324602 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

笹本敦史のブログ

PR

全115件 (115件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 12 >

読書

2018.01.20
XML
カテゴリ:読書
フェルディナント・フォン・シーラッハの「コリー二事件」を読んだ。馴染みのない作家なのだが、デビュー作「犯罪」が本屋大賞の翻訳小説部門を受賞したとのこと。
大企業の元取締役が惨殺される。容疑者コリー二は自供していて、物証からも犯人であることは間違いない。その国選弁護人を引き受けた新米弁護士ライネンは、殺された元取締役が、亡くなった親友の祖父だと知る。
コリー二の犯行であることは明らかなのだが、その動機は不明。ライネンは犯人の過去を調べる。すると被害者との接点は戦時中にあることがわかる。

謎解きを楽しませるというよりドイツ刑法の問題を告発した作品。弁護士である作家ならではの問題意識なのだが、その告発による衝撃は大きい。
1968年に発布された秩序違反法に関する施行法によってナチス体制下の国家保安本部関係者の犯罪行為が1969年に時効となったのだが、その巧妙さゆえに社会問題とならなかったらしい。訳者あとがきによると、本作がきっかけとなって法務省が2012年にナチの過去再検討委員会を立ち上げたとのこと。
日本と裁判制度が違うためややわかりにくいところがある。タクシーに乗った主人公たちが、車を降りたという記述がないまま、いつのまにか庭園を歩いていたりするなど、描写が連続していないところがある。そんな翻訳ものならではのとっつきにくさはあるのだが、人間描写も巧みで、深い思考の上に書かれた作品だと感じた。






最終更新日  2018.01.20 07:55:07
コメント(0) | コメントを書く


2018.01.06
カテゴリ:読書
カズオ・イシグロの「遠い山なみの光」を読んだ。
日本の戦後、特に女性の社会参加をめぐる価値観が転換する時代の男女を描いている。
読み終えてみると、良い作品だと感じるのだが、途中は会話がかみ合っていない場面が多いため読みにくい。翻訳の問題かと思ったのだが、後で解説を読むと意図的に書かれたものらしい。
確かに、話がかみ合っていないにもかかわらず、会話が進行するということは日常当たり前のようにある。映画や演劇ならそれでも物語は進むので問題は少ないのだが、小説ではそこで戸惑って進めなくなる読者が少なくないだろう。アマチュアの作品ならそこで放り出されてしまう可能性が高いと思う。
改めて小説におけるリアリティの難しさを感じた。






最終更新日  2018.01.06 06:38:43
コメント(2) | コメントを書く
2018.01.01
カテゴリ:読書
対談なのであまり深い内容ではないし、賛同しかねるところもあるのだが、いろいろと考えさせられた。
ナショナリズムという言葉には民族主義、国民主義、国家主義の混同があるという指摘はその通りだと思う。
半藤氏によると日露戦争以前は民族主義の段階で、為政者は国民としての意識を植えつけるために軍人勅諭や教育勅語を作った。国民国家が成立したのは日露戦争後ということになる。
江戸時代に国と言えば大きくとってもせいぜい藩の範囲であろうし、薩長が政権を奪って全国を支配したからと言って、その意識がすぐに変わるものではないのは当然だろう。国家としての歴史はその程度なのだということに謙虚になるべきだと思う。
保坂氏が「玉砕だの特攻だのを、日本の武士道だと言っている人がいるけど、とんでもない間違い」と発言している。武士道は江戸時代の思想であり、島原の乱以降220年以上にわたって大規模な戦争がなかったのは武士道という倫理観に律せられていたからだ。剣術や柔術などにもある時期から「道」という字をつけて「剣道」「柔道」と呼び、人を殺傷する技術を、心を究めて自分を律する思想へと高めていった、と指摘している。武士道という言葉がいつからねじ曲げられたのか興味を持った。







最終更新日  2018.01.01 11:39:11
コメント(0) | コメントを書く
2017.12.04
カテゴリ:読書
カズオ・イシグロの作品は哲学的で難解という印象があった(その印象の元になった作品がどれなのか覚えていないのだが)のだが、この作品は楽しめた。

