21701409 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

h+and   ~ I want to throw away ~

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村






























ほしいものリスト

カレンダー

カテゴリ

楽天カード

全51件 (51件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

捨て部

2019.05.12
XML
カテゴリ:捨て部
短いブログを書きます。


レクイエムのように。  1つの独立した日記にしたくて。


今日のすずひの「1日1捨」は・・・ こちらです。  満を持して、この時は来た。


黒のニットを手放します。






※ 少ない服系ミニマリスト。少数精鋭服の最新一覧はこちらです →



この「指穴」ともお別れです。 本当に淋しい。  また同じのが、心から、欲しい。


ユナイテッドアローズさま。 

どうかこれを・・・ 次の秋、どうか復刻してくださらないでしょうか (;_;)


署名を募りたいくらいです。


もっともっと すずひに情熱があって、
わたしの好きなものだけを揃えたセレクトショップを作ることができたなら。

こういう、自分の経験を最大に生かして、本当に飽きない満足な1着を、定番で商品化したい。

お客さまが買ってくださって、着てくださって。

わたしのように それこそ1日おきくらいに5〜6シーズンこてんぱんに着てくださって、
どの服も合わせやすくて、お出かけにも着られて、ちゃんと家で洗えて お手入れが簡単で。


本当によく着ました。  もう限界です。  さあ 買い直そう、ってなったとき。


ちゃんと、それが、売っている。 ちゃんと 同じのが買える。 そういうお店。



服だけじゃない。


食器も、キッチン雑貨も、インテリアの小物も。 何もかも「1店」で揃う。

そこに行けば、
これまで通りの「お気に入りの暮らし」をずっと続けるための 同じもの が 一式 揃う。


あちこちのお店を探し回らなくていい。 そこに行けば、すべて、いつも、ある。


そういうお店が、この世には、まだ、ない。


わたしに情熱があったら。 もっともっとあったら。


こんな夢ものがたりを聞かされても・・・ 読者のみなさま 困っちゃうよね。



そんな同じものがずっと売ってるお店は、もしもあっても、飽きられて、つぶれちゃうのかな。










本当に気に入って。 ものすごく着て。 使って。  それを手放すとき。

いつも一抹の不安がある。

こんなに気に入る服を、また買うことができるだろうか。見つけ出すことができるのだろうか。


いつもわたしが感じていることなの。 
気にいっていた服を限界まで着て手放すとき・・・損失恐怖を感じるのです。みぞおちが痛む。



そういう安心なお店があれば。 こんな不安も(みぞおちの痛いのも)なくなるのにな、って。



お店の一角では、すずひのレシピの無添加ころころドーナツ売りたいわ。
最高に美味しいソフトクリームの方がいいかな?(あの「ぷにぷに」のかたちのやつ、ね!)


一緒に働く人は、どんな人がいいんだろう。 (Eちゃんはもう絶対に参加してもらいます)



考えだすと、止まらない。 



黒いニット、あなたを わたしは250回くらい着た気がします。


そんなあなたに出会えたことは、ミニマリスト冥利につきます。










すぐに毛玉になるような、伸びるような、ボロくなるようなあなたなら、こんなに長くお付き合いすることは、できなかったよね。


あなたは、素敵だった。 あなたが載ったこのページは。 わたしのとても好きな1ページ。


今日でお別れです。  さようなら。   そして、ありがとう。 本当に。






                                    おわり








すずひの妄想夢ものがたりを聞いてくださって、ありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

わたしの日記を、いつも楽しみに読んでくださって、ありがとう。





     **** お買い物マラソン やっぱり買っておこう ****

 ↓ 息子用のフォーマル。 突然の訃報に慌てることのないように。
    もう「制服」を卒業してしまったから、ね ( ´▽`;)


 
 ↓ 裾上げがこの価格。 届いてすぐに穿ける安心が、うれしい! ( ´▽`)













最終更新日  2019.05.12 22:33:08
2019.04.05
カテゴリ:捨て部
毎日、何かを こつこつと 捨てています。

もう、捨てるものなんてないでしょう!? って

時に優しく、そして時になぜか意地悪っぽく(笑)言われやすいのが この わたしです。
わたしのウチに もう捨てるものがないことが、どうしてムカつくのかわからないのですが、
明らかに怒った感じ? と申しますか、「気に入らない感じ」で言われることがある。

ここへきて、まだ何かを捨てている、ということを「信じられない!」というような
いや、信じられない、じゃないな。 どちらかといえば 「許せない!」というような・・・ 
なんか なぜか、そういう不愉快系の顔をされることも 意外と多いです(笑)


あー、これ、逆で考えてみると わかりやすいのかも。
もう十分たくさんあるのに まだどんどん次々買っちゃう人見た時に わたしが感じる感情だ。


え、こんなにあるのに まだ買うの!?  の 気持ちだ!

だから、反対から見れば、

こんなに何にもないのに まだ捨てるの!? っていう、そういうお気持ちか! 


そっか!だったらわかる! ものすごいわかる(;_;)! うわあ、なんか スッキリした! 







今日の1日1捨は この「コサージュ」です。 ああ、わたしの人生に、この時がきたんだな。





一気に捨てた 約4年前の あのときは凄まじかったけれど。
今は。 しみじみと手放す、しみじみと捨てるわたしとなりました。
捨て初期の頃の捨て方とは、ひとつひとつのものに対する向き合い方が ぜんぜん違います。
今の捨て方のほうが、あの頃よりも なにか ぐっと胸に迫るものがあります。

はじめっからいちいち そんな「しみじみ捨て」をしてしまいますとね、
捨てなんて、多分、一生 終わらないのです。


そういう丁寧な捨て方もあるけれど。 本当にそれで片付くんだろか、と思ってしまう。

はじめっからそんなスローペースでは、
生きてる間に捨て終えることなど不可能なのでは? という気がしてしまう。
わたしは そのくらいの量のものを、この小さな家の中に、持っていたから。 
要らないものを抱え込み、二度と使わないものをしまいこんでいたから。


それでもね。 見えるところは ちゃんと 片付いていたのです。


だから、片付かない家には。見えるところが散らかっている家には。
わたしの抱えていた以上の数の「要らないもの」「二度と使わないもの」が 確実にある。


あのまま もしも捨てずに死んじゃったらどうなっていたのかな、って考えることがあります。
きっと どうにかはなるのでしょう。 誰かが、家族が なんとかしてくれるのでしょう。


それが「平気」か。 それとも絶対に「嫌」か。 


捨てられる人と 捨てられない人の違いって、多分、究極的には、その違い。

わたしたちの世代から、なんじゃないかな。
ものを残さないで死にたい、って 本気で思い始めてるのって。







懐かしい画像。12年前。 思い出の節目にはいつもコサージュ。 うわあ、名古屋巻き(笑)




新しい元号「令和」が発表されましたね。

昭和って、とにかく「買った」「買いまくった」時代、だったと思うのです。
初期や戦後の頃にはものが無くて、本当に無くて。全ての人が豊かさを渇望していて。
その後、世の中が急激に成長して、さまざまなものが買えるようになって・・・
そりゃ、買いますよ。 買いたくもなりましょうよ。
誰もがテレビを、洗濯機を、家を、車を。「豊かさ」を買うために働いていたような時代です。

いやいやいやいや 、平成だってそうとう買ったぞ!とも思われるでしょうか。
百貨店で。ショッピングモールで。アウトレットで。 ファストファッションや100均で。

昭和って、でも、その比ではないと思います。
なんか、わたしの感覚ですと・・・昭和の頃って なんだか 欲しいものはみんな高くて。

服でも、DCブランド流行真っ盛りで・・・
とてもじゃないけれど中高生のお小遣いで買えるような金額の服じゃ無くて。

なかなか簡単には買えなかった。 一生懸命になって買った、というイメージがあります。
今の高校生って スタバとか ディズニーとか USJとか ばんばん行けて、すごいな!

一方、「平成」は、買うことが 自分の中で ものすごく「気軽」になったような・・・

バイトを始めて 社会人になって 自分自身が収入を得るようになったことも大きいですが、

なんでもポンポン買ってしまう時代だったなあ・・・って。 なんかそう思うのです。


ポンポン買って、ほとんどの世代で、そして「世帯」で、もう ものが揃ってしまった。
それでも売り場には、まだ、ものが飽和していて。 次々と新しいものが提供されていて。

すると、わけもなく欲しくなる。
揃っているのに、あるのに、買ってしまう。 ものすごく奇妙な状態。

昭和って、ものすごく買った時代だけれど、その多くは 一応「必要なもの」だったような。
多くの人々が要らないものや使わないようなものまで買うようになっちゃったのって、
断然「平成の約30年間」な気がします。


だから。 わたしたちの世代(以降)から、なんじゃないかな。
ものを残さないで死にたい、って 本気の本気で思えるのって。 実際、それが可能なのって。


無駄なものを買った、という自覚がある世代。


親の世代にそれを求めるのは、子世代の身勝手だな、って 最近は思うようになりました。
生きてきた時代背景があまりにも違い過ぎますからね。 捨てられないのは、無理もないのです。






6年前の中学の入学式の日は、28℃くらいまで気温が上がって、夏のような日でした。



プチプラの服って 安くて可愛くて流行そのもので すごいのに。
なんかそれを「100%良し」と素直に思えないのも・・・きっと、生きた時代のせい。
昭和の頃。 わたしの欲しい服は、いつも高かった。 ビギもギャルソンも、ピンクハウスも。
 
服が欲しくてバイトした。  3ヶ月貯めたお金で買えたときは、本当に嬉しかった。

なんか、服ってそういうもの、って思いが未だに根強くあるんです。とことん昭和の女なのです。

大切すぎて着られなかった、っていうのも、きっとそのせい。
3ヶ月分の給料だと思ったら・・・ そうそう普段には着られませんよ(笑)




おっと話がそれました。  戻します。



家の中に。 当たり前のようにずっとあって、ああ、もうほんと使ってないわ、という捨ては、
「よくよく考えたらもう要らないわ」属 の捨て、です。

そういうものは、わたしの家の中には、もう ほんと少なくなっていて。
自分的には「ない」「0」だと思っていて。 
たくさんありすぎるから数を半分に減らしてみましょう、みたいな捨ても ほとんどなくて。
滅多に発掘できなくて。 それでも ひょっこり見つかったりすることを、楽しんでいる。


今は、だから、わたしの「捨て」は。 


然るべき時がきて、それで、捨てる。    そういう捨てが多いです。 

然るべき時期が来たなら捨てよう。 もう使うことはないから。 

そういう「お別れカテゴリ」の、捨て。 「しみじみ属」の、捨て。

次に使うことはもう無い。  お子が大きくなると・・・そういう捨てが、増えますね。


しみじみだけれど、だから、嬉しいものですね。


わたしの「世帯」は もう その時その時で「大きく増やす」必要のある時期は通り過ぎた。
あとはもう、不要になったものを、その時、その時に 減らす。 幸せな、先細り。

もちろん 買うことや何かを増やすこともあるけれど、ぶくぶく増やすのは、もうおしまい。 
人員が増えていないのに、増やし続けて、一体どうするの。  誰が使うの。


そんでもって 、最後、それ、誰が捨てるの?  ← わたしの捨てを支えるキーワード


自分で捨てられないような種類のものや、捨てられないような量は、持つべきではない。
本当に使っているものだけで 暮らす。

少ないそれらをちゃんと使って、役目果たし切って・・・ 納得して捨てる。

多すぎるものを捨ててる時には、正直 ものに敬意!とか 感謝!とか 今日までありがとう、とか いちいち殊勝なこと思っていられませんでした。(みんなそうなんじゃないかな・笑)

なんか 邪魔者を追っ払うような捨て方になってしまう。 排除!!! みたいな、ね。


そのときは、そういう顔になっていただろうな。  修羅の形相。 鬼の形相。

そんな時期って、本気で捨てようと思ったら、誰にも きっとある。







捨てることは、生まれ変わること。生半可な気持ちでは、生まれ変わることなんてできない。





向き合って、使い切って、その時が来たから 捨てる。

思い出のものを捨てるわたしを「冷たい人」と 責めますか?  

