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カテゴリ:読書日記
終戦記念日に、「火垂るの墓」を見た。
最初から最後まで、様々な想いが自分の中を駆け巡り、涙が止まらなかった。 14歳と4歳の兄妹の戦争下での生活を、何からも逃げずに丁寧に丁寧に映像化した30年前の作品。 30年前の公開時に劇場で見て以来、テレビで断片的に見たことはあったかもしれないが、大人になってからしっかりと見るのは初めてかも知れない。 幻想的なまでの蛍の乱舞をはじめとする映像の圧巻の美しさ、幼女節子の佇まい、仕草の愛らしさ、はかなさ、つかの間の生の眩く吸い込まれるような輝き、そして、刻々と忍び寄る死の残酷さ、美化とは無縁のみじめさ、人間の醜さ、悲しさ、冷淡さ、浅はかさ・・・すべてが詰まった不朽の名作である。 4歳の節子は、しょっちゅう涙を流す。無理もない、本当に泣きたいことばかりだ。 14歳の清太は、滅多に泣かない。でも2回だけ、号泣する。 1度は、節子が火垂るの墓を作りながら、「おかあちゃんも、亡くなって、今はお墓の中にいるんだ」と吐露するシーン。幼い節子に母の死を隠し通していた清太は、節子が既に知っていたことに衝撃を受けて、涙が止まらなくなってしまう。 2度目は、畑を荒らしていることが所有者にばれて、さんざん殴られた末警察に突き出され、説諭を受けた後に痣やたんこぶだらけで交番を出たところで、心配して後をついてきた節子に声をかけられるシーン。 「おにいちゃん、どうしたの。大変、お医者さんに行って、注射してもらわないとね」 飢えと栄養失調でやせ細った節子に自分の怪我を心配された瞬間、清太の心が決壊し、しゃくりあげるように泣いてしまう。人生を懸けて誰かを守ろうとしている人は、実は、他の何よりも、守りたい人に、自らの心を支えられているのだ。 守りたい何かがあるから、人は強くなれるし、孤独にも耐えられる。 DVDの付録として収録されていた原作者野坂昭如さんの寄稿したエッセイもまた何度も読み返させる魂の言葉が綴られていた。 「生きているぼくもまた、節子と共に死んだ」 「節子と一緒に死んでしまったのだから、余生のはずはなく、もし生きているのなら、戦後といわれるこの43年間は、夢に違いない」 「ぼくにとって、ぼく以外の人間は、節子しかいない」 「ぼくが、節子にとっての全世界だったのではなく、実は逆だったのだ」 「ぼくは、餓死を望んでいる、節子と同じように死ななくてはならぬ。そして、ようやく醒めるのだ、海へ行く、野荒らしの収穫を一緒に食べる、蛍を見る」 この文章は、最早、誰かのために書いているのではない。 ご自身のために書いている文章だからこそ、読む人の心を貫き、揺すぶり、魂をえぐる。 本当に心を打つ文章は、何でもそうかもしれない。 究極的には書き手の内面や魂を、「言葉」に置き換えることが書き手にとって切実に必要な瞬間に、歳月の経過で決して風化しない文章が誕生するのだと思う。 野坂さんは平成27年、高畑さんは今年、お亡くなりになった。 原作者も監督もこの世にいなくなっても、「火垂るの墓」は永久に残る。 誰かの記憶ではなく、我が記憶として、心に刻み続けたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.08.17 04:59:35
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