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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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捨て部

2019.08.03
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カテゴリ:捨て部
新しいワンピースのお話を 今日は させていただくつもりだったのですが、ちょっと中休み。

先日手放した服や小物に・・・ 驚きの査定額がつきました。 
今日は、そのお話を どうかさせてください。
嬉しかったから・・・捨て部の部員のみなさまと、ぜひ成果を共有したいのです ( ´▽`)ノ


まず、その前に。
この春から夏頃にかけて、わたしは。 すずひは。「固定費の見直し」に取り組んでいました。

夫婦のこくみん共済を、月額3800円くらい削減し、
お子の共済も、18歳をきっかけに、傷害に絞って加入し直すことで月額850円削減し、
あとモバイルの安心保証も外して 月額750円削減し・・・ ← これ地味に大きくない!?

ちょっとしたことですけれど、年間にいたしますと、65000円ほどの固定費を。
「知らないうちに当たり前に払っていた余計なお金」を、削減することに成功しました。

あとね、今年は、北側の部屋のエアコンと、あと冷蔵庫が相次いで壊れましたでしょ (;▽;)

仕方のないこととはいえ 「ああああああ・・・」という額の出費に見舞われたわけです。

ところが。 7月の電気の使用量が、去年の同じ月よりも18%も下がりました。
電気代が、9300円くらいから7600円ほどに下がった! 差額1700円 ( ´▽`)ノ

今年の7月は少し涼しかったこともあるかもしれませんが、
省エネに燃えていた、ということも全然なく、
買い替えも、消費電気量をすごく比較検討しエコ商品を!!と厳選したわけでもないのですが、

省エネ設計は、20年前とか10年前のものと比べたら、こうして うんと進んでいるんですね。

古くなった家電で、目の色変えて、エアコン我慢して、どれだけ省エネに励んだって 
真夏の時期の「18%減」は、やはり難しかったと思います。 この暑さですし。

エコのことに対し あまり意識が高くない自分のことを とてもいけないと常々感じていますが、
こうして、小さなことから。 
ミニマル家庭の小さなレベルから、継続的に取り組めたらいいなあ、と 
知らないうちに減った「18%」が、とても偉大に感じられ、なんだか嬉しくなりました。


固定費の見直しって、「捨て」と同じで・・・ 
改めて考えると要らなかった!無駄だった! ってものが 意外とたくさんありますね。

なんか、ちょっと 「固定費見直し」が、わたし、クセになりそうです(笑)



*************************************


さあ、ここからは、「査定額」のお話です。

買い替えや見直しによって手放した 服・小物を・・・宅配買取に送り出しました。

買い替えながら。 手放しながら。  同時進行で進めています。

こんなに暑くて 頭がくらくらしております割に、
てきぱきと。するべきことを着々と進められている自分いて、ちょっと驚きます。


これもまた、ミニマルライフの賜物。
持ちものが、所有物が少ないおかげだな、と。  本当に つくづくそう感じるのです。

頭の中が、常に整理されている。 自分の持ち物を、すべて 完璧に 把握している。

がらーんの部屋や、冷蔵庫や、引き出しと同じで・・・ 思考が、片付いている。

すると、するべきことの順番を間違えることがないし、
タイミングよく、手際よく片付けることができるのです。 てきぱき、というやつです。

ものが多い時には。 服が多い時には。 できなかったなあ。 のらりくらり、していたなあ。


そんな自分が。  てきぱきできない自分が、いつも嫌いで・・・ ストレスでした。 


  ************************************





準備万端のお財布ポシェットを、いつ交代させようかなあ、と考えていました。
昔はね、とにもかくにも「金運」重視で。 
「寅の日」であるとか、「大安吉日」とか、とにかくお日柄重視だったんですけれど。
あと、満月の日、とか、ね。

もう、そういうことに頼ることは 捨てました。 多分ね、そういうのって、関係ない(笑)


今回の新旧交代は・・・ 先日の、このブログの3周年の翌日を「その日」に選びました。
わたしが、絶対に忘れない大切な日、ですから。


2017年の秋の初めから使っていた、旧のお財布。








きれいに手入れして、大切に包んで。 見送りました。 



その、驚きの査定額・・・ 20700円!! (お財布1個で、ですよ)




そして、一緒に手放した「黒いカチッとしたワンピース」。








その査定額・・・ 5750円!!!



                  合計 26450円



地獄の真夏日。 家から1歩も出ずに・・・ この 臨時収入のうれしさ。 ありがたさ。

大切に大切にたくさん着たワンピース、大切に大切に心を込めて使ったお財布、でした。

大切に使って、このタイミングで手放せて やっぱりよかったなあ、と感じました。



  ************************************


先月までの手放しの査定合計額()が 55500円ほどありましたから・・・
合わせて82000円ほどの うれしいうれしい「買い替え資金」となりました。


もう、手放せるもの、「出品」できるもの・・・ さすがに しばらくないな(笑)



手放しながら。 買い替えながら。  

風通しよく循環する、わたしの「ミニマル・ワードーローブ」。

こまめに見直しを重ねながら。
早いものは1年〜1年半ほどで着尽くす時もあるし、
出番が比較的少なく、傷みにくく、2年・3年と長く長く着られるもの、もちろんある。

3年ほどをサイクルに 服が、全て、入れ替わる。 


そんな「自分だけのリズム」を 掴めてきました。



1年前と比べて。 わたしは 実は 少し痩せました。
出版させていただいた本の撮影時と比べ・・・ 3〜4キロほど 自然と体重が落ちたのです。


腕も細くなりましたし、ウエストも3センチくらい小さくなりました。


今回の服の見直しには、実はそれも関係しています。 
体型や体重が変われば、似合う服は、変わります。

顔や体つきが変わったのに、そのまま着ていると・・・ 途端に野暮ったくなる。


また太るかもしれないから、と。 少し大きなものをそのまま着ることは、わたしの人生にとって良いこととは思えません。

ベストとは言えない服を、そうわかっているのに着ていて、人生がよい方向に作用するとは思えません。


ちゃんと「似合う服」を 着ていたいです。


服の 似合う、似合わないって・・・ 



一番大切なのって、色でも、デザインでもなく・・・  サイズ感  ですから。



これはもう、誰がなんと言おうと、絶対!です。 



服を買っても買っても失敗ばかりしていたわたしが・・・身を以て知ったこと、です。









                                    おわり







今日も朝から「蚊」を退治しました。 ものが少ないと、蚊を見失うことがありません(笑)

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楽しかった京都の旅から、もう間も無く1年が経っちゃった。 1年は、早いです。
少ない荷物で。また「ひとり旅」できたらいいなあ。 アラビカに、行きたいなあ ( ´▽`)

次回は お約束どおり、ワンピースのお出かけコーディネートと「似合う服」のお話を。
今日も最後まで読んでくださってありがとう。お出かけのみなさま、どうか暑さにお気をつけて。


みなさまの「ポチ」っとくださる 読んだよ! 来たよ!の お気持ちのおかげで。

このブログを始めて3年で。

今日、初めて「にほんブログ村・総合ランキング1位」をいただくことができました。

本当に、初めて。

たとえ一瞬のことでも、とても嬉しかったです。   ありがとう ヽ(;▽;)ノ









最終更新日  2019.08.03 11:18:41
2019.07.29
カテゴリ:捨て部
朝から おちょくるかのように。

わたしの顔の前を、行ったり来たり ふわふわ飛んでいた「小バエ」を・・・

自分への強烈ビンタと引き替えに、たった今、倒しました。 一撃でした。 

ほっぺと右目がジンジンしています。 ちょっと涙も出ています (;_;)


おはようございます。 すずひです。






捨て部長が、朝1番から何やら梱包作業に勤しんでいます。 一体、何を入れたのでしょう。





こないだ、薄いコートを手放した時に、一緒に手放すべきだったのでしょう。
その瞬間には なぜか思いきれないものって、ありますね。

キレイだし、好きだし、自分に似合っている となれば。

そこに、「捨てる理由」は、見つからない。



けれど。 



捨てる理由はなくても、「着る理由」もないの、という時も、ねぇ、あるよ (;_;)?



  *********************************



手元に残すなら。「着る理由」が必要です。 理由、というか、場面。 着るシーンですね。


着る予定、と言い変えても よいのかも知れない。


「カチッとした黒いワンピース」が手元にあったほうが安心な場面やシーン、というのが、

ついこないだまでは。 

お子が高校を卒業し、大学に入学するこの春までは、確かに、ありました。

48歳の春。 3月、そして4月を終えてしまったら・・・

48歳の夏以降のわたしの日常には、カチッとしたワンピースが必要なシーンが、ない。

全く、ない。




皆無。











好きでも。 似合っていても。  着るときがない。

これまでは度々あった。  でも、この夏から先は、どうやら、もう、ない。


そして ここからの2ヶ月の猛暑の間に・・・
この「風の通らない黒いカチッとしたワンピース」に、わたしの手は、果たして・・・伸びる?


夏の日の朝に。 予想気温「38℃ 超え」の朝に。 


「今日これを着よう ヽ( ´▽`)ノ 」 って ・・・ 嬉しい気持ちで、袖を通すことができる?



