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笹本敦史のブログ

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読書

2021.03.20
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カテゴリ:読書

醤油・味噌・酢はすごい 三大発酵調味料と日本人 (中公新書) [ 小泉武夫 ]

著者は農学博士で、専門は醸造学、発酵学、食文化論と奥付にある。
醸造、発酵に関する記述は興味深いが、本書の重点は食文化にあるようだ。

確かに醤油、味噌、酢が生まれなければ日本食は成り立たなかっただろうが、本書を読むとそれがある時に奇跡的に生まれたわけではなく、あちらこちらで散発的に作られ、淘汰、発展してきたものだとわかる。

ただ、情緒的な記述や素人にもわかる間違いが散見され、あまり厳密さを求めたものではない印象を受ける。食文化に関する部分は著者の偏愛を吐露したものと思った方が良いだろう。

味噌と酢について、保健的機能性という項目で身体への効果に触れている。
発酵食品だから身体に良い、という乱暴な話ではなく、各成分がどういう働きをするのかを書いている。エビデンスはあやしいが一般に言われているようなことでもある。
しかし人間の身体は複雑なのであまり単純化するわけにはいかないのではないか。例えば本書で味噌に含まれるリノール酸がコレステロールを下げると紹介しているが、現代の食生活ではリノール酸を取りすぎているという説もある。やはり重要なのはバランスなのだ。
またコレステロールに関してはHDLをHLDと間違えて表記しているところが気になった。
保健的機能性云々に関して、著者は専門外なのだろう。






最終更新日  2021.03.21 09:05:50
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2021.01.16
カテゴリ:読書
斎藤幸平「人新生の『資本論』」を読んだ。
環境危機を解決するためには脱成長経済が必要だという主張には一理あると思う。資本主義では駄目で、成長を前提とする史的唯物論に立脚するマルクス主義でも駄目だという指摘も、その主張から導かれるものとして理解はできる。
そこで斎藤氏は晩年のマルクスが史的唯物論を否定して脱成長を考えていたのだと言う。
文献にあたる能力のない僕は「そうなのか」と思うしかないのだが、結局マルクス主義ではないところのマルクスの考えに従うべきだというのが本書の主題になるのだろう。(つまり、いわゆるマルクス主義は完全否定される)
そうすると、そもそもマルクスにこだわる意味があるのかと疑問に思うのだが、めざす方向性として所有の問題に言及しているところにこだわりの意味があるのかもしれない。
しかし所有形態が変わっただけで物事はうまくいかない、ということは旧ソ連を見るまでもない。協同組合的なものも規模の拡大などによってやがて企業化するということも明らかなことだ。
環境問題の解決に、脱成長という方向があるということは理解できる。しかし脱成長などと言えるのは先進国である程度裕福な層に属する人だろう。それより貧しい層は経済成長を欲するはずであるし、そのために公正な市場を求めるはずだ。
環境問題の解決には脱成長が必要と考えることは、環境問題の解決は不可能だと言っているようなものではないか。






最終更新日  2021.01.16 08:22:54
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2020.11.08
カテゴリ:読書
本作を3年ほど前にNHKが単発でドラマ化している。主人公は葛飾北斎の娘、お栄(葛飾応為)。ドラマの印象が強く残っているため、頭の中で宮崎あおいに置き換わってしまう。
文庫で400ページを超える長編であり、当然ドラマでは大幅にカットされているのだが、うまくまとめていたと思う。(もっとも原作を先に読んでいたら、あれもこれも描かれていないと不満を持ったかも知れないが)
火事と聞いてお栄が走り出す。その疾走感のまま、物語が展開していくのが気持ち良い。
オランダ人医師に納入する注文絵の出来に不安を隠せない弟子たちを北斎は「三流の玄人でも、一流の素人に勝る」それは恥をしのんで作品を「世間の目に晒す」からだと叱る。職業絵師としての北斎の矜持を表している。
かつて妻ある身と知りながら恋に落ちた善治郎との別れの場面が切ない。


