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中津川より

2018年10月31日
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カテゴリ:中津川より


​​まぁ~、美味しそうなイノシシ! なんて思う
人はそうそういないかもしれないが、岐阜での
豚コレラのイノシシに続いて、九州では砂防
ダムに転落したイノシシの救出作戦。そんな
世を騒がせているイノシシは、来年の干支だ




先週末の金、土、日は地元中津川で毎年
この時期に行われる菓子まつり。青空も
爽やかな日曜日に、娘と二人で出かけた
旦那は、地元で来週行われるイベントの
準備に出かけて来れなかった




この時期は全国各地。あの町この町で
様々なイベントが行われて秋たけなわ
といったところであろうか。地元のみ
ならず、名古屋や遠くからも来場者が
あるようだ




出迎えるのは栗きんとんの顔をした猫の
にゃかつがわ君。かわいらしい外観から
子供たちに囲まれていた




菓子まつりと一緒に、同会場のホールでは
芸能祭もやっていて、地元の人たちの様々な
催しものもされていた




で、菓子祭りの会場。殆ど2割引で購入
出来るとあって、午前中はかなりの混雑
だったらしいが、昼頃にはひと段落した
ようである。いつもは長い行列の七福は
栗きんとん以外は完売したらしいが・・・




その時間は、満天星一休の行列がダントツ長く
すや、川上屋、新杵堂といった感じかなぁ~
なぜに一休? すやや川上屋を食べ飽きた客が
他のお店と思ってなのか。行列が出来てるから
それを見て並ぶのでは?というのは旦那の意見




信玄堂や、梅園とか同等レベルの和菓子屋も
多いし、松月堂は栗きんとんのおこげで最近
テレビでやってたし、栗きんとんの味などは
人の好みも大きい。色々と食べ比べて自分の
好みを探すのも面白い




で、冒頭のイノシシだ。横にいた親子連れ
子供が「このイノシシ食べれるんだよね~」
との問いに、母親は「食べれるけど・・・
美味しくないと思うよ」 リアルなお返事で
どれもこれも和菓子の材料で作られている




菓子どころ中津川の和菓子屋の出店の
他にも、中津川の美味しいものとか
良いものが大集合。ここでも松茸も
売られていた




こっちは燻製。奥にはお酒。栗焼酎という
ものもあるようだ




そんな感じで会場内をうろうろしていたら
お天気の良い外で、ビール&とんちゃんで
くつろぐ娘から写真が届いた




私は中島豆腐店で試食の豆腐。ここも有名で
購入者の行列が出来ていた




中津川では、秋と言えばとにかく栗なので
珈琲にも栗を入れているらしいし




白玉の入ったおぜんざいも栗。これは
数量限定で無料で配られたものだ。しかし
栗王国の中津川で、今年は異変




いつもは行列など殆ど出来ない、地元グルメ
「五平餅」エリアの幾つものお店に、どこも
大行列が出来ていた。秋風先生が「うんま!」と
絶賛した朝ドラの影響が大きいのだろう。ま
馬籠はいつでも食べれるので特には並ばない




興味津々だったのは、このお魚のひもの
詰め放題千円。私もつき刺したい衝動に
駆られたが、持ち帰っても食べないので
写真を後ろから撮らせて貰った




会場には中津川駅前から無料の送迎バスが
運行されていて、帰りに新杵堂のロール
ケーキを食べようと思ったが、冷凍品で
まだ硬かった、食べ頃になった頃に娘と
はんぶんこ




松月堂はしぶかわ栗かすてら、くずきり
栗苞のセットが、半額の千円ぽっきりで
売っていたのでお土産に購入




娘が一番お気に入りの七福の栗きんとんと
ヤマツ食品の瀬戸のタケノコは不ぞろいで
300円




6人家族で6粒。一人で一粒。昨年あたり
から、一粒230円位はするようになって
なかなか食べれなくなった栗きんとんだが
以前は170円位だったのになぁ~。2割
引きの菓子まつりでしか箱買い(6粒だが)
出来ない現状だ




日帰り温泉もまた同様で、泉質ももちろん
良いが、地元の付知峡倉屋温泉おんぽいの
湯は、手元に割引利用券があって400円
(通常600円)利用が出来るのは嬉しい




10月の中旬の週末の午後、雨が降り出し
旦那が外仕事が出来なくなったので、温泉に
行こうと言いだし出かけたが、その帰りは
雨も上がって、久々に虹だぁ~




夕焼雲と虹のコラボが、とっても綺麗だった




そして西の山際は、黄金色に輝いていた




更には山盛りの栗の粉




その中に埋もれていたのは餅で、栗粉餅と
いうが生餅を使用するので、通販も出来ず
地元でないとなかなか手が入らない逸品だ




しかも、どの和菓子屋でも作っている訳
でもないので注意。今年は御菓子所しんの
栗こぞうを中津川駅前のにぎわいプラザで
買ってみた




近くのスーパーで新杵堂の栗きんとんの
セットが見切りで、半額になってたので
購入




抹茶栗きんとんとか、チョコの入った
栗きんとんショコラとかで、ちょっと
くりくりしたところが少ないような




見た目はソフトクリームだが、にぎわい
プラザで食べたのは、栗きんとんソフト
しっかりと栗きんとんの風味がする




そして舅の88才の米寿のお祝いに、当地方は
赤飯に栗がごろごろ入った、姑が家で作った
栗おこわ。色んな栗の料理があるが、これが
一番おいしい




この時期限定のものと言えば、ハロウィンに
ちなんだもので、ミスタードーナツもお化け
ドーナツが色々と・・・




さてさて渋谷で大騒ぎも起きて、既に
終わった感もある、ハロウィンだけど
今日が本番であるらしい。スーパーも
一昨日あたりからハロウィーン菓子が
半額近くなどと、お値打ちになってた




渋谷はコスプレ、酔っ払いの若者や外国人
などで大にぎわいだけど、ウィキペディアに
よると

>毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が
>起源と考えられている祭のこと。もともとは
>秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な
>意味合いのある行事であったが、




現代では特に
>アメリカ合衆国で民間行事として定着し、
>祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんど
>なくなっている。カボチャの中身をくり
>ぬいて「ジャック・オー・ランタン」を
>作って飾ったり、子どもたちが魔女や
>お化けに仮装して近くの家々を訪れて
>お菓子をもらったりする風習などがある




>日本では、キデイランド原宿店が1970年代に
>ハロウィン関連商品の店頭販売を開始し、
>1983年10月には同じくキデイランド原宿店が
>販売促進の一環として日本初とされるハロウィン・
>パレードを開催した

との事である




日が短くなって午後5時過ぎには、綺麗な夕焼けが
見られるようになった窓には結露。朝はエアコンで
暖房も入れたり秋も深まり、間もなく冬へと・・・




     主に平成30年10月28日に中津川市内で撮影

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最終更新日  2018年10月31日 13時43分13秒
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2018年10月19日
カテゴリ:中津川より


さてさて東京から戻った次の日でも
ある日曜日には​、地元中津川にある
恵那山という日本酒で有名なはざま
酒造に娘と出かけた




なんでも蔵開きをするそうで、新聞にも
広告が入っていたのだが、ネットで検索
すると、「蔵開き」とは新酒が出来る
時期の他に、その年の新酒を作り始める
時期にも行うようである。そのタイプ?




当日、一人500円の参加料を支払うと
試飲をする為のおちょこの他に、かわいい
おちょこ入れをおまけに貰った。今まで
このような催しを行っていなかった、この
蔵が「蔵開き」を始めたのはちょっとした
理由もあるようだ




事前にネットで参加申し込みをした人には
当日、会場で利用が出来るというコイン
(200円相当)も貰えた




このコインは会場で5枚1000円で
購入もできるので、貰った2枚の他に
5枚分を購入した。もし今回、使えず
残しても、今後のイベント等で利用も
出来るみたいだ




開場の朝10時には、旦那が車で送って
くれて、仕事があるから昼12時半か
夕刻4時過ぎにしか迎えに行けないと
いうので、食事をしたり、買い物でも
してたら夕刻になるだろうと、夕刻の
迎えも旦那に頼む




はざま酒造は、中山道中津川宿の西の端
駅から徒歩15分位で行くことができる
すぐ近くには栗きんとんの川上屋の本店
なども




ではではおちょこを手に試飲コーナーに
出かけてみますか。「無料で5種類の酒」が
飲める他にも、先程のコイン1枚で木枡に
注がれた「有料の大吟醸など3種類のお酒」も
飲む事が出来る




半分くらいとか、なみなみに・・・など
つぐ量を言って、何倍だろうが気が済む
まで飲める趣向だ。おっととと・・・




地元の飲食店と相談して、1コイン
(200円)で日本酒にあうおつまみ
なども幾つも販売をしていた




更に日本酒の蔵開きだけども、なぜか
居酒屋さんなどに、新鮮な生ビールを
提供する速達生も置いてあるし。なんで
蔵開きでビール?と思ったら、この蔵は
最近になって、この速達生で業績を伸ばす
愛知の食品卸しメーカー「マルト水谷」が
経営をしているからのようだ




団体さんなども来場時に既におり、午前
10時台には会場内はこんな感じだけど




中庭にもテーブルと座席が用意されていて
のんびり時間を気にせず、飲む事が出来る




な訳で1杯目。娘がいそいそとコインを
手におつまみを買ってきたが、キノコ
苦手なんだよね




で、私も後からおつまみを追加。有料の
日本酒は飲まないから、コインが二人で
7つあるから、おつまみも7つ買えると
思ったら




後半になって、娘が大きなプラスチックの
コップになみなみと注がれた生ビールを
買ってきた。これは少し飲んだ後。これで
200円は確かに安い。普段はいくら位で
提供されているんだろ。東海三県などで工場
直送で生ビールを提供する「マルト水谷」は
「日本マーケティング大賞奨励賞」も受賞




さてジョイセブンの酒蔵ツアーでも紹介を
しているはざま酒造の創業家は、もともと
京極家に仕えた武士の家系で、室町時代に
美濃の国に移り住んだそうだ




1601年より酒造りを始め、四百年以上に
わたり醸造業を営み、江戸期には尾張
徳川家の御用商人となって、美濃屈指の
豪商としてその名を馳せたそうだ。しかし
昨今の日本酒離れもあって、酒造りも
やめていた時期すらも




最近になって、酒蔵は前述の名古屋の食品
卸しの「マルト水谷」が、経営を引き継ぎ
山口県で「東洋美人」を造る澄川氏に師事
した、岩ヶ谷さんを杜氏に迎えて、設備も
一新。純米酒しか造らない酒蔵となった




そんな訳で新たに迎えられた杜氏さんが
酒蔵を案内してくれた。なるほどね~
だから蔵開きなども始めた訳だ。名古屋の
イケイケの会社がバックなんだもん。今年
初チャレンジのインターナショナル・ワイン・
チャレンジ「SAKE部門」の純米吟醸酒の部、
純米酒の部で、SILVERメダルを受賞したり




今年の岐阜県新酒鑑評会でも 純米吟醸酒の
部で「恵那山純米吟醸山田錦」が最高賞の
岐阜県知事賞を、純米酒の部で連合会長賞を
受賞したそうだ。食品卸し会社の酒蔵だし
名古屋あたりの居酒屋、飲食店に置かれる
事も増えていくような気も・・・




