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カテゴリ:夏目漱石
更に方面を変えて「絵は如何です」と聞けば、漱石氏は巻煙草を一本、長閑に燻らして、 「好きですよ」と言下に応ずる、「お画きになるのですか」といえば 「サア」と苦笑して 「私が個人展覧会を開くという噂ですね、もちろん巫山戯た話でしょうが」と余程恐縮されたらしい。 それから岡本一平君の噂、錦絵の話、話題が次第に多方面になる、そういっては失礼だが、お室の様子から家居の具合など、何となく先生一流の絵心が窺われる、「色彩の趣味に富んでおられるようですが」といえば、 「イヤ夏冬オッ通しの装飾で」と至極無造作だ。 日本人の西洋画のお話では、 「日本人のが非常に劣ってるとはいえません、勿論西洋ので佳いのは非常に佳い、ガレリーには素ばらしい大作もありますが、ローヤル・アカデミーなどは案外なものですーー出品の条件は何んなことになっているか解りませんが、随分まずいのも麗々と並べてありますよ」と。 他に先生は謡をやられる、 「これは謡うのではなく、怒鳴るんです……必要に迫られて」 と江戸ッ子らしい溌溂たる語気、「お身体はもう全然良いのでしょう、学校に出ていられる頃と、大した違はないように思われますが」といえば、 「こう見えても、デリケートな時計のぜんまいのようなもので、すぐ狂います」と苦笑する。 続いて、先年修善寺におられる頃の話やら、先生と楯半子と共通な知人の噂、泰然自若と尻が据る、もう一つ「他にはとおせがみすると 「矢張文芸ですねーー貴方はこっちに趣味をお持ちですか」といささか逆襲の形だ。 この頃の文芸界は、綱ッ引の急行列車だ、門外漢がこの流行を追ッ駆けて行くのは、並大抵の苦心ではないーーこんなことをお話すると、 「しかしそれは無駄じゃありませんか、例えば私のような政治の門外漢が、内閣の更った後からそれを研究して行った処で、何の意味もないと同じことです、自分に確りした考があれば、強て流行をおう必要もありますまい」。 「例えば絵にしても、近頃は立体派を行き過ぎた、一派の新らしいのがある位ですが、安井さんなんかにいわせると、ロダンがそもそも山師で、白樺の人達に騒がれる、ゴーガン、ゴッホなどはいうに足らんということです、そこへ行くと謙遜なセザンヌの方が何んなに宜いか解らないとーーいいますね」 と。(猫の話絵の話) これは、大正4年8月25〜26日に報知新聞へ掲載された「猫の話絵の話」というインタビュー記事です。 この中には、安井曽太郎の話をひいて「ロダンがそもそも山師で、白樺の人達に騒がれる、ゴーガン、ゴッホなどはいうに足らんということです、そこへ行くと謙遜なセザンヌの方が何んなに宜いか解らない」と話しています。 では、安井曾太郎と漱石の間には、親交があったのでしょうか。芥川龍之介の『漱石山房の秋』には「西側の壁には安井曽太郎の油絵の風景画が、東側の壁には斎藤与里氏の油絵の草花が、そうしてまた北側の壁には明月禅師の無絃琴という草書の横物が、いずれも額になってかかっている」とあり、漱石が宗太郎の絵を所有していたことが書かれています。 この絵は「麓の町」といい、大正4年10月に三越で開催された二科展の特別陳列として、滞欧作品44点が出品された中から、漱石が100円購入したものです。龍之介の親友で、洋画家・小穴隆一の『芥川龍之介の回想』「懷旧」には次のように書かれています。 瀧井君と僕は、芥川の案内で、一度、漱石死後の書斎を見たことがあった。書斎の次ぎの間は、仏間になっていたように思うが、そこの鴨居のうえにあった油彩、安井曽太郎の、十号程の風景画を見ながら、芥川は、「夏目先生は、自分には、丁度このくらいの細かさの画がいいといっていた」と、教えてくれた。 その画は、大正四年に、三越を会場とした二科第二回展に、特別陳列としてならべられた、四十四点の滞欧作のなかの一つで、終戰後、石井柏亭が書いていた「安井曽太郎」には、〔安井のこの時の陳列には四十五年西班牙(スペイン)旅行以後のものが多くを占め、四十二年フロモンヴィルの作であるところの「田舍の寺」などの、ミレかピサローかの感化を受けたようなものの僅かを交えたに過ぎなかった。そのミレ、ピサロー影響からセザンヌの感化を受けたものへの過渡期の諸作はすべてこれを省いてあった〕という一節があるが、僕はなんとなく、〔省いてあった〕というその部類にあてはまるもののように覚えている。(小穴隆一 芥川龍之介の回想 懷旧) 後期印象主義に傾倒していた安井曽太郎でしたが、後期印象派の人々でも理論に裏打ちされないゴーガンやゴッホ、彫刻界の印象派といわれるロダンも好きではなく、セザンヌが好みだったということのようです。 ロダンは有名なので、経歴などはカットしました。
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最終更新日
2022.01.12 08:58:17
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