テーマ:心の中の記憶(27)
カテゴリ:心の中の記憶
「シェフ!…シェフ!…」
「ん?」 「1番テーブルのお客様が…」 「え?どうしたの?」 「あの~ ……女性のお客様が泣いてしまっていて…」 「え!?」 ディナータイムの店内は、満席…。 ピークに達していた…。 1番テーブルには、毎週1度は訪れてくれている常連様のカップルが、コース料理を召し上がっていた。 メイン料理は、すでに出ていた。 『マジかぁ…!困ったな…』 アクシデント発生…緊急な対処が必要…。 半オープンのキッチンからは、客室の空気が僅かながら読みとれる。 周りのお客様がそれに気付き…。 ぎこちない雰囲気が伝わってくる。 てんやわんやの状態…。 頭の中で注文を頂いているオーダーの段取りを組みかえる。 時間の余裕を作るためにカポナータを皿に少量づつ全テーブルの数だけ盛り付けて… 「もうすぐ料理がきますので、ちょっとこちらを召し上がっていてくださいね」 …とサービスに声をかけるよう指示をして時間をかせいだ。 1番テーブルのメイン料理の次はデザート… 食べ終わったようだが… まだ喧嘩をしているという…。 女性は泣き止んでいないようだ…。 予定のデザートを変更…いつもは作らないものに! とっさに閃いた組み合わせを皿に盛り付けソースを流し飾り付けをする。 1番テーブルのメインのお皿をさげるように指示をして… デザートは、僕が持っていくことに…。 その頃、僕が直接サービスすることはあまりなかった。 デザートを持って1番テーブルに行くと、ふたりは僕が来た事で少し緊張した面持ちになった…女性は顔を見せないようにうつむいている。 何度もお見えになっていたのだが… いつも僕とは挨拶くらいしか交わしたことがなかった。 ふたりには…怖いシェフとしか印象がないのも無理はないよな…。 笑顔なんて見せた事も余りなかっただろうし… キッチンで料理を作っている時とのギャップに大抵のお客様は驚くから…。 「いつも、いらして頂いて有難うございます。今日は、ちょっと特別なデザートを作ってみましたので…女性に…」 そう言って… チョコレート風味のウフ・アラネージュに自家製の苺のシャーベットを詰めてソース・アングレーズを添えたデザートを…。 ふたりの顔は緊張した面持ちから驚きへ… 「いつものデザートにアレンジを加えたものを男性に…」 男性には、その日のデザートを少量ずつ盛り付けちょっと飾りを派手にしたものを…。 「ふたりで突っつきあって食べてみてくださいね。きっと…もっと美味しくなると思いますから…」 ふたりの表情は、笑顔に変わった。 次の日… ディナーが始まってまもなく…。 昨日のふたりが訪れた。 まだ忙しい時間にはなっていなかった。 「昨日は、本当にありがとうございました。これ…もし良かったら、お店に飾ってください。昨日のデザートは忘れられない味でした」 そう言って… 小さな小さな真っ白い花が細い枝に無数に咲きほころんでいる… 大きな霞草の花束を差し出した。 「まあ…。綺麗! 気を使わなくても宜しいのに…。どうもありがとうございます」 店の奥さんが満面の笑顔でそう言って、霞草の花束を受け取った。 「わざわざ、遠くまで…どうもありがとうございます。今、美味しいのを何か作りますから食べていってくださいね」 僕は、そう言ってディナーフロアへお通しするよう促した。 「はい。今日もよろしくお願いします」 ふたりは、終始なごやかに過ごされて帰られた。 それから何度かご来店して頂いた…ある日。 レジで会計をなさった後、半オープンのキッチンの前で彼女が… 「私達ふたりで、ここにお食事に来ることは、今日が最後なんです。今度からは、別々に来ることになると思いますが…。これからも宜しくお願いします」 「えっー! そんな…。本当ですか?」 いきなりの別れの宣言に驚いたのと同時に複雑な心境になった。 「えぇ…。本当です。たぶん別々に他の人と来ることになると思います。でも…たぶん僕のほうが沢山くると思いますので…宜しくお願いします」 彼がそう呟くと…。 「私の方が沢山来るわよ。もし万が一ここで一緒になったら先に来たほうがディナーフロア…。後に来たほうがティーフロアに通してもらいましょうよ」 笑って彼女が答えた。 なんか…なぁ…。 