こういった酒造りの現場を見てから、飲む
酒はまた格別だ。見学後もまた飲む。例の
女城主のように混みあった会場でおつまみ
無く立ち飲みと比べて、椅子にテーブルで
おつまみも購入。暑くもなく寒くもなく




12時半過ぎまで飲んでいた。あっ、ずっと
飲み続けてたわけでもなく、ほどほどに
ほろ酔い気分で本屋で近くの立ち読みし
駅前で午後遅くのランチ。ぶらぶらして
いたら、もう午後4時だった




       平成30年10月14日に中津川市で撮影

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最終更新日  2018年10月20日 11時24分30秒
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2018年07月10日
カテゴリ:中津川より


もはや別のドラマとしか思えないような100円
ショップが舞台の「半分、青い」​でアラビア語の
ような岐阜弁って事で、「何、言っとりゃーす」
もはや理解不能。私の世代でも学校で方言は使わず
標準語を使うように指導されてきたし、テレビの
影響もあって、語尾にやらぁ~、しとるに~とか
付けるくらいで




コテコテの方言などは戦前生まれ位しか、もう
話す事もないんじゃないかと。それ以前に岐阜は
岐阜県人にとっては、岐阜市との意識もあるので
岐阜の東の方にあるのに、私なら岐阜弁と言い
切る勇気もない。クローバーのような形をした
岐阜県は、大きく飛騨国と美濃国に分けられる




更には、美濃も岐阜市や大垣市がある西端の
西濃、美濃加茂などのある中濃、うちのあたりは
東端の東濃(半分、青いはこの東濃にあるという
架空の東美濃市)、郡上などのある奥美濃という
感じで、抜本的に県などというくくりは最近の
話であって




言語を含めた文化や習慣は、それ以前の国や
道(東山道とか、三州街道)、藩により大きく
違ってくる。話題の五平餅でも岐阜県のもの
なんていったら、奥三河(愛知県)や南信州
(長野県)の人たちが怒り出すだろう




方言もまた同様で、子供の頃に近所に遊びに
来ていた、同じ東濃地方の多治見の女の子の
しゃべっている言葉が???だった。関市に
嫁いだ姉のところの義兄や姪は、名古屋弁に
近い言葉もしゃべるし、ひとくくりに岐阜弁に
されても。スズメや律の母親は頑張っている
ように思えるけど




スズメの紋切り型の乱暴な言葉が、岐阜弁と
いうのもよぉ~それは違うにぃ~。そんなんで
岐阜弁がアラビア語みたいと言われて、何か
朝からトホホな気分。それに拍車をかけたのが
うちの場合はBS放送で、立て続けにマッサン
(再)半分、青い。にっぽん縦断こころ旅を
見ているので




いつも午前8時からは、民放のワイドショーの
トップニュースを見てから、洗濯を干したり
家事を始めるのだが、フジは台風情報。まぁ
先が気になるだろうし、朝日系と日本テレビは
豪雨で、驚いたのがTBSのタイの洞窟事故って
もう子供たちは生存がわかっているし、救助も
始まっているのに・・・




100名をゆうに超える死者を出し、今でも
行方不明者が多数おり昨夜も水没した真備町で
連絡が取れなかった男性が、避難をしていた
自宅2階から消防に救助されたというような
まっただ中でタイの少年? なんかね~誰に
向けて報道をしているのか




あれだけ、朝から晩まで大騒ぎをしていた
ワールドカップサッカーも日本代表が敗退を
してから話題にもならない。朝ニュース内の
スポーツコーナーでワールドカップも終わった
ので、今度はウィンブルドンって言ったので
思わず「終わってないわ!」と、テレビに
向かって突っ込んでしまった




ワールドカップに出場できなかったイタリア
などはサッカー好きなので、やっぱり中継を
見てしまうそうで、ベルギーと日本の試合は
38%も視聴率があったそうだが、そろそろ
日本代表とか、メダリストの呪縛から離れて
純粋にスポーツを楽しんでもいいように思う
けど、メディアがこうでは↑




視聴率が一番なのか、国際的な試合も当日
(もしくは近日)に、自局で中継が決まって
いる場合はガンガン事前に特集を組んだり
しているのに他局の場合は、スルーしちゃう
とかね。スポーツには人より興味があるが
今更、日大のアメフト部のニュースを延々と
やられるのも




奥様たちも日大アメフト部のその後には
それほど興味がないだろうに。あまりに
偏向した報道の在り方には閉口している
そしてNHKも含め、民放各局のキー局は
東京である。東京で雪の予報でも出たら
全国放送で前の日から大騒ぎをして




当日、うっすらと白くなった程度でも雪だ
なんだと交通機関の乱れが心配だと各駅で
中継し、東京の坂の歩き方が心配だと様々な
坂で手すりを持って、慎重に上り下りする
都民を映し・・・同時刻に東北や奥美濃で
何メートルの雪が降っていようがお構いなく




↑タイの少年がトップだったビビット番組内で
9日にカンニング竹山が、西日本を中心とした
豪雨被害の首都圏メディアの報道に疑問を投げ
かけたそうだ

J-CASTニュースより
カンニング竹山、首都圏マスコミは「他人事みたい」 豪雨被害で「報道特番ないんだ...」




>今回、東京のメディアが結構やらない(報じ
>ない)もんですから、多大な甚大な被害が
>起こっているのに、他人事みたいになっちゃっ
>ていることがおかしいと思うんです。のんきに
>他のニュースをやっている場合じゃない




関東の鬼怒川の堤防決壊は、あんなに生中継を
していたのにね。週末にあのタイミングで長い
時間にわたって音楽放送をしてしまったのも
視聴者によって不快な思いをしたようだ。私は
外出をしていたので見ていないし、家にいても
見なかったと思うけど




もしも自分がその立場になったら、兎に角
情報が欲しいと思う。今、何が起きている
のか。天候や、交通、ライフラインという
事を、個人的に集める事は難しいと思う
避難所でテレビを見たり、それを見た人の
伝聞でもいいので、その地方においては
災害の情報をより多く伝える必要があるの
ではないだろうか




中日ドラゴンズの地上波の中継だって、東海
地方だけではゴールデンタイムに放映されて
その時間に他地方でやっていた全国ネットの
番組は、昼間などに改めて放映される事も
あるので、どこもかしこも同じ放送をするの
ではなく、緊急時にはその地方に見合った
特番をするのが良いのではないだろうか




日本=東京というのは、岐阜弁=東濃弁位に
私としては違和感があったりする。岐阜も
広島や岡山、愛媛程ではないがかなりの雨が
降って、地域によっては犠牲者も出て今でも
難渋を強いられている




岐阜県の反対側なので一度も行った事がない
ひるがの高原(奥美濃)では、今回の豪雨で
1000ミリを越えたそうだ。岐阜県と報道を
されていたのでブログでも心配をして、声を
掛けて下さった方がいますが、中津川市では
大きな雨は降らなかった




それでも木曽川が市内の落合観測所で氾濫危険
水域に達したので、川沿いの地域などで深夜に
避難勧告が出され、スマホや屋外の広報で注意が
促されていた。国道19号や中央道、JR中央線の
信州方面が翌日はどこも利用が出来ず交通面で
影響が出たくらいであった




しかし平成26年7月9日、長野県南木曽町で
土石流があった時には自宅にいたが、山一つの
近さであったので、バケツの水をひっくり返した
ような雨だった。今回の豪雨は関市北部や下呂等
岐阜県の真ん中あたりで大きな被害があった




下呂温泉や高山などはJR高山線や、国道41号
などの交通の寸断によって、キャンセルなどの
観光面で大きなダメージを受けてしまっている
車であれば中津川から下呂方面へ北上も出来る
ようになったそうだ




今現在も瀬戸内の被害地では、救助を待って
いる人たちや、、ご家族の安否を案じ無事を
祈る方もおいでになる。いつもは地名が入る
ところを広範囲であったので、今回の災害は
平成30年7月豪雨と名付けられたそうだ




グルメや花見などの日記を既に下書きましたが
今回の災害の事を書くにあたり、昨年末の夕刻
出かけた市内の苗木城の写真がふさわしく感じ
お蔵入りになっていたのをひっぱり出してきた




苗木城については、ここでも何度も紹介をして
いますので詳しい事は略します。最近になり
日本城郭協会の続日本100名城や、全国に
通用する故郷の誇りとなる「岐阜の宝もの」に
認定をされました。日本縦断こころ旅も来週は
春の旅ラストで、岐阜県をまわるそうである




    写真は平成29年12月30日に岐阜県の苗木城で撮影

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最終更新日  2018年07月10日 17時16分20秒
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2018年04月16日
カテゴリ:中津川より


どうもお久しぶりでございます。今年の
春は旅行に行楽で大忙しで、ネットをする
暇もなかなか出来ずに、ここに紹介したい
ネタが増えるばかりです。しかも来月も
飛行機を使う旅行が控えていまして、その
行先を決めたり、情報を集めてましたし
​​



てな訳で、ブログで3月上旬のお話になります
岩村での恒例の蔵開きに出かけてから、2週間
その時には、ドライバーとなって飲めなかった
私ですが、今日こそは飲むぞ~と出かけたのは
娘の会社も加入をしているジョイセブンでの
恒例のバス旅レポートです




地元の中津川市内と岩村(恵那市)にある
六つの酒蔵を巡り、自慢のお酒を振舞って
貰うというバス旅で、旦那にも行くかとは
聞いたが区長をしているので何かあったら
行けないからと、発着場所への送迎をして
くれて、昨年に続いて娘と参戦




会員は4600円、家族会員は少し高くて
4900円で、昼ごはんやおやつ袋もあり
3千円以上はしそうな、日本酒のセットも
お土産に貰えてしまうお得旅だ




さて最初に向かったのは、バス発着所にも
ほど近い、中津川の市街地にあるはざま酒造
である。ここは中山道の中津川宿の西の方に
位置し、敵の侵入を防ぐ為、街道を鉤の手に
曲げた桝形の所に酒蔵がある。白い車の奥に
栗きんとんでも有名な川上屋の本店がある




ここの日本酒は「恵那山」という銘柄だ
さて日本酒の種類だが吟醸酒とは4割以上
精白(精米歩合60%以下に)した白米を
原料に用い、低温で長期間(約30日以上)
発酵させるなど、特に吟味して製造した
ものである




純米酒は、米・米こうじ・水のみを原料と
して製造し、醸造アルコールは使用をして
いない酒の事で、本醸造は、3割以上精白
(精米歩合70%以下に)した白米を原料に
用いたもの




吟醸酒の中でも、米を5割以上(精米歩合
50%以下に)削ったものは大吟醸酒で
醸造アルコールを使用しないものは、純米
吟醸酒、更に大吟醸に当てはまるものが
純米大吟醸酒である




純米吟醸に、純米、もちろん純米大吟醸
などなど飲み比べさせていただきました
やっぱここのお酒、美味しいなぁ。品質に
拘るのでお高めの酒しかないので、自分で
買った事はないけど・・・(汗)