  **************************************



着る機会がない服は・・・ 「なくても大丈夫な服」なのです。

そういう服でも。 

好きなら、まだキレイなら、持っておけばいいじゃない、というお考えの方は多いと思います。
わたしも、かつては そうでした。 

そういう、持っているだけの、「お気に入りの着ない服」が、たくさんたくさんありました。



けれど。 今はもう。   わたしは 違うのです。 



  *************************************


キレイなら。  着ないのに、キレイなのなら。  キレイなうちに なおさら 手放そう。


年代を重ねてしまう前に。 シーズンをまたいでしまう前に。

着なくても。
服の劣化は、1秒たりとも止まることはありません。 
灼けます。  褪せます。  繊維そのものが弱り・・・確実に「古ぼけて」ゆきます。

知らぬ間に ボロっこくなって・・・ そして 「ゴミ袋行き」になってしまう前に。


「品物としての価値」を 大きく損なってしまう、失ってしまう、 その前に。






感謝を込めて、丁寧に梱包します。
ちょうどいいサイズの綺麗なダンボールが手元にあることにも 背中を押されることがあります。 
あ! このダンボール見たら、おとーさんも「俺も何か手放したい!」って言い出すかな!?




  ************************************




こないだ、同素材のコートを手ばなした時に、なぜ思い切れなかったんだろう。
あの日、一緒に手放しても、きっと大丈夫だったのに。 


つい2週間前には、まだ思い切れなかった。2着同時に手放してしまうことが、怖かった。


判断が鈍るとき、臆病になるときって、こんな風に、まだまだ たくさんあります。


ダメ部長、ですね (;_;)


崩れました。 いいえ、「崩し」ました。 「今日・明日・明後日システム」 を。

恐れず崩そう。 怖がらず、概念を、崩してみよう。 (今日、明日の服は、あるのだ!)



本当に、ほんっとうに、冗談抜きで、着るものがないぞ!  

なんか、今の この状態・・・ めっちゃ おもしろい!!!

ミニマルの血が騒ぐ。 どうしよう、の不安じゃなくって・・・ おもしろい(笑)!



日本の真夏を。 「日本の猛暑」を。「日本の酷暑」を 快適に過ごせる服を・・・ 


もう一度、1から、いいえ「0」から。


「48歳の視点」で、構築し直してみようと思います。






                                   おわり







服は、着ていなくても。 持っているだけで、刻一刻と「古く」なるのです。
タンスの中の新品が、何年も新品のままだと思い込んでいる頃が、わたしには ありました。

↓ たくさんの「来たよ」「読んだよ」の合図を、ありがとう。
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朝から こんなに暑いのに。わたしの捨て日記を、今日も最後まで読んで下さって ありがとうね。












最終更新日  2019.07.29 13:42:26
2019.07.19
カテゴリ:捨て部
ここ最近の すずひの嬉しかったことを 今日は はじめに、どうか聞いてください。




この「12着の景色」が すでに懐かし。 わたしのウチに、この景色は、もうありません。



わたしの中での 今現在の TOP OF 女子アナ。 
みなさまにもありませんか? そのときどきでの、ご自分の中での「推しアナ」。

わたしの、ここ最近のそれは・・・ テレビ朝日の 弘中綾香アナ、です。

めちゃめちゃ可愛くないですか?  
あの手のお顔を拝見するのが、わたしは昔から大好きです。(気の強いところも好きよー)

噛み付く、を越えて「刺す」からね。。 彼女、可愛いお顔して 刺してくるからね(笑)


可愛いだけの甘噛みよりも、よっぽど 歯ごたえがある。 そんな弘中アナが大好き!
これぞ慶應卒女子アナ! なるべくして成った! としか申し上げようがない。
入社試験の面接でも、とにかく抜きんでていた、絶対にこの子を他社に取られてなるものか!と、
試験官の心を掴む魅力に満ち溢れていた、という逸話は有名です。 そこからして、すごい。


何年か前の映画「八日目の蝉」。
角田光代さんの本は 大好きでほとんど全てを読ませていただいているので、
もちろん原作は出版されてすぐに読んで、そして映画も見て。

ですが、映画ですと、全くと言ってよいほど、ストーリーが頭に入ってきませんでした。

なぜか。

主演の永作博美ちゃんが可愛すぎたからです。 被告人なのに、可愛い。
映画の感想を聞かれたら「永作博美が、終始、超絶に可愛かったです!」になってしまう。

永作博美ちゃんのお顔も大好きなのです。 可愛らしいベビーフェイスが好きなんですね。

そうそう、嬉しかった話。
その大好きなお顔をした弘中綾香アナと・・・ わたし、誕生日が同じだった!
彼女、2月12日生まれの水瓶座だった。


なんか、なんだかもう、おばちゃんそれ知った時、すっごく嬉しかった ヽ(;▽;)ノ !!!

わたし、身近で、リアルで 自分と同じお誕生日の人にあえたこと、人生で1度もないの。

だから余計に嬉しかった!

しょうもない話して、すみません。


 ↓ この夏 一番読みたい小説は、もちろんこちら!令和初・芥川賞! 表紙も可愛い!


 ↓ 水瓶座のこと、ますますもっと知りたい! しいたけ.さんの 「水瓶座論」が好き!






   **********************************



さて。

波です。

すずひは大波に襲われています。  手放しの大波です。 (あ、「出品の大波」かな?)


細々と「1日1捨」を続けております ミニマリストなわたしですが、
これだけ家の中のものが少なく、かつ厳選されたものばかりになって参りますと・・・
「大物捨て」の機会になど、そうそうめったに遭遇することはできません。

いつもなら、ちょっと負担に感じるはずの この度の「服の買い替え」が妙に嬉しいのは・・・

久しぶりに 一気に手放せる。 その爽快感によるところが 大きい。


手に入れる前に、手放すきらきら
手に入れると同時に、手放すきらきら


手放すきらきら  手放すきらきら 

手放す の行為が・・・わたしの中で 輝いている ヽ(;▽;)ノ



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10ヶ月間、300日。 服を買いませんでした。

買わない、ということは 同時に 「手放せない」になりがちです。 
出入りの動きが発生しにくいのですから。

たくさんあればまた違うのでしょうけれど・・・ わたしの場合は、どうしてもそうなります。


手放す → 足りない → 買う(買い替える)


この順で購入できることは、とてもいい流れだな、と 今、感じています。


ずっと以前は。
次なるアイテムをしっかり確実に手に入れてからでないと怖くて手放せなかったですけれど・・・

そこまでガチガチに考えなくても、服だけなら なんとかなるわー という気がしてきて(笑)


少ない服ライフにすっかり慣れて、大丈夫、という自信が芽生えたから、かもしれません。

※すごいことになっている、少ない服系ミニマリスト・少数精鋭服最新一覧はこちらです →



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ここまで数が減ったことで。

「今日」と「明日」「明後日」に着る服さえ残っていれば、やって行ける、と気づいてしまった。
3日分あれば、とりあえず、人は。  とりあえず不自由なく暮らせる。

もしもどうしても必要な特殊な事態が勃発した場合は、
その3日間の間に調達すればいいのですから、ね。 
3日間の猶予があれば、たいていのことは 今の時代、間に合います。

ずっと今日明日明後日だけの服で暮らすわけではありません。 
ここから少しずつ、丁寧に買い直し、元々の適正数まで戻してゆくのですけれど・・・

その過程で、仮にめっちゃ少なくなる一瞬があっても、
それは一瞬のことであって、とりあえず、別に全然困らないぞ!と 気づいてしまった。



そう思ったら。 


どんどん手放してゆこう! って。 
1日でも新しいうちに、1日でも消耗が進まないうちに 手放してゆくのもいいかも!って。


先日の2枚のブラウスも、ほんと そんな気持ちから、未練なく手放せちゃった。
ぜんぜん困っていないです。本格的な暑さ到来の前に手放したから、いちばん需要のあるときだから、あの査定額を提示いただけたのでしょう。
9月までしぶとく握り締めていたなら・・・今回の半額にもならなかったのかもしれません。

リサイクルの市場は、需要と供給のバランスが全て、なのです。

元値が高かった!とか ほとんど着ていない!とかは 手放す側の勝手な思い入れなだけで、


次なる需要があるか。  これが、全て。


すなわち これを次に欲しがる人が、「買おう」と思う人がいるかいないか、ってこと。

お金払って もう一度どなたか様に購入していただくことのできる品物かどうか、ってこと。


商品価値があるかどうか、ってこと。


これ高かったのよ!! とか 
あまりの査定額のひどさに怒っている人をたまに見ますが、そんなことは、関係ないのです。


その方にとっては価値があっても、「商品としての価値」が 残念ながら もう ないのです。

ぷんぷん怒って持って帰る人をお見かけすることもありますが・・・
                   持って帰って、一体どうするんだろう (;_;)




    *********************************



ここ最近手放したものの「査定額」を 包み隠さず 大発表!! です。
読者さまと一緒に 今日は改めて振り返ってみようと思います ( ´▽`)ノ

えー! とか  へぇ〜! とか、 そんな風にご覧になっていただけたら嬉しいです。


  
では、参ります!


