟みます。







































































この部屋は「お絵描き妖怪ピープル」。なんと、妖怪の下絵に色を塗って登録すると、壁に自分の絵がふわふわ歩き出す。大人の私が見ても興奮する。子供が描いて動くのを見たら、一生忘れないと思う。これだけのためでも、子供を連れてくるべきだ。












































寄生獣がいた!






























以上、特別展「かわいい妖怪展」。





館を出た。三次を代表するという、比熊山。見事な円錐形のお盆を被せた形。明らかに神奈備山の形をしていて、弥生時代遺跡があってもおかしくはない。残念ながら、頂上には、中世の領主・三吉氏が天正19年(1591)に本拠を移した山城跡があるのみという。古代遺跡は、その時に破壊されたかもしれない。もののけミュージアムを呼び寄せた「稲生物怪録」で稲生武太夫が肝試しで登ったのが、比熊山であり、それがこの物語の始まりだったことを考えると、大きな意味を持つ山なのである。








三次の街中では、まだまだ明治・大正・昭和の建物が色濃く遺っている。




湯本コレクションが寄贈されたのは、ひとえにこの妖怪物語が、有名だったからだ。そういう意味では、貴重な碑だろう。


人形師が輩出する下地になったか、街の至る所に木場があった。しかし、此処は廃業していた。三次人形は気品ある土人形として有名。北の外れに窯を築いて焼かれた。江戸時代に評判をとったらしい。
高速を通って倉敷に帰った。約2時間で帰れた。また、来たい町である。






最終更新日  2019年10月01日 08時07分10秒
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2019年09月30日
カテゴリ:旅の記録


みよし風土記の丘のジオラマ。浄楽寺・七ツ塚古墳群を中心に整備されている。


方墳は計20


前方後円墳は計1


帆立貝型古墳は計3、そして円墳は計152確認されている。






外に出た。民俗資料も、少しある。これは江戸時代の農家の姿を留めている(17C中頃)らしい。旧真野家住宅。


古墳時代の竪穴式住居、平床式住居、高床式住居を復元。








七塚古墳群。山頂に延々と円墳が並ぶ様は、朝鮮半島伽耶の古墳群と瓜二つだ。あちらは、これより高く土を盛っているが、大袈裟という説もあるので、本当に瓜二つだったかもしれない。二つの国の遺跡の比較研究はどこまで進んでいるのだろう。私が研究者ならば、必ず一冊本をつくるテーマなのだが。






戸の丸山製鉄遺跡のたたら跡の復元があった。










資料館の中でも、復元実験の細かな解説があった。
江の川の砂鉄約20キロを使い、松の灰約60キロも使い、6時間かけて、鉄塊約4キロが出来たらしい。古墳時代から日本の製鉄が始まったとすれば、正にこれが日本の製鉄作業の正確に近い再現になる。詳細な図版と写真と復元現場で、これまでもなく、古代日本の製鉄作業がイメージできた。


この後、三次工業団地内にある矢谷古墳(古墳ではなくて、弥生時代の墓なので墳丘墓のはずなのだが、何故か石柱には古墳と書いている)を訪ねた。来て分かったが、一度来ている。あの時は、駅から貸し自転車で来たはずだ。ものすごく苦労したのを覚えている。15年以上前のはずだ。ブログに記録がないので。デジカメの第一世代で、すぐにバッテリーが切れた。一枚か2枚しか撮っていないはずだ。バシバシ写真を撮るぞ!