昨年初参加のジョイセブンの酒蔵ツアーで
うまいうまいとここで飲み、酔ってしまい
残りの方の酒蔵は、1~2杯だけとか失敗
してしまったので、今回は自重。まっ前は
三番目で、それまでにあれこれ飲んでいた
ツケもあるけど




今回は順番が変わって、一番最初になり
自重しておちょこであれば3杯分位しか
飲まなかった。というか今回のツアーは
自重しすぎて、ほろ酔い気分すら味わえず
その日の体調もあるとは思うが、酒の量は
難しい




このツアーも毎年恒例のもので、今年は
区長で行けなかった旦那も、来年は参加
したいと言っていた。その場合には娘が
送迎ドライバーを務めてくれるみたいだ




最初の酒蔵はまだまだ挨拶程度といった
感じの参加者はバスの停車予定のバス停
まで、足取りもしっかりとテクテク・・・
この酒蔵は観光客などの対応もしっかり
しているので中津川にお立ち寄りの場合は
是非、恵那山お飲み下さい




まだ1ケ所しか行っていないというのに
トイレ休憩の道の駅。まっ、酒蔵とかも
トイレもあるので困る事もないけど、時間
合わせの部分もある。今回は4台のバスが
次々に酒蔵に駆け付けるので




前回は一番最後になったので、私は酔って
古酒だからと、娘に勧められた1杯だけを
飲んでギブアップした(この後に午後遅い
昼食)山奥の小さな酒蔵の山内酒造場は
今年は2番目




ふっ、今年は頭もしっかりしているし
ガンガン飲めますよ~とは言いつつも
ここで飲まなくても、旅行代金の元は
取れると自重、自重




しっかりと酒蔵らしいインスタ映え・・いえ
ブログ映えする写真などもいそいそ撮っても
みた。さて、お酒でもいただこうかなっ




ラベルも貼っていないような酒瓶に入った
お酒は特別な感じもして、余計に美味しく
感じられもする




にごり酒はさくら、さくら・・・にごり酒とは
もろみを粗ごししたもので、清酒と同じ位のアル
コール度ですが、清酒ほどこさないのでデンプンや
糖が含まれており甘味があるものです




それに似た見た目のどぶろくは、日本酒の原型で
米、米麹、水を発酵させてもろみをこさずに作った
もので、その起源は稲作と同じ位古く、古来から
収穫をした米を神に捧げる時に、どぶろくを供え
翌年の豊作を祈願した。酒類なので醸造にあたり
許可申請が必要である




ではでは3番目の酒蔵にまいりますか。ここ
なども、昨年は最後から2番目という事で
2杯位しか飲まなかった三千櫻酒造ですが
試飲のテーブルにあふれるバスの乗客らは
いかにも日本酒好きのお父さんの他にも
女性の姿も




若い人もいたし、おじいちゃんと成人した
孫娘といった参加者もいました。日本酒の
分類で、原酒や生酒といったものもあります
先程は原料でしたが、今度は醸造方法の違い
でして。搾った直後のお酒は、アルコール
度数が20度位あり、これに水を加え調整
することを加水調整と言いますが、原酒は
それをしないお酒です




お酒を搾っても、酵母が活動を止めていない
ので、味わいや品質が徐々に変化する可能性が
あるので低温での温度管理をしますが、それを
していないのが生酒。更にこの2点のどちらも
しないものを生原酒といいます




新酒シーズンのこの時期に売られ、要冷蔵で
早く飲む日本酒のヌーボーみたいなものなの
かな? 最近は海外でも日本酒がブームで
その季節にしか飲めない酒を、日本に飲みに
来たなんて、テレビでインタビュー受けてた
海外のお客様も。この直汲生原酒もシュワ~
と発泡系で美味しい




よく大型観光バスで入れるなっと、思う
ような細い道をぐんぐん登ってきたのは
山間の酒蔵、鯨波という酒を造っている
恵那醸造だ




幾重にも重なる山波を、見えぬ大海の波に
例えて、空に浮かぶ白い雲は大海を悠然と
泳ぐ鯨に見せたてての、岐阜の山奥なのに
鯨波というお酒




今はテレビなどで流される大手メーカーの
CMの銘柄の酒などが大手酒屋、スーパー
などのチェーンの店頭に、手頃な価格で
並び大衆によく飲まれているのかもしれ
ないが、お祝い事や日頃のお晩酌に、程
遠くないあちらこちらに酒蔵があって




その土地の水を使い、地元の人に愛されても
きた地酒だが、小規模で限られた土地の人に
飲み継がれてきた事もあって、この時代には
経営も立ちゆかない中を先祖伝来の酒造りを
続け頑張っている。ここでは熱燗を飲ませて
くれるのも嬉しい




そして、もてなしの手作りのお漬物がまた
美味しい。日本茶もいただけた




この酒蔵ほどではないが山間にお店があるので
自分では行く自信がなくてこういった催事で
出店時に購入をするサイサイアンドシナモンの
もっちりベーグル。この酒蔵の酒麹を使った
ものもある




4台出た酒蔵ツアーのバスが次々と時間差で
やってくるのだが、早くの次のバスも到着し
その横で、酒蔵の人たちが大きく手を振って
見送ってくれていた




昨年までは昼食時に、各酒蔵から1バス1本
合計6本の差し入れしてくれた酒を、自由に
飲めたのが、今年の会場は持ち込み手数料が
必要だというので、それならばとジャンケン
大会の勝者6名(1バス)にプレゼントとは
気合も入る




ははは~、私が勝者6人に入りましたよ
阪神タイガースの記事のスポーツ新聞紙に
包まれたお酒は、どこのかな。ワクワク




お~、最初に出かけた純米吟醸の恵那山でした
四合瓶でも1600円位するので、なかなか
手が出ないお酒ですわ。これは嬉しい土産と
なりました




バスは木曽川を渡り、赤い橋の向こうに
見えるのはお馴染み、苗木城。




そして昼食会場は今年は、木曽川河畔に
位置する恵那峡グランドホテル。近いので
泊まった事はないけど、ディナーショーや
同窓会、日帰り温泉などで何度も利用した
事のあるホテルだ




お昼はこんな感じで、天ぷらが多いし
これで温泉なども入れたらいいけど
まだ旅は半ば残りの酒蔵にも行かなきゃ
いけない




ホテルからはこんな感じで恵那峡が望め
遊園地の奥には恵那峡のシンボルの紅岩




午後一番に出かけたのは恵那峡からも程近い
中津川市蛭川の集落の中にある大橋酒造で
私の恵那の実家ではここの笠置鶴は定番酒だ




蛭川と言えば花崗岩の産出が有名で、ここの
テーブルも花崗岩だった。お酒も頂戴を
したが




漬物も美味しかった。帰り際にいただいた
甘酒が美味しくって、その時には時間もなく
購入し損ねてしまったのが残念だ




こちらは恵那市の阿木川をせき止めたダム湖
その奥は中津川市阿木だ。結構、阿木も蛭川も
恵那市街地に近いけど、中津川市だったりする




その先はこれまた、お馴染みの前回も紹介
したばかりの織田信長の叔母であるおつやの
方という女城主の治めた城下町、岩村で元は
恵那郡だったが、平成の合併で恵那市になった
4月から始まったNHKの朝ドラの半分、青いの
主人公の故郷のロケ地になったので、観光客も
増えるかも




何やらイベントもしてたので、既に街中で
女城主の酒樽が置かれていて、道行く人に
飲ませてくれて、酒蔵に行く前にほろ酔い




2月からの日祭日に開催されてきた恒例の
岩村醸造の蔵開きも最終日で沢山の人が
訪れていた。岩村ではフリータイムが長め
だったので、街歩きも楽しんで




酒蔵の甘酒ソフトクリームも購入し、娘と
半分こしました




5千円にも満たない参加料金であるのに
6つの酒蔵の日本酒のミニボトルの詰め
合わせも土産にもらった。これだけで
3千円はしそうだ




自腹で三千櫻の生原酒や、鯨波の梅干しを
土産に購入。酒粕を買う奥様達も多かった




あと、↑でも紹介をしたサイサイアンド
シナモンのベーグルやお菓子も購入して
昨年にも増して、中身の濃いバス旅行と
なった。なにより車中のジャンケン大会で
勝てた事も大きい。いよいよ次回からは
今年のお花見旅行を紹介します。果たして
今年はどこに?




      2018年3月4日に岐阜県中津川、恵那で撮影

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最終更新日  2018年04月16日 14時38分34秒
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2017年09月09日
カテゴリ:中津川より


さてさて真夏の盛り、8月13日に地元
中津川で行われた恒例の「おいでん祭」を
紹介をしたいと思う​。このブログで4年に
一度位は紹介をしているかな。実際に
その時期には家族で旅行に出かけたりで
地元の夏祭だがあまり行く事もない




その日は、朝から娘が電車で名古屋に
出かけているので、駅へお迎えがてら
娘と一緒に祭を見る趣向である。更に
その日の夜は旦那が飲み会があるので
少し早いが、旦那を駅まで送ってきた




祭りの終わりの頃に、今度は酔った
旦那も一緒に、車に乗せて帰えたら
一石二鳥どころか・・・一石三鳥?
お盆とはいえ、それぞれに用事も
あって大忙しといった感じで




それでもお盆に旦那10連休、息子8連休
娘5連休の夏休みで重なった8月14日から
3日間で舅&姑に留守番をして貰い、家族
4名で、ドライブ旅行にも行ってきたので
その旅日記も9月中に紹介をしたいと思う




そうそう、お気づきかもしれませんが写真
サイズの調節が自分でもわかりました。私は
この楽天ブログの画像管理が無制限、無料
(登録データ量の一日の制限あり)なので
最近は、ここばかりですけど




ここにアップする前の写真の元データを
程良いサイズに縮小をしてアップする事で
調節できました。今回の写真は一眼レフ
使用で、今までは30%だったのを前半は
10%、後半は15%に縮小をしてみました




スマホ撮影の場合には、写真の元データが
一眼レフより小さいので、これより大きめの
サイズに縮小すれば、調度良いのではないか
なんて思いもして・・・




お祭り期間中はお休みのお店もありました
このお祭りの他にも、子供たちのギオンバ
という祭や花火大会もあったりしますし




店先に熊っ! 岐阜県では飛騨地方ですが
学校の校庭を熊が走り回っていたなんて
ニュースもありました。今朝は道をリスが
横断しました




やっぱお祭りは買いもしないけど、こんな
出店が並んでいるのも楽しいですね。それ
見て回るのは子供や、若い子ばかりですが




まだまだ日も高いので、用もないのに
ぶらぶら歩き。早く暗くならないかな




中津川の駅前の大きな通りが祭りの
会場となるので、通行止めとなって
人出もまだまだこれからです




風流踊りで背負うカラフルな旗も
道の脇にたてかけられて




もともとの店舗ののぼり旗が馴染んで
何ら違和感なく。270円らしいです




小さなお子さんたちとお母さんの踊りも
するみたいです




こちらは市内の高校のチアダンスの
お嬢さんたち




太鼓もどんどこ、始まりました




今度は消防団のラッパ




出初式で行われる梯子乗り




あらよっと




女性の方が演じておりました




そんな訳で闇も深くなってきた頃に、娘も
合流しての風流踊りがスタート。一番前は
後ろの人に配慮して道路の縁石に座っての
観覧となるが、踊りの行列がやってくる
方向のお隣の若夫婦は縁石には座らずに
立ったままなので微妙に視界に入って
しまうよ