思い出は「もの」の中になんて ない。 わたしの思い出は心の中に。 いつも記憶の中に。

ものがなければ忘れちゃうよなヤワな思い出なら、そんな思い出、はじめからいらないわ。





次に使うことは、もうない。 それは、わたしだけが わかること。

わたしにしか、わからない。  だから、自分のものは、自分で捨てる。

この「納得感」って 未練に勝る。  

ミニマリストがいちいち捨てを迷わないのって。 きっと、そこ。


未練感じなくなるくらい、 しっかりと 向き合ってる。


ものと思い出は「別物」だってこと。 いっしょくたにする時期を、どこかで乗り越えている。


その「物体」を手放しても 心が忘れないってことを、 経験として、 知っている。



捨ては、技術。   ミニマリストの多くは、その「経験値」を、 積んでいるのです。  



だから 捨てられる。  思い出のものを 捨てることが できるのです。





                                    おわり







ものと思い出を いっしょくた に してしまいますと、
このカップのようなものも「京都の思い出だから」と言って、捨てられなくなる場合が。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

愛着と、思い出は、全く違う。 捨てることと、冷たいことも、違う。
ものと向き合い、捨ててきた人だけが、わかること。 

ただ 価値観は、人それぞれですね。 本当に、それぞれ。
このブログを支えてくださっているのは、きっと、わたしと「価値観」がよく似た読者さま。

それがものすごく嬉しいのです。 
たくさんのブログの中から わたしのブログを見つけてくださって・・・本当に、ありがとう。













最終更新日  2019.04.05 17:40:51
2019.03.08
カテゴリ:捨て部
服を、毎シーズン 必死こいて買っていたときのことを、
前回は、マラソンに例えて お話しさせていただきました。


「自分のペースではないものに 無理してしがみつくことの苦しさ」と。

社会生活における苦しみの およそほとんどって、そこに起因する。
マラソンを筆頭とする陸上競技の経験がなくたって、この感覚って想像しやすいかと思われます。学生時代って、長距離走とか持久走とか、個人の意思に関係なく、体育の授業内でやたらと無理やりやらされますでしょう?  みんな雨乞いしたよね (;_;)

一緒に走ろうね!って言ってた友に ラスト1周で裏切られたり、裏切ったりして、
友情の儚さや、人間模様の現実を知ったり、ね。 (すずひ裏切ったのか!!)



自分のペースを 自分で作ることの 大切さ。


そういうことって、ほんと 学校では学べませんね。 
学校は、周りのペースに合わせさせる反面、周りを蹴散らかしてでもトップ目指して上り詰めることや、そこから落っこちないように 歯を食いしばってしがみつくことや。 落第しないことや。

みんなと仲良くしなさい! とかいうくせに、評価の全ては「比較」ばかり。
周りを「敵」と見なさせ 個々に戦わせ、勝者と敗者をはっきり認識させるような そんな画一的な教育ばかり。
そこに 器用に適応できれば「良い子」。 できなければ「問題児」。  ああ・・・。

社会では 学校の比ではない。 もっともっと「比較」に 掻き乱される。 自分を見失う。



疲れるわけです。


学生生活でも、社会人生活でも、そしてご近所付き合い・ママ友付き合いでも。
人生がずっと そんな風になってしまう人が多いことにも 頷けます。
刷り込まれているのですから。 それが「生き方」「ライフスタイル」になってしまう。 

勝っていたい。 勝者であり続けたい、という人生は しんどいです。
年齢を重ねたから そんな風に感じるのかもしれませんが、いやいや若い頃から 充分しんどかった。 苦しかった学生時代や若い頃に戻りたいとは だから わたしは 1ミリも思わない。


もう、懲り懲りだ、と 思っている。





春のトップスのメインは、昨シーズンに引き続き、この3着。 安心と信頼と実績の3着!




そんなしんどさを生き抜く上で。


持ち物や服は、わたしにとって、いつしか「装備」と化したんだなあ。
18歳で急に制服奪われて、急に「自由」と言う名の大海原にほっぽり出されて。
何着たらいいか分かんなくて。 おろおろしてしまって。
 

勝つために。敗者にならないために。バカにされないために。
服は、いつも どこか「戦闘服」だった。 服は わたしの見た目を固める「武器」。 
バブルど真ん中の女子大生でしたから。 ほんと「登美丘高校ダンス部」の皆さまみたいな
激しい格好もしてました。みんな 学校くるのも デートも あんな感じでしたよ。 冗談抜きで。

服は「ミサイル」。服は「散弾銃」。 服は、盾や矛。
おお、盾(たて)や矛(ほこ)。 まさしく「矛盾」をまとっていたんですね。 超・納得!!



長い月日を経て。 多くの武装を捨て、手放し、 今や すっかり 丸腰になりました。


服をたくさん持つことは もう懲り懲り。 戦闘は懲り懲り。
おしゃれで素敵な人に劣等感を感じたり 張り合ったりすることも もう 懲り懲り。
お店の店員さんにバカにされないように 気合い入れて買い物ゆくのも、もう懲り懲り。

平和がいい。  「ふつう」がいい。

たいして似合っていないような服を買うのなんて もう 懲り懲り。
買った服を、買ったそばから「なんか違った・・・」と後悔するのも、
たった2〜3回しか着ないうちから飽きるのも もう 懲り懲り。


懲り懲り。  懲り懲り。  あああ 懲り懲りなことだらけ  (;_;)



でも、それで良い。  
何かを本気で断ち切りたいのなら、懲りなきゃダメなのです。  
自分でやってみて、自分が痛い目に合わなきゃダメなのです。


自分でとことん懲りてないことって・・・ きっと また、平気で それを やらかす。


自分で懲りないと、悪しき習慣は 治らない。


自分以外の誰かが。
例えばすずひが痛い目にあったことを端から見てるだけでは・・・人って やっぱり 学べない。

ああ、すずひ バカだね、かわいそうにwww って思ったとしても、
なぜか意外と 不思議と 気づかぬうちに同じようなことしてしまったり、ね(笑)






まだまだ寒い日が続きますが・・・ もう モコモコのタートルは やや「季節外れ」の感。
よく晴れた日にキレイに洗って・・・片付けましょう。  また来シーズンね ( ´▽`)ノ





一体 なんの話をしているのかと申しますと、
今シーズン限りで手放す「服」が、 晴れて、 このたび決定したのです。


今シーズン 手放す服は「3着」です。


かわりばんこに着ていたニット2枚。   そして・・・ あともう1着。



「もう 懲り懲りだ。 こんなことは懲り懲りだ。」 

服を手放す時、かつて いつも感じていた この気持ち。
そうブツブツ呟きながら、嘆きながら、愚かな自分を呪いながら 大量の服を捨てた日々。


散々懲りたから、ようやく変われたんだなあって 思う。


買って、捨てて、買って、すぐ飽きて・・・を 性懲りもなく繰り返していた頃は、
いったい自分が何をしているのか、どんなおかしなことしているのか、わかっていなかった。

わかろうと していなかった。 己の奇行から 目を逸らしていた。



そんな買い方に、持ち方に、 本当に つくづく「懲りた」から。


服を、こんな風に満足して手放せる日が来たんだなあ、って しみじみ嬉しく思わずにいられないのです。



とても とても満足しています。
十分に、十二分に 着たことに。  今も全く 飽きていないことに。 大好きなことに。












春、肌寒く感じなくなるまで、ギリギリまで、着よう。  
G.Wの頃には 毎年一気に夏日みたいな日がおとずれるから・・・ きっと その頃かな。



ニットは、ここまでで、それぞれ200回は着た。  まだあと1ヶ月半、何回も着る。




そして、お別れだ。 


懲りるどころか、大満足だ。   大満足の・・・100点満点かそれ以上のお別れ、だ。


懲りて泣いてた あの日のわたし、聞こえるか。  その涙は、無駄じゃない。

本当に「懲りた」から、ちゃんと痛い目にあったから・・・ようやく 今、成長できているよ。





                                   おわり





手放す予定の あともう1着は何?って? 
最後の画像が ヒントです、というか、もはや答えだねっ! 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

え!!!コート!?!? って 読者さまの驚きが 伝わってきます(笑) そうですよ!
なんで!? どうして!? のお話は ・・・ また次回に ( ´▽`)ノ
                       
花粉きびしき折にも。 すずひのブログを訪れてくださる読者さま。 本当にありがとう。








   ***  スーパーセールで食材調達・ちょっとだけ贅沢を楽しむ! ***

スーパーセールでお値打ちな間に ぜひ1枚買っておきたい美味しさ。
家庭で満足できちゃうと、ステーキ屋も焼肉屋も行かなくて済む & 花粉吸わなくて済む(笑)







そろそろ「かに鍋」も最後かな。 かに本体よりも 〆のカニ雑炊を愛するすずひ(笑)



はずせない。 いちご大福。 







最終更新日  2019.03.10 14:18:33
2019.02.27
カテゴリ:捨て部
この冬、1度も使わなかったのです。

去年は はて どうだったのか。1回か2回は 使ったような気がする。









この手袋を買ったのは 果たしていつのことだったろうか。 楽天の購入履歴で調べる。
調べてびっくり。

2014年 2月14日でした。   ご・・・ご・・・  5年前だった!   


