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カテゴリ:プライベート
一昨年の夏からずっと続けている「ハート瞑想とチャクラジベリッシュ瞑想の会」のおかげで、頭のなかに(?)空間があって、雑念なんてものは、そのほんの表面の髪の毛のあたりを蠅みたいに飛び回ってる電気信号のようなものだと感じることが多くなった。
つまり中心の空(くう)を意識することが多くなった。思考と思考の間のギャプが多くなって、沈黙を意識することが多い。 ばかになったのかと最初は心配になったが、前よりも思考が回るような気もする。例えば難しくて読めなかったような本が、前よりもすらすら読める。 ジベリッシュは思考を一瞬、確かに壊す効果がある。例えば「ボクハバカデアル」という思考は、順序を入れ替えて、「ルアデカバハクボ」と言ったり、音程を高くしたり、低くすれば、その言葉は変化し壊れる。その時できた隙間から、もっと奥にある中心に気づきの光りが届く。 ふつうは中心の空(くう)の上に、ごちゃごちゃした思考や感情が層になってカバーされてるから、その奥のものに気づけない。 原発の建屋のカバーみたいなもので、福島ではそのカバーがふっとんで、えらいことになったが、ひとは時々カバーをふっとばして、自分の原始力につながる必要がある。 中心からエネルギーが生まれて、生きることができたら、「生そのものがニルヴァーナになる」OSHO はずだ。 もちろん、まだそこまでの境地ではない。 だから涅槃が待っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.02.26 18:54:50
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