  *************************************


・季節の変わり目に着ていた deuxième classe のコート  査定額 6900円






・なくてもやって行ける自信ができた。さよなら 小さいお財布。 査定額 9850円






・ワンピース。えっ!なぜこのタイミングで!? のお話は後ほど。 査定額 10900円






この3点で、 すでに 27650円。  
こないだのブラウスや雑貨込みの手放しで 4626円。
そして、3月末に手放したコートは・・・  17600円 (←偉大!)
自宅フリマで手放した 薄いニットは2枚で 600円。 その他の雑貨で5000円。


                       合わせて 55476円



ふーん。 元値が高いからそうなるんじゃない? というご感想もあるのかもしれませんが、
元値はある程度しても、減価償却するくらい着ています。
1回か2回しか着なかった2980円の服よりも・・・わたしの服は、むしろ、安いのです。

十分に楽しませてもらった、大好きだった、満足しながら使った、いう 自分の中での
対価支払ってなお余りある「付加価値」もある。 精神的な満足感、ですね。 幸せ感。

それらひっくるめて手放して・・・なお 55000円以上も戻ってくることが、
ちょっとすごいな、って 思うのです。

どうでもいいような安価な服ばかり買っていた頃には 絶対に知り得なかった気持ち。

その服が 自分にとって高かったか、安かったかは・・・・手放すときにこそ わかるんだ。



   *********************************



この資金は、無論 今後の買い替えに生かします。 (お刺身買ったりもします・笑)
55000円って、とっても大きな「資金」です。
手放す方法が「捨てる」の一択だったなら、決して手に入れることのできなかった お金。
服をキレイに着ていて、ものを大切に扱っていて本当に良かった、って しみじみ思うのです。 



   *********************************


ワンピースを手放したことで。

そうです。

人生で2度目の「服を1年買わない記録」。  すずひ、惜しくも達成ならず!


ご期待に添えず・・・ ごめんなさい  ヽ(;▽;)ノ !!

( ご期待など初めからなかったとすれば、重ねがさね ごめんなさい )



2度目の「1年の壁」は・・・ やはり ぶ厚かった!!!  



3年以上も着たこのワンピースをこの額(10900円)で売却できたのは、
ZOZOの「買い替え割」のシステムを利用したから、なのです。


このタイミングで手放さなければならない、決定的出来事に遭遇しました。


迷いは1秒もなかったです。  今 これを手放さなくてどうする!! と。


読者さまは、覚えていてくださいますか?    寧々ちゃんのワンピース。









理想のデザイン。 理想の丈。 このワンピースを絶対に見つける、と心に誓い、探した。

思い叶って、ちゃんと見つけることができました。 購入することができました。


最後の1点でした。 (こういう強運はすごい、と 我ならがらいつも思う)


1秒も迷いませんでした。


この「決定的出来事」と「ワンピース」のお話の続きは・・・  また 後日 ( ´▽`)ノ










                                    おわり






さよなら、兄弟船(弟)。「兄貴」は 絶賛現役続行中。 あともう少し、一緒に暮らそうね。

 ↓ 小さいお財布よ、さようならのポチッと、ありがとう。
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今日は、査定額のお話を聞いてくださって ありがとう。
次回は、なぜわたしが「査定額」をこのように発表するのか、そのお話をさせてください。

寧々ちゃんのワンピース、嬉しくって嬉しくって、まだ1度も着ていないの。 
届いた日から、ずっと眺めては喜んでるの。 次回、詳しくご紹介させてくださいね。














最終更新日  2019.07.19 12:44:34
2019.07.16
カテゴリ:捨て部
手放しながら、生きています。  「捨て部」です。


すずひ家の「手放しぶくろ」が いっぱいとなったある日、まとめて売りに行きました。

「手放した日」は、心の中で、自分の中で完結し、手放しぶくろにおさめた日。
「売った日」は、本当にこの家から消滅した日。 わたしではない 誰かのお手に渡った日。

ですから ちょっとだけ「手放しタイムラグ」みたいなものがあるのですが、
自分の中で完結し、手放しぶくろにひとたびおさめたものを、
気が変わって再び引っぱり出してきて使った、とか、
身につけて着て出かけてみて、完全復活を遂げた、というようなことは、まず、ないです。

そういうところ、はっきりしているのです。 未練とか、ないのです。
女の人は、すごくそういうところがあると思います。 別れた人に、未練なし(笑)

たとえ手元(押し入れの中)にあろうとも、心の中での決別の力ってすごくて、
手元にあるうちに、せっかくだからもう1回使おうかな、とか なりません。
 

わたしの中では、もはや そこにあっても「無きもの」。 「失われしもの」なのです。


   *********************************


わたしは「売る派・ミニマリスト」。
充分に使い尽くし、わたしの中で完結し、手放す時がきても、捨てるにはキレイすぎる。
こんなにたくさん使ったのに、キレイすぎる。
今では 手放すもののほとんどが そうなってしまいました。 あまりボロくならない。

売ってお金になったらいいなー。 というよりは。(それももちろんありますけれど)
わたしが今から手放すこれらには、
世間相場的に、一体おいくらほどの値がつけられるのか、ものとしての「価値」がどのくらい
残されているのかを、客観的に知ることが・・・とても面白いのです。 
たいそう興味深いのです。 社会勉強です。

自分のものって どうしても贔屓目に見てしまいますから。 ずばっと斬ってもらわないと。


えーっ! わたしって5円の服を着ていたの!? Σ(゚д゚lll)ガーン  とか、
お気に入りのサングラスが まさか10円だったとはー (つД`) !とか、ありますからね。


   ********************************


「捨てる」のではなく、こうした方法で手放すことで。
次に使ってくださる方がいてくださる、ということも・・・会えなくても、とても嬉しいです。

ものとして。 ちゃんと価値があると プロからみなされた時は、嬉しいです。 

5円とか10円だろう、わたしは気に入っていたけれど、もう価値など残されていないだろう、と思って手放したものが、全然そんなことなかったときは・・・ なおのこと嬉しい。

純粋に、嬉しい。 

ああ、もう売るのも面倒だ、とか思って捨ててしまわなくてよかった!って、心からそう思う。

もうこんなにたくさん着ちゃったし、200回とか着ちゃったし、
何年も使ったヘアアイロンだし、さすがに価値などないのだろうな。
もう10円でも100円でも嬉しいわ、いいえ1円だって嬉しいわ、というくらいの
捨て身の気持ちで持ち込んだものが・・・


どうか 聞いてくれる?



いろいろ合わせて(6点で) ・・・ この額だったよー  ヽ(;▽;)ノ











手放しぶくろを、 そのまま「感謝して」捨てること も もちろんできたのです。
そうしてしまえば、これらは ただの「ゴミ」でした。


それが 4626円になるのなら・・・ わたしは、やっぱり 買い取りに出したいです。

家計に、そして次のお買い物に、
そして家族の好きなお刺身や、この季節なら美味しいアイスクリームに・・・ 役立てたいです。

今日手放したものが、こんな金額になったんだよ。 と 報告をいたしますと。
わたしも嬉しいですけれど、身近な家族もまた、へえ〜、それすごいね、と ちょっと喜びます。 
その顔を見るのも、地味に嬉しいよ(笑) 






コールドストーンクリーマリーのアイスクリーム。 アイスは「いちごもの」が好きです。






    **********************************
 


詳細を、今日は ちょっと披露させていただきますね ( ´▽`)ノ



・大好きだったニット帽 ・・・ 700円 (やった!)



定価8000円を30% off で買ったものでした。



・2枚のブラウス それぞれ 1200円  @1200×2= 2400円 (すごいっ!)




定価それぞれ13000円を20% off ほどで買ったと記憶しています。


・不要になった ヘアアイロン・・・  600円 (これも想像以上!)



定価 税抜きで2980円ほどだったと思う。 全額「楽天ポイント」だったと思う。


・とっくの昔に不要だった 折りたたみ傘 ・・・  30円 (まあ、そうだわな)



家族がコンビニで500円くらいで買ったのだと思われる。 よくわからない。


・おとーさんが半年毎朝はいたウォーキングスニーカー ・・・ 770円 (いいの!? )

   ※ 画像なし。 adidas の スニーカー。(購入額9000円ほどのものでした)

  合計 4500円   (そして 家電・生活雑貨買い取りUP額が126円加算)

                         

                      合計 4626円也



自分でメルカリとかは、わたしはいまも、この先も致しません。 
価値観の異なるであろう見知らぬ人と関わることを、有益とは思えない(笑)
もうちょっと売上額が得られるのだとしても・・・ささっと売却する方が、早くて好きです。


  ************************************


あと1ヶ月半くらい着るつもりでいたブラウス2枚、なんか、未練なく手放しちゃったよ! 


新しいのを見つけるよりも先に、手放しちゃったよ!!


なんか。 手放すなら、今だよね? 秋じゃないよね? という気がしてきたのです。
薄いブラウスですから、9月に手放すよりも・・・ どうせ手放すなら 今かな?と。
春夏衣料買取強化!!って言葉に 背中を押されちゃいました。

買いたい! よりも まず先に手放してしまいたい! って。 手放し脳。

服、人生で1番少なくなっちゃいましたね ( ´▽`)ノ
なんとかなるのか、ならないのか(笑々)

笑いごとではないのですが・・・一周回って笑けてきます。


あんなに100着も120着も服があっても もっと欲しくて。常に不安だったわたしが、ね。



  ********************************



捨てよう、と思うと、手放しのハードルが 逆に高くなってしまう所が わたしにはあります。
「捨てるくらいなら、もっと使えるかも・・・」というセコさが芽生えてしまう。

買い取りに出そう!と思った方が手放しの勢いがつくのは・・・これはわたしの性格なのかな?







手放しぶくろ(主にこのようなショッパー↑です)に 入れる気にならなかったものでも、
例えば、いざ「自宅フリマでも開催しよう!」となりますと、( ← 捨て部の文化祭的行事)
なんか1個でも多く 状態のなるだけ良いものを(お客さまのために)出品したくなるし(笑)


なんだろう、前向きで、積極的な 手放せる!という あの気持ち。


そうか! 「出品」か!