わたしが 家の中のありとあらゆるものを猛烈に捨てたのは 
そう、「2015年の夏」のことでしたから・・・ これは それ以前から あったのか。
すごいな。 化石のようだ。  
よくぞここまでの5年間、わたしに捨てられることなく 乗り越えた (;_;)
2015年の あの夏をまたいで 今日の日まで生き残ったあなたは・・・ 偉大だ。





でも・・・   もう・・・



手袋を使わない暮らしになった。 手袋をする「習慣」そのものが なくなった。

すごく寒い日に 外をうろつくことを ほとんどしなくなった。  
寒い中 自転車で遠出をすることも減った。 そういう用事そのものが 減った。

そんでもって 、たまにそういうことをしなきゃならない日には・・・



この。







この ニットの「フィンガー・ホール」で、 十分だった。 
そう、これで 「手の防寒」は もはや十分、だったのです。



手袋使わなくなった いちばんの理由って・・・  そうか、 これだったか!



手袋するより 手っ取り早く、 指先が出てることで 何をするのにも 勝手がよろしい。
「手袋」を持ってゆく、とか 外した時にバッグに、ポケットに、とか、
どっかに片方落っことす、とか・・・

そういう全ての「手袋懸案事項」から解放されたことで。

快適すぎて、使わない手袋を自分が持っている、ということをもはや意識もしないくらい・・・


捨てる、捨てない を 超越し ・・・ 「手袋」の存在そのものを 意識しなくなった。


そう思うと。

何かを 「捨てようか」「捨てまいか」 そんな風に悩んでいる状態っていうのは、
その時点での暮らしに、まだちょっとは根付いているもの、ってことなんでしょう。


「必要」の 反対は 「不要」なのだけれど・・・
「不要」の中でも 究極の「不要」「もう要らない」は、
「意識もしない」「存在をも忘れ去る」ってことなのかもしれません。

ああ、人間関係も、そういうところ、ありますね。
たとえ「嫌い」とか「目障り」とか であったとしても、
相手を意識してるうちは・・・結局 大いに 依存してる、ってことですもの、ね ( ´▽`)




手袋は、玄関の、このバケツの中に おさめてありました。  
手袋の収納場所は、とにかく ここが ベスト、でした。
くつを履いてしまった後でも 取り出しが大丈夫な この場所。











しかし ここへきてですよ。 こんなわたしでも 一応は、悩みます。


何故ならば。  


この2枚のニットが・・・ おそらくは、今シーズン限りであろう予定、だからです。









このニットは、天才的です。

買った日から、秋から春まで。 かわりばんこのように着て。
黒、そしてグレー、それぞれ 今日まで かるく200回近く着たのではないだろうか。

そんでもって 100回以上 ガシガシお洗濯したのではないだろうか。


それなのに。



この 毛玉のできなさ。 光沢の失われなさ。  どっこも伸びなさ。  くたびれなさ。


こんなニットも、探せば あるんだ。  こんなニット、生まれて初めてだ。
確か 10800円だった。 こんな価値あるニット、ほんと、初めてだ。  

もはや 激安と言えます。  200回着たとして計算すれば ・・・1回 54円。 


同じものを もう一度 買いたい。


同じ「ミラノリブ」シリーズは 毎年 どうやら 出ている模様。(今シーズンも出てた)


でも!  でもね!   (;_;)キイテ!


この「BRACTMRNT」の ミラノリブシリーズ・・・
春物も、秋冬物も、ちょこっとずつマイナーチェンジがなされてしまっていて・・・
例えば、カラー。  今シーズンは「黒・パープル・レッド」の3色展開だった。 

「グレー」が なかった (;_;)(しかも1000円値上がりしてた)



そんでもって 、すずひの愛する「フィンガーホール」も なかった。 穴、閉じられてた!!


そ、そんな!!!  何故 そんな「改悪」をー  (;_;)!!!!










ということで、これを 今シーズン限りで手放した場合。
今持っている2枚とまったく同じものを買い直すことは もはや 不可能なのです。
ミニマリスト・あるある です。 悲しきあるある。

気に入ったものを長く使うせいで・・・次買い直す頃には、もうそれが、ない。 売ってない。

長く、って言っても たかだか2年ほどなんですけれどね。  
それでも もう買えない。  特に 服は。  ファッションは やっぱ仕方ないか。


だから。 
「このニットを手放すとなると、手袋は要るんじゃないか?」なんて つい 思ってしまう。


一応は、思ってしまう。 (そういう正常な成分も、わたしの中に まだ残っているのだよ)



でも、捨てますよ。  一瞬はそう思っても、ちゃんと軌道を戻せるのが わたしです。
ミニマリスト・すずひ です。

5年も使った手袋。 十分すぎるではないか。  

そんでもって 今シーズンは その存在意義すら忘れていたではないか。 


ジリジリと「これ捨てたい、これ捨てたい」と「今シーズン使わなかったら捨ててやる!」
と 呪った結果、なのではない。

持っていることを、忘れていた。 気持ちよく 忘れていたのです。 (このわたしが、だ。)


こんな清々しい捨てが・・・  他に あって   ヽ(;▽;)ノ ?





手首を華奢に見せてくれる、柔らかなファーが とてもお気に入りでした。




1日1捨 を していると・・・ こんな日が  ごく稀に おとずれる。

ずっと悩んでいたもの、とか 思い切って手放すぞ! とか、そういう捨てじゃなくって、

本当に、こういう



ああ・・・・ まだ これ捨ててなかったんだ。 っていう 降って湧くような 「捨て」。


わたしのことを 
毎日必死で探して 毎日何かを無理やり捨てている人だと いまだに思っている人は 
さすがにもういらっしゃらないと思うのですが、


そういう「こじらせた時期」も もちろん ありました。  懐かしく 愛おしい時期です。



今は、わたしの「捨て」は 時として、こんな風です。  


暮らしの中で。 


掃除や、片付けや 整えだけじゃなくって、
日用品の在庫の確認や 書類を書いたり調べたりや、靴を磨いたりだとか、傘に防水スプレーしたり、とか 日によっては、そういうことを 細々したりするでしょう?


そういった作業の過程で、しばらくぶりに 目につく 「今はもう使っていないもの」。
1本あれば事足りるのに なぜか2本、あるようなもの。

それと、その都度 向き合う。 
例えばボールペンなら、その2本を手にとって しばし 見つめる。 防水スプレーも、そう。
ぼーっと 見逃さない。 見て見ぬ振りしない。 判断を後回しにしない。 その繰り返し。


この家の中にも、まだ まだ あるんです。

すずひの家には、もう捨てるものなんてないでしょう?! って よく言われますが、


それが、ある。 必ず、あります。   それを わたしは 知っている。


だから 続ける 「1日1捨」。     


捨てに 終わりは ないのです。   そこが いいのです。 そこが 最高!なのです。


そう簡単に完結しない からこそ・・・苦悩であり、楽しみ。 一生 楽しめる行事。



自分の中ですぐに終わっちゃうようなことなんて・・・そんなの もう つまらん!!(笑)






                                    おわり






花粉が 今年も やってきた!  お仲間の皆さま、ご無事でしょうか (;_;)!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

お互い頑張って乗り越えましょう。 桜の頃には、花粉も 寒さも きっと少し緩みます。
かゆかゆのお目目に耐えて読んでくだった読者さま、今日も、どうもありがとう ヽ(;▽;)ノ







   *** 今日のお買い物・家族に好評だったものをリピート ( ´▽`) ***


















最終更新日  2019.02.27 15:55:12
2019.02.06
カテゴリ:捨て部
今日は、強めのお話です。

「捨て」が なかなか軌道に乗らない、とお悩みの方や
始めても 始めても なんか続かないから もういいや、と 諦め気味の方に、


ちょっと「情熱」を注ぎ込めたらいいな  って ・・・ そう 願いながら 書きます。



わたしは。  捨て終わった時には  いろいろ買いましたけれど。
どうでもよかったものを捨てた代わりに、
ちゃんと納得のゆくものや 本当に長く使えるものに 買い直しましたけれど。



捨ててる最中は 買わなかった。


ひたすら捨ててたなあ・・・ って  ふと 思い返すのです。





キーリングの定位置は、ずっと、ここ。持ち物が減ると「定位置」も変わらないです。




わたしは一気に捨てたから。
期間が短かったから、それができたのかな、と思います。
半年。1年。2年。時間をかけて ゆっくりゆっくり捨てていたりしたら・・・
         どうしても途中で気持ちが途切れて 何かしら 買いたくもなったろう。


いや、こんなに捨てたんだから何か買ってもいいよね、みたいな たるんだ気持ちになったろう。


暮らしをガラリと気持ちよく変えることなんて、きっと できなかったろう。





わたしにはわたしの。 あなたには あなたの捨てがある。
だから わたしのやり方が「正しい」などとは決して言い切れないし、押し付けることはできないし、その人その人によって捨て方の「向き不向き」があることも じゅうじゅう承知の上で・・・



それでもわたしの正直な持論は・・・

     捨ては やっぱり なるだけ 一気にやる方がいい。



自分で自分に 「迷う余地」「絶妙な猶予」を 与えない方がいい。


気持ちの温度を保つことって、想像を超えて難しいのです。
長引けば長引くほど、「継続」とか「習慣」とか、そういう次元の、また別の話になってくる。
結果、捨てを「できる人」と「できない人」とに、「成功」と「挫折」とに 悲しい枝分かれをさせてしまう。


休み休みの、ぬるい捨てに甘んじていると・・・片付けって 一生 終わらない可能性がある。


燃えて、一気に 捨てた。  わたしの「捨て」の場合、成功の一番の理由は、そこにある。

燃える情熱は・・・ できる、できない、性格や迷いを  時に あっさり 超越する。





昔は「キーリング」も ころころ買い替えてばかりいました。いつも納得してなかったのですね。





だらだら時間をかけて捨てていたなら・・・きっと うまくゆかなかった。
途中でまた 何かどうでもいいもの買ったり、すぐに要らなくなるような妥協品を買ったり、
もうこのくらいでいいや、と 捨てることも、中途半端になったりしていたのかもしれない。


わたしの 捨てにおいて とても 特徴的だったことは、
「捨て期」と「買い直し期」が 全く 重ならなかったこと。
完全に区別されていたこと。

当時、自分に「買わない規則」みたいなものを設けていたわけではないのです。
でもね。 本気の本気で捨てているとね・・・ 買い物欲なんて 一切 わきませんよ。


毎日 おびただしい数のものを捨てるのです。
それを 目の当たりにしているわけですから・・・ 目を逸らすことはできないのですから・・・

ああ、わたしのこれまで買ってきたものって、一体なんだったんだ、と。

何もかも 要らないものばかりだったんだ・・・  
こんなに こんなに、捨てても、捨てても 捨てても くだらないものが出てくる。 
もう、これ、一体どうなってるんだ。