私の横の娘などは奥さんの尻しか見る
事も出来ないとため息交じり。抱っこを
したお子さんをあやす為に体をねじると
お子さんの足が、娘の頭をかすってるし
見えないので座ってくれませんか?と
頼んでも立ったまま




20分位して後ろに行ってしまったが
今度は、この場所を若夫婦にすすめた
お母さんらしき人が後ろから出てきて
あらら・・・変わらず。最前列で立って
いる人は他にはいなかったんだけど
運が悪かったとしか言えない




行列全体の写真は彼らがいなくなるまで
殆ど撮れずに、正面の間近の踊りの写真
ばかりになってしまってブレブレばかり
まっ、これはこれで面白いかもしれないが




風流踊りが終わると、今度は地元企業の
神輿が始まった。やっぱ中津川市街地に
ある一番大きな工場は三菱電機。うちの
近所や親戚で、ここにお勤め&OBの方も
複数おいでになる




他に、製紙工場とか化粧品の工場とかも
市街地にあったりする。神輿が通る時に
オリジナルうちわとか、子供に飴などを
配ってくれる




なかなか、かっこいい出来だ。奥には
8月20日に閉店をしたアピタ。この
祭りの駐車場などに困るので、春に閉店
予定だったのを祭りまで営業して貰った
という話だ




アピタで買い物をしていたら飲み会帰りの
旦那も合流できたので、みんなで近くの
臨時駐車場の学校に置いた車で帰宅をした




という訳で、それなりに鑑賞が出来そうな
風流踊りの写真を大きめのサイズでお届け
します。風流踊りは苗木城でもお馴染みの
苗木藩に残された古い絵図に描かれていた
雨乞いの踊りを平成の世に復元したものです




例の親子さんらが後ろに行ってしまい
右横で立っていないと、こんな感じで
踊りの行列の奥の方まで見れます




さて、ここからは前回の野口四兄弟の続き
です。NHKのドラマ「1942年のプレイ
ボール」で、当時の野球の合宿所にお隣の
恵那市明智町(大正村)の建物や町並みも
ロケで使用されてました




1942年のプレイボール公式HP

ドラマの主人公は野口四兄弟の次男に
あたる二郎で、若手俳優の太賀が演じて
ましたが、彼って宮藤官九郎脚本の
ドラマゆとりですがなにかの、あの
最強ゆとり第二世代のお兄ちゃん役を
してたんですか!




いや~別人みたい。あの最強ゆとりバカ男が
こうも誠実で素敵な青年になるとは、兄の
明を前髪クネ男を演じた俳優さんが演じて
いた位に驚きです。最近も朝ドラひよっこで
品行方正なおぼっちゃま役の竹内涼真が
過保護なカホコでは母親に捨てられ雑草の
ようにたくましく育った青年を演じていて




まるで別人だと驚いたばかりですが、太賀も
前よりずっとずっと100倍かっこいい青年を
演じてました。その二郎を紹介する前に下の
弟たち。三男の昇も中京商業で三塁手として
甲子園に2度出場し、阪神軍に入団




新人の年には74試合に出場し、翌年には
フル出場を果たしながらプロ入り3年目の
昭和18年の途中に召集され満州にわたり
昭和20年にフィリピンで戦死をした
東京ドーム脇にたつ鎮魂の碑に石丸進一や
沢村栄治らとともに名を刻まれている




現役時代の対大洋戦では二郎が投げて明が
捕手のバッテリーに打ち取られてしまった
四男の渉も兄らの背を見て育ち、中京商業に
進学して野球に打ち込みますが、戦争の為
甲子園は中止となり、昭和19年に近畿日本に
入団。戦争の混乱を受けて芳しい成績を残す
事も出来なかった




そして野球殿堂入りもした鉄腕投手の
二郎ですが中京商業時代には甲子園で
2度の優勝。うち1度はノーヒット・
ノーランを含む4試合連続完封試合
という選抜大会の記録を打ちたてた




法政大学を経て兄のいる東京セネタースに
入団した1年目に33勝。2年目も33勝で
防御率も0.93と、最優秀防御率を達成
そして1942(昭和17)年5月24日
前日はあわやノーヒット・ノーランになる
好投をしたばかりだが




今は中四日とかいう時代、連日の先発と
なった後楽園球場での、対名古屋軍戦で
延長28回344球を投げぬいた。相手の
初代ミスタードラゴンズの西沢道夫投手も
311球で完投という球史に残る試合だった




昭和17年は40勝264奪三振。更に
シーズン19完封は藤本英雄と共に今も
日本記録であるそうだ。翌年戦争に召集
される。昭和21年に半球に復帰をしたが
筋力などもなくなり、投手よりも打者と
して活躍する場が増えた




昭和21年には31試合連続安打という
当時の日本記録を達成(今でも3位)し
投打ともに一流だという、投手で捕手の
明と共に、元祖二刀流の名選手である
投手としては、実働12年間で273勝は
甲子園優勝投手の中では最多であるらしい




それでも名球会には入ってないそうで
理由は、大正生まれだからなんだとか
規定投球回数と規定打席数が共に達して
いた年が6年あり、そのうち2年間は
投打ともに、ベスト10に入っていた




引退後はパリーグの球団で、コーチや二軍
監督などを務めており、西本幸雄と親しく
監督時にはコーチなどをしていたそうで
「野球の経歴は彼の方がよっぽど輝かしいが
偉ぶることもなく献身的に支えてくれた」と
語ったそうだ




昨年、シーズン10勝&100安打という
記録を、野口二郎以来の67年ぶりに日本
ハムの大谷翔平が達成した(プロ野球史上
4人目)事で、二郎の名を知った人もいる
かもしれない




平成29年8月13日に中津川市で撮影


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最終更新日  2017年09月09日 22時51分40秒
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2017年06月08日
カテゴリ:中津川より


何やら世間ではスポーツが賑わしい。毎夜の
卓球の試合中継や、全仏、サッカー、陸上等
プロ野球では、普段は戦わないセ・リーグと
パ・リーグが戦う交流戦も始まって





私がずっとファンであるドラゴンズの荒木雅博選手も
48人目の2000本安打を達成。中日からは和田さん
谷繁さん、立浪さん、谷沢さん、高木さんに次ぐ6人目
荒木さんは他にも通算盗塁数で11位(現役で1位)と
いう記録も持っている




福本は抜けないにしても、すぐ上あたりの選手の記録を
抜いてベスト10入りはして欲しい。私が5月末の昇竜
デーに出かけた時には、セ・リーグで最下位だったけど
交流戦になってあれよあれよと順位が上がって今は4位
もう巨人愛旦那にもドベゴンズとは呼ばせないし




つ~か、順位に関係なく年がら年中、ドラゴンズの
事をドベゴンズと呼ぶ巨人愛旦那だが、巨人の事を
チャンピオンズと読んでいる。阪神ファンの息子に
生まれて、中日新聞を読んで育ったのに何で巨人が
好きになったんだろっ




やっぱ子供の頃が巨人、大鵬、玉子焼きの時代で
あった影響か、巨人の星でも見ていたのか。まっ
長嶋さんだか、王さんで川上監督V9時代という
黄金期だったらしいです。テレビの中継も巨人戦
ばっかだったのか、巨人阪神戦を伝統の一戦とか
言うのも私にはピンときませんが




球界の盟主だとか、栄光の四番だとか、紳士たれ
なんて特別視してきた人もいれば、それに反感を
持ってアンチ巨人なんて勢力もあったし。そんな
時代も今は昔・・・・長嶋さんは引退試合で、わが
巨人軍は永久に不滅ですと言ってたんだけどなぁ




川上監督が勇退し、長嶋さんが巨人の監督に就任
した1975年には、球団ワーストの11連敗という
記録を作ってしまい、その年は巨人軍唯一の最下位で
シーズンを終えたそうだ。長らくその記録は破られて
いなかったのに




旦那が今もチャンピオンズと呼ぶ高橋巨人が、遂に
連敗記録を更新(今日で13連敗中)。出だしこそ
ドベゴンズだった中日もさほど試合内容が悪いよう
にも思えず、サヨナラに持ち込んで競り負けたり
流れさえつかめたらなぁなんて思ったけど




2000本安打を達成した荒木も、今夏に40才となる
その後釜を狙っているのが亀澤選手27才だ。この二人
練習の時とかよく一緒にいたりするような。四国の独立
リーグから、ソフトバンクの育成選手となり3年を経て
ドラゴンズの支配下選手となった苦労人。大学の後輩に
又吉投手がいたそうだ




そして大学時代にショートのベストナインにも選ばれ
昨年のドラフト2位でドラゴンズに入団したばかりで
一軍の試合で活躍をしている京田選手。広島みたいに
若手が活躍しなきゃと思っていたんだけど、なんかね
イイ感じ。井端みたいに地味なサラリーマン顔なのも
中日らしい




大島選手は、セ・リーグの現在の打率がトップだし
ホームラントップはゲレーロ選手で、ピシエド選手は
月間MVP。なかなか良い選手がいてドベゴンズなまま
いる訳ないじゃないですか~。写真はいずれも今年の
3月のオープン戦で撮影




まっ助っ人外国人はともかく、自前で20代の選手が台頭
新陳代謝をしてこそ次の時代が出来てくる訳で。そんな
中で30億円ものお金で他球団から、それなりに名前は
通った選手をかき集めた巨人の結果が連敗の球団新記録
というのも皮肉な話だ




大型新人として期待をされて巨人に入団した太田選手も
長年、ぱっとする事無く半端な使われ方をしていたのを
巨人愛旦那は太田を一軍で育てろ、もっと使ってたら
ばけるのにとずっとぼやいていたのが、遂に北の大地に
放出され、かの地でホームランを打ったりでのびのびと
やっているみたいだ




せっかくの逸材も、他球団から結果を出した選手が
やってきて埋もれたまま。何が悪いのかが素人でも
それなりに想像できるだけに、今のふがいない姿が
悔しいみたいだけど、旦那は今週は関東地方の出張
先で夜遅くまで残業し、野球中継も見れないみたい
かえって良かったね




あ~~ら、巨人VS西武、2-13だし。今夜も記録
更新。こうなったら中日の15連敗記録位は破って
貰いたい。いやロッテの18連敗を。それにしても
よくも負けたもんだ。俺達を失望させるなと巨人
ファンの垂れ幕。そんなチャンピズオンズだが最下位
にはなってはいない




と言うのも途中で1勝、1引き分けあるので連敗こそ
巨人程ではないが、最近15試合とかで巨人よりも
勝てない黒星続きのヤクルトスワローズ。その貴重な
ヤクルトの1勝の日(昇竜デー)に、ナゴヤドームへ
出かけてしまった訳でして




低迷をしているヤクルトやロッテ戦に行っているのに
ドラゴンズの勝ち試合は見れなかった。こうなったら
巨人戦でも? でも後半戦は広島の若手を見たいので
ジョイセブンで、シーズン席のチケットも購入したし
なんか勝ち試合は期待が出来ないような・・・・




そうそう連敗の対極にあるのが、連勝って事で
スポーツではないが日本中の注目の連勝記録が
中学生の藤井四段のプロデビュー以来、23連勝
更新中というのも、まるで漫画のような展開だ




浅田真央選手の引退で意気消沈してた愛知県に
ニューヒーロー誕生で、地元のニュースも沸く
いったい、どこまで記録を伸ばせるものだろう
予選などと違い、本選を勝ち進めば強い相手に
あたるだろうし、今後が楽しみだ




それ以上の衝撃であったのが、卓球の張本選手
日本の一人者で前オリンピック銅メダリストの
水谷選手を破った新進気鋭の中学生には驚きだ
彼のチョレイという掛け声も新語大賞候補?
東京オリンピックでも大暴れして欲しいものだ




このように卓球や将棋、そして相撲界でも世代交代を
予感させるような若手台頭で、沢山の人たちの注目を
浴びている。野球でもそんなスーパースターが登場
したら面白いのだけど、折角の才能も周囲の大人が
上手く起用して伸ばす必要もあるし




野球の試合以外は4月末に出かけた、市内の
根ノ上高原。保古の湖(ほこのこ)で、天気も
良いし、暇なので娘と湖を一周ウォーキングを
しました




一周するとかなり距離もあって、1時間半くらいは
かかったような気もしますが、ウォーキングコースと
してはいいくらい?