2013年に立てられた説明板。これが最新の研究成果か。特殊器台は10基発見。胎土は吉備のもの、と書かれている。墳丘は、尾根の高まりを利用して作られてはいる。全長18.5m、くびれ部より南側は6m、北側は12.5m、高さ1.2m、周囲は幅2mの周溝が巡っているらしい。ガラス玉が発見されたのは、2012年と最近だった。








三次平野を一望出来る、一等地に作られている。どのような「王」だったのか。






最終更新日  2019年09月30日 08時53分45秒
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2019年09月29日
カテゴリ:旅の記録
9月16日晴れ
ここからは、山大新聞会カテゴリーから離れて、旅(日本)になります。最初の数時間だけ山口(湯田温泉)に居て、あとはずっと三次のレポートになります。




朝の散歩。山頭火の碑があった。詳しくは写真を見てほしい。説明書で最後切れているのは、「この碑に彫られた句は山頭火の日記からとった自筆である」と書いていました。




さらに行くと交差点に普通のお地蔵さんがあるのですが、「辻の地蔵」ということで、とてもあらたかなお地蔵さんらしい。昔は結婚する度に、しっかり家庭が築かれるようにと祈りを込めて、結婚した家庭に運ばれていたらしい。


そう思って見ると、表情に深みがある。


戻って、山頭火碑の隣には、郷里の詩人中原中也詩碑があった。「童謡」がきざまれいる。この文字は自筆の原稿から採っている。


さて、そこから中国自動車道に乗る。行きとはまた違う道である。途中は工事中でめちゃくちゃ細く感じる一車線道路が延々続いたり怖かった。2時間ほど走って、広島の東北三次に着く。そこから、みよし風土記の丘に行く。近くのうどんやで遅い昼食を食べてリベンジに向かう。


この博物館は、、昔一度だけ行って十分に写真が撮れなかった(バッテリー切)ことがあり、博物館フェチとしてリベンジだ。広島県最大の考古学博物館で、「県立歴史民俗資料館」という名前になっている。考古学遺物の充実度を、その館の名称で測るのはNGである。国立、県立、市立も、資料館も博物館も、名前はその博物館の充実度を測る目安にはならない。どの博物館もそうだが、行ってみないとホントの価値はわからないのである。ここは行ってみたら、凄い「考古学博物館」だった。今日は常設展しかない。ラッキー。






入って直ぐの廊下展示は、新人学芸員(下江裕貴、松原萌)が博物館実習の一環で採取した土器などを見直したら、古墳の造成時期が1世紀近く遡る発見をすることができた、といういわば「研究発表」だった。




















内容は、かなり専門的ではあるが、それが結果的には新聞ネタにも成るわかりやすい結果になった。展示しやすい内容だ。この新人さん、いいスタートが切れた。






ここの展示は、説明書が大きくてわかりやすい文章で、とても好感が持てる。


ただ、年代観は炭素年代法を使っておらずに、なかなか大変そうだ。


黒川遺跡出土、袈裟襷文銅鐸(本物)が展示。広島県では、銅鐸は三ヶ所からしか見つかっていない。しかもこの銅鐸は、山中で偶然埋納銅鐸を見つけたものである。使い込まれた小さめの銅鐸で、本気で祭りを行い、本気で埋納した感じが出ていた。「埋納」とは何なのか?改めて思う。






この頃の広島県は、吉備、出雲、そして綾野綾羅木の影響下で3つに分かれていたらしい。右は三次矢原遺跡の脚付注口鉢形土器。三次は出雲の影響下だろうか。真ん中は福山御領遺跡の器台と壺、吉備の影響ありあり。左は安佐北区の寺田遺跡の壺型土器。
四隅突出型墳丘墓の1番古い型は、三次盆地から見つかっている。一部写真を載せる。


歳の神第3号墓。


歳の神第4号墓。




そこから出土する土器は「塩町式土器」と言われ、装飾性の高い土器だ。


そして、最後の最後に矢谷墳丘墓が現れる。大きさ、副葬品共に、この地域としては規格外である。四隅突出墓を二つ足したような形をしている。


何と「ローマのガラス玉」が出ている。


山陰系の土器。










そして、特殊器台が数多く並べられていた。明らかに「吉備から運んだもの」である。厚さが5ミリとは初めて知った。どうやって運んだのだろうか。昔から「大きな謎」である。しかも、向木見型らしい。西谷墳墓は立坂型だったので、それよりも20ー30年あとの墳墓ということになる。何故?