こんなにたくさん無駄な買い物して・・・ 
本当は全然必要なくて こうして 新しいままに捨てて・・・ と


自分を 責めに責め続けるわけです。 とても苦しいわけです。  泣けてくるわけです。


ものを「買う」ことに対し・・・ 心底 萎えるわけです。 自信を 完全に 喪失する。


萎えていいんだと思います。
 間違った自信など 一旦 とことん 失うべきなのだから。


あの 捨てるものの山を見て 萎えなかったら・・・  胸が痛まなかったら・・・
またすぐ平気で嬉しく買い物できたりしたら、それは ちょっと 「異常」だ。 


今日は。 
本に書きたかったけれど書ききれなかったことを 吐き出すように 叫ぶように書いています。
わたし、どうした!?(笑)




\ネットだけでなく、書店でお手にとってくださる方がたくさんいらっしゃるのだそうです/


  *** こんな わたしに本を出させていただけたこと、本当に、ありがとう ***



はっきりと捨てる。不要なものを、すべて 捨てる。
人は変わります。 捨ての見直しをするたび 不要なものは また 必ず出てきます。
だから「すべて」というのは その時の、その段階での「すべて」 で、いい。

けれど。「買い直す」のは それから。 捨てながら買ってしまうと・・・結局 キリがない。


「捨て」が、いつまでたっても 永遠に 終わらない。



捨てながら 買いながらでは・・・ 「1 in 1out 」 では・・・


溜まりに溜まったものを減らすことは 決して できない。  そもそも、減ってない。






サブのお財布ともぴったりとお似合い。 持ち物のテイストが揃うのって・・・快感しかない。




「1 in 1 out 」 って、とても素敵な言葉です。  ショップの屋号にできそうだ(笑)
ものを増やさない暮らしを ちょっとおしゃれに続けるの呪文のような・・・
おまじないのような、素敵ポリシーのような、 とっても「耳当たりの良い」言葉。  

ですが。

1 in 1 out では、当然のことながら ものは減らないのです。 「横ばい」なのです。


そもそも 「1in 」など・・・ 不要なものを捨てる前から「in 」する など もってのほか。
「1 in 1 out 」の言葉に いい気分になってしまっていては、 横ばいのまま、なのです。




猛烈に捨てた 怒涛の2週間を思い出す。

何かを in とか。 それは この「捨て」の日々を乗り越えた後に考えることだ、と。
まずは「捨て」だ! 今は、まず 減らすことだ! 買うのは その後だ! って 思った。

誰かに教わったわけじゃないけれど、夢中になって捨ててたら、ほんと そう思います。

何かを買っている場合じゃない、と。

こんなに「要らないもの」だらけなんだ。  なのに なぜ まだ 買おうとするんだ。
まず、捨てる。  とにかく捨てる。  

過剰なものを 削ぎ落とすことが 何より先決。

本当に必要なものが見えてくるところまで、削いで 削いで 削ぎ落とす。


夢中で捨てていると。 何かを買うことなんて 考えられなくなります。
買うために捨てるんじゃない。  捨てるために、捨てる。  ベクトルが1方向になる。


捨ての初期。

「0 in 300 out 」 なんて 毎日ザラでした。

1in 1 out なんて、焼け石に水。 何も変わらない。  1の in さえ、しなかった。

捨てに本気で取り組むのなら   せめて捨て本番の時期だけでも 「0 in」でないと。




コツコツ 毎日 捨てていると・・・  やがて  0 in 100 out になり、

0 in 50 out になり・・・

30 out になり・・・   15 out となり・・・   3 out となり・・・


やがて  捨てるものの数が、 out の数が、どんどん「0」に近づく。  

暮らしの変化を  確実に感じることができる時が、ついに やってくる。



買い直したのは、それからでした。  臆病に 慎重に 買い直しました。  


それは、今も ずっと、そう。  買うことは 嬉しいけれど、ちょっと 怖い。


それでいい。  それでいい。  


大切なものを持つことが 平気になったら おしまいだ。  ちょっと怖くて 当然なんだ。






                                     おわり






ネックレスも1つだけ。 大切なものを、ひとつ。
どうして昔は いっぱい欲しかったのか・・・もう その気持ちを思い出すこともできないよ。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

㈱KADOKAWAの編集部宛にお手紙をくださった読者さま。
「本を出してくれてありがとう」と書いて下さっていました。
「本を出させていただけてありがとう」って、お礼申し上げたいのは、わたしの方です(;_;)

わたし、どんなに好きな作家さんや著者さんにも、お手紙書いたことなんて、一度もないです。
だから、本当に嬉しかった。 お優しさ溢れるお気持ちを、ありがとうございました。












最終更新日  2019.02.06 15:27:52
2019.01.25
カテゴリ:捨て部
3年半前の 暑い暑い 夏の日。

あんなに一気に片付けちゃったのに「失敗」や「判断の誤り」が ほぼ「0」だった 不思議。

捨てちゃあいかんものを捨てちゃった!しまった!! というような 
冷や汗の出る「大ミス」を ひとつも犯さずに済んだことの・・・ あの奇跡。




たびたび登場しております「1」「2」「3」「4」。 今日は、これを・・・




あの、「ほこり」って・・・ 

一般的に、どのくらいの日数で、ものの表面に「積もる」ものなのでしょうか。
わたぼこりの姿で ふわふわと部屋の四隅や家具の下に出現したりしてくるものなのでしょうか。


部屋に存在する「布もの(ラグやカーテン、ソファーなど)」の量、着ている衣類の素材や 
室内にペットのいる・いないなどによっても 異なるものだと思いますが。

2〜3日・・・? およそ1週間くらいまでなら、そこまでひどくはならなかった記憶がある。
そこ超えてくると・・・ 一気に溜まる。 
一気に掃除がしにくくなる。 より「ハイレベルな掃除」が求められることになってしまう。

溜めれば溜めるほど、掃除は しんどい。 
毎日掃除をすることを「無理。」や「大変そう・・・」などと思われる方も多いのですが、
毎日してしまった方が。実は「掃除」って むしろ逆に、意外と、ものすごく「楽」なのです。

今のわたしのウチの中ですと、
 「冷蔵庫の上」というのが、ほんと、わかりやすく そんな感じです。(つい忘れるの・笑)




この、EAT棚に。置いてみましょう。ちょっと「模様替え」の・・・予行練習 ( ´▽`)ノ



自分の持ち物って、「えこひいき」したくなります。
自分が買ってきたもの。もらってきたもの。 分身のように感じる世代も、きっとありますね。

そんな「もの」の数々を、誰かから一方的に「捨てろ!」などと命令されたりすれば、
間髪入れず「使ってる!」「それ気に入ってるし!( *`ω´)」と 言い返したくもなります。

防衛したくなります。

そこから進めないケースを よく 見聞きします。

じゃあ お前の持ってるアレだって捨てろ! あなたのそれを捨てる方がまず先でしょっ!と 
売り言葉に買い言葉の・・・ 苦しい「泥仕合」に、たちまち発展。


片付けが 喧嘩に発展してしまうことは・・・ どなたさまにとっても たいへん不幸です。

どっちかが傷ついて 泣き出してしまうかもしれない。
泣くのを我慢できたとしても、あんな言い方しなくても!と、根に持ち、恨んでしまうこともあるかもしれない。


喧嘩に発展したことで、片付けや捨てが「とても嫌な記憶」として 脳に刻み込まれてしまう。
「片付け = すごく嫌なこと」と。 身の危険を感じること、と。 
できればもう 避けて通りたい とても嫌なこと、と。


嫌なのは・・・ 「喧嘩になること」だったはずなのだと思うんでけすど、ね。
部屋がきれいになり、暮らしがスムーズになり 家族が健やかでいられることを「嫌」だという人は、滅多にはいらっしゃらないと すずひは思うのです。






お!いいですよ! 1個1個のサイズが小さめゆえに、たいそう可愛らしい ( ´▽`)♪




「使ってるし!」っていう防衛反応って。
単に口からでまかせでカッとなって言い返しているんじゃなくって、本当にそう思い込んでいる
場合の方が 実際には多いと思われます。 これは自分とって必要なものなのだ!!と。


少し前の記事でも お話しさせていただいたばかりですが、
ほこりをかぶってるか、いないか は  だから、とても大切な「合図」「目印」です。


「ほこり」は とかく 嫌われものですが。
「必要・不要」「大切・そうでもない」「使ってる・使ってない」を 
無言で えこひいきなく、教えてくれる。


論より 証拠。 個人的な思い込みよりも、証拠。  
     「ほこり」こそ。  決して言い逃れのできない、物的証拠。  

片付けたくても。

何でもかんでも「使ってる!」「気に入ってる!」「大切にしてる!」って 言い張って
まるで話にならないようなご家族がいらっしゃる場合は・・・
刑事コートはおって、白い手袋はめて、「証拠のブツ」として 押収したくなるねっ(笑)


毎日掃除されていて、家の中のホコリが少ないと かえって わかりづらい、要・不要。
だからこれって、日頃ちょっと掃除が億劫で、ついついサボりがち、という方にピッタリの
「見分け方」、かもしれないです。

自分では、本当 麻痺してわかんなくなっちゃってることって・・・すごく あると思うから。

ものがいっぱいあることって・・・  とにかく そういうことなのです。


家の中を ぐるっと1周いたしますと・・・
表に出ているものだけでも、結構 ホコリかぶってるもの 見つけられるかもしれません。
意外とほこり蓄えてるのは・・・「紙類」です。マガジンラックの雑誌とか 積んだチラシ。
あと、収納の中のものでも、実際はほこりかぶってます。滅多に使わない食器とか、ね。




食器棚の中におさめているのに ほこりかぶってたら・・・ いらない食器である可能性・大!