遠くに見えるのは日本百名山にも選ばれている
馬籠から間近に見えるお馴染みの恵那山で、西
からはこんな感じに見えます




まだ、その頃は木の芽も出始めたばかりで緑も
濃くなくて、山歩きも良い感じで




周遊コースもしっかりと整備されているので
お散歩も気持ちよく




足元にはトカゲなどもいて




木の根はこんな感じだったり




誰もいない高原の湖にはつながれたボート




なんて、あれやこれやと、のんびりお散歩は
色々なものが目に入ります




今年の桜は遅れ気味だったので、4月末だと
いうのに染井吉野はまだ咲き始めで、お花見
には早かった




ヤクルト対ソフトバンクは、0-15の8連敗だ
巨人といいなんか泥沼だし。かつては人気の
セ、実力のパと言われたが、今は人気も実力もパだ

日記更新を先にさせていただきましたが、皆さんの
ブログには、明日中にお邪魔させていただきます




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最終更新日  2017年06月10日 10時02分04秒
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2017年04月28日
カテゴリ:中津川より


桜の花で埋め尽くされた小さな山。やっぱ
この光景は何度見ても、見飽きるものでは
ありません。遠方へ出かけ見知らぬ桜花を
と、毎年のように願いながらも




今年の春もいつもの桜。地元の桜に山向こうの
飯田あたりと変わり映えもありませんが、でも
どこの桜だろうが、やっぱ綺麗です。あなたの
お宅のまわりの桜の花も、きっと見事に咲いた
のだと思います




前回の絶景の苗木城址の続きです。てくてくと
城址から数分ほど歩いて、山の反対側(北側)に
まわりこむと、そこは一面の桜色




いつもは人影などない山も、楽しそうな家族や
仲間の声で賑わっていました。スピーカーを使い
BGMに流されているのはアニメとか今どきの
ポップソング。カラオケ大会でもするのかミニ
ステージもありました




景色というよりは桜の花しか見えないという
のも、思えばゼイタクなのかもしれません
山の斜面に植えられているので、ちょうど
目の高さにイイ感じで桜花




すぐ下にはお花見の時期しか一杯にならない
駐車場があるので、自前で椅子なども持ち込んで
のんびり、まったり。その奥はミニキャンプ?




全国には花の名所も数々あって、伊那路の高遠城
なども有名だけど、見上げるような背の高い桜と
なって、景色もさほど良いわけでもなく娘は渋滞
までして行くところでもないと




高遠の近くの中川村にある中央アルプスも望める
天竜川河畔の大草城の方がずっと良いとお気に入り
(あくまでも娘の好み) 今年も娘と出かけたけど
ちょうど、その時間帯ににわか雨に見舞われて




あぁ、残念。傘をさしてのお花見となった
高遠桜は、他では見られないほんのりピンクの
高遠小彼岸桜という固有の品種だから、ある種
ブランド桜みたいな価値があるんだろうと私は
思う




あと飯田とかは樹齢400年の一本桜とか、歴史を
感じさせるブランド桜も多いけど、娘はそうゆうの
よりは普通の桜でもいいから沢山の桜がぱぱ~んと
咲いている方が好きだという




そういった意味からも、この地元の苗木城址の
ある山の斜面の一面の桜は、娘にとって先程の
中川村の大草城址の次に好きなお花見スポット




そうなると私の場合は? 娘よりは2倍近くは
長く生きているので、奈良の吉野山とか、京都
醍醐寺、京都御所の枝垂桜・・・身延山久遠寺
有名どころも出かけているので




自然を背景にした桜も見事だけど、雅びな京都の
桜も捨てがたい。去年は関西方面に4回も出かけて
いるので、今年はまだ行きたいという気分でも
無いし。(兵庫、大阪、奈良、京都、滋賀)




今、狙っているのは和歌山のパンダと、福井あたり
なんですわ。福井は子供が小さな頃に海水浴に行き
片山津とかに泊まってとか、実家が曹洞宗だったんで
姉と永平寺でかけたりした位で、久々に越前そば
食べたい




でも福井とか、和歌山とかは車で出かけてこそって
感じがあるけど、肝心のドライバー役の旦那が近場
日帰り旅行ならまだしも、お泊り旅行は否定的な
感じなので無理




家を建てたし、定年も近いしお金ももう使えない
とか農業や地域の事もあるから、おまえらみたに
ヒマないからとことごとく言うもんだから、娘も
反発気味。ゴールデンウィークも旦那はあてにも
出来ないので




観光地で車も混むのも嫌だし、名古屋で安い
ホテル(期間限定ポイントも使って二人分で
2200円!)に泊まっての、超・近場旅行の
予定で、1200円の映画のチケットも買って
きたので夜の回に行こうかな




その前には、ゴールデンウィークの前半に姉と
久々にお泊り旅行の予定があり、その事を旦那に
言っても、自分(旦那)が連れ出される事なく
勝手に出かけた方が楽だと思ってなのか、文句も
一つもなかったし




なんか飛鳥の石舞台ににた岩。そういえば石舞台の
周囲も桜の花に囲まれていたっけ。テレビの歴史
番組で蘇我入鹿をやっているのを見て、久々に飛鳥
あたりも行きたくなった。私が一番好きなのは幕末
戦国よりも、やっぱ古代、飛鳥時代




この桜ですが、どうやら宝くじの収益からも
お金が出て植えられたものみたいです。お金も
無いのに夢も買いたいという事で、最近などは
ジャンボは10枚ですが、普通の100円とか
200円のは1枚買いをしています




旦那は1枚なんてそんなのは当たらないというけど
1枚だって可能性もあるし。最近は合計で900円
使って1300円当たりまして、しかも1万円にも
結構、近くて惜しかった~。昨日も大安吉日だし
100円、200円のを1枚ずつを購入




もしも1等が当たったらどう使おうかなぁ~
いや、貯金?などと楽しい妄想の始まり始まり
1枚でも買わないと、この妄想も出来ないし
100円、200円でこの娯楽は安いものだ
という事で、消火栓記念碑がやたらに立派!




その前夜になりますが、夕飯を早くに食べてから
旦那の運転で、同じく苗木城址の夜桜見物にも
家族で出かけました。途中の落合川の桜並木は
さりげなくライトアップ




苗木の集落に入ると、城山の麓に大きな桜の木が
夜の闇の中に、ライトアップで照らされていたが
1年前の春には、家の建て替えでこの集落にいた
にも関わらず、この桜の存在は気が付かなかった
ネット検索で調べると、桜の名はすぐに判った



     ※ここからは城山のさくら公園の写真です

幹線道路から見た一本桜の名は、おぢゃう桜という
江戸彼岸桜で、樹齢は300年程、 樹高 20メートル
幹周りは24メートルの桜は、享保7(1722)年
苗木藩士の妻ぢゃうによって植えられたそうである



享保7年4月に五代苗木藩主である遠山伊予守友由が
僅か29歳で江戸で亡くなってしまい、近侍をしていた
藩士の安田太左衛門がその死を悼み、墓の前の巨石で
殉死をしたそうだ




彼の辞世の句は
  化鳥にてふる巣にかえるこよひ哉
  年は花こころはつぼみ身は枯葉




殉死は幕府によって禁じられていたが、太左衛門の
忠誠心と責任感の強さによるものとして、問題に
ならなかった。後に残された太左衛門の妻ぢゃうは
夫を偲び、その墓前に桜を植えたのが300年もの
年月を経ても咲く続ける先程のおぢゃう桜である




信州安曇野とかに行くと、墓地に大きな枝垂桜が
咲いているのが印象的で、娘が松本にいる頃には
春に出かけもしたが、墓守の桜の思いはどの時代
にも、どこの地にもあったのだろう




ライトアップをされた一面の桜山も、夜となれば
美しいのには変わりはしないが、昼間の楽し気な
雰囲気よりは、幽玄な・・・なんだか悲しげにも
見て取れる




というか、次の日はアニメソングとか今どきの歌が
流されていたスピーカーからは昭和歌謡。旦那が
久しぶりに聞いたわ!という、闇夜に浮かぶ桜の
山に流れてきたというその歌は




まこ、甘えてばかりで ごめんね
みこはとっても しあわせなの・・・♪

って、50年前に「愛と死をみつめて」という
大ヒットした、青山和子の悲しげな歌でして




大空真弓と山本学でのテレビドラマや、吉永小百合と
浜田光夫(マコ)で映画化もして、多くの人らの涙を
誘った。10年程前にも広末涼子と草彅剛で前後編の
テレビドラマにもなっているんだとか




そのあらすじは、ウィキペディアによれば

>兵庫県立西脇高等学校に通うミコ(大島みち子)は
>顔に軟骨肉腫ができる難病に冒されていた。阪大
>病院に入院した際、同じ病棟で長野県出身の浪人生
>マコ(河野実)と出会い、互いに18歳のタイガース
>ファン同士で意気投合し、文通を始める




>その後ミコが同志社大学、マコが東京の中央大学へ
>進学してからも文通は途切れず、ミコの病気が再発
>して再入院した後も、マコは夏休みに大阪駅ホームの
>ビール売りのアルバイトを続けてミコを励ます。
>夏休みが終わって、東京に戻ったマコとの文通が
>闘病生活の大きな支えになっていく




>マコはその後もアルバイトをして長距離電話で励まし
>たり、旅費を工面して阪大病院を訪れるなどし、2人の
>愛は深まるばかり。しかしミコは手術で顔の半分を失い
>さらに病気は悪化していく。そしてマコの22歳の誕生日
>の前日に、自らのメモリアルデーを刻んで、この世を
>去って逝く     ※ウィキペディアより転載




その歌は聞き覚えがあるにしても、映画とか
ドラマ、話の内容までは知らなったが、この話
実話だそうで、二人が3年間で実際に交わした
約400通もの書簡を元にしているそうである