第一次大戦から第二次大戦にかけて各国の要人を屋敷に招いて、外交に影響を与えていたダーリントン卿の下で執事を務めていたスティーブンスは執事の仕事に誇りと自信を持っていた。スティーブンスは屋敷の新しい所有者であるアメリカ人ファラディーから休暇をもらい、旅に出る。思い出すのは長年仕えたダーリントン卿、尊敬する執事であった父の晩年、優秀な女中頭だったミス・ケントンのこと。ミス・ケントンは結婚して屋敷を去ったのだが、手紙によると幸せな結婚生活ではないようだ。

回想場面が多く、時制が混乱しそうになる。ただミステリー的な要素はないのであまり時間の前後関係を気にする必要はないと途中で気づく。むしろ回想で構成されていることに意味がある。
記憶にはいくらかバイアスがかかるもので、その歪んだ記憶ゆえに現状認識も歪む。そのことに気づくのが遅かったと悲観することはない。夕方が1日でいちばんいい時間なのだから。






最終更新日  2017.12.04 19:54:16
コメント(0) | コメントを書く
2017.09.15
カテゴリ:読書
久しぶりにミステリーを読みたくなったので、講談社文庫の新刊「名探偵傑作短編集 御手洗潔篇」を買った。
収録されている5篇のうち3篇は初収録の短編集で読んでいる。
初めに既読の「数字錠」を読んだ。トリック自体は憶えていて犯人もすぐにわかるのだが、憶えていないことも少なくなく記憶力の弱さを痛感する。
数字錠の組み合わせが何通りあるかを御手洗潔が説明する場面があるのだが、その説明が明らかに間違っていて、どうにも納得がいかない。ひょっとしたら数字錠というのが僕の思っている物とちがうのだろうか、と思ったりしながら読み続けたのだが、結局その説明自体がトリックの一部だということが終盤になってわかる。
よくよく思い出してみると、初読の時も同じところにひっかかった記憶がうっすらある。まあ、中途半端な記憶力のおかげであとの作品も楽しめるかも知れないと考えれば、悪いことばかりとは言えないのだが。






最終更新日  2017.09.15 20:56:34
コメント(0) | コメントを書く
2017.06.28
カテゴリ:読書
短編集「A」の表題作

舞台は戦時中の中国山東省。「私」は捕虜の「支那人」の首を切ることを命じられている。「支那人」は狂っているように見える。「私」は皇軍としての誇りにかけて狂った男を切ることはできない、と抗弁するが、上官に一蹴される。つまり部下を任せるために、人を殺して「私」が「変化」することを要求しているのだと。

わずか11ページの短編なのだが、軍が戦争を遂行していくために、人をどのように支配し変えていくのかを強い説得力を持って描いている。

「私」は「支那人」への怒りを無理やりかきたて、無惨に殺す。褒める上官に「父のような温かさを感じ」、自分を囲む部下達の笑顔に「これほど人間を愛したことがなかった」と思う件に恐ろしさを感じる。その件自体が恐ろしいわけではない。間違いなく人間にはそんなことが起こり得るのだと思えるから恐ろしいのだ。







最終更新日  2017.06.28 22:11:51
コメント(0) | コメントを書く
2017.05.20
カテゴリ:読書
僕の周りではこの本を絶賛する人が多い。読んだ人はたいてい褒めていると言って良いぐらいなのだが、僕には理解できなかった。

「夜爪を切ると親の死に目に会えない」という諺がある。暗いところで刃物を使うのは危険だからやめなさい、というのが主旨で後の「親の死に目に会えない」は戒めのために言っているに過ぎない。言うまでもなく、夜の爪切りと親の死に目云々には因果関係はない。

つまりそういうことなのだ。
著者は天然の菌と地場の農産物を使ってパンを作り、週4日営業の店(年に1ヶ月の休暇もある)で相応の値段(一般的なものより高い)をつけて売っている。
付加価値の高い商品作りが小規模事業者が成功するために必要なことで、それを見事に実践している。
ちなみに最初に僕の周りでこの本を絶賛したのは会社経営者だったのだが、その人が絶賛するに相応しいまさにビジネス書としてよく書かれていると僕も思う。
暗いところで刃物を使うのは危険だというような、実践論として真っ当なことが書かれているのだ。

