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カテゴリ:夏目漱石
奈良漬に梅に其香をなつかしむ 漱石(明治32) 蒟蒻に梅を踏み込む男かな 漱石(明治32) 日をうけぬ梅の景色や楞伽窟 漱石(明治32) とく起て味噌する梅の隣かな 漱石(明治32) 一斎の小鼻動くよ梅花飯 漱石(明治32) 漱石は、梅の花の俳句を90以上も作っているのですが、ほとんどが梅の花の句で、梅干しに関する記述はほとんどありません。食べ物に関連しそうな句が上の句で、熊本時代の明治32年に詠まれています。 漱石作品で「梅干が登場するのは、『吾輩は猫である』『琴のそら音』『道草』です。『吾輩は猫である』は、寒月の田舎の高校をからかうために、梅干の入った大きな握り飯に食いつく校風を揶揄しています。 『琴のそら音』は、迷信深い婆を表現する為に、梅干しに砂糖をかけたものが毎日出てくることを話題にしています。 『道草』では、腹の具合の悪い健三の朝食に出てきた梅干のことを語っています。 どれにしても、日常に埋没した風景です。 「今では若い人がヴァイオリンの箱をさげて、よく往来などをあるいておりますが、その時分は高等学校生で西洋の音楽などをやったものはほとんどなかったのです。ことに私のおった学校は田舎の田舎で麻裏草履さえないというくらいな質朴な所でしたから、学校の生徒でヴァイオリンなどを弾くものはもちろん一人もありません。……」 「何だか面白い話が向うで始まったようだ。独仙君いい加減に切り上げようじゃないか」 「まだ片づかない所が二三箇所ある」 「あってもいい。大概な所なら、君に進上する」 「そういったって、貰う訳にも行かない」 「禅学者にも似合わん几帳面な男だ。それじゃ一気呵成にやっちまおう。――寒月君何だかよっぽど面白そうだね。――あの高等学校だろう、生徒が裸足で登校するのは……」 「そんなことはありません」 「でも、みんなはだしで兵式体操をして、廻れ右をやるんで足の皮が大変厚くなってるという話だぜ」 「まさか。だれがそんなことをいいました」 「だれでもいいよ。そうして弁当には偉大なる握り飯を一個、夏蜜柑のように腰へぶら下げて来て、それを食うんだっていうじゃないか。食うというよりむしろ食いつくんだね。すると中心から梅干が一個出て来るそうだ。この梅干が出るのを楽しみに塩気のない周囲を一心不乱に食い欠いて突進するんだというが、なるほど元気旺盛なものだね。独仙君、君の気に入りそうな話だぜ」 「質朴剛健でたのもしい気風だ」(吾輩は猫である 11) 「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳だ、君が特別に数奇なものが無いから困難なんだよ。二個以上の物体を同等の程度で好悪するときは決断力の上に遅鈍なる影響を与えるのが原則だ」とまた分り切ったことをわざわざむずかしくしてしまう。 「味噌汁の実まで相談するかと思うと、妙なところへ干渉するよ」 「へえ、やはり食物上にかね」 「うん、毎朝梅干に白砂糖を懸かけて来て是非ぜひ一つ食えッていうんだがね。これを食わないと婆さんすこぶる御機嫌が悪いのさ」 「食えばどうかするのかい」 「何でも厄病除けのまじないだそうだ。そうして婆さんの理由が面白い。日本中どこの宿屋へ泊っても朝、梅干を出さない所はない。まじないがきかなければ、こんなに一般の習慣となる訳がないといって得意に梅干を食わせるんだからな」 「なるほどそれは一理あるよ、すべての習慣は皆相応の功力があるので維持せらるるのだから、梅干だって一概に馬鹿には出来ないさ」 「なんて君まで婆さんの肩を持った日にゃ、僕はいよいよ主人らしからざる心持に成ってしまわあ」と飲みさしの巻煙草を火鉢の灰の中へたたき込む。燃え残りのマッチの散る中に、白いものがさと動いて斜めに一の字が出来る。 「とにかく旧弊な婆さんだな」 「旧弊はとくに卒業して迷信婆々さ。何でも月に二三返は伝通院辺の何とかいう坊主の所へ相談に行く様子だ」(琴のそら音) 翌日眼を覚した時は存外安静であった。彼は床の中で、風邪はもう癒ったものと考えた。しかしいよいよ起きて顔を洗う段になると、何時もの冷水摩擦が退儀な位身体が倦怠くなってきた。勇気を鼓こして食卓に着いて見たが、朝食は少しも旨くなかった。いつもは規定として三膳食べるところを、その日は一膳で済ました後、梅干を熱い茶の中に入れてふうふう吹いて呑んだ。しかしその意味は彼自身にも解らなかった。この時も細君は健三の傍に坐って給仕をしていたが、別に何にもいわなかった。彼にはその態度がわざと冷淡に構えている技巧の如く見えて多少腹が立った。(道草 9)
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最終更新日
2021.08.24 19:00:06
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