歌はいつの間にか若大将になっていた。NHKの
朝ドラは、ちょうどその時代を舞台にしている
東京オリンピックで賑わい、新幹線だ、高速道路
万博だと、東京や大阪など都会に多くの労働者が
集まっていた




田舎に仕送りを送らねばならないと、タコ部屋
のような劣悪な環境に身を置き、身を粉に働いて
茨城の片田舎に住む妻と、子供3人、父を養う
主人公の父が突然の失そうで、一家の稼ぎ頭を
失ってしまい、主人公みね子は出稼ぎを決意し
上京する




農業だけでも生活できた時代からの転換期であった
ようにも思える。高度成長、三種の神器だなんだと
お金がないと生活が成り立たない時代となり、今や
兼業農家は過半数を占めている。我が家も4反程で
コシヒカリを栽培しているが、年々、お米の価格も
下がって




稲の苗や肥料を買ったり、JAに稲刈りをして貰ったり
なんだかで儲けなど全くない。それどころかまとまった
お金を農業用の通帳に定期的に入れないといけないし
この他に燃料代だ、機械が故障したと通帳を通さない
お金も必要で、月に2万以上はお金を支払って稲作を
させて貰っている状況




テレビなどで見る家計診断で、苦しい家計を
建て直すのに、車を売りましょうとか提案を
してますが、この農業の通帳見たら、まずは
稲作をやめましょう♪とアドバイスされそうだ
稲作辞めて魚沼産コシヒカリを買って食べてた
方が安く済みそう




そうすれば平日は会社の仕事、土日も農作業の
旦那ものんびりと出来るできるというものだが
田んぼを荒らすなどという事は、世間体が悪いし
かといって、買って(借りて)くれる人もおらず
周囲の高齢化で、田んぼも20年後にはどうなって
いるだろう




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最終更新日  2017年04月28日 14時33分39秒
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2017年04月20日
カテゴリ:中津川より


つい最近もこのブログでも紹介したばかりの、地元
岐阜県中津川市にある絶景の苗木城。天空の城とか
日本のマチュピチュの一つとも言われる、この城に
桜の満開に合わせるように先週末に再び訪れてみた




高倉健さんの映画「あなた」をきっかけにして人気に
なった天空の城の元祖、雲海に浮かぶ竹田城がブームの
きっかけの一つかもしれないが、ここ最近は城ガールも
登場しての老若男女の城ブーム




世界各国の城郭に関する研究、調査事業を実施している
公益財団法人日本城郭協会が、設立40周年の記念事業の
一環として数ある日本の城の中から、2006年4月6日の
「城の日」に認定をしたのが「日本100名城」で、うちの
あたりでは、女城主の酒蔵のある岩村城が選ばれている




その翌年からは100名城の選定記念スタンプラリーが開始
されたという。このあたりも昨今の城ブームのきっかけに
なっていると思われる。更にはゲームなどを通じての戦国
武将ブームの後押しも大きい




しいて言うなら特に大河ドラマが原因だという訳ではない
とは思うが、理由はともあれ城を通じて日本には様々な
国もあったし、生き残りを開けての戦いもされたといった
先人の歴史に興味を持ってもらえば何よりだ




そんな中で今年も4月6日を迎え・・・46でシロ。つまり城の日に
先程の公益財団法人日本城郭協会が設立50周年の
記念事業の一環として数ある日本の城の中から、100名城に
続いての、続日本100名城を制定したので、今年の春には
城郭ファンはいつになくそわそわ、ワクワク




それ以前から城ファンのブログなどでは、この城はまず入る
だろうとか予想なども語られ、日本100名城のスタンプを
既に集めた者は、続100名城のスタンプラリーの実施も
望んでいるようだ




はい、めでたく苗木城も続日本100名城に選ばれました
岐阜県からは他にも徹夜おどりの郡上八幡城、この前紹介
したばかりの森父子ゆかりの美濃金山城、関ヶ原の戦いで
西軍が本拠とした大垣城と、全部行った事のある城だった




東海地方4県(愛知、岐阜、静岡、三重)で15城が選定を
されるなど、流石に戦国の世には主戦場となった地方である
とは言っても、観光化もされた有名どころが揃っている前の
100名城に比べると知名度がちょい落ちるのか




私の場合は日本100名城で、実際に行った事があるのは
44あったのに、今回の続100名城では18しかなかった
これは率先して、続100名城にも意識して出かける必要が
ありそうだ




100名城にしても半数に行けない理由は、はっきり
判っている。私が全国で出かけた事がある都道府県は
35。行った事がないのが12都道府県で東北6つに
北関東2つ、四国3つと鳥取県だ




で、東北や四国などに名城が多いので、その一つさえも
行けていないのが大きい。しかも幕末の戦乱に無縁だった
為なのか、四国などは現存天守なども幾つも残されており
私にとったらユートピア




四国には現存天守だの、日本三大水城、日本三大平山城と
ワクワクするキーワードもいっぱいだ。この苗木城も川霧
などに包まれて神秘的な一面もあれば、天守からの眺めも
天下一品な訳で、更に言うなら岩城?




日本有数の花崗岩の産地である中津川市だけに、市内
各地には巨岩がゴロゴロしてて、奇岩、巨岩で有名な
恵那峡など景勝地もあり、この苗木城にもゴロゴロと




それらの岩を取り除く事もなく、天守閣も巨大な自然岩の
上に設置をされたというのも驚きだ




中津川市街地を見下ろす、周囲45メートルという巨大な
花崗岩は「馬洗岩」という。戦いで敵に水を止められながら
こんなに水があるんだと、この岩の上で見せつけるように
馬を米粒で威勢よく洗ったそうだ




あっちを見ても、こちらを見ても巨岩が目に入って
なんとも迫力満点です。いざ、天守へ!




ここ苗木城の評価は随分と高く、日本100名城の方に
選ばれていてもおかしくないという人などもおり、今回の
マニアなどの続日本100名城でもまず選ばれるだろう
といった当確が付けられていた




少ない石高でありながら城持ちであった苗木遠山家に
よる苗木藩。長らく武田だ織田だ、徳川だなどと戦国
時代には戦いの最前線として、翻弄されてきただけに
いくら平和な世になっても、防衛上の城は欠かせない
存在であったのかも




木曽川をはさんだお隣の国には中山道が通り、人の往来も
多いだけに、両国を守るように見晴らしの良い小高い山の
上に建つ城は、平穏な時代のものというよりは、戦国の世の
もののようだ




まっ実際に戦国期にこの地に建てられて、武田に攻められ
織田に攻められ、森に攻められて徳川に頼った遠山氏が
帰還できたのは1600年で、領地を安堵されたんだとか
幕末期に1万石の大名で城を持っていたのは、ここだけ




てっぺんまで登ると、普段は見られないような人の数
うちのように桜につられた近隣の人もいるかもしれない
けど、やっぱ続日本100名城に選ばれたりした事や
昨今の城ブームで、確実に登城する者が増えている




その証拠に、城の専用駐車場はこの地方で見かける
尾張小牧ナンバーなどの他に横浜とか、随分と遠方の
車もとめられていた




この唐突に椿の木もないのに、椿の花が散らばっている
のは、誰かが置いたもの? とかいいつつ私も写真を
ぱちり。木曽川の向こう側は中津川の市街地と恵那山




どこでも言える話だが、シルバー層のご夫婦と思われる
行楽客が多かったりする。うちの場合でも私は行楽好き
旦那も若い時にバイクで一人であちこち出かけるタイプ
だったので、おデートに夕方から車で愛知県の春日井市
まで夕飯を食べに行く




なんて無茶な事もしていた。帰ってくると10時近く
旦那自体がかなり出歩くのが好きなので、舅の指南
付きの農業がネックなだけで、それがなければ車で
あちこち出かけたいばかりかも。でも1年前に戻って
きた娘がちゃっかりと、後部座席に乗っているから
夫婦旅は皆無だ




今までは私の行きたいところや、食べたいものが優先
されてきて、帰りには日帰り温泉も寄っていたりした
のが、私は蕎麦嫌いだし、温泉も入りたくないという
娘の意向が通り、行き先もショッピングとか食べ歩き
飲み歩き




大きな自然石の上にかつての天守も建てられていたそうで
当時の柱の位置なども、忠実に再現されての櫓の再建で
あるらしい




こちらは西側の木曽川と、笠置山。




桜も本数が多い訳でもなく、ほんの数本があるだけ
なのだが、樹齢も丁度よいのかなかなかの花付きだ
一年で桜の頃が一番、華やぐ天守跡




しかし季節にかかわらず、ここからの絶景は変わらず
家から車で15分で、気軽にこのような絶景が眺める
事が出来るとは贅沢な話だ




見下ろしてみる。爬虫類も好きな私は高いところも
絶叫系遊具も大好きだ




今年の桜は例年よりも数日遅れで、愛知県内の桜を
見る事はかなわなかったが、いつもの飯田の桜とか
地元の桜とか、それなりに楽しむ事が出来た




ここ苗木城も日曜日の好天気に満開という、これ
以上ないという絶好のタイミングで




見頃の期間は短く、4月は雨の日も多い中で
週末にお花見できるって、かなりチャンスも
少なく感じるだけに、桜の花はかなり特別な
存在であるのかもしれない




皆さん、かなりハイキング姿で登城をされているが
もしかしたら、ここより険しい日本三大山城である
岩村城とか、馬籠から妻籠の中山道歩きもセットに
来られているような気も




やっぱ日本のマチュピチュというのが似つかわしい
三の丸の大矢倉もまた、この春の桜に彩られていた




こうして苗木城址を後にして、山道を歩き向かうは
一面の桜の山。苗木城址の北側斜面にある桜公園だ
その紹介はこの次に




近況。4月になって旦那が59歳の誕生日を迎えて
定年まで1年を切った。ボーナスもあと2回しか
貰えないと思うと心もとない。とは言えそれ以降も
給与は安くはなるが、再雇用させて貰うようだが
果たして幾ら貰えるんだろ?