眩 新潮社 朝井まかて / 【中古】afb






最終更新日  2021.03.23 20:54:12
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2020.10.17
カテゴリ:読書
朝井まかての直木賞受賞作「恋歌」を読んだ。幕末から明治の時期、実在の作家、三宅花圃の視点で花圃や樋口一葉の師匠である中島歌子(登世)の人生を描いている。
裕福な宿屋の娘として不自由のない生活をしていた登世が尊王攘夷の急先鋒、天狗党の志士である水戸藩士に恋をしたことから苦難の人生を歩むことになる。
歴史の苦手な僕にとって、幕末も理解しにくい時代の一つだ。尊王攘夷と佐幕開国の血で血を洗うような争いが起きているが、現代の目から見ればどちらも無理な主張であるし、実際、結局は尊王開国という、はじめの構図からするとねじれた形に行き着くことになる。
大きく見れば攘夷を口実にした権力闘争に過ぎなかったのだが、そこに身内を殺されたことへの恨みから復讐が積み重なる。
この作品は、そんな憎しみの連鎖による悲劇とそこから抜け出すためにあるべき高邁な精神を描いている。


恋歌 講談社 朝井まかて / 【中古】afb






最終更新日  2021.03.23 20:53:32
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2020.07.19
カテゴリ:読書
ブレイディみかこの「ワイルドサイドをほっつき歩け」という本(電子版)を読んでいる。
前作「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」も売れたが本作も好評のようだ。
イギリス在住の著者は僕より3才下で、アイルランド系イギリス人の連合いさんは僕より少し年上ということで、ほぼ同世代。友人の多くは福祉国家だった時代に社会に出た、今や引退の近い労働者階級で、新自由主義のもとで育った子どもたちとは感覚が合わない。この世代はEU離脱を支持する割合が高い。著者のまわりでは、移民の増加に対する反発よりも無料で医療を受けられるNHS(国民保健センター)を守るために離脱を支持するおっさんたちが多いという。
閑話休題
第2章は英国の世代に関する解説だが、第1章は著者の周りのおっさんやおばはんたちの日常が描かれている。ルポルタージュのようなエッセイだが、連作短編小説のようでもある。
エッセイは出来事に関して嘘を書いてはいけない。小説は嘘を書いても良いが、本当のことだけを書いても良いわけで、本当のことを書いている限り、エッセイなのか小説なのかの区別は難しい。正解があるとするなら作者がどう考えたか、読者がどう受けとったかでしかないだろうと思った。






最終更新日  2020.08.03 20:55:26
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2018.01.20
カテゴリ:読書
フェルディナント・フォン・シーラッハの「コリー二事件」を読んだ。馴染みのない作家なのだが、デビュー作「犯罪」が本屋大賞の翻訳小説部門を受賞したとのこと。
大企業の元取締役が惨殺される。容疑者コリー二は自供していて、物証からも犯人であることは間違いない。その国選弁護人を引き受けた新米弁護士ライネンは、殺された元取締役が、亡くなった親友の祖父だと知る。
コリー二の犯行であることは明らかなのだが、その動機は不明。ライネンは犯人の過去を調べる。すると被害者との接点は戦時中にあることがわかる。

謎解きを楽しませるというよりドイツ刑法の問題を告発した作品。弁護士である作家ならではの問題意識なのだが、その告発による衝撃は大きい。
1968年に発布された秩序違反法に関する施行法によってナチス体制下の国家保安本部関係者の犯罪行為が1969年に時効となったのだが、その巧妙さゆえに社会問題とならなかったらしい。訳者あとがきによると、本作がきっかけとなって法務省が2012年にナチの過去再検討委員会を立ち上げたとのこと。
日本と裁判制度が違うためややわかりにくいところがある。タクシーに乗った主人公たちが、車を降りたという記述がないまま、いつのまにか庭園を歩いていたりするなど、描写が連続していないところがある。そんな翻訳ものならではのとっつきにくさはあるのだが、人間描写も巧みで、深い思考の上に書かれた作品だと感じた。