たとえ 今現在、ほこりにまみれていたとしたも。

ホコリをきれいに取り払って、拭き、磨き、まだそこに置いておきたいものであれば・・・
一旦は、手元に残してみてください。

これ、こんなになるまで手にしなかったんだ、
1度も使わなかったんだ、うわぁ、ホコリの温床だったんだ・・・というものであったなら。

その時は、処分することを後回しにしたいがための「言い訳」を どうか 捏造しないで。

               どうか ご自分で ご自分を  ごまかさないで。




    \ 「1日1捨」が 重版となりました。感謝の思いでいっぱいです(;_;) /
    


   *** お手にとってくださった読者さま、本当に、本当に、ありがとう ***




このあいだ、「1日1捨」を10倍楽しむ方法・後編  にて、昔を振り返ったとき。
わたしは、室内の「飾り物」「雑貨」のみならず・・・靴やバッグにも ほこり乗っけてたってこと 思い出しました。

履いて出かけた靴に、 靴の装飾みたいなところの「きわ」に ほこりが溜まってる。
持って出かけたバッグの縫い目にほこりが溜まってる。留め具が汚く曇ったり、錆びかけてたり。

どんな高価なものだったとしても・・・ それじゃ台無しですね。

少ないお気に入りの靴やバッグで暮らしている今なら、そんなこと、起こり得ないのですが。



ほこりだらけの額や写真立て。 ほこりだらけのフラワーベース。
ほこりだらけの琺瑯キャニスターのふた。  ほこりだらけの(飾っただけの)食器。
ほこりだらけの帽子。 ほこりだらけの家電。 ほこりだらけの、ああ、ほこりだらけの・・・





こういうものを飾ることが、本当に本当に好きだった。ろくに掃除できないくせに(;_;)



怒涛の2週間で 一気に捨てた時、わたしの基準は 確かに「ほこり」だった。
あんなに一気に片付けたのに 「しまった!必要だった!」というものがなかったのは奇跡かと思っていましたが・・・


冴えに冴えてた2週間、キレッキレの2週間であったことは 間違いない。

でもそれだけじゃないわ。 ちゃんと「ほこり」を。無意識に、でも確実に目印にしていたから、だわ。


なんかね、目印、というよりもね、「手触り」が 違ったの(笑)
時間の経ったほこりってね・・・ もはや「ねっとり」してるの。  粘着してるの(笑々)
冷蔵庫の上と同じ、あれです。 あの ねっとりの、油煙含んだ「ほこり」です。

わたしが 最初に。  大量に捨てたときの基準。 
 そうだ。「触って」 決めた。 わたし、手触りで、判断した。

最後の画像のような、「茶色い小瓶」や 「ブリキのジャグ」。

こういうものを 好きか嫌いか、って言ったら 「好き」なのです。
使っているか使っていないか、と尋ねられれば 飾っているから「使っている」わけですし、
安かったか、高かったか、といえば 意外と高かったものも 実はあったりする。
「捨て」の手強き宿敵・・・「思い出」も あったりする。

そうすると。 そっち方面で考えちゃうと、総合的に・・・ 「要る」 と。

判断が、ぬるくなる。 甘くなる。 間違える。 考えて迷う時間も・・・ けっこうムダ。 


だから、わたしの基準は「手触り」でした。


部屋の。 表に出ているものの・・・ ねっとりとした「手触り」。
触らないもの。 何週間も、何ヶ月も使っていないもの。 拭いても 磨いても いないもの。
飾ってはいるけれど、もう見飽きてしまっているもの。
自分では気づいていないだけで、実はもう、どうだってよくなっているもの。

    それを手放すのって・・・ 本当に 「もったいないこと」ですか?

「ねっとりしたもの」を  まず 最初に いっぱい いっぱい捨てました。
   
そこにあれば、「好き」だと感じるものも たくさん たくさん ありましたけれど・・・

    買い直してまで もう一度飾ったものなど・・・ 只の ひとつもありません。


  ***********************************


この部屋は 声が響きます。

声って、「響き」って、波動です。エネルギーそのものです。 エネルギーが充満するのです。

ものだらけで暮らしていた頃に、まったく声が響かなかった理由、それは。

たくさんのものに 声の「エネルギー」が 吸収されてしまっていたから。
そこに住まう人のエネルギーが、ものに吸い取られてしまうような 
          呼吸を圧迫されるような エネルギーを搾取されるような そんな状態。


幸運や 幸せな気持ちなど・・・運気の全てって おそらく 目には見えない「波動」です。

せっかく発せられた「正のエネルギー」が、
大量の不要なものに どんどん吸い取られちゃっていたのでは・・・ 
       いいことなんて起こらなくたって 今思えば、当然のことだったんだな。






この箱・・・・ あああ、ずっと見ていられるくらい「大好き」だけれど・・・




わたしが長年 苦しんでいたのは「理想と現実との不一致」。そこから生まれる「負の感情」。
捨てることで、一致した。という気持ちがあります。暮らしの理想が、少しずつ叶ったのです。

「こういう暮らしがしたかった。」  そういう暮らしを、今、できている。 

理想と現実の一致。  とても気持ちの良い 「ミニマルな一致」。
不一致な暮らしは・・・とても苦しい。  居心地が とても悪かったです。 

今は。

この がらーん とした暮らしを満たす「ほこり」は。 

うす汚れた「埃(ほこり)」じゃなくて・・・  理想を叶えた 「誇り」 だ。 

胸をはって わたし、そう言えるよ。  ( その声も、響くよー )





                                     おわり






箱、ちゃんと捨てます! 今日の1日1捨です。 
 こんな1捨は、ちょっとぬるいですか? 捨て部長として ダメですか (;▽;)?(笑)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

ブログ村がリニューアルらしく、いろいろ変わっているのですが、よくわかりません(汗)
いつも通り日記を綴れたら、わたしは幸せです。 いつも「ぽちっ」と、本当に ありがとう。









      *** すずひ ちょっと走る予定 お買い物マラソン ***

1)うなぎ。土用の丑の日に向けて。 



2)チョコレート。 とっても美味しい!個包は、配りやすい!



3)米。 新潟「こしいぶき」が 近頃、我が家のお気に入り ( ´▽`)ノ











最終更新日  2019.01.25 09:14:46
2018.11.23
カテゴリ:捨て部
無印良品の「タコライス」をいただきながら。  すずひは ふと 思うのです。





この「調理例」の写真よりも美味しそうに作る!のが・・・ 本日のテーマです(笑)




自覚がないだけで。
本当は すごく少ないものしか使わずに暮らしている人って、意外と多いのではないだろうか。

例えば、思い出の品を手放せないとか、収集癖があるだとか、趣味の道具がたくさんあるとか。
そういうのは置いておいて。


実際、本当に1日のうちに使うもの。毎日の生活の中で、実際に自分の手に触れるもの、の話。

例えば、歯ブラシ、とか ヘアブラシ、とか お財布、とか キーホルダーとか。
ご飯の食器、とか お弁当箱とか、水を飲むグラス、とか、洗面器、とかタオルとか布団、とか、パソコンとか スマホとか、その日身につける 下着を含んだ衣類一式、とか。

ここまで書いて思うのですが・・・世の男性方って、ほんと このくらいじゃないですか?
ていうか、うちの おとーさんて、多分、まじ、ほんと、これだけかもしれない(笑)






なんか、ちょっと勝てた気がする(笑) サワークリーム乗ってるから、すずひの勝利(笑)




それは 我が家が、
そしてウチのおとーさんが特別なミニマリスト気質だから、っていうのでは決してなくて・・・
結構意外と、どなたさまも 
女性はここにメイク道具一式が加わるくらいで、ルーティン通りの平日は、おおよそ 誰もかれもがそんな感じ、なのではないでしょうか。


【隠れ少数精鋭・隠れミニマリストチェック】 というのを 考えてみました。
               (わ!色が変えられること、いま初めて知った・笑)
 

わたしのブログを訪れてくださる方は モノの多い暮らしに対し、不自由さや疑問を すでに
じわじわと感じておられて、
その解決の術、考え方や暮らし方の何らかのヒントを求め ここに読みにいらしてくださることが多いのかな、と想像するのですが。

すずひのブログに出会う前から。

もう とっくに。
実際には「少ないもの」だけで暮らせている方って、意外や意外、多いのじゃないかしら。

全体の所有数、は別ですよ。
先述したような、ごく普通の平日に、毎日手に触れるもの、身につけるものの数、の話。

多分、わたしと。 このミニマリストすずひと みなさまって、多分、そう変わらない。

だって みんな1日は24時間だし、体はひとつだし、ご飯はたいてい3回。
自分用のベッドは3つ欲しいのよ!なんて方は稀でしょうから、寝床もひとつあればいい。

結構、みんな そんな たくさんのもの 使ってない。

そりゃあ 使う日ももちろんあると思いますが、

納戸の奥の奥のものなんて、きっと 使っても年に1回か2回、でしょう?







ある週の、買出し直前の野菜室。 お餅と、蒟蒻畑 1個(笑) ざぶんと洗います。



使うものだけに絞っちゃった。  そういうことなのだと思います。
毎日の使う物の数が 他の人と比べて極端に少ない、なんてことは 多分 ない。

食器だって、1回の夕食で わたし1人で4個か5個くらい使います。 少なくは、ない。
ほとんどの人が、そのくらいなのではないでしょうか。
  ※ 豆皿を12個並べて毎回可愛く盛り付ける!! とか、そういう特別な人は除く。


それ以外を持っていない、だけ。 「控え」「二軍」を持たなくなっただけ。


さあ、すずひの考えた 【隠れ少数精鋭・隠れミニマリストチェック】ですよ。
ミニマリスト・素質チェック、といっても良いです。 項目は3つだけ。



 ⬜︎ 洗いカゴの食器・食洗機の食器を そのまま使って食事を済ませたことがある。

 ⬜︎ ベランダの洗濯物を ぴっぴっって取ってきて、そのまま着て1日過ごしたことがある。

 ⬜︎ その時、ああ、楽ちんだ! いつもこうしてしまいたいくらいだ!と 正直、思った。



これ、2個チェックが入ったら、わたし 素質アリ、と 見ます。 
見込みあり、ミニマル素因あり、です。

嫌な人は、こういうことからして たまらなく嫌なはずなのです。

このシステムですと、極端な話、食器棚もいらない。 クローゼットもいらない。
食器拭いてしまう、もしなくていい。 洗濯物たたんでしまう、もしなくていい。


わたしまだ 全然そこまで行けてないですから。 食器棚もクローゼットも 手放せない。

これをできたことのある人って・・・ 仮に それを続けたら、もう ガチ・ミニマリスト。
それだけのもので、最低限、暮らすことが可能だった日が、
すなわち「少ないものだけで足りてしまった日」が、実績として、あるのだから。






一度は捨てを夢見た食器棚ですが、上半分を捨てた途端、キッチンに無くてはならない存在に。




ずーっと毎日そういうことをしていたら 流石にちょっとアレですが、
ときどき横着して、そうやって 楽して済ませてしまったことって・・・

どなたさまにも。 1度や2度、3度や4度は おありなのではないでしょうか。

わたしは、ありますよ ♪( ´▽`) 10度や20度 どころでは ないかもしれない(笑)


だから、ミニマルな生活って、すごい特別視されることもあるけれど、
単純に、単にそういうことだったりするのです。 

実は、おそらく誰でもやったことがあるし、本当はやれる、ってこと。
それ以外のものを たくさん抱え込んでいるか、それ以外を手放したか、の違い、だけ。

毎日必ず使っているものの数って・・・意外と、一緒。 

がらーん とした中で暮らすわたしも、ものだらけの中で暮らす人も。

使うものの数なんて、実際には きっと そんなに変わらないんだ。


むしろ、わたしの方が いっぱい モノ触っているかも!! 
必要なものしか持っていないし、それに、いろんなところ 毎日掃除するから!!