旦那的には定年の遅い同期の人たちは高い給料で
雇用期間の違いで退職金も差が出るし、不公平感も
あるみたいだし、年金は一番早く貰えるんだからと
慰めもするが。 ↓左の小高い山が苗木城址だ




    平成29年4月16日に岐阜県中津川市で撮影


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最終更新日  2017年04月20日 11時26分21秒
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2017年03月21日
カテゴリ:中津川より


娘が4連休でもあったので、ブログもご無礼して
いました。お金を建て替えてもなかなか支払って
くれない娘なので旅行に出る事もなく、それでも
初日は日帰りで、前々から行きたかった長久手
イオンに出かけてきました




後はうちのあたりで買い物に出かけたり、ランチに
出かけたりといった週末の写真も、スマホで少しは
撮ってきましたので、また後日に纏めて紹介させて
いただこうと思います




かつて娘が松本にいる時にはもう、ちょっとその辺へと
いった日帰り圏内で安曇野だ、諏訪だ、長野だと迷う位で
あったのが、中津川からでは行く所もなかなかなくって
名古屋も用事でもなきゃ交通費もかかるし、おいそれと
出かけられず




「お父さんが軽油買いに行くそうだから、ついて
行くか?」とか言われて、親の買い物にすら暇で
付いていく娘。いつもは私が付き合わされる坂道
しかない馬籠散歩も、この週末は旦那がつき合わ
されていた




車で15分位で行けるこの苗木城も、家の建て替えで
仮住まいをしていたアパートから徒歩圏内だったので
娘の散歩コースで、私もつき合わされたので今更に
なり特に行くような所でもないんだけど・・・・昨夏は
若い子が来てたんですわ。ポケモンが出没をしたり
アイテムも貰えたみたいで。馬籠もですが・・・




今年になって、テレビでたぶんJR東海のさわやか
ウォーキングか何かのTVコマーシャルで使われて
いたのを見て、久しぶりに苗木城でも行ってくるか
なんて話になって、旦那や娘と買い物のついでにと
出かけてみました




確か2月の週末に出かけたものだけど、あれれ石垣の補修
工事しているよ。花崗岩の日本有数の産地である岐阜県
中津川市だけに、大きな自然石もゴロゴロあって城にも
それらも残されて随所に残されてはいるが




長い年月をモノ語らず、ただ苔むしてゆく石垣。それらは
作られた時期によって積み方も色々で、一つ一つゆっくり
眺めてみれば、ここは大きな石もあれば小さな石もあり
こっちは比較的に新しいのでは?などと、見比べも出来て
面白い




無論、このようなでっかい自然石もごろんと転がり
それが中津川らしい光景なのかも。近隣には鯉(舟)岩
だの、星ケ見岩、夫婦岩といった奇岩も多かったりで
恵那峡にでも行けば、遊覧船に乗り岩見物も出来る




城づくりの名人である加藤清正築城の、熊本城の石垣は
反り返った武者返しが有名だが、熊本地震で櫓の下とか
ぎりぎりに残っていたりもして、その補修は当時の技術を
再現するのも難しく長い年月を要するようだ




週末なのもあるが、こんな岐阜の片田舎の城にも冬の
寒い日なのに観光客もちらほらといたりして。何でも
世間では城ブームだうで、そのきっかけを作ったのは
やっぱ高倉健さんの映画あなたに出てきた、天空の城
竹田城みたいだが




ここ苗木城もまた、冬の朝には木曽川の川霧がたちこめて
一面が真っ白になった上に、ぽつんと城跡が頭をつき出す
天空の城ってのも見えない事もない。下界が真っ白なのは
馬籠から落合方面に降りていく冬の朝にはお馴染みの光景
だったりも




ありし日はこんな感じであったらしい苗木城。こんなのが
残ってたら面白いけど、日本の多くの城と同様にご維新後の
廃藩置県で、江戸時代の藩の象徴でもあった城は壊されて
しまった。もつたいない・・・




今では、こんな櫓が城代わりに建てられて展望台にも
なっているけど。これも何もなかった方が風情があって
良かったと賛否両論。では某誌にあった日本の絶景の城
第三位の景色を見てみますか




旦那~っクラークかあんたは。恵那山が隠れてるし
ブログのお友達の方が最近、苗木城に来られる際に
私のブログで苗木城の日記を探したけど見つけられ
なかったとおっしゃってたけど、苗木城の桜は紹介
していても、城自体は詳しく紹介して無かったかも




灯台下暗しとはこの事か。眼下には木曽川。その彼方に
あるのは日本百名山の恵那山。うちのあたりは左の方の
山間にあり、市街地は中津川市という苗木城の絶景だが
その大半は尾張藩にあたる訳だが。そっ江戸時代には
木曽も中津川も尾張だがね~




城から西側を見渡すと、このずっと奥の木曽川の南側の
恵那市あたりは岩村藩で、川の北側(向かって右側)の
遠くの笠置山あたりまでは、この城を持つ苗木藩となる
石高わずかに1万石という日本一、小さな城持ちの藩だ




貧乏なので城の壁すら白く塗れず、赤壁城と言われても
いるが、それは伝説によれば眼下の木曽川に住んでいる
龍が白色が嫌いで、何度も白く塗っても次の朝になると
龍がはがしてしまうから諦めて白く塗らなくなったとも
別名は霞ケ城




ウィキペディアによれば

>遠山氏の祖は藤原利仁の子孫加藤景廉である。景廉は
>源頼朝の重臣として功績を残し、文治から建久(1185-
>1198年)の頃に遠山荘(現在の岐阜県恵那市・中津川市・
>瑞浪市の一部)を与えられた。ただし景廉本人は頼朝と
>伴に鎌倉に居り、実際に遠山荘に赴任はしなかった。




>承久の乱が始まって程なく景廉が死去。遠山荘の地頭職は
>長男の遠山景朝が受け継いだ。この後、景朝は遠山荘に
>土着し初代遠山氏となった。(中途略)遠山氏の勢力は、
>本拠地岩村城の岩村遠山氏の他、明知、安木、飯間、櫛原
>馬籠、神野を有し、遠山左近亮が遠山氏の総領格であったと
>思われる・。また、岩村遠山氏以外の遠山氏は遠山七家と
>呼ばれ、居城ごとに分かれて統治を行っていたようである。




遠山左近亮・・・・明知の遠山家は旗本格となって後には
遠山の金さんのモデルの遠山景元も、排出したのだとか
との事で、鎌倉時代に遠山氏にこの一帯は支配され、この
苗木藩も遠山七家の一つが藩主となっていたそうだ。とは
言っても順風満帆とはいかず、武田と織田の最前線として
戦国ともなれば武田に落とされ、織田に落とされ、森にも
落とされ




前の大河の真田にしても、今の大河の井伊にしても
せめぎ合う戦国大名に挟まれた地方の領主は、もう
あっちについたり、こっちについたり。生き残りの
処世術は紙一重。遠山一族もあまり世間的に周知は
されていないかもしれないが、信長の妹がここに嫁ぎ
彼女が産んだ遠山の媛は信長の養女として、武田勝頼に
嫁いだという





信長の叔母の岩村の女城主といい、戦国の姫も友好は
名ばかりの将棋の駒みたいなもの? 更に一部のコアな
歴史ファンに注目される点がもう一つ。明治維新後に
平田派国学の影響を受けた青山景通親子らが先頭となり
徹底した廃仏毀釈が実行され、今も木曽川の北側に住む
人たちは神道ばかり




1万石の小藩ゆえに常に財政は困窮しているにも関わらず
最後の藩主が若年寄に2度も就任した事で、傾く幕府での
重責を担い、生麦事件の時の幕府担当者だったり、長州
征伐に加わるなどで更に財政圧迫。維新後に藩知事となり
先程の青山親子と厳しい藩政改革を行ったそうで、騒動も
起きたんだとか




ウィキペディアによれば
>明治維新後、14万3千両、藩札1万5900両あった藩の借金は、
>苗木城破却に伴う建材や武具などの売却、藩士卒全員を帰農、
>家禄奉還させ家禄支給を削減し、さらには帰農法に基づいて
>旧士族に政府から支給される扶持米を大参事以下40名が3年間
>返上させること、知藩事遠山友禄の家禄の全額を窮民救済と




>藩の経費とすることにより、明治4年8月には5万2600両、藩札
>5千両にまでに縮小した。しかし旧苗木藩士の生活は年々逼迫し
>自殺者まで出る事態となった。さらに明治4年の廃藩置県により
>苗木藩は苗木県を経て岐阜県に吸収され、当初約束されていた
>家禄奉還の補償は不可能となった。また明治政府からではなく




>苗木藩庁の指示により他藩よりいち早く家禄奉還して、全員が
>士族から平民へ移っていたため、旧藩士卒は旧士族として認め
>られないという事態に陥った。このことなどにより、財政改革や
>後述する廃仏毀釈を主導した大参事青山直道に恨みは集中し、
>明治9年に旧藩士4名が青山の暗殺計画を決行、当人は当日不在
>だったため屋敷に放火される。明治24年にも襲撃未遂事件が
>起こっている。




とにかく岐阜の片田舎の絶景の城を持つ小藩では、長い歴史の
間で色々な事件も起きていた訳で、戦時下の呉の若奥さんの話
みたいに、「この世界の片隅に」ってタイトルも似つかわしい
それにしても大きな岩だ。横で作業をされている人が小っちゃく
見えるし




城から東側を眺めると高圧鉄塔のある近隣の山の向こうに
ちょこんと頭を出している真っ白い山々は、中央アルプス
木曽山脈である




小高い山の上には落合の大久手あたりで、木曽路もこの
あたりを通って、馬籠へと。奥の山々は古くは東山道が
通っており、ヤマトタケルもこの山を越えたそうだ




木曽川を渡る橋、奥は普通に道路のものだが、手前は
廃線となった北恵那鉄道のものが、そのまま残されて
いるのだ。元は大同電力がダムを造った事で付知川を
筏で木材を流せなくなるので、見返りにひかれたもの
らしいが、それも昭和の頃には廃線となった




その橋梁のあたりに降りる道は、私は一度も降りた事がない
ルートだし。次の桜の写真は昨年4月の苗木城山の桜でして
奥に笠置山。そうそう昨日、旦那がオスプレイが2機飛んで
いくのを見たそうで、ネット検索をしたらうちのあたりとか
富士山麓での目撃情報が幾つもあって、私も話のタネに見た
かった




昨夜はNHKでのど自慢グランドチャンピオン大会が開催
されており、個人的な憶測だが登竜門的な意味合いからか
若い子が優勝をするような気も。今回も元球児の10代
男子が亡き友を思いながら涙の優勝。中島みゆきの歌で
劇場型な語りが胸を打つ。選曲も良かったような気もする
先述の長久手イオンでは、アカデミー賞を取り損ねた
ミュージカルのララランドを娘と見てきた。↓



悲しみも悔しさも吹き飛ばす、歌ってやっぱりスゴイ
年末の紅白よりも、昨夜ののど自慢の方が若い彼らの
様々な日常が垣間見え夢も語られ感動しちゃいました
映画にも通じる話だが、幾つになっても夢は持たなきゃ

ボーイズ・ビー・アンビシャス 少年よ大志を抱け



平成29年2月18日に苗木城(岐阜県中津川市)で撮影

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最終更新日  2017年03月21日 15時04分41秒
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2017年03月14日
カテゴリ:中津川より


さてさて、前回の続き。地元の中津川や恵那の企業が
多く参加されている厚生複利団体ジョイセブン主催の
地元の酒蔵を巡るツアーの後半は、中津川市の北部に
あたる、いわゆる裏木曽といわれる地域の酒蔵ばかりだ




ジョイセブンの最新号にはこんなナゴヤドームの観戦ツアー
などもあって週末なので、巨人愛の旦那とか行きたがるかと
思いきや、田植えシーズンだから行きたくても行けないみたい
このようなツアーの他に、地元飲食店の割引や優待のような
ものもあるけど、更には映画が安く見れたりとか




様々なチケットの斡旋なども手広くやっており、中日戦も
年間シートであるサファイア席の良席で、しかも入場者は
もれなくレプリカユニホームが貰えるという、昇竜デーの
チケットも二人分で、9000円というお安い会員価格で
ゲット。7月の名古屋場所のチケットも取れたし共に娘と
観戦予定だ