わたしの ここ最近の手放しって・・・  どうやら 「出品」の感覚なんだ!


きちんと手入れして。 商品のような状態になるだけ整える、あの過程。
面倒だとは感じないのです。 手放す時こそ、丁寧に。 手放す時こそ、心を込めて。


ゴミの日に出すのとは、全く気持ちが違うのです。 
どこか、儀式のような、セカンドユーザーさんに献上するような「厳粛な気持ち」なのです
手放す「もの」に対し、最後、改めて敬意を感じるような・・・あの気持ち。

そっか、そっか、そうなのか!!  めっちゃ腑に落ちた。


わたしは、自称「捨てる派」でも「売る派」でも、そのどちらでもなかったのかもしれない。

令和元年。 ミニマリストすずひ(捨て部長・兼) は 新しき称号を得ました。


親愛なる 読者のみなさま。 そして 親愛なる同胞「捨て部」の部員のみなさま。


「出品派・ミニマリスト」と・・・今日から わたしを そう呼んでください(笑)






                                   おわり



「捨て部」の中の新しい部署を。
「出品部」のセクションを発足させたくなってきました(笑) 入部希望者、随時募集中。

 ↓ 今日も重たい曇り空です。そろそろ からっと晴れて欲しいですね。
   いつもポチッとありがとう。

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今日は 嬉しかった査定額のお話を聞いてくださって、ありがとう。











最終更新日  2019.07.16 16:23:40
2019.06.29
カテゴリ:捨て部
このあいだ。

お子が幼稚園に入園した頃からですから、およそ16年ほど仲良くさせていただいているメンバー4人と、「お疲れさま&おめでとう」の・・・ちょっと豪華なランチに出かけました。

このメンバーで揃うことができたのは・・・ 約1年ぶりのことでした。

なぜ1年も空いちゃったのか。

それは、お子たちが「大学受験」だったからです。


去年のちょうど今頃に最後に集い、さあ、ここからだね!いよいよ本番だね!と。
お子の高校は、みんなバラバラなのです。
進路に関する個人懇談をそれぞれ控え、まだどうなるともわからないことだらけだけれど、
次の春には、また どうかこうしてみんな笑顔で会えることを 祈って。

高校受験の時にも、こうして互いに励ましあった。 あれからもう3年が経ったんだ。

お子たち それぞれに・・・ どうか、幸あれ!! と。  名残惜しく 別れたのです。

幼稚園の帰りに集まって お庭のビニールプールで遊ばせてもらったり、
遠足では一緒にお弁当を食べたり。夏にはスイカを食べたり。花火したり。お祭りに行ったり。
誰かが風邪引くと、みんな一緒に風邪引いて、順番に熱を出して。母たちはバタバタで。 
インフルA・Bやら、ロタやらノロやら。 お子を預かったり、預かってもらったり。

亡き父の手術と祖母の手術が重なってしまった時、わたしの代わりに息子を園にお迎えにゆき、
そのまま半日預かってくれたこと。
みんなが助けてくれたこと。今も忘れられない。寒い冬の日、父の葬儀に参列してくれたことも。

本当に小さな小さな頃から知っている それぞれのお子たち。ああ、みんな18歳なんだ。
あんなに小さかったのに。 みんな、揃って もう高校3年生になってしまったんだね。

その後は、「調子どう?」とか「何か決まった?」とか、そんなメールも一切なし、でした。
状況はお子さんごとに異なりますゆえに「迂闊なお尋ね」は 親しき仲にも、互いに ご法度。

このあいだ会う時点では、まだ それぞれの進路も だから殆ど知らないまま。

新たな人生の第1歩を踏み出した 4人のお子たち。

4人のうちの2人は・・・なんと、この春 東京へとめでたく旅立ったとのことでした。

そっか、そっか、そうなの、そうだったの・・・ (;_;) オメデトウ!!

元気でいて欲しいです。 お米とか、スイカとか、おばちゃんが送ってあげたいくらい。

受験という名の試練に立ち向かうのは もちろんお子本人、なのですが。
親は見守ることしかできないのですが。 その重み。 自分じゃないからこその不安。

ランチへ向かう行きの車の中から・・・もう そんな「母心」のお話で 泣き笑いの連続。
みんなのそれぞれの「大奮闘」のお話に・・・笑って、笑って、そして、もらい泣きして。

こんな友達がいてくれることを・・・本当に。  本当に幸せだと感じました。

「そういえば、本、おめでとう!」と出版の日をちゃんと覚えていてくれて、
あの冬のいっぱいいっぱいの状況の中で わたしの本を読んでいてくれたことを知り、
みんなが一番それどころではない時期の出版でしたから・・・ 嬉しかったです (;_;)

見返りを求めずに子を支える。 子を「自分の不安を解消してくれる道具」にしない。

わかっていても、難しいこと。 支える。 支える。  ただ、支える。

みんな、みんな、すごいなあ、って そう思いました。

よその子のことなら、本来 誰もそこまで悩みませんし 心配もしない。

母親が、これほどまでに勝手に苦しいのは「我が子を愛しているから」に 他なりません。

けれど。

小さな頃からずっと知っているお友達の子って、我が子ではないのだけれど、よその子でもない。


よその子なんて、思えない。


みんなの頑張ったお話に、この春の旅立ちのお話に・・・ 
わたしは「よそのおばさん」なんだけれど、胸がいっぱいになり、自然と涙が溢れました。


30代前半で出会ったわたし達も、みんなアラフィフです。 揃って涙もろくて仕方ないです。


   ********************************



さて。  ここからは「捨て部」です。

部活動が盛り上がるのって やはり「夏」なのかもしれません。
最後の大会・引退試合みたいなものも、夏ですものね。

わたしがいちばんはじめの 怒涛の捨てを遂行したのも・・・「真夏」でした。

大汗かいて、1日中家の中を動きつづけて、動いて、動いて、あっさり数キロ痩せました。

あんな風な激しい捨てに身を投じるようなことは、この家の中ではもう起こり得ませんが、
あの夏の功績は 本当に大きかった。

あれをしなかったら。 わたしはずっと変われなかっただろう。

二度と使わないものを納戸に詰め込み、押し入れにしまい込み、衣装ケースを6個も8個もパンパンにしていただろう。

たった3人分なのに。

ホコリにまみれた雑貨があっても、見て見ぬ振りをして暮らしていただろう。
着もしない服のための防虫剤を買い、何年も何年も 無意味な保管をし続けたことだろう。
奥のものが取り出しにくくて、いつもイライラするのに、改善しようとも思わなかっただろう。

何もかもがうまくゆかない「行き詰まり感」「滞り感」に あえぎながら。

服1着、皿1枚捨てることをしないまま。  

こんな気持ちの良い風が吹き抜けるはずのこの部屋の中で、窒息しそうになっていたことだろう。



  *************************************


さあ、まだまだ捨てます!!

1in 1out なんて 当たり前。 1in 1out は、ただの横ばい。 1個も減ってない。

in せずに捨てることで、初めてものは「減る」のです。 そこに「余白」が生まれるのです。



【この日の捨て(1)・・・折りたたみ日傘】







これは・・・ 「喪」のために持っていました。 お盆の法事とか 御墓参りとか。
けれども この2年 全く使わなかったことに気づきました。
たまたま喪の用事がなかっただけなのかもしれませんが、2年使わなかったものって、まず使わない。1年で見極めたって 本来十分なのですから。

捨てます。

真っ黒な傘が必要な時には、長傘がある。わたしは折り畳み傘が好きではないじゃないか。

「雨のお葬式」「真夏のお葬式」。
そういう事態を想像しすぎて手放せなかった。想像力のたくまし過ぎるせいで手放せないことって良くあります。いろんな「万が一」を、次から次へと想像できてしまう。
そういうことって・・・その時にどうにかすればいいことの方が多い。
わたしは昔は「土砂降りのお葬式を想定した長靴」も 持っていましたよ(笑)

そもそも。 この折りたたみ傘は。 わたしが買ったものではない。

急に降り出した雨に、家族が仕方なくどっかのコンビニで買った傘、なのだ。

自分で選んでいないから。 愛着もなく。 どうでも良すぎて、逆に捨てなかった。
           (捨てようか、捨てまいか、と、向き合う対象ですらなかったの) 

そういうものが・・・この家の中に、信じられないのですけれど、まだ、時々 あるのです。




【この日の捨て(2)・・・ノベルティでもらったきんちゃく袋】





あああ、なんて可愛い design letters の きんちゃく袋。
キッチンタオルをたくさん買ったせいで、3枚ほど溜まってしまった きんちゃく袋。


3枚のうちの2枚には、用途があるのです。 家の中で、役立っています。

どうしても使い道のなかったこの1枚。 ずっと捨てられませんでした。 可愛いからね!