複雑だよ…オイラ。 結婚が間近だと思っていただけに…。 そしてそれが本当に最後のふたりでの来店だった。 やがてふたりは、それぞれに別の人とご結婚なされた。 来店する回数は、彼女の方が多かったが、ふたりが店で顔をあわせることはなかった。 飲食店での仕事は、きつい事が多いかもしれない… 労働時間も長かったりと…。 ただ、そこに生まれるドラマやお客様との出会いは格別のものがある。 新しい出会いもドラマも含めて… そんな思い出がいつまでも心に残り… 常に僕を支えてくれている。 そして今でも… 慎ましく無数に咲いている真っ白な霞草を見かけると… ふたりを思い出す。 追記 このレストランは、このブログに何度か登場している葉山のお店。 (「ごちそうさま」「ありがとう」 、 ペスカトーレ) ここでのご常連様は、僕が他のお店に移っても訪ねてきてくださった方が多い。 このおふたりも例外ではなく、ご両親やお子様を連れて遊びに来てくれた。 アウラの体制がもう少し整った時には、ご連絡を差し上げてご招待したいと思う…。 一期一会 僕は、まだ、すべてのお客様に成せていないなぁ…きっと。 良い言葉だけに難しい…。 一期一会 (〔茶の湯で〕すべての客を、一生に一度しか出会いの無いものとして、悔いの無いようにもてなせ、という教え) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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おひさしぶりです(^.^)
なんだかドラマみたいです。今放送されてるドラマと重なっちゃいます。(一緒にして失礼しました!) 大切なひととくるお店、お料理は、とても思い出になります。お店のシェフさんはそうやって覚えてくださってるのですね。。(感動)auraさんだからかなぁ。。 (2006.06.09 17:04:15)
昨日常連さんと昔話してました
峠へ一緒に行って走った事や寒い中南部市場でゼロヨンやった事等本当に面白かったね!って 今はみんな仕事を持って忙しくてなかなか来れないけどチャンスがあったらみんなあなたと話しをしたいんですよだって嬉しくなっちゃいましたよ ついでに仕事も持ってきてくれるとありがたいんですけど、そういう連中にはスケベ根性出せません^^; (2006.06.09 17:07:44)
久振りに日記読まして頂きました。
なんかとっていいね。リアル。最近たまたま、渋谷のカフェと池袋の公園とかで、泣いてる彼女をなだめる彼っての見たんだよね。 なんか懐かしかった。周囲を気にしつつ泣きじゃくる彼女のことを思いやる彼の姿...。 こう言うピンチこそ接客業の見せ所。さすがって感じしますよ。 「最後の晩餐」ってのやったことあるけど、やたら滅多らな店じゃしたくないんだよねこれが。 いつか必ずお店伺います。もちろん「最後の晩じゃないけど」。 (2006.06.09 17:31:52)
人生はドラマ・・・ですね。
彼、彼女、そしてそれを見守ったauraさん・・・ それぞれにドラマがある。 一人ひとりに劇的なドラマがあるんですね。 私にもドラマがあるなあと感じ入ってしまいました。 彼らに負けず、私もauraさんのお店で劇的なドラマを演じたい!! (迷惑ですね、すっごく) (2006.06.09 17:48:51)
なんか、ちょっと泣きたくなっちゃいました。
あ、別に自分と重なったからとかそういうんじゃなくてですね…。 そのおふたりが別々の道を歩いていくことになったのが、なんだかグッと来ちゃって。 (2006.06.09 17:51:03)
複雑ですね。レストランでそういうお話しを
してたってことですよね。 うーん私でも泣いてしまいます。 辛いですね。 auraさんの優しさ嬉しいですね。 別々の人と来ることになっても、 二人のなかでは、最高の思い出のレストランですね。 これからも。 (2006.06.09 19:33:37)
なんだかしんみりとしたお話ですね。
現実はドラマよりもすごいこともありますね。 シェフさんもいろいろと大変ですね。 他のお客様のこともありますし、ご苦労がありますね♪ (2006.06.09 20:20:21)
こんばんは!!