娘の休みが土日なので、平日ならもっと簡単に取れるんだと
思うんだけど、それでも希望をする人気のチケットもお得に
ゲット出来たのは有難い。名古屋場所の椅子席Aだって普通に
購入すれば一人4900円もするのに、それが3700円だし
以前、懸賞で当てて姉と名古屋場所の椅子席Aで見てこれで
充分だと思ったし、正座は苦手だから升席は眼中に無かった
大阪場所も現在、テレビで観戦中。今日も満員御礼




という訳でお得な二人で1万円以下の酒蔵ツアーの後半に続くが
4番目の酒蔵は、一車線の山里の道を大型バスがぐんぐんと進むが
こんな山奥に集落があったなんてと馬籠人も驚く。前回の比較的
街中の酒蔵が集まった前半の日記は↓リンクから

冬の日に母娘で酒蔵巡りバスツアー初参戦。まずは笠置鶴、女城主に恵那山と




最初に(というか4軒目)にやってきたのは、山の中
なのに鯨波というネーミングが面白い、恵那醸造さん
中津川なのに恵那饅頭とか、今の行政区であれば変な
話かもしれないが、古代はこの地方は恵奈といっており
それが明治以降には中津川市、恵那市、恵那郡なんて
感じになっただけで




恵那郡も面白い事に中津川の北の方(中津川に合併)と
恵那市の南の方(恵那市に合併、岩村とか)と二つあり
阿木地区とか恵那だろうってのが前から中津川市だったり
色んな当時の上の人たちの思惑やしがらみなんてものも
あったんじゃないのかな




まっ、恵那山の北側、東側あたりが恵那地方と思って
いただければいいのだが、岩村藩や、苗木藩、尾張藩
だったりしたり、五平餅の形もわらじの形をしてたり
団子だったり、藩の方針で廃仏毀釈が行われ寺が壊され
今も神道ばかりだったりと、食生活も思想も色々あるが




なんて小難しい話は忘れて、まずは飲もまいか! 方言
なんかもうちのあたりは微妙だ。チンチンに沸かすとか
名古屋みたいなのもあれば、南信州とか三河みたいなの
道は昔もつながっているから、伝播というものだろうか




はい、今回初めての熱燗に笑みも浮かぶ。やっぱ宴会
といったら熱燗。グラスに冷酒なんて出てきたの見た
ことがないような。まっ大吟醸や生酒のようなもので
なくて宴会のは普通酒だからかもしれないが、それでも
熱燗も合う酒、合わない酒もあるしだろうし、これ旨い




さて山間にある小さな蔵元は、長瀬家という庄屋さんが
200年ほど前に酒造りを始めたそうで、杜氏は殿待と
いう酒がメインであったようだ。話はそれるが明治期に
この家の次男坊が若くして上京、一代にして作り上げた
長瀬商店が現在の花王グループであるそうだ




山奥なのに鯨波であるというのは、ネット検索によると
蔵元から見る光景が、山が幾重にも大海原の波のように
見えて、山の端ゆく雲が鯨のようにも見えるからとの事
信州松本の氷の彫刻フェスティバルで、イルカとか海の
テーマが多いように感じたのとつながるような気も




壁には数々の賞状がずらりと貼られており、酒蔵の歴史の
長さや意欲も感じる事が出来る。昔はその地域だけで宴会や
日常の酒として親しまれてきた日本酒も、昨今は酒好きを
うならせるような趣味の酒となってきて、大吟醸や、生酒
純米、しぼり、にごり・・・・




酔うだけの酒ではなく、旨い酒を造って全国の品評会などで
名をあげれば、全国の旨い酒を扱う酒屋などに販路も広げ
られる。この鯨波も地元の人よりも都市部の酒好きな人に
飲まれている酒のような気もする。ネット検索をするとこの
酒が好きだってブログなども見かけるし




鯨波の大吟醸も近年、全国新酒鑑評会で入賞をしたようで
こうゆうのがきっかけで、多くの人に酒を知って貰って
飲んでも貰える。ふと粗悪な外国製の石鹸ではなくって
良質な石鹸を自分たちの手で作ろうとした花王の創業者の
話を思い出した。彼も商人というより酒蔵(メーカー)の
生まれであったのが功を奏したのかも




鯨波の酒粕を使って作られたベーグルやパウンドケーキを
販売する近隣にあるhico.a Cafeの販売もあったので土産に
購入。後日、中津川駅の横になるにぎわい物産館で恵那の
女城主以外の中津川のお酒と共に、このベーグルとかも
置いてあった




こちらはくじら梅酒。高齢のマダムも多いツアーだけに
甘い梅酒が試飲できるのも嬉しい振る舞いだ。食前酒と
して、ちょっぴり飲むのには良いですよね。食欲増進
度が過ぎなければ、酒は百薬の長




お雛様の前で1杯。この地域は春が遅くひな祭り3月
ではなく4月3日。この時期に飾っているのは早いので
今回のジョイセブンのツアーの人たちの目を楽しませ
ようとした、酒蔵さんのおもてなしなのかもしれない




たくさんの人たちが訪れてお雛さんたちも嬉しそうにも
見えた。恵那醸造さんの公式HP↓

蔵元 鯨波



あっ、山から下りてきました。先程の酒蔵さんは二ッ森山の
600メートルという中腹にあるそうで、このあたりは家が
多い集落のあたり。姉が教員になりたてで、この辺りにある
小学校に赴任し一人暮らしをしていたみたいだ




山ばかりな地域であるが清流、付知川もまた地域のシンボル
初夏にはアユ釣りの人たちが、あちこちからやってくる




先程よりは都会、とはいっても山奥の酒蔵ではあるが
この酒蔵を知ったのは、元サッカー選手の中田英寿が
訪れたとかいうので。というか前園はテレビでお笑い
芸人と絡んでいるが、中田は日本各地の酒蔵とかを
まわってたんだ




日本文化再発見プロジェクトREVALUE NIPPON
PROJECT は、日本のモノづくりの素晴らしさや
伝統工芸の魅力を伝えるだけでなく新たな価値と
可能性を広げるそうだが、中田英寿が関わってる
ようだし、世界にアピールするには良い人選かも




とは言っても中田におすすめされようが、有名だろうが
高価だろうか飲んでみなきゃ自分の好みかもわからない
また飲み方もその酒に合っているのか、常温で飲むのと
冷えているのかで味も変わってくるし、その時の体調も
影響も大きい




やっぱちょびちょび飲むのではなく、ど~んと1本買いし
色んなシーンで飲むのが良いが、外れたときの失望感は
計り知れない。車でのドライブ先では土産に一升瓶を買う
ことも多いのだが、最近も行楽先で買った某酒が外れたし
ただ、そこでも違う酒なら合うかもしれないし、ある意味で
ラーメン屋と同じかも




今回も車でドライバー旦那でもいたら、安くなったにごり酒を
持ち帰っていたけど、バスでの扱いが心配だったので購入が
出来なかった。行楽先のイオンとかに行くと酒全般が見切りで
安くなっている事もあるので、よく立ち寄ったりもする




明治初期の創業で、山田三千介から三千櫻と名付けられた
そうである。地元の風土で育まれた酒造りも農業の一つだと
自家栽培にこだわり酒造米も自前だそうですよ。あっ酒の
感想が全然ないです・・・酔いがまわって1杯しか飲めず
味もわからず。さっきの熱燗がきいたかな。梅酒も三杯




酒粕の石鹸などもあるんだ。価格が価格なので試しに買う
ような事はできなかった。それ位なら酒を買いたい

↓三千櫻酒造の公式HPは下記リンクから

三千櫻酒造



いよいよ酒蔵巡りも最後の蔵元となりました。バスの所に
座っていたいくらいですが、酒蔵レポートを不完全にする
訳にはいかないという使命感で、てくてくと歩いて向かった
その先には山内酒造場




このあたりになると坂下に近い位だし。滝で有名な
川上の夕森公園とかたまに来るエリアですわ。こんな
所にも酒蔵があるなんて驚きです。飲んだ事もないし
その名前も失礼ながら今回、初めて知りました




京都の伏見とか水の奇麗な土地で、名酒が生まれるような
気がしますが、ここ中津川も山も多く水も豊富でもちろん
奇麗。京都同様に和菓子も発展したり。でも蕎麦に日本酒は
合うけど、和菓子に日本酒はどうかと思います




現当主は21代目という事で、ここもまた歴史がすごそう
なんでも鎌倉武士が刀を捨てて、ここに住みついて農業を
始めたそうだ。山の中に住んでいるから山内ではなくって
北鎌倉での地名を使った呼び名が山内であったからだとか




どのお酒かわからないようにラベルがない瓶で、試飲と
いうより利き酒か? 古酒だけはラベルが付いていた
この小さな酒蔵については、このような記事があったので
そちらを読んで下さい。↓ 

岐阜新聞「酒蔵フォーク、3月で幕 中津川・山内酒造場」




公式HP↓

山内酒造場

山間のくねくねした道をアップダウン。バスも高齢な方程
前の方で、後ろに行く程若くなってて、うちも娘もいるし
後ろから2番、3番目。違った意味でも酔って下さいって
感じで、酒以上にバス移動がきつかったので娘は来年は
もういいやって言ってます




地元の神坂のクアリゾート湯舟沢で午後遅くに昼食を頂き
蔵元ご厚意の日本酒もここでも飲む事も出来たけど、もう
いいや。やっぱ食べながらこその日本酒だと思った一日
酒蔵でも試飲だけで、また行くのであればもっと食べて
熱燗には注意。席は後ろは嫌だな(無理か)




もはや修業にも思えた、娘も1回で根をあげた酒蔵
巡りのお土産は6軒の酒蔵さんの自慢のお酒だ。しかも
生酒だったりで1本あたり500円はするので、土産だけ
でも3500円はするだろうし、昼ご飯とこれだけで
元が取れそう。旦那が2日で1本ずつ飲む晩酌用となった




縄文、もしくは神話の時代から日本人の生活と共にあった
日本酒。戦前は数千もあったともいわれる酒蔵も戦争を機に
半数に減り、戦後は少しは盛り返したのも昭和40年の頃を
ピークに再び減り始め、日本酒の製造数量も昭和48年の
ピーク時971万石から、今は3分の1となってしまった
酒蔵も全国で1500軒程であるそうだが、これも10年
20年後は・・・・




洋酒の普及、健康志向による焼酎、低アルコールブーム
それ以前にお酒自体を飲まない人も増えてきた。以前は
日本酒のテレビCMもいつもやってたが、最近はあんまり
思いつかない位だ。若い人や女性にも飲んで貰いたいと
お酒の開発やパッケージも工夫してたりもするし




そして日本食ブームに乗っかっての海外への販路拡大
日本酒を取り巻く環境は、目まぐるしく変化を続けて
いる。そんな時代に小さな酒蔵で酒造りに真摯に向き
合っている人たちが、あなたの住む街にもいると思う
そんな地元のお酒を今宵も一献傾けて。今夜もWBC
頑張れ、侍ジャパン




    平成29年3月上旬に中津川、恵那で撮影

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最終更新日  2017年03月14日 21時13分41秒
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