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まいかのあーだこーだ

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2020.09.11
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カテゴリ:政治
頭山家と松任谷家について書き記した延江浩は、
その著書に『愛国とノーサイド』というタイトルをつけました。

「愛国」とは頭山家のことを指し、
「ノーサイド」とは松任谷家(というよりユーミン)のことを指します。

そのうえで、
両家の「愛国」はノーサイドだった=右でも左でもなかった、
というのです。

もしかすると、ユーミン本人も、
次回のオールナイトニッポンで似たようなことを言うかもしれない。
つまり、安倍晋三への共感とは、
政治的なものではなく、右や左とは関係なく、
ごく人間的で自然な感情にすぎないのだと。

しかし、ここには、
愛国心を普及させるのと同じレトリックが隠れています。

つまり、
愛国とは、右でも左でもない自然な感情なのだから、
政治思想の有無とは無関係に、
すべての国民が等しく有すべきものだ、とのレトリックです。



生まれ故郷の文化や風土への愛情は、自然なものです。
だれだって自国文化や国土への愛着はもっています。

しかし、いつのまにか、
それが「国旗や国歌への愛情」とイコールにされ、
さらには「皇室や国体への愛情」とイコールにされ、
ついには「国策を支持する意思」ともイコールにされてしまう。

やがて、
国策を支持できない反抗的な人々に対して、
「お前には愛国心が無いのか!」との脅しが掛けられ、
憲兵にしょっぴかれてしまう。

まさに、現在の香港と同じ状況です。

日本で知識人が力を失った今、
「"愛国"こそが危険なレトリックなのだ」
ということを一般国民に理解させるのは、もはや困難です。
戦後75年がたって、
いよいよ日本人は、この危険性を完全に忘れてしまいました。

ふたたび軍事的なイシューが起こったとき、
おそらく多くの日本人は、この「愛国感情」に引きずられます。



ただでさえ、オリンピックが近づくにつれ、
「国を愛さなければスポーツもできない」という状況へ追い込まれています。
多くの芸能人が、この愛国キャンペーンに駆り出されています。

なぜ国を愛さなければスポーツさえ出来なくなってしまうのか。
しかし、そのことを不自由とさえ感じなくなるのです。
国を愛することと、スポーツをすることが、いつのまにかイコールになる。

これこそが、
石原慎太郎が仕組んだオリンピックという儀式だからです。







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最終更新日  2020.09.11 12:00:06


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