可愛くても。 好きでも。 要らないものってあります。

そういうのを置いておくと・・・不用品って 途端に増えてしまう。

これが「ときめき」で判断するお片づけでは なかなか難しいところ。 
このきんちゃく袋、めっちゃときめきますもん。 萌え萌えですもん(笑)

でも、数ヶ月握りしめてみても、3枚目の用途は つゆぞ見つかりませんでした。

わたしには、不要だったのでした。  捨てます。




今回の2つの捨てには、地味な共通点があります。
それは どちらもが「自分が買ったものではない」ということ。
自分の意思と直接関係なく 手に入ってしまったもの。

悩んで、選んで、お金を払って、
または贈り物として頂いて・・・という、それにまつわる「ストーリー」がそこには全く存在しない。

ストーリーや思い出があったって、不要なものは どのみちやはり「不要」で。
ストーリーなき不要物であれば、これ捨てられなくて、いったい何を捨てられるの?という話。


使っていないものであっても「いつか使うかも・・・」と捨てられないのは、人のサガです。


けれど。


A) やっぱり使わない、もう必要ない、と どこかの段階で腹を括って捨てられる人。
B) きっといつかは使うかも、と 結局 最後まで自分で捨てようとしない人。

どちらが美しいのでしょうか。
 
B)の人は、「ものを一生大切にした立派な人」と賞賛されるに値するのでしょうか。


誰かが いつかは 捨てなければならないのなら。


それは できる限り 「自分でやろう」と わたしは思う。


小さなものでも。 1日1捨でも。   きんちゃく1枚。  傘1本。 






手放すメンバー。超好きな雰囲気です。でも、もう要らないもの。ときめきだけでは計れない。





自立するって そういうことなのかも。
何かを生み出す、とか 収入を得る、の もっともっとそれ以前に。
 
自分の身の回りのことを自分でできるか、ってカテゴリの一部。
炊事や洗濯をできるかどうかと同様に、「自分のものを自分で捨てられるか」ってこと。

経済的、とか 精神的、とか 社会的に自立できていたって、すごくお金を持っていたって、
いらない、使っていない食器1つ自分で捨てられない人って たくさんいるでしょう?

「もったいない」というセリフを、便利で万能な切り札のように連発しながら。

捨ては、自立。そして「自律」。 それができてこそ、初めて「大人」なんだ。 きっと。


  ************************************


「夏越の祓」(なごしのはらえ)という神事をご存知ですか?

1年の終わりの大晦日に その年の厄災を祓い清めるのが「年越しの祓」ですが、
同様に、1年の半分が終わるこの6月にも「夏越の祓」という神事があるそうです。

その年の半年分の穢れや厄災を祓い、身を清める。 上半期分の穢れを、リセットする。

夏に何か捨てたくなるのって・・・無意識で 半年分の厄災を清めているのかも!

何もわざわざ捨てなくても・・・というものを なぜか捨てられるのって「夏」だから。

繰り返しのお話になりますが、そのシーズンのものをシーズン中に捨てるのって極めて難しく、
夏に「サーキュレーター」や「かき氷メーカー」捨てるのって とかく躊躇しがちなのです。

夏に「日傘」を捨てられた わたし。 

「夏越の祓」の見えない力に、背中を押してもらったのかもしれません。

半年分の、2019上半期分の「穢れ」「厄災」に・・・  今こそ お別れだ! 

「祓」の大チャンス・・・今を逃したら、次は半年後。大晦日になっちゃうからねっ ( ´▽`)ノ









                                     おわり








自分にとっての「要・不要」って「快・不快」とよく似て、人間の基本的な感情なはずなのに
大人になればなるほど分かりづらく、判断が鈍りがちなのは とても不思議なことです。

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「快・不快」を たくましく訴える赤ちゃんの意思って・・・そう思うと 凄いですね!
「夏の捨て」、すずひ絶好調です!「夏越の祓」・・・さあ、部員のみなさまもご一緒に!!












最終更新日  2019.06.29 20:10:03
2019.06.27
カテゴリ:捨て部
捨て部です。 部活です。  部員のみなさま、ごきげんよう ( ´▽`)ノ







   牛  『きっとできる!「冬のもの」の捨てと、今こそ向き合ってみて!』





冬よりも、なぜか夏の方が捨てが進むというのは とても有名な話です。
ゆるいまいさんも、そうおっしゃっていました。

あれこれ身につけていたくない! 暑い! という気持ち、というか おそらく「体感」が、
人に、ものを、手放したくさせる。  手放す勇気を授けてくれる。

寒い時って、ものが減ることや「冬の間の蓄え」が減ることに対し、なんとなく危機感が。
こんな満たされた時代なのに、
無事に越冬できるかな、という心細さみたいなものが、わけもなく湧いてくることがあります。

寒い日に温かいニット手放す、とか・・・ 着ていなくても、なぜか、とても難しいのです。 

 
逆に暑さは。

手放した方が。 ものが減った方が。 薄着になった方が快適に暮らせるー!という体感。

蒸し暑さの不快さも手伝って、

ああ、もう 暑いー!なんかもう、あれもこれも要らんーっ! みたいになります。









すずひスタグラム。 ソフトクリーム、夢の食べ比べ。 
名古屋パルコ西館B1 生クリーム専門店のソフトクリームです ( ´▽`)ノ


こちらをいただくのは初めてで、念願でした!
このビジュアル、たまらんです。 この形のソフトを素通りすることは、できません!



いただく前に「牛待ち」です!(笑)
人気撮影スポットの「牛」が空くのを・・・良い子で待ちます。
週末などにはインスタグラマーさんでいっぱいになるスポットなのだそうです。







この日はとても空いていましたが、溶けるー、うしー、早くーっ!(笑)


   ********************************



今日の捨ては2個です。  
どちらも、寒い冬の日であったなら あったほうが安心な気がして捨てにくいものだったなあ、と気づくのです。



【 今日の捨て・その1・・・ニット帽 】

次の秋冬を想像した時、このニット帽を着用するわたしに「無理」を感じました。
前回の日記の「ロゴTシャツ」の画像を見たときと 同じ気持ちになったのです。







たくさんたくさんかぶりましたから 大満足のお別れです。
たった1年のことであっても、40代の顔や雰囲気って、ガクンと変わります。
ロゴの元気なニット帽は、来シーズンのわたしの顔面には、もう「若い」と感じました。卒業。


【 今日の捨て・その2・・・ へアアイロン 】

昨年の初夏から「デジタルパーマ」をかけています。 
ぺたんとしがちな髪をふわっとさせるような ゆるいゆるいパーマです。






そしたら、アイロン使わずに暮らせるようになりました。

シャンプー後に ぐわーって乾かすだけで勝手にまとまるし、結ぶ時のボリュームも十分。
ヘアアイロン使って頑張っていた全ての手間暇が、デジタルパーマで1発解決してしまいました。

寝起きで、そのまま出かけられるようなパーマ、というのが ちゃんとあったのです。
パーマの技術って、昔と今では 大違いなんですね。
髪も全然傷みませんでした。 アイロンあてなくても良くなったから、毛先なんて、尚更!!

お出かけしたくの時の「髪」に費やすための時間が、
アイロン使っていた時の、1/5かそれ以下になりました。 すずひは「時間」を手に入れた。


時間を手に入れて、ヘアアイロン手放す。 理想的な「1 in 1 out 」です。  

形ないものや価値・時間を手に入れて・・・ 形あるものを手放せるとは。 おお、理想的!

出かける直前に 暑いー、暑いー、と 頑張るあの「時間」を・・・ 卒業です。



   **********************************








わたしの中で、
人生でいただいたソフトクリームの中での 暫定第1位「feel at ease 」のヨーグルトソフト。



名古屋・栄 三越ラシック B1。 
美味しいソフトクリームは、たいていファッションビルの「B1」にある 謎。









やっぱりこちらが1番好きかな!! 
このお店って、名古屋にしかないのかな? こんなに美味しいのに (;_;)!!!
全国の読者さまに召し上がっていただきたいくらい美味しいのにー (;_;)!!!!

ヨーグルトソフトだから、さっぱりとして カロリーも控えめなのよー。


人生1位が地元にあるって幸せです。 遠いところまで旅しなくても 食べられるよ(喜)


  ***********************************



冬のもの手放すのって・・・ やっぱり「夏」だ。

逆に夏のもの手放すのは「冬」が向いてるのかも。 思い切りやすいです。


そのシーズンに必要っぽいものって、シーズン中にはなかなか捨てにくいところがありますね。
必要っぽいだけで、実際は使っていなくても、ね。 保険のように、持っていたい。
今 キャンプ用品捨てる!とかパラソル捨てる!とか・・・とてつもなく難しそうですものね。


今なら手放せる! という 「冬のもの」。 あなたのお家にも あるかもしれません。

寒い時にはできなかった「大きな決断」も、

暑い今なら。 重要度が低くなっている今なら、スパッと下せるかもしれません ( ´▽`)ノ







                                     おわり







昨日は楽しいお出かけでした。 ものすごくリフレッシュできました!
アイス、食べたくさせちゃったかな?
ダイエット中の読者さまがいらしたら、どうか 許してね ヽ(;▽;)ノ

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これ以上暑くなりますと、すずひは外出できなくなるので、
今が夏のお出かけ最後のチャンス。30度超えたら、もう出かける気力がないのです(笑)














最終更新日  2019.06.27 18:39:32
2019.05.12
カテゴリ:捨て部
短いブログを書きます。


レクイエムのように。  1つの独立した日記にしたくて。


今日のすずひの「1日1捨」は・・・ こちらです。  満を持して、この時は来た。


黒のニットを手放します。






※ 少ない服系ミニマリスト。少数精鋭服の最新一覧はこちらです →



この「指穴」ともお別れです。 本当に淋しい。  また同じのが、心から、欲しい。


ユナイテッドアローズさま。 

どうかこれを・・・ 次の秋、どうか復刻してくださらないでしょうか (;_;)


