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2019.03.30
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テーマ:神話創造(432)
カテゴリ:神話伝説
『アレクサンドロス大王東征記』を読んでいたら,ギリシア神話最強の英雄ヘラクレスがインドに来てどうだのとファンタジーの世界めいたこと書かれている。これについて調べてみようと思ったが,全く文献が見つからない。聖闘士星矢の時代からのギリシア神話好きとして聞いたこともない話だったので,独自研究を自分用のメモ的な意味も含め,簡単にまとめてみる。
以下,引用はすべて岩波文庫『アレクサンドロス大王東征記』。


アレクサンドロス大王東征記 付・インド誌 下 岩波文庫 / アッリアノス 【文庫】


まずインドに行く前に,『東征記』の順に従って,アラビアの話をする。
『東征記』では,テュロスでのヘラクレス伝説が語られているのだ。このテュロスは現在のレバノン。地図を見れば分かるが,ギリシアからかなり遠い。ギリシア人がこんなところまで来ていたのかは分からんが,ヘラクレスの神殿がここにもある,とされている(2巻16)。
ただ,著者のアッリアノスも「これはアルゴス(ギリシア)のヘラクレスではない」と断言してしまっている。
これについて,解説もこれを「ギリシア的解釈」として,ヘラクレスと同一視されているのはセム系のメルカルトだろうと言ってる。
さらに,アッリアノスは「ヘロドトスが伝えるところによると,エジプト人は12神のなかの1柱に数え入れている」と学説を紹介していたりもする。どういうことだと解説を見ても,この部分について,ヘラクレスに対応するエジプト神は特定不能と書かれている。

こういうのを見ていくと分かるんだけど,アレクサンドロス大王の行く先々にヘラクレスがいる。
いや,解説も「ギリシア的解釈」としているが,現地の英雄のことをヘラクレスと言っているのかもしれない。実際,ヘラクレス伝説というのは時間の経過で各地の英雄伝説が寄せ集められる形で大きくなっていったという話もあるらしい。
だいたい,アレクサンドロス大王はテュロスとかペルシアで何語を話していたんだろう。まさか,言葉が通じたとは思えない。現地人が「ここで弁慶がどうこう」とか言ったのを,通訳が「弁慶」に対応する言葉として英雄ヘラクレスを当てたりする感じでねじれていっているのではないかと思うところもある。

さて,ここまで前置きでようやくインドである。
アレクサンドロス大王は,オルノス地方にやってきたところ,ヘラクレスでも攻略できなかったという都市にやってくる(4巻28)。アレクサンドロス大王はこの話を聞き,どうしてもここを攻略したいと思うわけだ。
いまさら地図を出すまでもなく,ギリシアとインドは距離がありすぎるし,こんなの嘘だろうと思う。
著者であるアッリアノスも,「テバイ(ギリシア)のヘラクレスあるいはテュロスの,あるいはエジプトのヘラクレスにせよ,ともかくヘラクレスがインドまで実際にやってきたものかどうか,私としては来たとも来なかったとも断言はできないのだが,どちらかというと来たように思われない」と微妙な言い回しをしている。
そのうえで,功績を誇張するため,「あのヘラクレスにさえできなかった程だという作り話をしたのではないか」と懐疑的である。

その他,ヘラクレスが来た証拠として『東征記』は,マケドニア軍は,ヘラクレスの象徴である棍棒印の焼き印が押された牛を見て,「ヘラクレスがインドまで来た証拠だ」と言ったりしたことも伝えている(5巻3)。
証拠としては推認力は弱いし,アッリアノスも「他の歴史家は信憑性を認めていない。私としては,この問題についてはあずかりということにしよう」と投げやりである。

さらに『東征記』を読み進めていくと,ヘラクレスだけではなくて,インドにはギリシア神話ゆかりの土地だとか事跡がうじゃうじゃあるということになっている。
たとえば,5巻に行くと,今度はギリシア神の1人,ディオニュソスが建設したというニュサという町が出てくる。この点も,著者はうさん臭さを感じつつ,「あまり立ち入った詮索はすべきではない。」ともはや思考を放棄したかのような書きぶりをしている。
ただ,このニュサについては戦わずして投降し,「ディオニュソスに免じて,この町は自由自治の民としてください」とアレクサンドロスに懇願したということで,そのようにされている。
これについて岩波文庫の解説を見ても,ギリシアのあれではないのではないか,インドの神話伝承をギリシア的に解釈したものなのではないか,と書かれている。
僕としては,本当にディオニュソスが来たかどうかのうさんくささはある。
さらに,マケドニア軍はインドを「世界の果て」と考えたようである。神話ではプロメテウスは世界の果てで磔刑に処せられねばならないので,その磔刑に処された場所を「発見」するとか,のんきなこともしていたようだ。

