図式化にはどのような効用があるのか(2/5)
(2)図式化は外面的な特殊性を捨象するのに役立つ 前回は、日常生活における図式の効用として、「分かりやすさ」ということがあることを指摘しました。しかし学問をする上では、この「分かりやすさ」という図式化の効用の把握だけでは不十分であって、図式化の効用を学問的に問うていく必要があることを述べました。 さて今回は、学問創出過程における図式化の効用について、「外面的な特殊性の捨象」という観点から考察していきたいと思います。 先回少しふれた三浦つとむさんは、図式化の効用について以下のように述べています。「図面はその外面にとらわれるのを防ぐために、構造をつかむのに、非常に役に立つのです。」(三浦つとむ『弁証法・いかに学ぶべきか』p.123) ここでの文脈は、算数の応用問題について、ややこしい文章で説明された問題の構造を把握するために図面に描いてみる必要があるというものです。引用文中に「図面」とあるのは本稿でいう「図式」とほぼ共通のものと考えることができるでしょう。そして、「外面にとらわれるのを防ぐ」「構造をつかむ」という、学問構築上非常に興味深い言葉がでてきていることも注目に値します。 では具体的に、どのような問題にぶつかったときに、「外面にとらわれるのを防ぐ」「構造をつかむ」という図式化の効用が発揮されるのでしょうか。 例えば、算数の応用問題として、以下のような問題があったとします。問、Aさん、Bさん、Cさんの3人がいます。AさんとBさんの現在の所持金の合計は6,200円、BさんとCさんの現在の所持金の合計は5,000円です。BさんはAさんよりも1,200円多くお金をもっています。CさんはかつてAさんから3,000円お金を借りていたことがあります。Cさんはそれを3カ月かけて1,000円ずつ返しました。また、BさんはかつてCさんにお金を貸していたこともあります。AさんとCさんのお小遣いは毎月1,000円ですが、Bさんのお小遣いは毎月500円です。(1) Aさんは現在、いくらお金をもっているでしょうか。(2) CさんがAさんからお金を借りたとき、Aさんは自分の所持金20,000円のうち3000円を月末に貸しました。Cさんの返済は、その翌々月から始まり、返済日は毎月10日でした。Aさん、Bさん、Cさんのお小遣い日は毎月20日として、CさんのAさんに対する返済が完了した時点で、Aさんはいくらお金を持っていたでしょうか。(3) Aさんの所持金がBさんの所持金を上回るのはいつでしょうか。但し、現在は1月1日で、今後、AさんもBさんもお小遣い以外の収入はなく、支出もないとします。(4) …… この問題は、見た目は非常に複雑で、簡単には答えがでそうにないと小学生なら思うかもしれません。しかし、この複雑な「外面にとらわれるのを防ぐ」ために、「構造をつかむ」ために図式化してみるとどうなるでしょうか。ここでは(1)の問題について考えてみます。 問題の文章には現在の所持金に関する記載のほかに、過去のお金のやりとりや毎月のお小遣いの額も示されていますので、これらの関係を図式化すると以下のようになります。 今、答えが求められているのは、現在のAさんの所持金です。ですから、上図の「現在の状況」の枠内だけを取り上げることにしましょう。そして、Aさんの所持金の額を以下のように棒グラフのように示してみましょう。 Aさんの現在の所持金に関係がある記述は、「AさんとBさんの現在の所持金の合計は6,200円」という部分と、「BさんはAさんよりも1,200円多くお金をもっています」という部分の2つですから、これも図に表わしてみましょう。 この図から、2人の所持金の合計である6,200円から、Bさんの所持金とAさんの所持金の差である1,200円を差し引いた金額が、Aさんの所持金の2倍であることが分かります。ヨリ分かりやすく図示すれば以下の通りです。 このように、一見見た目が複雑な算数の問題も、図式化することで「外面にとらわれるのを防ぐ」ことが可能となり、問題の「構造をつかむ」ことができるのです。Aさんの現在の所持金は、(6,200-1,200)÷2=2,500円となります。 この最後に示した図は、別の似たような問題の解決にも役立ちます。例えば、「ある日の昼の長さは夜の長さに比べて、1時間30分長かった。この日の夜の長さは何時間何分か」という問題であれば、この図を使って以下のように図式化することで、簡単に説くことができます。 1日の長さは24時間ですので、夜の長さは、(24時間-1時間30分)÷2=11時間15分となります。 このように、図式化することによって、複雑な外面を取り払い、問題の構造を掴むことができるからこそ、別の問題でも同様の構造を有しているものであれば、同じような図式を使うことで問題を解くことができるのです。 学問においても、「外面にとらわれるのを防ぐ」「構造をつかむ」という図式化の効用は非常に有効性を発揮するものです。そもそも学問とは、その対象とする事物・事象の共通性を捉え、それを体系的にまとめ上げたものとして成立するものですから、諸々の現象を呈する対象的事実の現象形態に惑わされていては学問にはなりません。対象的事実の構造を把握する必要があるのです。そういう意味で、学問を構築する上では、図式化は大きな効用を有するのです。 ではそれはどういうことか、具体的に筆者の専門分野である言語に関わってみていきましょう。以下の図式をご覧ください。 これは筆者が考案した「言語とはどういうものか」を図式化したものです。言語というものは、様々な表れ方をしていて、一概に「言語」といっても捉えどころがないように思われるかもしれません。我々の使っている日本語もあれば英語もあり、世界中にはさまざまな言語があります。また、品詞といわれるものもたくさんあって、名詞や動詞、形容詞、助動詞など、色々な種類があります。こうした言語は、音声として話されることもありますし、文字として書かれることもあります。このように、諸々に現象する言語について、「外面にとらわれるのを防ぐ」ことに注意して「構造をつかむ」とどうなるのか、それを図式化したものが上の図です。 簡単に解説しますと、真ん中の下にある「表現=対象」として表されているものが「言語」であって、これは自分の感情や思いを相手に伝えるためにこそ生み出されるものです。「言語」の直接の基盤はその表現者の認識にありますが、「言語」の大きな特徴として、表現を行う際に「言語規範」という認識を介することになります。ではこうした認識はどのように形成されるのかといえば、視覚を中心とする五感器官によって対象たる現実世界を脳に反映させることによって認識は形成されるのです。こうした対象→認識→表現という過程を経て創られる音声や文字などが言語だということです。 以上、図式化の効用の1つ目である、「外面的な特殊性の捨象」ということがどのようなことか、お分かりいただけたでしょうか。次回は図式化のもう1つの効用について述べたいと思います。