署名を募りたいくらいです。


もっともっと すずひに情熱があって、
わたしの好きなものだけを揃えたセレクトショップを作ることができたなら。

こういう、自分の経験を最大に生かして、本当に飽きない満足な1着を、定番で商品化したい。

お客さまが買ってくださって、着てくださって。

わたしのように それこそ1日おきくらいに5〜6シーズンこてんぱんに着てくださって、
どの服も合わせやすくて、お出かけにも着られて、ちゃんと家で洗えて お手入れが簡単で。


本当によく着ました。  もう限界です。  さあ 買い直そう、ってなったとき。


ちゃんと、それが、売っている。 ちゃんと 同じのが買える。 そういうお店。



服だけじゃない。


食器も、キッチン雑貨も、インテリアの小物も。 何もかも「1店」で揃う。

そこに行けば、
これまで通りの「お気に入りの暮らし」をずっと続けるための 同じもの が 一式 揃う。


あちこちのお店を探し回らなくていい。 そこに行けば、すべて、いつも、ある。


そういうお店が、この世には、まだ、ない。


わたしに情熱があったら。 もっともっとあったら。


こんな夢ものがたりを聞かされても・・・ 読者のみなさま 困っちゃうよね。



そんな同じものがずっと売ってるお店は、もしもあっても、飽きられて、つぶれちゃうのかな。










本当に気に入って。 ものすごく着て。 使って。  それを手放すとき。

いつも一抹の不安がある。

こんなに気に入る服を、また買うことができるだろうか。見つけ出すことができるのだろうか。


いつもわたしが感じていることなの。 
気にいっていた服を限界まで着て手放すとき・・・損失恐怖を感じるのです。みぞおちが痛む。



そういう安心なお店があれば。 こんな不安も(みぞおちの痛いのも)なくなるのにな、って。



お店の一角では、すずひのレシピの無添加ころころドーナツ売りたいわ。
最高に美味しいソフトクリームの方がいいかな?(あの「ぷにぷに」のかたちのやつ、ね!)


一緒に働く人は、どんな人がいいんだろう。 (Eちゃんはもう絶対に参加してもらいます)



考えだすと、止まらない。 



黒いニット、あなたを わたしは250回くらい着た気がします。


そんなあなたに出会えたことは、ミニマリスト冥利につきます。










すぐに毛玉になるような、伸びるような、ボロくなるようなあなたなら、こんなに長くお付き合いすることは、できなかったよね。


あなたは、素敵だった。 あなたが載ったこのページは。 わたしのとても好きな1ページ。


今日でお別れです。  さようなら。   そして、ありがとう。 本当に。






                                    おわり








すずひの妄想夢ものがたりを聞いてくださって、ありがとう。

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わたしの日記を、いつも楽しみに読んでくださって、ありがとう。





     **** お買い物マラソン やっぱり買っておこう ****

 ↓ 息子用のフォーマル。 突然の訃報に慌てることのないように。
    もう「制服」を卒業してしまったから、ね ( ´▽`;)


 
 ↓ 裾上げがこの価格。 届いてすぐに穿ける安心が、うれしい! ( ´▽`)













最終更新日  2019.05.12 22:33:08
2019.04.05
カテゴリ:捨て部
毎日、何かを こつこつと 捨てています。

もう、捨てるものなんてないでしょう!? って

時に優しく、そして時になぜか意地悪っぽく(笑)言われやすいのが この わたしです。
わたしのウチに もう捨てるものがないことが、どうしてムカつくのかわからないのですが、
明らかに怒った感じ? と申しますか、「気に入らない感じ」で言われることがある。

ここへきて、まだ何かを捨てている、ということを「信じられない!」というような
いや、信じられない、じゃないな。 どちらかといえば 「許せない!」というような・・・ 
なんか なぜか、そういう不愉快系の顔をされることも 意外と多いです(笑)


あー、これ、逆で考えてみると わかりやすいのかも。
もう十分たくさんあるのに まだどんどん次々買っちゃう人見た時に わたしが感じる感情だ。


え、こんなにあるのに まだ買うの!?  の 気持ちだ!

だから、反対から見れば、

こんなに何にもないのに まだ捨てるの!? っていう、そういうお気持ちか! 


そっか!だったらわかる! ものすごいわかる(;_;)! うわあ、なんか スッキリした! 







今日の1日1捨は この「コサージュ」です。 ああ、わたしの人生に、この時がきたんだな。





一気に捨てた 約4年前の あのときは凄まじかったけれど。
今は。 しみじみと手放す、しみじみと捨てるわたしとなりました。
捨て初期の頃の捨て方とは、ひとつひとつのものに対する向き合い方が ぜんぜん違います。
今の捨て方のほうが、あの頃よりも なにか ぐっと胸に迫るものがあります。

はじめっからいちいち そんな「しみじみ捨て」をしてしまいますとね、
捨てなんて、多分、一生 終わらないのです。


そういう丁寧な捨て方もあるけれど。 本当にそれで片付くんだろか、と思ってしまう。

はじめっからそんなスローペースでは、
生きてる間に捨て終えることなど不可能なのでは? という気がしてしまう。
わたしは そのくらいの量のものを、この小さな家の中に、持っていたから。 
要らないものを抱え込み、二度と使わないものをしまいこんでいたから。


それでもね。 見えるところは ちゃんと 片付いていたのです。


だから、片付かない家には。見えるところが散らかっている家には。
わたしの抱えていた以上の数の「要らないもの」「二度と使わないもの」が 確実にある。


あのまま もしも捨てずに死んじゃったらどうなっていたのかな、って考えることがあります。
きっと どうにかはなるのでしょう。 誰かが、家族が なんとかしてくれるのでしょう。


それが「平気」か。 それとも絶対に「嫌」か。 


捨てられる人と 捨てられない人の違いって、多分、究極的には、その違い。

わたしたちの世代から、なんじゃないかな。
ものを残さないで死にたい、って 本気で思い始めてるのって。







懐かしい画像。12年前。 思い出の節目にはいつもコサージュ。 うわあ、名古屋巻き(笑)




新しい元号「令和」が発表されましたね。

昭和って、とにかく「買った」「買いまくった」時代、だったと思うのです。
初期や戦後の頃にはものが無くて、本当に無くて。全ての人が豊かさを渇望していて。
その後、世の中が急激に成長して、さまざまなものが買えるようになって・・・
そりゃ、買いますよ。 買いたくもなりましょうよ。
誰もがテレビを、洗濯機を、家を、車を。「豊かさ」を買うために働いていたような時代です。

いやいやいやいや 、平成だってそうとう買ったぞ!とも思われるでしょうか。
百貨店で。ショッピングモールで。アウトレットで。 ファストファッションや100均で。

昭和って、でも、その比ではないと思います。
なんか、わたしの感覚ですと・・・昭和の頃って なんだか 欲しいものはみんな高くて。

服でも、DCブランド流行真っ盛りで・・・
とてもじゃないけれど中高生のお小遣いで買えるような金額の服じゃ無くて。

なかなか簡単には買えなかった。 一生懸命になって買った、というイメージがあります。
今の高校生って スタバとか ディズニーとか USJとか ばんばん行けて、すごいな!

一方、「平成」は、買うことが 自分の中で ものすごく「気軽」になったような・・・

バイトを始めて 社会人になって 自分自身が収入を得るようになったことも大きいですが、

なんでもポンポン買ってしまう時代だったなあ・・・って。 なんかそう思うのです。


ポンポン買って、ほとんどの世代で、そして「世帯」で、もう ものが揃ってしまった。
それでも売り場には、まだ、ものが飽和していて。 次々と新しいものが提供されていて。

すると、わけもなく欲しくなる。
揃っているのに、あるのに、買ってしまう。 ものすごく奇妙な状態。

昭和って、ものすごく買った時代だけれど、その多くは 一応「必要なもの」だったような。
多くの人々が要らないものや使わないようなものまで買うようになっちゃったのって、
断然「平成の約30年間」な気がします。


だから。 わたしたちの世代(以降)から、なんじゃないかな。
ものを残さないで死にたい、って 本気の本気で思えるのって。 実際、それが可能なのって。


無駄なものを買った、という自覚がある世代。


親の世代にそれを求めるのは、子世代の身勝手だな、って 最近は思うようになりました。
生きてきた時代背景があまりにも違い過ぎますからね。 捨てられないのは、無理もないのです。






6年前の中学の入学式の日は、28℃くらいまで気温が上がって、夏のような日でした。



プチプラの服って 安くて可愛くて流行そのもので すごいのに。
なんかそれを「100%良し」と素直に思えないのも・・・きっと、生きた時代のせい。
昭和の頃。 わたしの欲しい服は、いつも高かった。 ビギもギャルソンも、ピンクハウスも。
 
服が欲しくてバイトした。  3ヶ月貯めたお金で買えたときは、本当に嬉しかった。

なんか、服ってそういうもの、って思いが未だに根強くあるんです。とことん昭和の女なのです。

大切すぎて着られなかった、っていうのも、きっとそのせい。
3ヶ月分の給料だと思ったら・・・ そうそう普段には着られませんよ(笑)