ところが、いろいろ書かれている理論らしきものは「親の死に目に会えない」の類になる。
例えば、一般的なパンに使うイーストについて、Tさんから聞いたこととして書かれている内容がひどい。
培養液の中に「いろいろ添加物が入って、それが身体によくないって(言う人がいる)。あるいは酵母の改良をするために薬品使ったり、放射線を当てたりして、突然変異を起こさせるっていう話を聞いたこともあります」
事実か否か確認もせず、伝聞の伝聞で、一般的なパンが危険なものだと印象づけている。
断言しても良いのだが、安全性だけを言えば野生の酵母を使うよりイーストの方が間違いがない。(風味やその他の要素は別にしての話だが)

この他にも事実に基づかない記述や論理の飛躍、こじつけが目立つのだが、次の記述は完全なオカルトだ。
「本来、天然の『菌』は、リトマス試験紙のように、『腐敗』させるか『発酵』させるか、素材の良し悪しを見分ける役割を果たしている」
「腐る」という言葉がタイトルにも使われていることからして、この発想が本書の底流にあると思われる。
腐敗も発酵も菌の生命活動の結果に過ぎない。結果が人間にとって害になるものが腐敗と呼ばれ、有用なものが発酵と呼ばれるだけだ。そもそも同じ素材が発酵することもあれば腐敗することもあるのだから「素材の良し悪し」とも無関係だ。
菌が人間の健康を慮って腐敗させたり発酵させたりしているなどと本気で思っているなら、それは人間の傲慢というものだろう。パン生地を発酵させた菌はその後オーブンで焼き殺されるのだから、その菌は信じられないぐらい「お人よし」だということになる。











最終更新日  2017.05.20 21:18:16
コメント(2) | コメントを書く
2017.04.30
カテゴリ:読書
福祉系大学に入学しながら資格も取れずに卒業した橘圭太は、警備員の仕事で稼いだ金をパチンコで使い切るような生活をしている。
そこへ面識のない母方の祖父を名乗る葉書で「引き継いでもらいたいものがある」と連絡がある。いくらかの金になることを期待して圭太は祖父を訪ねることにする。

ということでストーリーが展開するのだが、実は祖父はすでに亡くなっており、葉書を寄越したのは、祖父の晩年をともに過ごした男で、男は祖父の戦争の記憶を圭太のものとして、圭太に語るという、やや込み入った構造になっている。年代を矛盾なく設定するためであると同時に記憶の継承というテーマを強調する意味もあるのだろう。
そのためにプロットが強い、説明的な文章になってしまっているように感じるのだが、謎がしだいに解けていく展開は飽きさせない。

豊かで清潔な街と地続きの村。南国のリゾートと時間でつながる戦場。楽園とはそんな位置にあるのだということを考えた。






最終更新日  2017.04.30 11:43:22
コメント(0) | コメントを書く
2017.01.28
カテゴリ:読書
映画「オーバーフェンス」が良かったので、佐藤泰志の原作を読んだ。(「黄金の服」所収 小学館文庫」)
文庫で90ページほどなので映画にすれば中編になるだろうと思うが、読んでみると映画はずいぶん原作を変更していることがわかる。原作のファンが映画を観たらどう思うか心配になるほどだ。
映画化での大きな変更点は蒼井優演じるヒロインの人物設定で、同じ短編集に所収の「黄金の服」の登場人物のキャラクターを被せている。
その変更された脚本と蒼井優の演技で映画として厚みのあるものになっている。
原作は佐藤泰志にしてはおそらく珍しい、爽やかな読後感のある作品だが、むしろ映画の方が佐藤泰志らしく仕上がっているとも感じられる。
原作と映画は全く別物と思って味わうのが正解なのだろう。






最終更新日  2017.01.28 07:01:53
コメント(0) | コメントを書く
2016.07.24
カテゴリ:読書
「死神の精度」の続編。
前作は短編集だったがこちらは長編。基本的には独立した作品なのだが、本作では「死神」の定義が説明されていないので、前作を先に読んだ方がいい。
「サイコパス」による犯罪という重いテーマを扱っているのだが、それよりも死と生について考えさせられる。
死は誰にも訪れる。だから生きている今こそが大切なのだ、と思う。
また、傑作「アヒルと鴨のコインロッカー」にも感じられた、人が主人公なのは自分の人生の中だけなのだ、というテーマが貫いていると感じる。






最終更新日  2016.07.24 09:39:44
コメント(0) | コメントを書く

全115件 (115件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 12 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.