人生の縮図が垣間見え興味深く読ませて頂きました。 それぞれの人達にそれぞれの出会いがあり別れがあり まさしくレストランとは一期一会の場かもしれないですねぇ!! 読みながら想像したのはアウラさんのお料理!!! 私もアウラさんのデザート食べたくなりましたよ(^o^)丿 (2006.06.09 23:43:37)
若かった頃、あるお店で泣いたことあります。
ハズカシイ~。喧嘩した訳ではなく、彼は 私との人生を考えていてくれていて・・でも私は 応えられなかった。数年後、彼は別の方と 結婚しました。この話を読んで思い出してしまった。 幸せでいて欲しいと願っています。 大切にしたい思い出のお店って皆さんにも きっとあるのでしょうね。 (2006.06.10 00:30:58)
aura cucinaでの出来事かと思ったら別のお店だったんですね
aura cucinaのブログにお客さんの詳しい話書けるはずないですもんね 余計な心配しました~笑 ちょっとした心遣いがスマートにできる人じゃなきゃお店持てませんよね シェフって本当大変な仕事だと思います お二人が今、この頃よりも幸せになってるといいですね (2006.06.10 09:58:34)
ペリッサさん
>おひさしぶりです(^.^) >なんだかドラマみたいです。今放送されてるドラマと重なっちゃいます。(一緒にして失礼しました!) >大切なひととくるお店、お料理は、とても思い出になります。お店のシェフさんはそうやって覚えてくださってるのですね。。(感動)auraさんだからかなぁ。。 ----- 気がつかないうちに人はドラマを生み出しているのかもしれませんね。 良く考えてみると本当に色々な人がいて、色々な人生があるだなぁ~ なーんて思います。 (2006.06.10 13:26:53)
ぜんさん
>昨日常連さんと昔話してました >峠へ一緒に行って走った事や寒い中南部市場でゼロヨンやった事等本当に面白かったね!って >今はみんな仕事を持って忙しくてなかなか来れないけどチャンスがあったらみんなあなたと話しをしたいんですよだって嬉しくなっちゃいましたよ >ついでに仕事も持ってきてくれるとありがたいんですけど、そういう連中にはスケベ根性出せません^^; ----- ぜんさんがお店をやったら… 本当に多くのドラマが生まれそうですね。 熱く正直に生きていらっしゃるのが… きっとお客様にも伝わるでしょうから…。 (2006.06.10 13:29:35)
DreamTreeさん
>久振りに日記読まして頂きました。 >なんかとっていいね。リアル。最近たまたま、渋谷のカフェと池袋の公園とかで、泣いてる彼女をなだめる彼っての見たんだよね。 > >なんか懐かしかった。周囲を気にしつつ泣きじゃくる彼女のことを思いやる彼の姿...。 > >こう言うピンチこそ接客業の見せ所。さすがって感じしますよ。 > >「最後の晩餐」ってのやったことあるけど、やたら滅多らな店じゃしたくないんだよねこれが。 > >いつか必ずお店伺います。もちろん「最後の晩じゃないけど」。 ----- お久しぶりです。 そうですねー。 長い間、飲食をやってると本当に沢山、いろいろな事があります。 是非、遊びにいらしてくださいね。 DreamTreeさんのドラマに脇役で参加させて頂くかもしれません。 お待ちしております。 (2006.06.10 13:34:16)
ohagi_chanさん
>人生はドラマ・・・ですね。 >彼、彼女、そしてそれを見守ったauraさん・・・ >それぞれにドラマがある。 >一人ひとりに劇的なドラマがあるんですね。 >私にもドラマがあるなあと感じ入ってしまいました。 >彼らに負けず、私もauraさんのお店で劇的なドラマを演じたい!! >(迷惑ですね、すっごく) ----- アウラで人生に残るドラマを作るのも良いかもしれませんね。 思い出のお店になる事は、ある意味…光栄ですから…。 いつでもお待ちしております。 (2006.06.10 13:38:30)
マシュマロvvさん
>なんか、ちょっと泣きたくなっちゃいました。 >あ、別に自分と重なったからとかそういうんじゃなくてですね…。 >そのおふたりが別々の道を歩いていくことになったのが、なんだかグッと来ちゃって。 ----- そうですねー。 「二人で来るのは、今日で最後なんです」 って別離宣言された時にはビックリしましたよ。 どう対応して良いのやら…。 新しい恋人を連れてきた時にも…しばらくの間は、以前の人と重なってしまうし…。 でも、そこまで気に入って頂けるのは嬉しい限りですね。 (2006.06.10 13:45:17)
hasunohana7777さん
>複雑ですね。レストランでそういうお話しを >してたってことですよね。 >うーん私でも泣いてしまいます。 >辛いですね。 >auraさんの優しさ嬉しいですね。 >別々の人と来ることになっても、 >二人のなかでは、最高の思い出のレストランですね。 >これからも。 ----- hasunohanaさんも気がつかないうちに色々なドラマを作っているのだと思います。 温かくて幸せなドラマを沢山作ってくださいね。 (2006.06.10 13:50:50)