おっと話がそれました。  戻します。



家の中に。 当たり前のようにずっとあって、ああ、もうほんと使ってないわ、という捨ては、
「よくよく考えたらもう要らないわ」属 の捨て、です。

そういうものは、わたしの家の中には、もう ほんと少なくなっていて。
自分的には「ない」「0」だと思っていて。 
たくさんありすぎるから数を半分に減らしてみましょう、みたいな捨ても ほとんどなくて。
滅多に発掘できなくて。 それでも ひょっこり見つかったりすることを、楽しんでいる。


今は、だから、わたしの「捨て」は。 


然るべき時がきて、それで、捨てる。    そういう捨てが多いです。 

然るべき時期が来たなら捨てよう。 もう使うことはないから。 

そういう「お別れカテゴリ」の、捨て。 「しみじみ属」の、捨て。

次に使うことはもう無い。  お子が大きくなると・・・そういう捨てが、増えますね。


しみじみだけれど、だから、嬉しいものですね。


わたしの「世帯」は もう その時その時で「大きく増やす」必要のある時期は通り過ぎた。
あとはもう、不要になったものを、その時、その時に 減らす。 幸せな、先細り。

もちろん 買うことや何かを増やすこともあるけれど、ぶくぶく増やすのは、もうおしまい。 
人員が増えていないのに、増やし続けて、一体どうするの。  誰が使うの。


そんでもって 、最後、それ、誰が捨てるの?  ← わたしの捨てを支えるキーワード


自分で捨てられないような種類のものや、捨てられないような量は、持つべきではない。
本当に使っているものだけで 暮らす。

少ないそれらをちゃんと使って、役目果たし切って・・・ 納得して捨てる。

多すぎるものを捨ててる時には、正直 ものに敬意!とか 感謝!とか 今日までありがとう、とか いちいち殊勝なこと思っていられませんでした。(みんなそうなんじゃないかな・笑)

なんか 邪魔者を追っ払うような捨て方になってしまう。 排除!!! みたいな、ね。


そのときは、そういう顔になっていただろうな。  修羅の形相。 鬼の形相。

そんな時期って、本気で捨てようと思ったら、誰にも きっとある。







捨てることは、生まれ変わること。生半可な気持ちでは、生まれ変わることなんてできない。





向き合って、使い切って、その時が来たから 捨てる。

思い出のものを捨てるわたしを「冷たい人」と 責めますか?  

思い出は「もの」の中になんて ない。 わたしの思い出は心の中に。 いつも記憶の中に。

ものがなければ忘れちゃうよなヤワな思い出なら、そんな思い出、はじめからいらないわ。





次に使うことは、もうない。 それは、わたしだけが わかること。

わたしにしか、わからない。  だから、自分のものは、自分で捨てる。

この「納得感」って 未練に勝る。  

ミニマリストがいちいち捨てを迷わないのって。 きっと、そこ。


未練感じなくなるくらい、 しっかりと 向き合ってる。


ものと思い出は「別物」だってこと。 いっしょくたにする時期を、どこかで乗り越えている。


その「物体」を手放しても 心が忘れないってことを、 経験として、 知っている。



捨ては、技術。   ミニマリストの多くは、その「経験値」を、 積んでいるのです。  



だから 捨てられる。  思い出のものを 捨てることが できるのです。





                                    おわり







ものと思い出を いっしょくた に してしまいますと、
このカップのようなものも「京都の思い出だから」と言って、捨てられなくなる場合が。

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愛着と、思い出は、全く違う。 捨てることと、冷たいことも、違う。
ものと向き合い、捨ててきた人だけが、わかること。 

ただ 価値観は、人それぞれですね。 本当に、それぞれ。
このブログを支えてくださっているのは、きっと、わたしと「価値観」がよく似た読者さま。

それがものすごく嬉しいのです。 
たくさんのブログの中から わたしのブログを見つけてくださって・・・本当に、ありがとう。













最終更新日  2019.04.05 17:40:51
2019.03.08
カテゴリ:捨て部
服を、毎シーズン 必死こいて買っていたときのことを、
前回は、マラソンに例えて お話しさせていただきました。


「自分のペースではないものに 無理してしがみつくことの苦しさ」と。

社会生活における苦しみの およそほとんどって、そこに起因する。
マラソンを筆頭とする陸上競技の経験がなくたって、この感覚って想像しやすいかと思われます。学生時代って、長距離走とか持久走とか、個人の意思に関係なく、体育の授業内でやたらと無理やりやらされますでしょう?  みんな雨乞いしたよね (;_;)

一緒に走ろうね!って言ってた友に ラスト1周で裏切られたり、裏切ったりして、
友情の儚さや、人間模様の現実を知ったり、ね。 (すずひ裏切ったのか!!)



自分のペースを 自分で作ることの 大切さ。


そういうことって、ほんと 学校では学べませんね。 
学校は、周りのペースに合わせさせる反面、周りを蹴散らかしてでもトップ目指して上り詰めることや、そこから落っこちないように 歯を食いしばってしがみつくことや。 落第しないことや。

みんなと仲良くしなさい! とかいうくせに、評価の全ては「比較」ばかり。
周りを「敵」と見なさせ 個々に戦わせ、勝者と敗者をはっきり認識させるような そんな画一的な教育ばかり。
そこに 器用に適応できれば「良い子」。 できなければ「問題児」。  ああ・・・。

社会では 学校の比ではない。 もっともっと「比較」に 掻き乱される。 自分を見失う。



疲れるわけです。


学生生活でも、社会人生活でも、そしてご近所付き合い・ママ友付き合いでも。
人生がずっと そんな風になってしまう人が多いことにも 頷けます。
刷り込まれているのですから。 それが「生き方」「ライフスタイル」になってしまう。 

勝っていたい。 勝者であり続けたい、という人生は しんどいです。
年齢を重ねたから そんな風に感じるのかもしれませんが、いやいや若い頃から 充分しんどかった。 苦しかった学生時代や若い頃に戻りたいとは だから わたしは 1ミリも思わない。


もう、懲り懲りだ、と 思っている。





春のトップスのメインは、昨シーズンに引き続き、この3着。 安心と信頼と実績の3着!




そんなしんどさを生き抜く上で。


持ち物や服は、わたしにとって、いつしか「装備」と化したんだなあ。
18歳で急に制服奪われて、急に「自由」と言う名の大海原にほっぽり出されて。
何着たらいいか分かんなくて。 おろおろしてしまって。
 

勝つために。敗者にならないために。バカにされないために。
服は、いつも どこか「戦闘服」だった。 服は わたしの見た目を固める「武器」。 
バブルど真ん中の女子大生でしたから。 ほんと「登美丘高校ダンス部」の皆さまみたいな
激しい格好もしてました。みんな 学校くるのも デートも あんな感じでしたよ。 冗談抜きで。

服は「ミサイル」。服は「散弾銃」。 服は、盾や矛。
おお、盾(たて)や矛(ほこ)。 まさしく「矛盾」をまとっていたんですね。 超・納得!!



長い月日を経て。 多くの武装を捨て、手放し、 今や すっかり 丸腰になりました。


服をたくさん持つことは もう懲り懲り。 戦闘は懲り懲り。
おしゃれで素敵な人に劣等感を感じたり 張り合ったりすることも もう 懲り懲り。
お店の店員さんにバカにされないように 気合い入れて買い物ゆくのも、もう懲り懲り。

平和がいい。  「ふつう」がいい。

たいして似合っていないような服を買うのなんて もう 懲り懲り。
買った服を、買ったそばから「なんか違った・・・」と後悔するのも、
たった2〜3回しか着ないうちから飽きるのも もう 懲り懲り。


懲り懲り。  懲り懲り。  あああ 懲り懲りなことだらけ  (;_;)



でも、それで良い。  
何かを本気で断ち切りたいのなら、懲りなきゃダメなのです。  
自分でやってみて、自分が痛い目に合わなきゃダメなのです。


自分でとことん懲りてないことって・・・ きっと また、平気で それを やらかす。


自分で懲りないと、悪しき習慣は 治らない。


自分以外の誰かが。
例えばすずひが痛い目にあったことを端から見てるだけでは・・・人って やっぱり 学べない。

ああ、すずひ バカだね、かわいそうにwww って思ったとしても、
なぜか意外と 不思議と 気づかぬうちに同じようなことしてしまったり、ね(笑)






まだまだ寒い日が続きますが・・・ もう モコモコのタートルは やや「季節外れ」の感。
よく晴れた日にキレイに洗って・・・片付けましょう。  また来シーズンね ( ´▽`)ノ





一体 なんの話をしているのかと申しますと、
今シーズン限りで手放す「服」が、 晴れて、 このたび決定したのです。


今シーズン 手放す服は「3着」です。


かわりばんこに着ていたニット2枚。   そして・・・ あともう1着。



「もう 懲り懲りだ。 こんなことは懲り懲りだ。」 

服を手放す時、かつて いつも感じていた この気持ち。
そうブツブツ呟きながら、嘆きながら、愚かな自分を呪いながら 大量の服を捨てた日々。


散々懲りたから、ようやく変われたんだなあって 思う。


買って、捨てて、買って、すぐ飽きて・・・を 性懲りもなく繰り返していた頃は、
いったい自分が何をしているのか、どんなおかしなことしているのか、わかっていなかった。

わかろうと していなかった。 己の奇行から 目を逸らしていた。



そんな買い方に、持ち方に、 本当に つくづく「懲りた」から。


服を、こんな風に満足して手放せる日が来たんだなあ、って しみじみ嬉しく思わずにいられないのです。



とても とても満足しています。
十分に、十二分に 着たことに。  今も全く 飽きていないことに。 大好きなことに。












春、肌寒く感じなくなるまで、ギリギリまで、着よう。  
G.Wの頃には 毎年一気に夏日みたいな日がおとずれるから・・・ きっと その頃かな。



ニットは、ここまでで、それぞれ200回は着た。  まだあと1ヶ月半、何回も着る。




そして、お別れだ。 


懲りるどころか、大満足だ。   大満足の・・・100点満点かそれ以上のお別れ、だ。


懲りて泣いてた あの日のわたし、聞こえるか。  その涙は、無駄じゃない。

本当に「懲りた」から、ちゃんと痛い目にあったから・・・ようやく 今、成長できているよ。





                                   おわり





手放す予定の あともう1着は何?って? 
最後の画像が ヒントです、というか、もはや答えだねっ! 