さて,「インドのヘラクレス」についてこれ以上となると,アッリアノスの『インド誌』にも多少の記述がある。この『インド誌』は『東征記』のおまけみたいなものであるが,著者のインドについてよく分かっていない感があふれていて面白い。

そんな『インド誌』の説明によると,たとえばディオニュソスが建国したということになっているニュサについて,住民はインド人ではなく,ディオニュソスがインドに引き連れて来たギリシア人のうち,戦闘に耐えなくなった者だろう,と記述している。
このディオニュソスについては,アレクサンドロスよりも先にインドに攻め入って,インド人を打ち従えたということになっていて,胡散臭いながらも証拠があるとしているが,ヘラクレスについては,「記念になるものがとぼしい」(5)というのだ。
前述したように,ヘラクレスが攻略できなかったというアオルノスの岩砦について,アッリアノスはほら話だろうと断じ,あとはせいぜい棍棒の焼き印がある牛くらいしかないのだ。
この点についてアッリアノスは『東征記』の執筆時とは見解が変わったのか,「このヘラクレスはおそらく別のヘラクレス,つまりテバイ(ギリシア)のヘラクレスではなく,テュロスなのかエジプトのヘラクレス,あるいはインドからほど遠からぬ北の地方に居をかまえたどこかの大王のことなのだろう」(5)と論じている。

まぁ,実際そうだろうとは思うし,答えが出てしまった感じはするが,さらに『インド誌』からインドのヘラクレスについての記述を見ていく。
インド族のスラセノイ族はヘラクレスを格別尊敬しているのだが,ここの部族のいうヘラクレスは,ギリシアのヘラクレスと似たような衣服をしているのだ。
また,ヘラクレスはこのメトラとかクレイソボラで大勢の女たちと結婚し,大勢の子を作ったが,女の子は1人だけしか生まれなかった。この娘,パンダイアの名前にちなんで「パンダイア」と呼ばれた地方については,ヘラクレスが統治を娘に委ねたという(8)。

また,ヘラクレスは自分の死期が近づいたことを悟ると,娘を嫁がせるにふさわしい男がいないので自ら7歳になる娘と交わり,この娘との間にできた子がインドの王になったという(9)。
アッリアノスは,「7歳で結婚という慣習については,パンダイア地方の寿命が男性で40歳という話だし,7歳で結婚というのも理屈にかなうかもしれない」としつつも,「別に娘が成人するのを待って交わればいいのでは?」としているが,僕としてはそもそも息子に後を継がせれば,と色々思うこともある。
なお,ディオニュソスはヘラクレスより15代前だとか説明されているが何分と神話の時代だからな…。

さて,おおよそこんな感じ。
結論としては,アッリアノスが『インド誌』5節で論じているように,インドのヘラクレスはギリシアのヘラクレスと別人なのだろう。
ただ,そこにロマンがあるとは思う。僕としては,こういった話から,ギリシア・ローマでのヘラクレスの強い人気を感じるのだ。
アッリアノスの『東征記』を読んでみても,「ヘラクレスの末裔」と何度か記述していて,そこ自体は疑っていないようだ。また,たとえばローマ皇帝コンモドゥスなんかも,ヘラクレスのコスプレをして闘技場で戦っているわけだ。

また,最大のカブトムシの名前がヘラクレスオオカブトだったりするのは,その力強さには「ヘラクレス」がふさわしいからだろう。
僕がやってるスマホゲー,FGOでも絆ヘラクレスはまさに最強の一言。強いという言葉はヘラクレスのためにあるという感じで,まさにヘラクレスの強さに対する信頼はアレクサンドロスの時代から2000年以上たった今でも衰えることはない。
なんというか,ヘラクレスについてはギリシア神話の本を読めば,その経歴なんかは分かるんだが,後世でヘラクレスがどういう扱いだったのか,そこをうかがい知ることができて,僕としては非常に面白かった。


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最終更新日  2019.03.30 12:38:57
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