椅子を毎日必ず上げる人は・・・日本に そんなにいないかもしれないですね(笑)
今年は冷蔵庫の上もピカピカ! 3〜4日に1回、椅子にのぼって拭きました。 すずひの成長。





1日24時間 隠しカメラで・・・触ったモノをカウントしてみたら面白いかもしれないですね!

自分が 実際はどれだけ少しのもので暮らせているかを知ったら・・・
その事実を はっきりと目の当たりにしさえすれば・・・


捨てられない人も、それが一気に自信となって、思い切って捨てられそう!!


触らないモノどころか・・・1度も開けもしない引き出し、なんて たくさんあるだろうし、
「3日間、1度も入らなかった部屋」とかだって きっと ありそうです(笑)

その部屋って・・・
実は 部屋ごとモノごと ある日 突然 全て消滅しても大丈夫、なのかもしれない(笑)

裏庭のヨド物置が、知らぬ間に忽然と消え失せていても それも意外と平気なのかもしれません。
もしかすると半年ぐらい 誰も気付かないかもしれない ( ´▽`) ノ



こういう過激なこと書くと、また怒られそうです。 

思い出のものがあるだろガー  ( *`ω´) !!!! とか 
毎日は使わないけれど 趣味のものがあるだろガー ( `ω´*)!!!! とか。


今日ここでさせていただいているのは そういった特別なものの話ではなくて、

日常的に使う 「ごくごく一般的な日用品」の話、です。


まず、そこ減らしましょう、って話、です。


捨てられない人に限って、まず 捨てにくいモノに着目する傾向があるのは とても不思議。

目の前の黄ばんだTシャツや、3つもあるバケツや 邪魔な洗い桶を捨てようとはせず、
まず 旦那さんのゴルフバッグや、思い出のユニフォームとかを捨てようとしちゃう。
もっと すぐに着手できるものが いくらでも 溢れるほどあるというのに。


捨てるべきものがありすぎると。
逆にそういう「超・大物」を捨てなければ それは捨てたなどとは言えない!!! って、
そういう 「厳しい思い込み」があるのかもしれないですね。


いらないメモ帳。 いらないマーカーペン。 いらないエコバッグ。
そこすっ飛ばして、いきなりトロフィーとか卒アルとかハンモックとか捨てようとしてしまう。 
それは、無理だわ。 捨て慣れた人にですら、それらはしんどいカテゴリだわ。


初めてスキー板はいた人が、いきなりリフトで頂上まで行っちゃう危うさ、です。
        (連れて行かれてしまったことがあるので、あの恐ろしさを知っています)


無茶なことすると、恐怖だけが残ってしまう。  捨てることを「怖く」なってしまう。


わたしが。使っていないメモ帳捨てました!と言ったところで、いまさら誰も驚きもしませんが、

捨てられない人が それをしたら、すごいのです。 大きな大きな1歩、なのです。









ベランダの洗濯物から 直接 何かを着ちゃうのって・・・
バスタオルとか 取り込んでそのまま使っちゃうのって・・・

横着なようですけれど、実は ものすごく ものすごく 気持ちいいんですよね(笑)
タンスから出すよりも 気持ち良さが むしろある。

洗いたて、乾きたて。 まっさらにリセットされた、白いバスタオル。 









「ちまちまたたんでタンスに収めて タンスから また出して」が省かれているから・・・

なんか、太陽の、お日さまのエネルギーがいっぱい残ってるような気がして ( ´▽`)





室内干しにも便利な MUJIの スチール物干し。ニットの平ら干しにも大活躍です!

スチール室内物干し/設置時:約幅86×奥行54×高さ90cm













少ないもので暮らすことは・・・

「正」のエネルギーいっぱいのものばかり、で暮らすといっても過言ではない。

「負」のエネルギーであるところの「死蔵品」は・・・1個もない。  そう 1個も。


暮らしの全てが「正」の、「陽」の、気持ちの良いエネルギーだけで 満たされる。

運気が良くなるのは、多分、そのおかげ。 よきエネルギーのよき波動で、家庭が守られる。


たくさん抱えた安心、というのは、不便さや暮らしにくさと 紙一重、です。
多くの人が、それに気づき始めている。


ブームじゃなくって・・・ そう、人それぞれの「経験論」「理論」として。






                                     おわり





2つ以上のチェックは・・・ありましたか?(笑)
こっち側の暮らしを 知ってほしいな。 不便さから解放されて楽になって欲しいな。 って 
いつもそう願いなから  このブログを 書いています。   

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

3連休のご予定はどんなですか?すずひは 、なんにも!です。何にも無しが 一番 楽!(笑)
最後まで読んでくださって、ありがとう。 休日に、今日も長かったね! ごめんね ( ´▽`;)







↓ すずひ 「ブラックフライデー」とやらで 迎春準備のお買い物、ひとつ ( ´▽`)
  今年、とても実り多き1年となったから・・・去年と同じ、縁起よきこちらをリピート!











最終更新日  2018.11.23 12:57:03
2018.11.12
カテゴリ:捨て部
今日は 前回の「足りている」のお話の ちょっと続きです。
捨て業にまつわるとても大切なところだと思うので、もうちょっと このお話をさせてください。

「もっと欲しい!もっともっと!」 そんな強烈な人だったわたしが、
「足りている」という・・・ いまの心境・境地にたどり着くまでの 心の変化のお話。

  ************************************


溢れかえってしまったモノを、自分が気持ちよく暮らせる適正量にまで減らそうとする時。

初期には どなたさまにも「ひたすら捨てる」の時期があります。 例外なく。
ながーい ながーい 時期です。  捨てるものが まだいっぱいあります。
わたしも そうでした。 黙々と ひたすらに 捨てました。





食器全出しの途中。 ある日の様子。 これが、すずひ家の、今、ちょうどいい数。





今は「足りている」のです。 あんなに捨てて 減ったのに、 足りている。


減ったのに、足りている。  実に不思議な感覚なのです。 本当に、自分でも不思議。


不思議ついでに ふと考えたのです。
とにかくモノを減らしたら、誰でも彼でも「足りている」の境地に いつか必ず達するのか。


それはない。  達しない人も、残念ながら いると思う。

減っちゃった! 足りないっ! ってなってしまう人も、やはり 存在するのだと思う。


何故なんだろ。  どこで「捨ての道」が ふたつに枝分かれしちゃうんだろう。





ある日の1日1捨。南京錠(笑) こういうものを、なぜか、まだ持っていたりするの。
「ミニマリスト・すずひ」のくせに、可笑しいでしょう?(笑)






「捨てている」から 「足りている」への 進化には。 
多くのミニマリストさんが きっと どなたも辿った この進化には。


その狭間(はざま)に とある 大切な過程がある。 


その大切な過程とは・・・ そう。 「絞り込み」の行為。 絞り込んだか、どうか。





保温のお弁当箱の季節になったので、常温のお弁当箱も捨てました。欠けてたお丼ぶりと一緒に。
朝、2人分のお弁当を作る3年間も・・・ あと、本当に もう少しです。 





無駄なものを捨てて、モノが少なくなった時、それを「足りている」と感じられるか。
少なくなっちゃった!これじゃ全然 足りないよ! って 逆に 不安や不足を感じてしまうか。


その違いって、多分、「絞り込み」の段階が  その人に あったかどうか。 


自分の好きなものをきちんと選び、残し 絞り込んだかどうかで・・・その後の暮らしの満足度、捨ての達成感は びっくりするほど大きく左右されてしまう。



捨てることって。 
最終段階に到達すると、それはもう 単に捨ててるんじゃなくって 
無意識にしろ 意識的にしろ 自分自身の好みに「絞り込んで」いるのです。

「何を捨てようか」だったのが。
「何を残したいか」「何を選びたいか」。  思考が 完全に 真反対を向き始める。

誰かの真似じゃなく、「自分の価値観で絞る」ということ。 

               モノだけじゃない。 服も、人間関係も、何もかも。





絞り込んだ食器には、使わないものは1つも紛れていません。全てが必要。全てがスタメン。






捨てただけ、で終わっちゃう人。 かたや、自分らしい、新たな暮らし方を 確実に掴む人。


前者は、おそらく。
他人の暮らしの見よう見まねでちょっと捨ててみて、不完全なところで終わってしまうケース。
大きな変化を感じられることのないまま、自分の考え方や習慣も全く変わらないまま、
がらんどうになった部屋の中で、虚無感やわびしさばかりを感じる羽目になったり、
その反動でいつの間にやらリバウンドして、元どおり。 「挫折経験」という名のオマケ付き。

後者は。
モノの少ない暮らしを自分らしく発展させて行くために どこかの段階から「絞った」人。
モノさえ減れば何でもいい、ではなくて・・・自分の考えを持ちながら、自分らしく絞った人。

暮らしに「自分の心地よさのこだわり」を 見つけた人。






捨てた引き出し、じゃなくって 絞り込んだ引き出しって、こうです。何年もずっと崩れない。



せっかく捨てたのに。 それが「挫折経験」に終わってしまうなんて。
訳も分からず捨てただけ。その後悔で終わってしまうなんて、とてもとても惜しいと思うのです。

どうか、その1歩先の景色を見て欲しい。 どうか、自分の変化を感じて欲しい。

捨てたけれど、運気も暮らしも何にも変わらない。 そこで終わってしまうと。
なんか「捨て損」だった気しか 捨てて損した気持ちしか残らないことでしょう。
暮らしが変わる!とか 運気向上!とか あんなん全部嘘やん!損したわ!もうやめよ! と。


足りない! 足りない! 捨てちゃったから、余計に足りないわさ!!! と。


その気持ちも わかる。そのままだと、確かに足りないでしょうし「挫折」です。(;_;)

でも、惜しい!! (;_;)

ああ、あとほんの少しで がたん!って なったかもしれないのに! (((;_;)))



がたんと ?   「がたん」とは?


