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バス停地名学のすすめ

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2010.01.13
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カテゴリ:新宿区
(前回からのつづき)

かつての都電13系統廃止後も、この周辺の地域は鉄道の便に恵まれず、都営バスが唯一の公共の足として機能していました。中でも、都電の代替系統だった[秋76]系統は、新宿駅と牛込地区を結ぶ幹線系統として欠かせない存在でしたが、平成12年の地下鉄大江戸線開業により廃止となり、他の関連系統も減便等の措置がなされました。

河田の地名は、田地や湿地帯を示すもので、古くは川田ヶ窪町の名もあり、東京女子医大南側から曙橋方面への谷状の地形を見ると、その地名由来にもどことなく頷けるものがあります。牛込地区でありながら、昭和61年の住居表示施行まで市谷河田町と称していたのは、谷地が市谷方面に開けていたことによるのかもしれません。

河田町といえば、以前はフジテレビの所在地として知名度が高かったですが、平成9年に同局がお台場へ移転し、街の様相も幾分寂しくなったのではないでしょうか。現に、大江戸線開業の際、駅名は当初から若松町の仮称で決まっていましたが、河田町の衰退を懸念する声から、最終的に若松河田の駅名で決着したといわれます。

都電時代からの建築物として、この付近でご紹介しておきたいのは、地下鉄の入口脇にある旧小笠原伯爵邸の建物です。日本では珍しい本格的なスパニッシュ建築で、竣工は昭和2年。大規模な修繕の後、5年ほど前からレストランとして使用されています。お店を予約して店内に入れば、室内の華麗な装飾や中庭、屋上庭園などを楽しめるでしょうが、外観だけでも緑のスペイン瓦や窓の格子など、見どころに溢れています。

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最終更新日  2010.01.13 14:49:50
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