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え!!!コート!?!? って 読者さまの驚きが 伝わってきます(笑) そうですよ!
なんで!? どうして!? のお話は ・・・ また次回に ( ´▽`)ノ
                       
花粉きびしき折にも。 すずひのブログを訪れてくださる読者さま。 本当にありがとう。








   ***  スーパーセールで食材調達・ちょっとだけ贅沢を楽しむ! ***

スーパーセールでお値打ちな間に ぜひ1枚買っておきたい美味しさ。
家庭で満足できちゃうと、ステーキ屋も焼肉屋も行かなくて済む & 花粉吸わなくて済む(笑)







そろそろ「かに鍋」も最後かな。 かに本体よりも 〆のカニ雑炊を愛するすずひ(笑)



はずせない。 いちご大福。 







最終更新日  2019.03.10 14:18:33
2019.02.27
カテゴリ:捨て部
この冬、1度も使わなかったのです。

去年は はて どうだったのか。1回か2回は 使ったような気がする。









この手袋を買ったのは 果たしていつのことだったろうか。 楽天の購入履歴で調べる。
調べてびっくり。

2014年 2月14日でした。   ご・・・ご・・・  5年前だった!   


わたしが 家の中のありとあらゆるものを猛烈に捨てたのは 
そう、「2015年の夏」のことでしたから・・・ これは それ以前から あったのか。
すごいな。 化石のようだ。  
よくぞここまでの5年間、わたしに捨てられることなく 乗り越えた (;_;)
2015年の あの夏をまたいで 今日の日まで生き残ったあなたは・・・ 偉大だ。





でも・・・   もう・・・



手袋を使わない暮らしになった。 手袋をする「習慣」そのものが なくなった。

すごく寒い日に 外をうろつくことを ほとんどしなくなった。  
寒い中 自転車で遠出をすることも減った。 そういう用事そのものが 減った。

そんでもって 、たまにそういうことをしなきゃならない日には・・・



この。







この ニットの「フィンガー・ホール」で、 十分だった。 
そう、これで 「手の防寒」は もはや十分、だったのです。



手袋使わなくなった いちばんの理由って・・・  そうか、 これだったか!



手袋するより 手っ取り早く、 指先が出てることで 何をするのにも 勝手がよろしい。
「手袋」を持ってゆく、とか 外した時にバッグに、ポケットに、とか、
どっかに片方落っことす、とか・・・

そういう全ての「手袋懸案事項」から解放されたことで。

快適すぎて、使わない手袋を自分が持っている、ということをもはや意識もしないくらい・・・


捨てる、捨てない を 超越し ・・・ 「手袋」の存在そのものを 意識しなくなった。


そう思うと。

何かを 「捨てようか」「捨てまいか」 そんな風に悩んでいる状態っていうのは、
その時点での暮らしに、まだちょっとは根付いているもの、ってことなんでしょう。


「必要」の 反対は 「不要」なのだけれど・・・
「不要」の中でも 究極の「不要」「もう要らない」は、
「意識もしない」「存在をも忘れ去る」ってことなのかもしれません。

ああ、人間関係も、そういうところ、ありますね。
たとえ「嫌い」とか「目障り」とか であったとしても、
相手を意識してるうちは・・・結局 大いに 依存してる、ってことですもの、ね ( ´▽`)




手袋は、玄関の、このバケツの中に おさめてありました。  
手袋の収納場所は、とにかく ここが ベスト、でした。
くつを履いてしまった後でも 取り出しが大丈夫な この場所。











しかし ここへきてですよ。 こんなわたしでも 一応は、悩みます。


何故ならば。  


この2枚のニットが・・・ おそらくは、今シーズン限りであろう予定、だからです。









このニットは、天才的です。

買った日から、秋から春まで。 かわりばんこのように着て。
黒、そしてグレー、それぞれ 今日まで かるく200回近く着たのではないだろうか。

そんでもって 100回以上 ガシガシお洗濯したのではないだろうか。


それなのに。



この 毛玉のできなさ。 光沢の失われなさ。  どっこも伸びなさ。  くたびれなさ。


こんなニットも、探せば あるんだ。  こんなニット、生まれて初めてだ。
確か 10800円だった。 こんな価値あるニット、ほんと、初めてだ。  

もはや 激安と言えます。  200回着たとして計算すれば ・・・1回 54円。 


同じものを もう一度 買いたい。


同じ「ミラノリブ」シリーズは 毎年 どうやら 出ている模様。(今シーズンも出てた)


でも!  でもね!   (;_;)キイテ!


この「BRACTMRNT」の ミラノリブシリーズ・・・
春物も、秋冬物も、ちょこっとずつマイナーチェンジがなされてしまっていて・・・
例えば、カラー。  今シーズンは「黒・パープル・レッド」の3色展開だった。 

「グレー」が なかった (;_;)(しかも1000円値上がりしてた)



そんでもって 、すずひの愛する「フィンガーホール」も なかった。 穴、閉じられてた!!


そ、そんな!!!  何故 そんな「改悪」をー  (;_;)!!!!










ということで、これを 今シーズン限りで手放した場合。
今持っている2枚とまったく同じものを買い直すことは もはや 不可能なのです。
ミニマリスト・あるある です。 悲しきあるある。

気に入ったものを長く使うせいで・・・次買い直す頃には、もうそれが、ない。 売ってない。

長く、って言っても たかだか2年ほどなんですけれどね。  
それでも もう買えない。  特に 服は。  ファッションは やっぱ仕方ないか。


だから。 
「このニットを手放すとなると、手袋は要るんじゃないか?」なんて つい 思ってしまう。


一応は、思ってしまう。 (そういう正常な成分も、わたしの中に まだ残っているのだよ)



でも、捨てますよ。  一瞬はそう思っても、ちゃんと軌道を戻せるのが わたしです。
ミニマリスト・すずひ です。

5年も使った手袋。 十分すぎるではないか。  

そんでもって 今シーズンは その存在意義すら忘れていたではないか。 


ジリジリと「これ捨てたい、これ捨てたい」と「今シーズン使わなかったら捨ててやる!」
と 呪った結果、なのではない。

持っていることを、忘れていた。 気持ちよく 忘れていたのです。 (このわたしが、だ。)


こんな清々しい捨てが・・・  他に あって   ヽ(;▽;)ノ ?





手首を華奢に見せてくれる、柔らかなファーが とてもお気に入りでした。




1日1捨 を していると・・・ こんな日が  ごく稀に おとずれる。

ずっと悩んでいたもの、とか 思い切って手放すぞ! とか、そういう捨てじゃなくって、

本当に、こういう



ああ・・・・ まだ これ捨ててなかったんだ。 っていう 降って湧くような 「捨て」。


わたしのことを 
毎日必死で探して 毎日何かを無理やり捨てている人だと いまだに思っている人は 
さすがにもういらっしゃらないと思うのですが、


そういう「こじらせた時期」も もちろん ありました。  懐かしく 愛おしい時期です。



今は、わたしの「捨て」は 時として、こんな風です。  


暮らしの中で。 


掃除や、片付けや 整えだけじゃなくって、
日用品の在庫の確認や 書類を書いたり調べたりや、靴を磨いたりだとか、傘に防水スプレーしたり、とか 日によっては、そういうことを 細々したりするでしょう?


そういった作業の過程で、しばらくぶりに 目につく 「今はもう使っていないもの」。
1本あれば事足りるのに なぜか2本、あるようなもの。

それと、その都度 向き合う。 
例えばボールペンなら、その2本を手にとって しばし 見つめる。 防水スプレーも、そう。
ぼーっと 見逃さない。 見て見ぬ振りしない。 判断を後回しにしない。 その繰り返し。


この家の中にも、まだ まだ あるんです。

すずひの家には、もう捨てるものなんてないでしょう?! って よく言われますが、


それが、ある。 必ず、あります。   それを わたしは 知っている。


だから 続ける 「1日1捨」。     


捨てに 終わりは ないのです。   そこが いいのです。 そこが 最高!なのです。


そう簡単に完結しない からこそ・・・苦悩であり、楽しみ。 一生 楽しめる行事。



自分の中ですぐに終わっちゃうようなことなんて・・・そんなの もう つまらん!!(笑)






                                    おわり






花粉が 今年も やってきた!  お仲間の皆さま、ご無事でしょうか (;_;)!

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お互い頑張って乗り越えましょう。 桜の頃には、花粉も 寒さも きっと少し緩みます。
かゆかゆのお目目に耐えて読んでくだった読者さま、今日も、どうもありがとう ヽ(;▽;)ノ







   *** 今日のお買い物・家族に好評だったものをリピート ( ´▽`) ***


















最終更新日  2019.02.27 15:55:12

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