シーソーや 天秤が 水平になったところから がたんと どっちか側に傾くあの瞬間。


均衡が破られる瞬間。

「捨てている。 ああ、わたしは 買ったものをこんなに捨てている。」

捨て始めた時は。
手放して目の前から無くなるものの方に とにかく常に気持ちがフォーカスされているから、
悪いことをしているような、勿体無いことをしているような気持ちになります。
精神的に 一番しんどく苦しい時期。  
何か理由つけてやめたくなる時期。(旦那のモノが、子供のモノが、など家族や他人のせいにするパターンが極めて多い)


こんな苦しい気持ちは いったいいつまで続くの (;_;)
わたしは いったいいつになったら 先輩ミニマリストさんたちのような すっきりとした
暮らし・迷いなき捨ての境地に たどり着けるんだろ。

捨てていても、何となく 不安。このやり方であってるのかな、って。
わたしはずっとこのままなんじゃないか、というような 先の見えない気持ち。


「もう、こんな買い方、絶対にしない」って。 心に刻み込む。 けれどそれは大切な時期。



そして、その苦しさに くじけずに。 1歩1歩 進むうちに・・・



そう。  ある時、ふっと 逆転の日がやってくる。

捨てが平気になる訳じゃないのだけれど、何となく ちょっとそれまでとは違った心境になる。


捨ての苦しみが・・・ 選んでいる、という やり甲斐に 変わる。


これからの人生も共にするもの、愛せるものだけを 今、自分は選んでいるんだ、という
どこか生き甲斐にも似た気持ち。


それが、「がたん」の時。


この「やりがい感」は、捨て初期のうちには そう簡単に感じられるものではないです。
結構な量を捨てて がたん の段階まで到達しないと。

端から見て やけにサクサク決断できているように見える人って、
きっとすでに「選んで」いて、そして同時に「絞って」いる段階。

初期の頃とは もう 見ている方向が違うのです。 焦点が移行しているのです。

ゴミ袋の山の方を 恨めしく、未練がましく見つめているか。

スッキリと整い、輝き始めた部屋や・・・
そう、我によって絞られた、我に選ばれしモノたちとの「新しい暮らし」の方を見据えているか。


判断に自信が持てる。 

これいつか使うかも、とかいう・・・意味のない、無駄な迷いの多くが 俄然 吹っ切れる。


決断する力が 飛躍的に伸びるのは この頃。
自分らしさに覚醒し、他の人の捨て方に闇雲には共感できなくなってくるのも この頃。 
 (片付け本・ノウハウ本などに対し、疑問を感じ始めます。自分とは異なる価値観だから。)

何を捨てるか、ではなく どういう暮らしを目指したいか。 何を大切にしたいか。
あなただけの「捨て方」「持ち方」が 確立される時。 足りている、を 実感し始める時。




まだまだ たくさんのものに囲まれている状態で、なかなか捨てられない方からご覧になると、

ミニマリストってすごい決断力だな、って そんな風に感じる方もいらっしゃるかもしれません。 自分には とてもじゃないけれどできそうもないよ・・・と。



どんなミニマリストさんも。 みんな。 最初からそうだったわけではないと思うの。


わたしも 最初の頃は グダグダに悩んだし、いちいち迷ったし、捨てを ためらった。
  (それを証拠に意味も用途も不明な「南京錠」を未だに残してしまっていたりする・笑)


でも。  変われた。


がたん を 経験した。 がたん以前と以後とでは。 捨てのモチベーションは大違いでした。


南京錠だけでなく、ちなみにね、こんなものも わたしは 捨てずに持っているのです。
「松岡修造カレンダー」です。
これを 実は すずひは 4年間も 大切に持っているのです。 (驚くだろ・笑?)


この 「21日」の言葉が・・・ わたしは とても、とても 好きだから。








「次に叩く一回で、その壁は破れるかもしれない」

本気で取り組んでいても、
上手くいかなくて、壁の厚さにくじけそうになって、途中で諦めたくなる時ってあるよね、と。
次に叩く1回で その壁は破れるかもしれないのに。
その壁を破れるかどうかは 自分を信じ切れるかどうかにかかっているんだよ、と。


これって、 捨ての「がたん」と どこか似ている気がしませんか?


あと一撃で。 次に叩く1回で。 あと1個の「捨て」で。  
あなたの均衡は破られるのかもしれない。 あなたは 覚醒するのかもしない。


だから、どうか。  心地いい暮らしを目指すのなら。

決して諦めないで、くじけないで「自分を信じて」進んで欲しい!と 思うのです。

モノの多い暮らしや、捨ての行き詰まりに悩んでいる全ての人に・・・ 

「足りている」を感じてほしい。 この思い、届け! と。 強く、強く、そう思うのです。






                                      おわり







南京錠を今まで捨てられなかった理由は・・・こんな細モノこそ、買い直す羽目になるのが
超・嫌だったから(笑)。同様の理由で 安価なものほど捨てられないところが 実はあります。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

ちなみに27日の修造の言葉も大好き。このお話もまたいつかの機会に。(えっ、もういい?)
今日も最後まで読んでくださって、ありがとう!  すずひも、こつこつと、がんばるね!




 ↓ もふもふの Mofua を いよいよ装着!お布団と離れがたいこの季節がやってきた(;_;)







最終更新日  2018.11.12 19:23:11
2018.09.29
カテゴリ:捨て部
昨日は。
マンションの管理会社から派遣してもらえる 2〜3年に1度の 排水管清掃の日でした。
なんか、すっごく長い特殊なホースでもって、普段のお掃除や「パイプフィニッシュ」とかでは絶対に届かない排水管の奥の奥のほうまでを、超・高圧ジェット水流で徹底洗浄してくれるサービスです。

排水口といえば まず思い浮かぶのは「キッチン」ですが。
キッチンだけでなく、洗面所、お風呂、そして洗濯機の排水溝。室内のあらゆる排水管の洗浄。
高圧バスターズみたいな人が 秘密道具のホース抱え 3人組でやってくるのです。

サービス、というか、管理会社さんが勝手に頃合いを見て 手配してくれるものなので、
わたしは ただ 在宅すればいい。 もちろん それに関するお支払いは 0円。


ありがたい  (;_;) これ 仮に個人的に依頼したら どのくらいかかるものなのかしら。


こんなこと、自分で定期的に業者頼んでメンテしたりなんて 絶対しないから・・・
詰まってしまってからしか、きっと動かないと思うから。

なんかもう、本当に、本当に、ありがたい ((((;_;))))



水回りの掃除は、暮らしの衛生のためにも、そして 運気の流れのためにも とても大切。
排水の詰まりは そのまま心の詰まり・運気の詰まりだ、と 何かで読んだことがあります。

食器洗っても、お洗濯しても、排水が さらさらとハイスピードで流れてゆく感じ。
排水管の奥深くの こびり付いた汚れ、と 心の澱(おり)は・・・ きっと 同じなのかな。
昨日から、なんだかものすごく 気分がいい。

決して手の届かないところを掃除してもらえたおかげで、
手の届かなかったよな幸運にも・・・もしかしたら ひょいと届いちゃうのかもしれません!!




さて。


価値「ゼロ」の持ち物を使うのは嫌だとか。 査定5円の服は着ていたくない、とか。

非・好意的な視点でお読みいただいたとすれば、 
年がら年中ムカつくこと、つっこみどころ満載なことばっかりなのが わたしのブログですが。


今日のこの「捨て」は、どなたさまも きっとムカつかないと思うのです!

使い尽くして 捨てる、って こういうこと。


昨日、ついに ぶっ壊れました。  

いやあ、こういうものって、ずっと使えると思いきや・・・ こういう風に壊れるのねー。
こういうものが壊れる瞬間、というのを 初めて見た気がします。










そっと立てても、留め具が崩壊につきもうダメ。びしゃーん!って新喜劇みたいに分解する(笑)



少し前から、いつも 何かが ベランダに ポロポロ落ちていて、
何だろう? と思ってはいたのです。







こういうところが、あちこち砕け始めていたのでした。







このタオルハンガーは、4年くらい使いました。
本当に毎日役立ってくれましたが、この夏の猛暑と直射日光に とどめを刺された感じです。




すずひ家の名物「白黒お洗濯」といえば、このタオルハンガーでしたね (;_;)










久々の快晴につき 朝から張り切って「オキシ祭り」。 家中のタオル全て洗った日、でした。
いつものようにベランダでたたんで、
他のものをいったん片付けて戻ってきたら・・・ きれいにぺったんこになっていました。












最後の力を振り絞り、タオルが乾くのを待ち、わたしが全てをたたみ終えるのを待ち、
そして、洗い立て オキシしたてのタオルを守って、の ぺったんこ。 涙が出るわ。
タオルハンガー史に残る、有終の美。「ハンガー魂」を見せてくれた、と言えましょう(;_;)



今日から始まる「無印良品週間」で・・・ だから わたしは 胸を張ってコレを買うのです。



スチール室内物干し/設置時:約幅86×奥行54×高さ90cm




期間:2018年9月29日(土)~10月8日(月)
※ネットストアは2018年9月29日(土)午前10時~10月9日(火)午前10時









なんというタイミングの良さ。
良品週間の前日に壊れる。 鮮やかなバトンタッチ。こんなことってあるかいな ヽ(;▽;)ノ


少し前まで わたしの家のモノのうち「MUJI」で買えそうなモノは。
いつも 天才的に 良品週間を避けて 壊れていたのです。 わざわざ 避けて。


なんか、排水管掃除の運気・・・ もう さっそく 巡ってきた!?



そう。 しかも。
以前、MUJIで こういった形状のタオルハンガー(室内物干し)を 探したときには・・・
確か、もっと高さが低くて 色も スチールむき出しの 金属カラーのしかなかった。
ですから、わたし MUJI から浮気して フランフランで買ったのですが・・・


知らないうちに! こんないい感じに 理想的な「モデルチェンジ」を していた!


まず、白い! 金属のカラーじゃなくって「ホワイト」です。  すてきー!
オールスチールだから、どっかが劣化して砕けて びしゃーん!って壊れることもなさそう。
で、高さが以前よりも高く・・・90cmになっている!  干す面の高さが「90cm」に! 
これが、特に、素晴らしい。
バスタオルを干しても地面に絶対すらない素晴らしき高さ & 長身のすずひ、腰が楽ーっ!



わたしは もう 読者のみなさまご存知の通り、いつもこの通り、
物干しの上で屋外で洗濯物をたたみますので・・・この「90cm」という高さ まじ嬉しい! 




今までは、微妙に腰を屈めていたから、いつか腰をいわせてしまったかもしれないな。




壊れた 旧・タオルハンガーは・・・バスタオル干すには ちょっと高さが足らなくて、
正確には足りたんだけれど、地面にすらないように干すのに 少々コツが要ることが面倒で。
だから、物干し竿のうちの1本は 毎日洗う3枚のバスタオルに占拠される格好になるのが
すずひ家のお洗濯干しの「常」でした。


だから、寝具カバーなどの大物がある日には、干すスペースが必然的に足らなくて、
いつも地味に大変だったんですよね。 仕方なくベランダの柵に干したり、ね。


いやー、これ  すずひ家のお洗濯ライフの ちょっとした革命だわー。


ぶっ壊れるのが、もしも もう少し早かったなら、
たとえ「良品週間」じゃなくたって、わたしは 定価のこれを 迷わず買っただろう。

それを10%OFFでタイミングよく買い替えられるっていうのだから この 嬉しさったら!
このくらいの価格でこそ 10%OFFの恩恵を リアルに嬉しく感じられますよね!


