|
カテゴリ:ABA(応用行動分析)の取り組み
昨日の知能検査のことで付け加えもふくめ。
リューリューがおもちゃの小さい帽子(しかもキャップ型)を見事に帽子といえたのは昨日の記事で書いたのですが。 これには、ふと思い当たる節もないわけではない。 つまり般化である。 リューリューは帽子については、デスクでのカードはしてない、実物でスキー帽と赤ちゃんの被るキャップつきのでマッチングしただけだ。それもごくごく初期に。 なので、大好きな果物とかお菓子とか、生活用品より言葉として頻度が出にくいのは当然と思っていた。 しかし…… ここ最近、二ヶ月ばかり、保護帽やら外に出るさいに暑いから普通の帽子をかぶらせ 「帽子」「帽子被って」というセリフが満載の日々。 リューリュー以外でも、スーリンも被るし、私も被る。 色んなタイプの帽子をみることになるし、生活でしょっちゅう効く言葉でもある。 そういう日々の中で、デスクでは決して満足に習得したとはいえない帽子というものを、はっきり言ってみせたことに驚いた。 と同時に生活でいかに機会をとらえて、子供にあびせてやるかということも痛感した。 そして、カードでは練習していたり、パズルにも出てくる傘。 デスクでは正解していても、 昨日のように閉じた傘の絵だともうわからない…… 傘、いろいろな傘、閉じた状態、大人の傘、子供の傘、そういうのをもっと生活でみせてあげないと、カードのみではバリエーションが効かないのだ。 ABAは1日の生活そのものといっても過言ではないのだなあーと改めて思う。 それから、スーリンのお役目。 これがまあ、馬鹿にできない。 リューリューは人のものを勝手に取る、 「貸して」とスーリンがいって持っていったものでも自分のお気に入りだと怒って、取り返す、叩く。 など丸っきり、勝手気ままだ。相手とのやりとりなど無視である。 何度でも叩くことで叱られたりするが、スーリンが懲りずに叩かれても付き合っているので、 最近は、少しセーブするようになってきた…… スーリンは、そこいくと、保育園でお姉ちゃんたちとおままごとなどしているせいか、きちんとルールにのっとっている。 辛抱強く、「かーしーて」などといい、 相手もしてくれないのに、おままごとや、本をよむときなど 「リューリューちゃん、ここおいでーー」と呼びかけたりする。 うれしいときは、リューリューに抱きつく。 そういうことがどれほどリューリューの情緒刺激になっているか…… 完璧ではなくても、モデルがあるということは、しかも、同じ年頃でいるということは、子供社会でやっていく上で、リューリューにとっては、幸運だ。 家庭が小さな子供社会の学びやである。 スーリンは、リューリューにとにかく働きかける、相手になる、 親だったらウンザリしてしまうところ、ウンザリしないのである。 それでふたりしてリューリューも楽しむ新しい遊びを作り出す。 最近は、ふたりで両手をとりあって、恋人のようにグルグル回る。 それがとても楽しいらしく、移動しながら、グルグル回る。 そして、ふたりしてたいそう、楽しいのだとキャッキャッと笑い合っている。 ……こんなのママ、考えもつかないよ…… スーリンが特に考えたわけでもないのだろうけど、最初は、座っているだけのリューリューを起こそうと、両手をもって引っ張る、 それで、立つと、今度は、自分の意のままに動かしたいと思う。そんでどっちかに引っ張る、 リューリューがよろめいて、動くと、自分もすかさず反対側に動いてバランスをとる、 ……という繰り返しが、自然と手をとりあってグルグル遊びに発展したようだ。 このスーリン、日本語ペラペラだ。まだ三歳にもならないのに、教えてもいないことドンドンしゃべる リューリューは、その中で耳にのこりやすい、わかりやすい、また行動とはっきり因果関係がある言葉をスーリンをみて、コピーしている。 スーリンには、「リューリューが反応しないからいやだ」とか「リューリューが相手にならない」とかいった、あきらめとか卑下した気持ちがない。 当たり前かもしれないけど、障害児である兄とは対等で、ママを奪い合うし、言葉がかえってこなくても、 「あーそーぼ、」「かーしーて」「こっちおいでー」などと言葉をかけるのを忘れない。 しゃべれないということに疑問がないから。 リューリューの指導者は家庭では案外にスーリンだったりする。 世話焼きスーリン、リューリューから煙たがられても、家では、 「あーそーぼー」と言っては、ままごとの食事を出している。リューリュー食べはしないが、せっせと作っては、「どーうーぞー」と言っている。 スーリンがいるからこそ、リューリューの日常での自己刺激が減っているというものだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ABA(応用行動分析)の取り組み] カテゴリの最新記事
|