そのあと古墳時代の展示に移る。ここの博物館は、むしろこちらがメイン。ただし、私の関心は弥生時代までなので、なおざりに紹介します。


古墳時代の山間集落のジオラマ。よくできている。現在の三次工業団地(矢谷墳丘墓もある)のある遺跡を参考にしたらしい。






最終更新日  2019年09月29日 09時15分54秒
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2019年06月19日
テーマ:京都。(5703)
カテゴリ:旅の記録


電車を乗り継いで、京都国立博物館に来た。やっと平日に来ることができた。現在は新館が立っているので使われていないが、明治古都館である。明治28年建築。


この意匠。ものすごく安直な和洋折衷。


国立博物館は『国宝一遍上人絵伝と時宗の名宝』であった。お陰で、考古展示はなくなった。いつもこんな感じだ。
もちろん、一遍上人絵伝は全て見ることができる。途中でうとうとしていたのもあったが、思いもかけず、1時間40分もここにいた。六波羅蜜寺の空也上人像を40年ぶりに見たいと思っていたが、諦める。
感想は、美術品的に傑作では無い。人はあらゆる階層が出ていない。構図も単調。


テレビを見て気になっていた三十三間堂に行く。


中身はお見せ出来ないが、仏像の奉納という文化と、それに応える名人を含めた職人集団の存在、それを支える社会素晴らしいと思った。










少しお寺の周りを回る。


最後の晩餐は、柏井さんお勧めの店を探したのだが、結局時間的に間に合わない。駅前の「夜カフェ」に入る。


前菜。


メイン。


デザート。ワインも飲めて値段的にも満足できる晩餐だった。


というわけで京都旅、それなりに満足いく三日間だった。
22081歩






最終更新日  2019年06月19日 12時25分00秒
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2019年06月18日
テーマ:京都。(5703)
カテゴリ:旅の記録


なんとか、柏井さんのおススメのランチを食べようとして、思いついて伝説のタマゴサンドを作っている喫茶店に向かう。


すると、予約で既にいっぱいという。諦めて、マンガミュージアムに向かった。


旧小学校を改築したミュージアムだ。だから広い。二階にメイン展示の「マンガって何?」があった。




今まで見た中で、もっとも総合的に説明していた。外国に向けた展示にもなっていて、これだと総合的に日本のマンガを紹介できたと思う。


しかし、残念ながらガイドブックが一切無い。これではいけない。写真撮影もできないのに、この内容をどうやって外国に持ち帰るというのだ。絶対おかしい。1960年代の「夕焼け番長」最終巻があったので、見る。怪我をして、スポーツマンになるきっかけもなくし、去って行く。最後は夕焼けをバックにしていない。意外だった。


実際に作っているのを見せるコーナーなどがあった。


午後一時前になっていた。もう一度、タマゴサンドの喫茶店に行ってみる。なんと、今度は2時半まで満杯という張り紙があった。バカにしている。もう柏井さんの店には行かない。来る途中に見たおばんざい定食の店に寄る。日替わり定食。豚肉とキャベツの煮付けとおばんざい二品。750円。美味しかった。


なんと私が入って、五人ほど後で、ソールドアウトになってしまった。


おばんざいのうち、これは麩を使ったサラダだ。京都らしく、岡山ではまず出ない。


カウンターの前に、「京都めし」という情報マンガがあって、さぞかしここも出ているのかなと思って探してみるけど見つからなかった。




ところが、よく見ると鯖定食のコーナーの絵がここのお品書きにそっくり。後書きを見ると、店の名前をナイショにしていた。奥床しくも、「名店」なのである。流石、私。ちゃんとカンでこういう店を見つける。






最終更新日  2019年06月18日 15時51分26秒
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