気に入って買って。 壊れるまで使って。  そして、捨てる。


当たり前のことなのだけれど・・・意外とこれができないのが 現代人。 てか、すずひ。


今回は、ちゃんと、 それが できたよ  ヽ(;▽;)ノ



ちょっと訳あって、
これ 壊れるのがもしも来週だったら、多分すずひは 真っ青になっていたのです。
このタイプのタオルハンガーがどうしても必要な・・・大切な用事が控えているから、です。


その日までに 余裕を持って準備できる。 落ち着いて買い直すことができる。


こういう幸運にこそ、わたしは 感謝する。 思わず「トイレ」と「排水溝」に 感謝する。



それにしても。 「タオルハンガーが必要な大事な用事って、何だ!?!?!?」 って?



読者さまが「あー、これかーっ!!」って わかる日が 繋がる日が・・・ きっと きます。





                                     おわり





昨日、カレーだったけれど・・・ エプロンに一滴も飛ばなかった! やった!(笑)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

台風がきます。 すずひ家の何にもないベランダでも 実は被害が出たことがあります。
エアコンのドレン排水のホースが 強風にあおられ、細かく粉砕して散らばっていました。
ベランダにある塩ビとかプラスチックのものって、じわじわ劣化するので、気づきにくいです。

日本列島が、無事の週明けを迎えられますように。  いつも「ぽち」っと、ありがとう。






最終更新日  2018.09.29 14:48:55
2018.09.19
カテゴリ:捨て部
久しぶりの部活です。 おはようございます。 「捨て部」です。 (入部、随時大歓迎)


と、その前に。


なんか 近ごろ、無性に「いちじく」が食べたいのです。
いちじくを お店で買ったことは 一度もありません。
今は無き実家の裏庭には、なかなか立派な「いちじくの木」がありましたのですが、
我が家のいちじくは、食べ頃になりますと、いつもなぜか地面に落下し 潰れていました。

飛来する鳥類の ただただ餌食となっていた。

その様子が、そりゃあもう 見た感じ的に、たいそう汚くて。 すこぶる残念な感じで(笑)

で、好き嫌い以前に、アレを食べようという気が全く起こらないまま 大人になってしまった。

ドライフィグの入ったハード系のパンは、大好きです。 
けれど 生の、フレッシュないちじくを 積極的にいただいたことは・・・ ほとんど、ない。

それが、なんか。 最近 妙に気になるんですよね。 食べたいのです。
スーパーに売ってるんでしょうか?
買おうと思ったことが一度もないので、陳列の様子が目に入ってきたこともなかったのですが、
きっと 今の時期、あるんですよね?

大好きなブロガーさんが、秋の大掃除を頑張ったその後・・・
ご褒美に いちじくをたくさんのせた とても美味しそうなパンケーキを召し上がっておられた。

なんて素敵なおやつなんだ! わたしも あれが、食べたい ヽ(;▽;) ノ !!



だって、わたしも、ここへきて  めっちゃ 捨ててるんです!!!
いちじくのパンケーキのご褒美、わたしも食べていいでしょう? って、胸張れるくらいに!


7月から、地味に じみーに コツコツ続けている「1日1捨」。
続くものなのです。「不要なもの」というのは、こんな何にもないウチにさえも 
やはりまだ、確かに 存在するのです。


というか。  


ある日のその時点では捨てられなかったものが、後日、捨てられるようになる。 

「1日1捨」をしていなければ、そのまま持ち続けただろうモノが、ある日 ふと捨てられる。

それは まさに 自分の変化&進化&更新。  アップデートであり、バージョンアップ。


これだけモノが少なくなりますと。 どこか「全部要る」って 盲目的に思い込んでいる。
逆に むしろ「油断」や「慢心」があることに・・・今更ながら、気づかされる毎日です。


そして、感動しているのです。  この家には、まだまだ「不要な物」があるのねっ! と。


ここ何日かの間に捨てたものを  列挙します。


え! それ 捨てちゃうの!?!?  というものも あるかもしれません。


ここまでモノを減らしたミニマリストが、
ここへきて、なお捨てずに持っていた「よく考えたら捨てるべきもの」って、
例えば どんなモノなの!?


そんな 純粋な興味でもって ご覧いただけたら・・・ と 思います (笑)


★ ある日の「1日1捨」 その1  「ノベルティのエコバッグ」



design letterrs のエコバッグだったから、すぐには捨てられなかった。でも、要らなかった。


レタープレートを買った時に おまけでついてきたのです。 嬉しかった。





でも、こういうのって1回洗うと、くしゃくしゃになるでしょ?だから余計に使えなくて(笑)
染料の色が出てしまって 一緒に洗うと白いTシャツが変色してしまいそうなのも、恐ろしい。




そうです。
今さら「明らかな生活ゴミ」を捨てたところで「1日1捨」などと 果たして言えようか。


まだ使うつもりで抱え込んでいたのに、持っている価値があると信じていたのに、
どうも、どうやら 使わない。
新しいから、と捨てずにいたけれど・・・改めて考えると、この先も、もう使いそうにない。

それなのに、今日まで ずっと 捨てられずにいたもの。


そういうものを・・・思い切って「真剣に」捨ててこそ、1日1捨! そう、部活なのだ!



★ ある日の「1日1捨」 その2  「デジカメと、その充電アイテム」





家電捨ては、実はわたしの苦手分野。変な色の家電ならいざ知らず、シルバーだと捨てにくい。
見た目に嫌味がなかったり 小さかったり 邪魔にならなかったりすると、捨てにくい。
でも、もうデジカメでの最後に写真撮ったの・・・5年前の今頃だ。 要らないこと、認めよう。




すっかりものが減って、早3年。 
3年も経ってしまったことで・・・もうウチに捨てるものなどないわ!って 驕りがあって。 
本気で向き合ったり、思い切って捨てる感覚が・・・最近、少々鈍っていたところが ある。



だから。


1日1捨を始めてからの毎日には、良い意味での緊張感があり・・・
なんとも刺激的で、毎日の発見が 実にわくわくと、楽しみなのであります(笑)




★ ある日の「1日1捨」 その3  「無印良品の足なり直角タイツ」





もう、これをずっとリピートするつもりでいたから。 いつかの良品週間にまとめ買い。
ところが、この通り「FALKE」タイツに 心が移ってしまった。 買い過ぎた予備。悲しき末裔。

予備を買いすぎると、こういうことが 起こる。  勉強になりました。
新品ですけれど・・・ くっ・・・   捨てるっ!!!  だって、穿かないもん!!


 ↓ 穿いてて肌が「しかしか」しない。大好きな肌触りと・・・股上の深さ!「FALKE」。






そう。 新品だって、捨てます。  苦しくても、捨てるのです。 


今さら 「明らかに捨てて当たり前」のものや、
「誰から見ても要らないようなボロっこいもの」を捨てました!とか ドヤられたところで・・・
そんなのブログにされて見せられても、読者さまも 面白くもなんともないでしょう(笑)?


みんな(部員)の士気も それじゃ 高まらないでしょう?!?! ( ´▽`)ノ 


よくよく考えたらこれはもう要らないのではないか!? っていう・・・気付きや心変わり。

その過程が いちばん やっぱり 勉強になる。  自分で 自分に、反省しながら。



★ ある日の「1日1捨」 その4  「3年使った 肌掛けタオルケット」






これは、もう。 胸を張っての「捨て」。 3年 しっかり使いました。
あちこち 糸も飛び出てきてしまいました。白黒インテリアに夢中だったころに買ったタオル。
この柄が大好きでした。  十分に使い尽くしての・・・会心の手放し、です。 ◎!!



 

「捨て」に終わりはないのです。 

限界設定のラインは 生きている限り、常に更新され続ける。  人は 変わり続ける。

もうやーめた。  そう思ったら 終わり。 です。 きっと、モノは じわじわ 増える。


わたしは、だから、捨てることを、決して やめない。




★ ある日の「1日1捨」 その5  「使い切れなかったコスメ類」





MUJIのリップグロス。 
MUJIの肌につけるものは、どうも合わない。わかっているのに、つい買っちゃったやつ。
ネイルは、なんか 白すぎた。 塗ってみたら、水死体の手 みたいになっちゃった。




捨て始めたばかりの頃に捨てたモノと、
もう、その1番苦しいところを超え、少ないものでの暮らしが板に付いてから捨てるモノは、

はっきり言って、ぜんぜん、違う。

なんか、「ああ、これ捨てるなんて、勿体無いのかもしれないなあ・・・」って気持ちは、
意外や意外、今になってからの捨ての方が強い。 もう 捨て慣れているはずなのに。 

減ってからの捨て、というのは なかなか手強い「捨て」なのです。

そりゃそうです。どうでもいいモノ抱えてた時の暮らしとは もう 丸っきり異なるのだから。



★ ある日の「1日1捨」 その6  「1年もたそうと足掻いていたエプロン」






もう 本当にボロボロなのに、なんとか 今年いっぱいもたそうと思って使っていました。
でも、なんか 虚しくなってきた。 だって シミだらけで、マジぼろい。
1年の区切りにこだわる自分を捨てよう。 気持ちの良いエプロンでお料理したいから。




これだけモノを減らした人間が、それでもなお 捨てられず 今日まで握りしめていて、
それを 此の期に及んで、いちいち「苦しみながら」、捨てているのです。

お、すずひのやつ、柄にもなく 苦しんでるな! けけけ ψ(`∇´)ψ と。

そうぞ、「どS」な眼差しで、ご覧いただけたら・・・と 撮りだめてきた 証拠写真の数々。


ミニマリスト、ここへきての まさかの「1日1捨」の記録。

これからも 記録してゆくつもりだから・・・

また 溜まったなら、読者のみなさま・・・ いいえ「部員のみなさま」(笑) 

捨て部・部長 すずひの頑張り・取り組みを・・・ ここに、けけけ、と 見にきてくれる?





                                      おわり








真新しいものを捨てるのは、胸が痛みます。
誰か、もらってくださる方に差し上げようか、とも思ったのですが・・・ 
リサイクルに出せないような「要らないもの」を 直に差し上げるのは、ためらわれました。 
昔は気軽にそれをしてしまっていて、失礼なことしていたことにも ようやく気付いた(;_;)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

まだ続けます。必要だったものが、ある日要らなくなるのは、あっと驚く捨ての真骨頂。
「1日1捨」は 小さくて大きな修行。 歩みを止めない捨て部・すずひ ここにあり(笑)

今日はそんな、報告日記。 「部日誌ブログ」をお読みくださって、ありがとう。 
さあ! 今日は わたしは・・・ そして あなたさまは 何を1個、捨てられるかな!?






最終更新日  2019.06.05 12:33:04

全51件 (51件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.