最終更新日  2018.01.20 07:55:07
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2018.01.06
カテゴリ:読書
カズオ・イシグロの「遠い山なみの光」を読んだ。
日本の戦後、特に女性の社会参加をめぐる価値観が転換する時代の男女を描いている。
読み終えてみると、良い作品だと感じるのだが、途中は会話がかみ合っていない場面が多いため読みにくい。翻訳の問題かと思ったのだが、後で解説を読むと意図的に書かれたものらしい。
確かに、話がかみ合っていないにもかかわらず、会話が進行するということは日常当たり前のようにある。映画や演劇ならそれでも物語は進むので問題は少ないのだが、小説ではそこで戸惑って進めなくなる読者が少なくないだろう。アマチュアの作品ならそこで放り出されてしまう可能性が高いと思う。
改めて小説におけるリアリティの難しさを感じた。






最終更新日  2018.01.06 06:38:43
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2018.01.01
カテゴリ:読書
対談なのであまり深い内容ではないし、賛同しかねるところもあるのだが、いろいろと考えさせられた。
ナショナリズムという言葉には民族主義、国民主義、国家主義の混同があるという指摘はその通りだと思う。
半藤氏によると日露戦争以前は民族主義の段階で、為政者は国民としての意識を植えつけるために軍人勅諭や教育勅語を作った。国民国家が成立したのは日露戦争後ということになる。
江戸時代に国と言えば大きくとってもせいぜい藩の範囲であろうし、薩長が政権を奪って全国を支配したからと言って、その意識がすぐに変わるものではないのは当然だろう。国家としての歴史はその程度なのだということに謙虚になるべきだと思う。
保坂氏が「玉砕だの特攻だのを、日本の武士道だと言っている人がいるけど、とんでもない間違い」と発言している。武士道は江戸時代の思想であり、島原の乱以降220年以上にわたって大規模な戦争がなかったのは武士道という倫理観に律せられていたからだ。剣術や柔術などにもある時期から「道」という字をつけて「剣道」「柔道」と呼び、人を殺傷する技術を、心を究めて自分を律する思想へと高めていった、と指摘している。武士道という言葉がいつからねじ曲げられたのか興味を持った。







最終更新日  2018.01.01 11:39:11
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2017.12.04
カテゴリ:読書
カズオ・イシグロの作品は哲学的で難解という印象があった(その印象の元になった作品がどれなのか覚えていないのだが)のだが、この作品は楽しめた。

第一次大戦から第二次大戦にかけて各国の要人を屋敷に招いて、外交に影響を与えていたダーリントン卿の下で執事を務めていたスティーブンスは執事の仕事に誇りと自信を持っていた。スティーブンスは屋敷の新しい所有者であるアメリカ人ファラディーから休暇をもらい、旅に出る。思い出すのは長年仕えたダーリントン卿、尊敬する執事であった父の晩年、優秀な女中頭だったミス・ケントンのこと。ミス・ケントンは結婚して屋敷を去ったのだが、手紙によると幸せな結婚生活ではないようだ。

回想場面が多く、時制が混乱しそうになる。ただミステリー的な要素はないのであまり時間の前後関係を気にする必要はないと途中で気づく。むしろ回想で構成されていることに意味がある。
記憶にはいくらかバイアスがかかるもので、その歪んだ記憶ゆえに現状認識も歪む。そのことに気づくのが遅かったと悲観することはない。夕方が1日でいちばんいい時間なのだから。






最終更新日  2017.12.04 19:54:16
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2017.09.15
カテゴリ:読書
久しぶりにミステリーを読みたくなったので、講談社文庫の新刊「名探偵傑作短編集 御手洗潔篇」を買った。
収録されている5篇のうち3篇は初収録の短編集で読んでいる。
初めに既読の「数字錠」を読んだ。トリック自体は憶えていて犯人もすぐにわかるのだが、憶えていないことも少なくなく記憶力の弱さを痛感する。
数字錠の組み合わせが何通りあるかを御手洗潔が説明する場面があるのだが、その説明が明らかに間違っていて、どうにも納得がいかない。ひょっとしたら数字錠というのが僕の思っている物とちがうのだろうか、と思ったりしながら読み続けたのだが、結局その説明自体がトリックの一部だということが終盤になってわかる。
よくよく思い出してみると、初読の時も同じところにひっかかった記憶がうっすらある。まあ、中途半端な記憶力のおかげであとの作品も楽しめるかも知れないと考えれば、悪いことばかりとは言えないのだが。






最終更新日  2017.09.15 20:56:34
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