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タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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2005年06月11日
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カテゴリ:タコ社長の日常
2005-06-11 18:16:51

今日の写真 こちらの公衆男子トイレは開放的だ。しかし、みな異様に隠す仕草が面白い


「高校時代に岡山に留学していましたが、本当に100軒くらいしか家のない、田舎にいました。」メルボルンの州政府貿易部のDさんと話す機会があった。ドイツ生まれ、オーストラリア育ち、そして日本留学の経験がある人だ。Dさんは、本当に日本の生活を楽しんだとめを輝かせた。毎日1時間かけて高校に通ったそうだ。金太郎で有名といいかけた私は、桃太郎と訂正させられた。

「でも、どうしても馴染めないことが一つありました。」「なんだったんですか?」「汲み取りのトイレでした。」なるほどと思った。トイレには人一倍興味と関心のあるタコ社長、詳しく聞こうと思ったが、お茶とお菓子をいただいているときだったのでやめにした。

日本に帰ったとき、止むに止まれぬ事情で駅のあまりきれいでなかった日本式のトイレに入って、終わって出ようとしてひどい立ちくらみをおぼえたことがある。こんな所で終わりたくないという思いも過ぎった。昔は本当に難なくこなしていたスタイルだったが、体型も変わり足への加重が異常に増えたことも原因だったのだろう。勿論、東京の駅だから汲み取り式ではない水洗ではあったが、もう二度と使いたくないと思ってしまった。極端な話し、小錦のような人で想像してみると、これはもう論外だろう。

Dさん、そうとう苦労されたことだろうが、ニコニコ笑いながら話したくれた。戻ってメルボルンの大学を卒業、そしてまた日本の、今度は東京の国立にある一橋大学で学んだという。国立は私の高校の母校がある町で、桜並木で有名なところだ。オランダ系の連れ合いが唯一東京に住むなら国立ね、などととんでもないことを言う町でもある。

「じゃこんど一緒に昼でも食べましょう。」ビジネスを離れてご一緒させてもらい人だ。なんせ、時々途中から日本語になっても違和感がないのがいい。「日本語が話せるオーストラリア人がふえていますよ。しかも、会計士とか弁護士とか。そういう人を日本に紹介するビジネスはどうですか?」別れ際にDさんがそういった。日本では、北海道のニセコに豪州の会社が進出している時代だ。面白いかもしれない。

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Last updated  2005年06月11日 18時19分32秒
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