テーマ:歩いて愉しむ東京(947)
カテゴリ:フォトグラファー
5月12日のJR東日本が西武鉄道と共同で開催した駅からハイキング「新緑の公園と漫画界巨匠の足跡を訪れる街歩き」に参加した報告です。
![]() 高田馬場駅から出発です。 ![]() 高田馬場駅前のロータリーにある平和の女神像です。東京藝術大学名誉教授・文化功労者・彫刻家の山本豊市氏の作品だそうです。 高田馬場再興の記念として作られました。 ![]() 山手線に沿って南に進み、大久保スポーツプラザ入口交差点にある新宿ガーデンタワー、地上37階、地下2階、149.65m(最高159.65m)の超高層複合ビルです。 建物はオフィス、高級賃貸マンション(ラ・トゥール新宿ガーデン)、多目的ホール(ベルサール高田馬場)で構成されているそうです。 ![]() そこから東に向かって歩き、諏訪神社(→→→こちら)に到着しました。 ![]() この諏訪神社一帯は平安時代を代表する歌人 在原業平にまつわる伝承があるそうです。 在原業平が妻とこのあたりに立ち寄った際、道に迷い二人は離ればなれになり一夜を過ごしましたが、夜明けを迎えると二人はすぐ側に寝ており、夜の暗い森では気づけなかったが実はお互い同じ杉の大木の下で一夜を過ごしており再会することができたというお話です。 そこからこのあたりの森は「恋の森」と呼ばれるようになったそうです。 ![]() 境内には、東京都指定史跡の明治天皇射的砲術天覧所阯というのがありました。 ![]() 明治15年(1883年)、諏訪の森近衛射的場が神社前に出来た時、明治天皇の行幸があったことを記念するものです。この石段を上がって、 ![]() 広場になったところに石柱が建てられていました。 ![]() 石碑には、「明治天皇射的砲術天覧所阯」と刻まれていました。 ![]() 聖蹟と書かれた立て札には、昭和18年12月と記されていることから、昭和18年に東京都より行幸史跡に指定されたのでしょう。 ![]() こちらの手水舎の水は、諏訪の霊泉と呼ばれていて、 ![]() この錆びの出た説明板によると、眼病、諸病に霊験有りとして、多くの人々がお水取りに来ていたそうです。 ![]() 社殿に参拝する前に、さらに気になるものがありました。 ![]() こちらの石碑です。 ![]() 新宿区登録有形民俗文化財、塞神三柱の塔です。 ![]() これが塞神三柱の塔です。 塞神は、村の境や峠に祀られる、境界を守護する神なんだそうですね。 ![]() こちらは、庚申塔です。 中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔ですが、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られていました。 ![]() いよいよ社殿にて参拝です。 ![]() 諏訪神社はもと戸塚村、大久保村、百人町の鎮守でした。社伝によると、平安初期の弘仁年間(810~24年)に小野篁(たかむら)が大国主と事代主をまつったのが起源とされています。 その後、源頼義、義家父子、源頼朝が勝利祈願に訪れ、大田道灌も信仰したそうです。 残念ながら、元亀年間(1570~73年)、北条早雲により焼かれ、江戸時代初期に尾張藩祖徳川義直によって、信濃の諏訪神社を合祀し、改称・再建したそうです。 とはいえ、老朽化していたことから、昭和55年(1980年)に現在の社殿が完成したそうです。 ![]() (駅からハイキング、高田馬場駅から沼袋駅を歩いたコース) 【つづく】 ![]() 人気ブログランキング 新緑の公園を歩いてトカイナカの町を目指す(その1) 高田馬場から諏訪神社へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[フォトグラファー] カテゴリの最新記事
|
|