新自由主義の政治経済の源流-『サッチャー時代のイギリス』
『サッチャー時代のイギリス』に見る今回の新型コロナ感染の問題は、これまでの社会の在り方が問われています。経済学者の方が、いつ、だれだったかは、忘れたんですが、この問題で新聞に談話をよせてました。その中で『サッチャー時代のイギリス』(森嶋通夫著 岩波新書 1988年刊)を紹介していたんですね。私などの本棚を探したら、その本がでてきました。読んではいなかったんですが。古典的な自由主義というのは、例えばアダム・スミスのように、資本主義的経済を発展させるには、それ以前の封建社会が持っていた諸規制を取り払うことを主張したとすれば、この『サッチャー時代のイギリス』(森嶋著)などが紹介していますが、新自由主義というのはイギリスのサッチャー首相(1979年-1990年)頃から政治の特徴的な方針として始まった。限られた財政を、一方で金持ち減税、軍事費の拡大をすすめつつ、他方でその付けを売上税の増税や医療・教育などの公共的な予算をビシビシと抑えて削っていった。この本は1988年刊行ですから、サッチャー首相によるイギリスの政治の展開を、同時代的に総括したものなんです。これを見ると、イギリス国民がくぐってきた全体像が見えてきますし、何よりも、この間の日本社会の、政治の動向が見えてきます。この本がとらえているのは、あくまで、サッチャー首相時代のイギリス社会に限定されてますが、この新自由主義の方式を、1980年に就任したレーガン大統領がアメリカですすめだした。これにより世界的な風潮になったわけですが、アメリカの物まねの得意な日本の政治家は、それを手本に実行しだしたんですね。臨調「行革」、国鉄の分割民営化も、この流れだったんです。鉄道という公共輸送機関を「民営化して、赤字だからといって廃止する」なんてことは、明治の時代に大きな苦労をして鉄道を創設した政治家の人たちは、こんな現在の姿をあの世でいったいどう見ていることでしょう。今回の東京都知事選挙ですが、ここでも、都立・公社病院の「独立行政法人」化という民営化路線が、小池知事によって進められています。しかも今は、この新型コロナゥイルスの感染対策が、切迫して求められている時にですよ。それを「効率化」と称して民営化を進めるというんです。カジノ誘致だって「反対」せず「検討」とし、「稼ぐ」都政をつくるというんですね。当面の都知事選の争点を明確にしつつ、基本として新自由主義の経済社会がすすめてきた今の儲け第一の経済社会の在り方を根本的にかえていく力を、そのための知識を、都民・国民は持たなければならないということです。