ゆうちゃん5702さん
>なんだかしんみりとしたお話ですね。 >現実はドラマよりもすごいこともありますね。 >シェフさんもいろいろと大変ですね。 >他のお客様のこともありますし、ご苦労がありますね♪ ----- 毎日毎日、こんなことがあるわけではありませんが… いろいろな事があります。 たまには、困りまくることもありますが… 心温まること事も沢山あります。 楽しいですよ…レストランでの仕事って…。 (2006.06.10 13:54:40)
mako8885さん
>こんばんは!! >人生の縮図が垣間見え興味深く読ませて頂きました。 >それぞれの人達にそれぞれの出会いがあり別れがあり >まさしくレストランとは一期一会の場かもしれないですねぇ!! >読みながら想像したのはアウラさんのお料理!!! >私もアウラさんのデザート食べたくなりましたよ(^o^)丿 ----- また、遊びにいらしてくださいね。 デザートを作って待っておりますので…。 新宿から離れているのがネックですね…アウラは…。 今度は、とっておきの素材を素材を揃えないと…ですね。 (2006.06.10 14:00:22)
maruko1212さん
>若かった頃、あるお店で泣いたことあります。 >ハズカシイ~。喧嘩した訳ではなく、彼は >私との人生を考えていてくれていて・・でも私は >応えられなかった。数年後、彼は別の方と >結婚しました。この話を読んで思い出してしまった。 >幸せでいて欲しいと願っています。 >大切にしたい思い出のお店って皆さんにも >きっとあるのでしょうね。 ----- maruko1212さんもドラマチックな人生を歩んでいるのかもしれませんね。 人生は、楽しいだけではないですから…いろいろな事がありますよね。 maruko1212さんに温かいドラマが沢山、生まれるといいな。 (2006.06.10 14:04:20)
aoazulさん
>今心がヤナ状態だったのでほんわかしました。ありがとう。 >私も無条件にやさしくなろう。 >たまに毒づくけど。←これが余計なんだ! ----- 無条件に優しくなったaoazulさんって… きっと女神のような人なんだろうなぁ~! 素敵だなぁ~ ……。 でも今のままでも十分素敵だけど…ボゾ。 (2006.06.10 14:08:25)
uco*cocoさん
>aura cucinaでの出来事かと思ったら別のお店だったんですね >aura cucinaのブログにお客さんの詳しい話書けるはずないですもんね >余計な心配しました~笑 > >ちょっとした心遣いがスマートにできる人じゃなきゃお店持てませんよね >シェフって本当大変な仕事だと思います >お二人が今、この頃よりも幸せになってるといいですね ----- そうですねー。 アウラでのことは書きにくい事も確かにありますね。 uco*cocoさんも今まで気がつかないうちに色々なドラマを演じてきたのでしょうね。 ucoさんのドラマ…きっと熱かったんだろうなぁ~。 なーんて勝手に想像してしまいました。 ちょっと興味ありです…uco*cocoさんの恋物語。 (2006.06.10 14:13:58)
どうもお久しぶりです。
ようやく一人少ない職場の流れにも慣れてきて (従業員がひとり、手術の為入院してしまったもので) コメントしよう!って気持ちのゆとりが出来てきました。。 さて、なかなかいいお話ですねぇ。。 ハッピーエンドという訳ではなかったようですが それでもその時のauraさんのデザート、その人達の人生で共通の思い出深いものになってると思います!! 味も当然ですが、auraさんの気持ちがしっかりお二人に届いたんでしょうね。 料理っていいなぁ、この日記を読ませてもらって改めてそう思いました。。ありがとうございました!! (2006.06.10 22:21:03)
のん@パパさん
>どうもお久しぶりです。 >ようやく一人少ない職場の流れにも慣れてきて >(従業員がひとり、手術の為入院してしまったもので) >コメントしよう!って気持ちのゆとりが出来てきました。。 > >さて、なかなかいいお話ですねぇ。。 >ハッピーエンドという訳ではなかったようですが >それでもその時のauraさんのデザート、その人達の人生で共通の思い出深いものになってると思います!! >味も当然ですが、auraさんの気持ちがしっかりお二人に届いたんでしょうね。 >料理っていいなぁ、この日記を読ませてもらって改めてそう思いました。。ありがとうございました!! ----- お久しぶりです。 今まで、お忙しくて大変だったのですね。 お疲れ様です。 お店での料理やサービスのほんの少しの気遣いが大きな出会いに発展することも良くあります。 ご家庭での気遣いは見過ごしがちになってしまうことも多いかと思いますが… お誕生日の時とか遠足の時とか…沢山の場面で心に残る事ってありますよね。 のん@パパさんは、それが出来る人で心で受け止められる人だと思います。 お好きな料理…もっともっと楽しんでみてくださいね。 (2006.06.10 22:30:23) |
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